贖罪の救世主

水野アヤト

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第二十四話 謀略の果てに

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「きっ、貴様ら・・・・!これは何の真似だ!?」

 エステラン国、ビィクトーリア幼年期学校の周囲を取り囲むエステラン国軍兵士。この軍団の指揮を執っている、エステラン国第一王子アーロン・レ・エステランのいる戦闘指揮所では今、誰も予想していなかった緊急事態が発生していた。
 戦闘指揮所で自分の配下である兵士達に命令を飛ばし、新たな人質奪還作戦を計画していたアーロンのもとに、彼らはやって来た。完全武装した兵士達が、アーロンを拘束するべく突然彼の周囲を取り囲み、剣の切っ先を向けたのである。これには、アーロンも彼の兵士達も度肝を抜かれ、咄嗟に動けなかった。
 
「アーロン王子、貴方を拘束させて頂きます」
「何だと!?」

 兵士達はアーロンを拘束するためやってきた。しかし彼らは、同じ国の軍隊に所属する友軍である。だが彼らは、エステラン国の兵士でありながら、自国の王族に刃を向けたのである。
 アーロンは彼らに激怒した。そして、彼の配下である兵士達は、自分達の主を守るべく武器を抜こうとしたが、躊躇っていた。何故ならば、アーロンに剣を向けた兵士達は、国王配下の武装警護隊だったからである。

「国王陛下に弓を引いた逆賊として、王子には逮捕命令が出ております。速やかにこの場の指揮権を放棄し、我々に御同行して頂きます」
「ふざけるな!私が逆賊だと!?」

 あり得ない事である。まさかエステラン国王配下の兵士が、国王の息子であり、次期国王候補である彼を逮捕すると言うのだ。アーロンも彼の兵士達も、思考が全く追い付かない。悪い冗談でも聞いている様だった。
 しかも武装警護隊の兵士達は、アーロンに逆賊の容疑をかけている。エステラン国王に反逆したとして、彼を拘束しようとしているのだ。
 確かにアーロンは、次期国王の座を狙っており、自身の配下の戦力を国内に集中させていた。だがこれは、第二王子メロースの勢力に対抗するためのものであり、国王に反旗を翻す為のもではない。アーロンは自らの父親でもある国王を快く思っていないが、国王と戦おうとまでは思っていなかった。
 そう、これは全てあらぬ疑いである。配下の兵士達と違い、アーロンは直感で理解した。自分は嵌められたのだと・・・・・・。

「この場の指揮は我々が引き継ぎます故、姫様の身はご安心下さいませ。さあ王子、我らと共に城へ-----」
「行くわけがないだろう!貴様ら、こんな事をしてただで済むと思うなよ。貴様らを拘束し、即刻処刑台送りにしてやろう」
「王子、これは国王陛下の命令です。貴方が第一王子であろうと、国王の命令は絶対です」
「黙れ!貴様達何をしている、この不埒者共を拘束しろ」

 アーロンの怒りは尋常ではなかった。自分の部下達へと命令を放ち、武装警護隊の兵士を拘束させようとする。アーロン派の兵士達は、彼に従う勢力の兵である。よって、武装警護隊の命令よりも、アーロンの命令に従わなければならない。
 彼は第一王子であるし、次期国王最有力候補である。彼に従わなければ、この先自分達が生き残る術はない。何故なら彼らは、第二王子メロースでも国王の勢力でもなく、アーロンの勢力に組み入ったのである。完全な対立状態でないにせよ、自分達が国王の勢力ではない以上、武装警護隊は彼らにとって敵である。
 敵の命令は聞けない。そして国王派は、自分達を敵と認識しているだろう。ここでアーロンを捕縛されたら、アーロン派の兵士達は行き場を見失う。二つの勢力を敵にまわしているアーロン派が、ここでアーロンを失えば、彼の配下の者達はどんな目に遭うかわからない。国内を騒がせた逆賊として処理される可能性や、捕らえられる可能性もある。アーロンを失えば、彼らに未来はないのだ。
 自分達の保身のために、武装警護隊に剣を向けようとするアーロン派兵士達。この場で友軍同士の戦闘が勃発するかと思われたが・・・・・・。

「どうやら、アーロン王子は我が国の状況を理解しておられないようですね」
「・・・・!?」
「我が国の南方前線がヴァスティナ帝国軍の侵攻により突破され、既に帝国軍の先発部隊が我が国の目前まで迫っております。帝国軍の接近に対して、多くの民が我先にと避難を始め、民の一部は暴徒と化し、各地で混乱が発生しております。軍はこの混乱を鎮静化するため行動を開始しておりますが、人員が全く足らず、混乱は増すばかりです。最早我が軍に、国内の混乱を収拾する術はありません」
 
 現在エステラン国内は、帝国軍の侵攻を知って大混乱の渦中にあった。敵国が国境線を突破し、自分達の目と鼻の先まで接近しているというのだ。混乱するのも無理はない。
 帝国軍の進攻を知り、多くの民は自らの意思で避難を開始した。いや、逃げ惑っていたと言う方が正しい。敵国の侵攻に驚き、恐怖に駆られたエステラン国民は、家を飛び出し逃げ出した。侵攻する帝国軍から離れるべく、北を目指して逃げる者達もいれば、保護を求めて城を目指す人々もいる。国を出ようとする者達や、混乱に乗じて略奪を始めた者達もおり、国内の混乱は大きくなるばかりだ。
 軍はこの混乱を鎮めるべく出動したが、国中の民がこのような状態であるため、事態を収束するための兵の数が全く足りていないのである。しかも、第一王子アーロンと第二王子メロースの対立によって、多くの兵が彼らの私兵と化した今、国内の混乱を治めるために動ける兵力は、極めて少ないのだ。
 
「ふん!我が愚弟が帝国に敗北したと言うだけでこの有り様か。いいだろう、私が兵を率いて侵攻軍を討ち果たしてくれる。そうすれば、民の混乱は簡単に収拾出来るはずだ」

 敵が自国に近付いてこの有り様なのであれば、侵攻中の敵を迎え撃ち、撃破してしまえばいい。そう考えたアーロンは、国内の自分配下の軍団を動かし、侵攻中の帝国軍を迎え撃とうとした。
 そして、帝国軍を見事撃破して見せ、国民の信頼を得る事によって、自分にかかった嫌疑を晴らそうとしているのだ。

「その必要はありません。王子が御出陣なさらなくとも、帝国軍の侵攻は停止します」
「!?」
「国王陛下は帝国と和平を結ばれます。帝国との全戦闘行為を即時停止し、今後はお互いに友好的な関係を-------」
「馬鹿な!和平だと!?」

 エステラン国王ジグムントは、ヴァスティナ帝国と和平を結び、この戦争を終わらせようと動いている。和平を伝えるための使者が、接近中の帝国軍へ既に向かっており、帝国側がこの和平を受ければ、戦争は終わるだろう。
 しかし、エステラン国とヴァスティナ帝国は、簡単に友好を築けるほどの関係ではない。帝国はエステラン国を憎んでおり、エステラン国は何度も帝国へ侵略行為を行なっている。両国が和平を結ぶのは簡単ではなく、よくて一時の休戦協定を結ぶ事が出来るかどうかなのである。
 それを理解しているアーロンだからこそ、この話が信じられなかった。しかもこれは、王子達に相談もない、国王の独断によるものだ。あまりにも大胆な決断であり、行動が早過ぎる。
 そう、早過ぎるのだ。和平の決断も、それに対しての行動も、そして・・・・・・・。

(そうか、そう言う事なのか!南方前線が突破されたのなら、メロースは帝国に敗れたはずだ。そして次は、私を排除しようというわけか・・・・・!)

 アーロンの中で全てが繋がった。この立て籠もり事件も、帝国軍の侵攻作戦も、彼への嫌疑も、そして両国の和平も、全て仕組まれたものだったのである。
 
「和平など許さんぞ!父上の思惑通りにさせてなるものか。こうなれば、全軍を率いて父上と戦うまでだ!」

 第二王子メロースは帝国に敗れた。つまりそれは、国王ジグムントにとっての邪魔者が一人減った事を意味する。そして、残る邪魔者はあと一人。
 第一王子アーロンを排除すれば、ジグムントに敵対する国内の敵は存在しなくなる。これは全て、ジグムントが己の敵を排除するために仕組んだ、ヴァスティナ帝国を利用した謀略なのだ。
 それに抗うべく、アーロンは自らの兵を率い、自身の父である国王ジグムントと戦うと決めた。彼は今、己の真の敵は自分の父親だと知ったのである。ここで戦わなければ、アーロンは逆賊として捕えられ、二度と王位に就く事は叶わないだろう。彼は己の未来のために、父親と戦う道を選んだ。
 
「やはり、国王陛下に反旗を翻す御積りでしたか。アーロン王子、この場で貴方を拘束させて頂きます」
「やってみろ、父上の犬共めっ。我が兵達の剣の錆にしてくれるぞ」
「そうですか。大人しくして頂けないのであれば、致し方ありませんね」

 緊迫したこの状況の中、武装警護隊の兵士達は不自然なまでに冷静だった。彼らはアーロンに完全に敵と認識されており、この場に留まり続ける事は死を意味する。このままでは彼らは、アーロン派の兵士達によって殺されてしまうだろう。
 それでも尚、彼らは冷静沈着を貫いている。死ぬのが恐くないのか、全く引き下がらない。先程からアーロンへ話す武装警護隊の隊長が、用意しておいた切り札を口に出す。

「聞け、アーロン王子配下の兵士諸君!王子は国王に反旗を翻した逆賊である。我々、国王直属の武装警護隊に剣を向ける事は、国王に刃を向けるも同義だ。この意味が分からない諸君達ではあるまい?」

 アーロン配下の兵士達に突き刺さる、逆賊と言う言葉。ここで武装警護隊と争えば、アーロン配下の全兵士は、国家反逆を企てた賊として、エステラン国全軍と全国民の敵となってしまう。

「国王陛下は寛大である。今、我々の言葉を聞き、原隊に復帰すると言うのであれば、諸君らは国王陛下の剣に戻る事が出来る。飽く迄王子に従うと言うのであれば、国王陛下はヴァスティナ帝国軍と共に諸君らを討つと宣言されている。さあ選べ!国王陛下への忠義を示すのか、国王陛下に刃を向けるのか、二つに一つだ!!」

 アーロン達はまだ知らないが、既にジグムントは国中に宣言している。自分の息子であり、この国の王子でもあるアーロンとメロースは、国を滅ぼす逆賊だと、全国民にそう宣言した。それと同時に、彼は全軍に命令を下している。命令の内容は、「速やかにヴァスティナ帝国との戦闘状態を停止し、逆賊となった二人の王子を捕えよ」であった。
 この宣言により、エステラン国軍の多くの部隊が、国王の命令に従った。既に軍全体には、メロースが帝国軍に敗れた事が伝わっており、もうこれ以上、下らない勢力争いに付き合う必要はないと、誰もが理解したのだ。
 エステラン国はヴァスティナ帝国と停戦し、国王は内乱の収束に動いた。この無益な戦いを終わらせるべく国王が動いたのであれば、国を守るべく戦う役目を負った兵士達の選択は、たった一つだ。

「王子、どうか御許し下さい・・・・・・」
「きっ、貴様ら・・・・・・っ!」
 
 自分達の主であるアーロンへと剣を向けた、彼の配下の兵士達。彼らもまた、王子に従い続けるよりも、国王への忠誠を選んだのである。
 兵士達が簡単にアーロンを裏切るのも無理はない。アーロンは兵士達の信頼を失っているため、彼のために命を懸けようという兵士は、少なくともこの場には存在しないのだ。

「抵抗は無意味ですよ、王子」
「・・・・・くっ!」
「この場の処理は御安心下さい。王子の兵達についても、後は我々が引き継ぎます」

 国王から逆賊と定められ、武装警護隊に拘束され、配下だった兵士達には裏切られたアーロンには、この状況を打開する術は何もない。
 抵抗は無意味だと知ったアーロンは、大人しく武装警護隊に従い拘束された。この場の指揮権を奪われ、連行されたアーロンは、表情こそ怒りに満ちていたものの、終始大人しくしていたのである。何であれ、今は生き延びる事こそが肝要だと、そう考えたからである。
 アーロンがこの場から連れて行かれた後、すぐに国王配下の兵士達がこの場に現れ、未だ立て籠もりが行なわれている学校の校門前に集結した。そして、国王配下の兵士達は、立て籠もりを続けるテロリスト達へ向けて、最後通告を行なったのである。
 「速やかに武装を解除し、人質を解放して降伏せよ。さもなくば命の保証はない」と・・・・・・。
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