贖罪の救世主

水野アヤト

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第五十七話 侍従乱舞

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 前線部隊から後方に位置する形で、反乱軍主力を指揮しているミュセイラの隣には、軍馬に跨って同じく指揮を執る、ブラウブロワ軍将軍ザンバ・バッテンリングの姿がある。
 反乱軍全体の作戦指揮を執るのはミュセイラだが、前線の指揮を執るのはザンバが担っている。ブラウブロワを始めとした各国軍の兵が、ミュセイラの言う通り動くよう命令するのが、武闘派たるザンバの役目となっている。
 
「おい参謀殿。貴様にもらった玩具だが、もう半数以上がガラクタだ」
「そのようですわね。敵があんな兵器を隠し持ってるなんて、想定外もいいところですわ」
「それで済むと思っているのか? あれを動かしているのは俺の兵だぞ」
「損害は最初から想定内ですの。街に突入すれば、対戦車戦で何両かは撃破される計算でしたから」

 殺気を向けて睨み付けるザンバに、ミュセイラは臆せず冷酷に言い放って見せた。他人の死にも、自分に向けられた殺意にも、全く恐怖を感じていない彼女の態度は、逆にザンバを驚かせる。
 冷酷かつ無慈悲なエミリオの印象とは違い、ミュセイラには青臭い正義感や、兵士としての甘さをザンバは感じていた。女だからという理由もあるが、エミリオとミュセイラの思想の違いが、そう感じさせたという理由が大きい。
 自分の正義を貫こうとする、若く未熟な女軍師程度に考えていた。しかしザンバは、彼女に対して抱いていた最初の印象が、自分の早計な判断であったと気付く。
 かつての仲間に対して一切の容赦がなかった、あのエミリオ以上にその瞳は冷たい。今彼女は、人間の命を数としてか見ておらず、その思考はただ勝利へと向けられていた。

「⋯⋯⋯ふん、思ったより面白い女だ。俺の兵を死なせた以上は、どんな手を使ってでも勝ってもらうぞ」
「御期待には応えますの。将軍が勇猛果敢な兵を貸して下さったお陰で、とてもやり易いですわ」
「俺の兵に臆病者はおらん。戦場で恐怖を感じたとしても、俺の命令に従って行動する。例え相手が、化け物並みにでかい戦車だろうがな」
「初の戦車戦にかかわらず、独断で敵戦車相手に接近戦を挑むなんて素晴らしいですわ。犠牲は払いましたが、彼らの勇敢な突撃は、前線の兵の士気を維持するのに役立ちますの」
 
 反乱軍の中で最も精強な兵は、ブラウブロワ軍とゲルトラット軍の兵である。その精強さと勇猛さを買われ、反乱軍戦車部隊はブラウブロワの兵で編成されている。
 重戦車に恐れず立ち向かった戦車部隊の兵のみならず、前線で戦うブラウブロワの兵もまた、ヴァスティナ帝国やかつてのジエーデル国に劣らない質を有する。この兵を鍛えた者こそ、ザンバとジルバの兄弟将軍だ。

 残忍で野心に満ちた二人だが、軍人としては武闘派であり、戦闘にかけては優れた才を発揮する。顔や性格に似合わず、自軍の兵に対して横暴というわけではなく、兵士達の信頼も厚い。指揮下の兵から信頼を集めているからこそ、ブラウブロワ軍はこの場ではザンバの命令に従い、命を惜しまず戦う。
 一例を挙げると、ジエーデル国が大陸各国に侵略戦争を仕掛けた際、ブラウブロワは従順か抵抗かを選ばなくてはならなかった。王や文官が侵攻を恐れ、強大なジエーデル国への従順を選ぼうとしていた時、ザンバとジルバは徹底抗戦を訴えたのである。
 ジエーデルに支配された国がどんな末路を迎えるか、二人は王や文官達よりもよく理解していた。支配を受け入れるなど有り得ないとし、彼らは独断で兵を率いてジエーデル軍相手に戦闘を仕掛け、無理やり国を徹底抗戦へと導いたのである。
 この行為は、ジエーデルの支配を良しとしなかった、多くの兵や民に支持された。結果として、ジエーデル国が戦争に敗北した事により、彼らが正しかった事も後に証明された。この選択もまた、ザンバが兵の信頼を得る出来事の一つとなったのである。
 
 ミュセイラはこの話を含め、ザンバとジルバの兄弟将軍についてや、ブラウブロワ軍の戦闘能力を把握していた。第零戦闘団と名乗る敵戦力は、帝国国防軍が誇る最強の歩兵と言える。それに対抗するには、高い戦闘能力と勇猛さを併せ持つ兵の存在が、必要不可欠であった。
 彼女が兵の指揮をザンバに任せているのは、精強な二つの軍の兵士が、彼に対してなら最も従順に行動し、その力を存分に発揮できると考えての事だ。
 前線に立つゲルトラットの兵は、将軍オスカーの命令により、前線ではザンバの指揮に従うよう命令を受けている。ブラウブロワとゲルトラットの軍を指揮下に収め、更には各国軍の兵士からも、いつの間にか支持を集めていたザンバの存在は、裏切り者の汚名を背負うミュセイラにとって、非常に大きい。 
 裏切り者の軍師などに、内心では従いたくないと考えている兵士は多いだろう。だがザンバが指揮をする形であれば、兵の疑いや不満は解消できる。それがザンバに指揮を任せる、ミュセイラの狙いだった。

「ところで、あの馬鹿でかい戦車は何故退いた? 優位に立っていたのは奴の方だろう?」
「罠の可能性も十分考えられますが、恐らくは単なる故障ですわ」
「どうして壊れたとわかる?」
「技術開発部主任の悪い趣味で作られた臭い戦車ですもの。きっと欠陥を抱えた試作品に違いないですわ」
「おい待て。俺の兵が使っているのも、そいつが作った試作品だと聞いたぞ」
「ええ、その通りでしてよ。何でも初期型は、出力を最大にして全力運転させると、運悪く発動機が炎上することがあるらしいですの。試験段階の時にその欠陥で乗員を殺しかけたと聞きましたわ」
「貴様⋯⋯⋯、それを黙っていた理由はなんだ?」
「正直に伝えたところで、使わないという選択肢がありまして?」

 開き直ったように堂々とミュセイラが答えると、ザンバは思わず大笑いしてしまった。
 そして彼は気付く。この大胆不敵かつ、良い意味でも悪い意味でも頭のおかしい人材達が、南の小国を最大規模の大国へと生まれ変わらせた、恐るべき存在なのであると⋯⋯⋯。









 一方、トロスクスの街中では、後退した重戦車を修理する搭乗員達と、市街戦の用意を急ぐヘルベルト達の怒号が飛び交っていた。
 
「いいか!? その重戦車は死んでも直せ! でなけりゃ、こいつを用意してくれたフランチェスカ嬢ちゃんに申し訳が立たねぇだろうが!」
「へいへい、わかりましたー」

 重戦車を修理する搭乗員に向け、絶対直せと無茶を言うヘルベルトだが、それには理由があった。
 反乱が勃発した当初、リック達の行方を追っていたヘルベルトが、鉄血部隊を連れてエステラン国に到着した際の話である。彼らがエステランに到着した時、既にリック達は国を脱出した後であった。急いでリック達を追おうとした彼らの前に、一通の手紙を持った子供が現れた。
 その子供は、かつて鉄血部隊が起こした「ビィクトーリア幼年期学校立て籠もり事件」の際、彼らが人質にした少女の一人だった。少女から手紙を受け取ったヘルベルトは、何事かと早速手紙を開き、差出人を確認する。
 手紙の主は、あの事件で人質にした、エステラン王族の娘フランチェスカだった。手紙には、今回の事に対する謝罪と、彼らへの贈り物があると記されていた。その後、手紙を私に来た少女に案内され、鉄血部隊はエステラン国に残されていた、この重戦車を回収できたのである。
 手紙の最後には、ヘルベルトにまた会いたいという言葉や、リリカに対して宜しくお伝え下さいと記されていた。
 どうやらリリカは、今回エステラン国に到着した際、フランチェスカに密書を渡していたらしい。その密書には、もし何かあった際は手を貸して欲しいと記されており、予め彼女の協力を促していたのである。
 フランチェスカはリリカに従順であるため、鉄血部隊に協力するという形で応えたのだ。因みに、手紙を届けに来た少女は、あの事件で人質になった他の子供達も含め、今ではフランチェスカの忠実な配下であるという。
 あの事件と、リリカとの出会いと教育の影響で、フランチェスカの支配者としての才が開花したらしい。まだ子供ながら、彼女は着実に将来の人脈と基盤を築き上げているという。

「部隊長! 無駄に重いせいで変速機まで壊れそうだ!」
「んなもん知るか! 壊れそうなら補強しやがれ!」

 子供に対して滅法甘いヘルベルトは、協力してくれたフランチェスカのためにも、この重戦車で敵軍を蹂躙すると決めている。何としてでも修理しろと無茶難題を叫ぶヘルベルトに、呆れた面々が溜め息交じりに頭を抱えているところへ、軍服姿のリリカが、レイナとクリスを連れて現れる。

「ふふっ、あんまり無理を言うものじゃないよ」
「そうだぜロリベルト。発明女の試作品なんて、いつもこんなもんだろうが」
「これだからロリベルトは⋯⋯⋯」
「くおらあああっ!! 俺をその名前で呼ぶんじゃねぇ!!」

 妖艶に笑うリリカと、呆れた顔をしているレイナとクリスに、ヘルベルトの怒号が飛ぶ。ある意味お馴染みの光景だが、今はそんな事をしている場合ではない。
 故障した重戦車の状態を確認したリリカは、修理を行なう戦車長へと視線を向けると、冷静に口を開いた。

「使えそうかい?」
「街の外に出てドンパチは無理だな。外で敵戦車を片付けたいなら、部隊長に爆弾括り付けて突っ込ませる方が早い」
「広場が私達の最終防衛線だ。そこで固定砲台になれば十分だよ」
「了解だ。広場までは引っ張ってでも運んでくさ」

 重戦車の状態を見たリリカは、敵戦車に対する対戦車戦の運用を捨て、防衛拠点での砲台化運用を命令した。幾ら強力な兵器であろうと、満足に動かせないのであれば、固定砲台にする以外使い道がないという判断だった。
 戦闘時における、こうしたリリカの判断は、度々皆を驚かせている。リリカは自軍の戦力と敵の戦力を正確に分析しており、突然問題が発生しても、冷静に的確な判断を下す事ができる。
 動かない重戦車を固定砲台にして扱うなど、戦車の運用を分かっていなければ、直ぐに思い付く発想ではないだろう。戦争慣れした者が持つ、非常時における発想力というものを、何故か彼女は持っているのだ。

「さあ、これから先は楽しい楽しい市街戦だ。ヘルベルト、早く配置に付かないなら、体に爆薬を括り付けて敵戦車の前に放り出そうか?」
「わっ、わかってるって姉御!」
「レイナ、クリス、君達も思う存分楽しんできなさい。そうだ、二人で千人斬りでも目指してみたらどうだい?」
「二人合わせて千人ってか? 冗談だろリリカ姉さん」
「先に千人討つのはこの私です。破廉恥剣士の力など借りずとも、私一人で成し遂げて見せます」
「そいつはこっちの台詞だ。今度はどっちが先に千人斬るか、勝負といくか?」

 圧倒的な戦力差を前にし、予想される激しい市街戦に備えながらも、彼女達の戦意は一切衰えないどころか、寧ろ上がっている。千人斬りなど到底不可能な話だが、彼女達がやると口にすれば、本当にやってしまいそうなのが、また恐ろしい。 

 反乱軍は知るだろう。街を踏み入れたその瞬間、彼らが立つ地は地獄の一丁目となる。
 ローミリア大陸初の戦車戦は、所詮は前哨戦に過ぎない。第零戦闘団と反乱軍による本当の戦いは、ここから始まるのだ。
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