贖罪の救世主

水野アヤト

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第二十四話 謀略の果てに

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「さあ!お集まりのエステラン国民諸君!!諸君が待ち望んでいた瞬間が、ようやくやって来た!!」

 エステラン国の街の中心には、祭りの時などに大きな櫓が立てられる、有名な大広場がある。その大広間には今、祭りの時に立つ大櫓ではなく、大きな仮設台が立てられていた。
 仮設台の上には、二人の人影がある。そして仮設台の周りには、数え切れない人数の国民が押し寄せていた。大人も子供も、老人や病人でさえも、この国の歴史的瞬間に立ち会うべく、ここに集まったのである。
 
「ここにいるのは、諸君が長きに渡り憎み続けてきた巨悪の権化!諸君を苦しめ、諸君の大切な者達を奪った、この国の害悪だ!!」

 大広場に立てられたのは、この場で一人の男に裁きを与えるために造られた、処刑台である。処刑台の上には、特注の器具に身体の自由を奪われた男と、高らかに声を上げて場を盛り上げようとする男が一人。
 肘掛けの付いた拘束具付きの椅子に無理やり座らされ、両腕と両足に鉄製の拘束具をはめられているのは、エステラン国第二王子メロース・リ・エステランである。そして、処刑台の上で高らかに声を上げ、これから始まるエステラン国史に残るであろう処刑を仕切るのは、ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスである。

「どうだメロース王子。お前の処刑をやるって国中に伝えたら、これだけの人間が集まったぞ。百や千じゃない、万を超える人間がここに集まった。なあ、今どんな気分だ?」
「貴様・・・・・っ!!」
「俺はとっても嬉しい!初めて見た時から、お前をずっとぶっ殺したいと思ってた。それが今日、ようやく叶うんだ!お前が犯してきた全ての罪を清算して貰うぞ、糞王子!」

 帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスは、この上なくご機嫌な様子であった。彼は邪悪な笑みを浮かべ、怒りに震えるメロースを挑発し続けている。
 エステラン国王ジグムントが、ヴァスティナ帝国と停戦すると宣言して、一週間が経過した。国内の混乱は沈静化し、両国との全ての戦闘状態が解除された今、エステラン国内には帝国軍本隊が駐留を続けている。
 両国間の和平が成立し、リクトビア率いる帝国軍本隊は、無事にエステラン国内への入国を果たした。南方前線突破時に捕虜としたエステラン兵士達を連れ、国の中心部を目指して行軍した帝国軍が向かったのは、国王ジグムントが待つエステラン城であった。
 エステラン城に帝国軍が到着した後、国王ジグムントと帝国軍参謀長リクトビアは、ここで初めて対面を果たす。エステラン城謁見の間にて対面を果たした両者は、今後友好関係を築いていく証を見せるべく、参謀長護衛の兵士達とエステラン国政官や衛兵の見守る中、互いに握手を交わしたのである。
 帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスと、エステラン国王ジグムント・ネ・エステランの両名による対面と握手の話は、すぐさま国中に伝えられた。これによりエステラン全国民が、戦いの終わりにようやく安堵できたのである。
 エステラン国民はジエーデル国を恐れているために、敵国の侵攻に敏感である。敵対関係にあったヴァスティナ帝国の軍隊が、自国内を勝利の凱旋の如く行軍していれば、不安や恐怖を覚えるのも無理はない。だが、二人の対面と、握手による友好の証の話を聞いた国民達は、戦いの終わりを実感できた。
 これでもう、帝国と戦争する事はなくなる。自国の敵は、今まで通り独裁国家ジエーデル国だけとなる。そしてこれからは、帝国と友好関係を築いていき、ローミリア大陸全土の支配を目論むジエーデル国相手に、両国で協力し合って対抗する事が出来るのだと、エステラン国民はそう考えた。
 国民がそう考えたおかげで、帝国軍の駐留は認められた。駐留を続けた帝国軍は、エステラン国民からの抵抗などを受ける事無く、同じく南方前線を突破した決戦部隊の到着を待ったのである。
 決戦部隊は作戦通りに事を進め、エステラン国軍との決戦に勝利した後、捕縛したメロースを連行して、全軍でエステラン国を目指した。決戦部隊は道中何事もなくエステラン国へ到着し、本隊との合流を果たしたのである。
 決戦部隊はエステラン国へ入国して直ぐに、メロースをエステラン城へ連行した。謁見の間にて、ジグムントの前に連れて来られたメロースは、その場で沙汰を言い渡されたのである。
 ジグムントは自分の息子であるメロースに対し、「お前の犯した罪の数々は、一生をかけたとしても償いきれないだろう。王族として、その命をもって罪を償え」と命令した。メロースに対して、ジグムントが言葉をかけたのはこれが最後だった。何故ならこれは、メロースへの処刑命令だったからである。
 ジグムントは国王としての責任を果たすべく、自分の息子の処刑命令を出したのである。国内を混乱させた原因であり、悪逆非道の限りを尽くして王族の権威を失墜させたメロースは、必ず殺さなければならなかった。国王が国民の信頼を取り戻すためには、メロースの処刑は必要不可欠なのである。
 帝国側の人間も、エステラン国民も、同盟国であるバンデス国の兵士達も、誰も彼もがメロースの死を望んでいる。誰もが憎んでいるメロースの処刑は、エステラン国変革の為に必要な、最初の一歩であった。
 メロースの処刑は、リクトビアの強い願いによって、ヴァスティナ帝国主導で執り行なわれる事となった。主導を握った帝国軍は、疾風の如き速さで処刑の準備に取り掛かり、処刑台の設置と全国民への通達を、僅か一日で終わらせてしまったのである。
 そして、処刑当日である今日を迎えた。広場には国中から民が押しかけ、殺気を帯びた眼でメロースを睨み続けている。メロースの身勝手で非道な行ないによって、多くの国民が苦しめられ続けてきた。その罪の清算をする時が、ようやく訪れたのである。帝国軍主導であっても、この処刑に国中から民が集まるのは必然であった。

「これより、エステラン国第二王子メロース・リ・エステランの処刑を執り行なう!エステラン国民諸君!この歴史的瞬間を刮目して目に焼き付けろ!!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」」

 リクトビアの号令によって、広場に集まった数え切れない程の群衆から雄叫びが上がる。ある者は「早く殺せっ!!」と叫び、ある者は「奴に地獄をっ!!」と叫んだ。集まった全ての国民が、メロースの死を望む言葉を叫び続ける。国民達が放つ大気を震わす叫び声の嵐を、リクトビアは右手を挙げて制した。

「諸君らの気持ちは十分理解している!諸君ら一人一人が、自分の手でこの屑を始末したいと思っている気持ちもまた理解している!だが残念な事に、これの体は一つだけだ。諸君ら全員が自分の手で復讐を果たす事は不可能だ」

 非常に残念だと言う様に、悲しい表情を見せて項垂れるリクトビアだったが、すぐに彼は邪悪な笑みを浮かべて顔を上げ、次の言葉を口にする。

「そこで私は考えた。国民達の中から何人か代表者を決め、この屑を少しずつ殺していくのはどうか、と。それでは御紹介しよう!まずはこの女性から!!」

 彼がそう言うと、処刑台に取り付けられている階段から、一人の女性が上がってきた。三十代位の細身な女性であり、顔は美人の部類に入る、この国の民の一人である。
 
「三年前、彼女はこの国の男と結婚した。二人の結婚生活は充実していたし、お腹に子供も授かったそうだ。幸せな日々を送っていた彼女だが、その幸せをぶち壊し、彼女に地獄を見せたのは、この男だ」
「何を言っている!?私はこんな女など見た事もない!作り話も大概にしろ!」

 この女性の事を知らないと喚き散らし、リクトビアの事を殺意のこもった眼で睨み付けたメロース。そんな彼に対し、女性は憤怒の表情を露わにし、メロース以上の殺意を放って彼を睨む。

「忘れたとは言わせないわ!!お前のせいで!お前のせいで・・・・・・私は・・・・っ!!」

 女性の顔は憤怒で歪み、その眼からは怒りと悲しみの涙が零れていく。彼女はこれ以上言葉が続けられなかったため、話の続きはリクトビアの口から語られ始めた。

「糞王子。お前は二年前、街で偶然見かけた彼女を自分のものにしようとし、兵士に命じて彼女の夫を殺害させた。兵士達に彼女を連行させ、望むものを手に入れたお前は、その後自分が何をしたのかも覚えていないようだな」
「!?」
「お前はな、彼女を捨てたんだよ。彼女の子供を目の前で殺してな」

 メロースは己の支配欲の望むままに生きてきた。自分の欲しいと思ったものは何でも手に入れて来させ、逆らう者には容赦しなかった。この女性もまた、メロースの暴挙による被害者なのである。

「気に入った女性を自分の玩具にするのが大好きだったらしいな。彼女を手に入れるのに邪魔だった夫を殺し、手に入れたまではよかったが、彼女が子供を産んでいた事に激怒したんだって?無理やり犯して孕ませる楽しみが無くなったとか言って」

 リクトビアがここまで口にして、群衆のほとんどは話の中身を察した。メロースの下衆な趣味によって、彼女は最愛の夫と子供を失い、人生を狂わされたのだと・・・・・・。

「彼女の目の前で、生まれて間もなかった赤子を地面に叩き付けて殺し、兵士達に彼女の財産を略奪させ、身ぐるみも全部剥いで、この国の闇が集まる無法地帯に捨てていった。お前、その後彼女がどんな目に遭ったか知ってるか?いや、どんな目に遭うか知ってて捨てたんだよな」
「うっ、うるさいっ!だからどうしたと言うんだ!?」
「お前のせいで彼女の生活は地獄と化した。捨てられたその日は無法地帯の男達の毒牙にかかり、次の日からは体を売って生活しなければならなくなった。そして、今日までの二年間、彼女はお前に復讐するために生き続けてきたんだよ」

 リクトビアが指を鳴らして兵士に合図し、女性のもとへある物を手渡させた。それは一本の斧であり、渡された斧を両手で握った彼女は、怒りにその身を震わせながら、拘束椅子に座らされているメロースへと近付いていく。
 殺意にその眼をぎらつかせ、メロースの右腕側に立った女性は、斧を大きく振り上げる。彼女が何をしようとしているのか、メロースはすぐに理解する。この後何が起こるのかを想像し、恐怖に顔を歪めて暴れ出す。

「やっ、やめろ!!リクトビア・フローレンス!貴様、このままで済むと思うな!!」
「今のお前に何が出来るって言うんだよ。あっ、言い忘れてたけど、お前が待ち望んでる助けは絶対来ないからそのつもりで」
「!!」

 これから処刑されるとわかっていて、メロースが斧を見るまで命乞いをしなかった理由。それは、メロース配下の残党が、自分を救出に現れるはずだと信じていたからだ。
 メロース派の勢力の中には、彼が国王にならなければ未来のない者達が数多くいる。彼のもとに集い、甘い汁を吸い続けてきた者達は、メロースを失えば自分達もまた破滅してしまう。国王ジグムントが敷こうとしている新体制の前に、メロース派残党の存在は害悪でしかない。このままではいずれ、ジグムントに粛清される未来しか待っていないのだ。

「お前が王にならないと困る連中は、俺と国王で全員粛清してやった。これでもう、お前は誰からも必要とされない無価値な屑となったわけだ。あっはははははは!本当にいい気味だな!」
「馬鹿な・・・・・・っ!?この私が、こんなところで終わるはずなど・・・・・!」
「いい加減現実見ろよ。ほら、お前に復讐したいっていう人間はまだいるんだぞ。彼女の次は、お前に妻を奪われたっていう夫の番だ。俺の提案で、お前の口の中にありったけの害虫を流し込む刑をやる事になってるんだよ。どうだ、面白そうだろ?」

 邪悪な笑みを浮かべ、心の底から楽しそうに笑うリクトビアに、メロースは戦慄してしまう。今になってようやく、彼は自分の死が避けられない運命なのだと知った。
 決して逃れられない、死の運命。己に振り上げられた斧を見上げ、死から逃れようと暴れ出すものの、椅子の器具はしっかりとメロースの体を拘束しているため、彼はこの斧から逃れられない。
 観客と言える群衆はメロースの死を望む声を叫び、復讐の舞台を演じるリクトビアは高らかに笑い、復讐者役の女性は悲願を果たそうとしている。そして、舞台の主役であるメロースは、恐怖に駆られた悲鳴を上げ続ける。

「やめろっ!!そっ、そうだ!お前の夫と子供を殺した事は謝罪する!謝罪の証として金や宝石をいくらでもくれてやるぞ!!」
「今まで散々好き勝手やって命乞いとはいいご身分だな!糞王子、お前は今日ここで全国民が満足できるようにぐちゃぐちゃになって貰うぞ!!生まれてきた事を後悔する地獄を見せて、簡単に死ねない様に少しずつ殺してやる!!」
「いっ、嫌だ!死ぬのは嫌だあああああああああああああっ!!!」

 泣き出さんばかりの悲鳴を上げ続けるメロースに、同情を覚える者はこの場に存在しない。
 当然である。彼がこれまで行なってきた全ての罪は、己の死をもってでなければ赦されぬ、重すぎる罪なのだ。

「それじゃ始めようか。さあ、思いっきりどうぞ」
「二人のかたきいいいいいいいいいいいいっ!!!」
「うわああああああああああああああああっ!!!」

 復讐の念が込められた斧は、メロースの右腕目掛けて振り下ろされた。





 広場での公開処刑は、全国民を大いに湧かせた。王子の死を望む群衆の叫び声は、国中に響きそうな程の声量であり、一つ、また一つと、王子を苦しめる拷問が行なわれ、彼の絶叫が上がる度に、その声を大きくしていった。広場から叫び声が途切れる事はなく、群衆の叫びと王子の悲鳴と絶叫は、王子が息絶えるまで終わる事はなかったのである。
 そう、時間のかけられた王子の処刑は、体がばらばらに解体され、腹を切り開かれたところで彼が息絶えたため、無事終わったのだ。
 エステラン国第二王子メロース・リ・エステランは、帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスとエステラン国民の手によって、見事処刑されたのである。
 エステラン国史に残ったこの処刑。処刑された後、王族である彼の体は手厚く葬られる事はなく、彼を恨む者達の手によって、細かく刻まれ家畜の餌にされたと言う。
 こうして、ある意味両国最大の敵と言えた、第二王子メロースの人生は幕を閉じた。
 彼の死を悲しんだ者はいない。何故ならこれは、彼自身が招いた自業自得の結果なのだから・・・・・。
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