777 / 841
第五十七話 侍従乱舞
2
しおりを挟む
トロスクスの街。そこが、リクトビア・フローレンスが率いる戦力と、エミリオ・メンフィスが率いる反乱軍との、決戦の地となった。
トロスクスとはかつて、リックが帝国の双璧たるレイナとクリス、更にはヘルベルトら鉄血部隊を仲間にした街である。その街は今現在、武力行使に出たリック達によって占拠され、決戦に向けた戦闘準備が行なわれていた。
トロスクスの人々は全員強制退去させられており、街を囲む防御壁の見張り台には、鉄血部隊の男達が周囲を警戒している。そして街の正門に当たる方角には、街から距離を取って布陣する反乱軍が集結していた。
トロスクスの街をリック達が占拠したという情報を得て、反乱軍は直ちに現地へと急行した。反乱軍が到着した時には、既に街から人々は退去させられた後であり、攻撃に備えた鉄血部隊と、烈火及び光龍の騎士団が展開していた。
反乱軍の編成は、主戦力となっている六か国の軍隊である。コーラル、ワルトロール、サバロ、ブラウブロワ、ゲルトラット、ドライアによる混成軍は、約一万二千の大軍であった。この他にも、幾つかの国が様々な形で支援を行なっており、反乱軍の規模は兵力以上に大きいと言える。
対するリック達の戦力は、約六百程度となっており、数の上では勝負にもならない。だがリックのもとに集まった戦力は、精鋭中の精鋭達である。帝国国防軍最強の戦力が、彼を守るために集まったと言っても過言ではない。
反乱軍の指揮権を得て、全軍の指揮を任されているのは、帝国国防軍参謀ミュセイラ・ヴァルトハイムである。彼女は敵対する両騎士団、並びに鉄血部隊の手の内は、よく理解している。彼らを討つに当たって、これ以上の作戦指揮者は他にいないだろう。
ミュセイラは真っ向勝負を挑むべく、戦力の大半を街の正門前に展開させた。街を完全に包囲しなかったのは、戦力の分散を避けるためである。
リック達は少数精鋭の戦力であり、少数の兵で大軍に打ち勝つ策を講じなければ、まず勝利は不可能だ。そうなると、彼らが使える十八番にして最強の作戦は、敵戦力の薄い箇所へ強行突撃する、強力な一点突破である。
包囲戦を仕掛けて戦力の分散を図るのは、かえって彼らの思う壺だ。それを理解しているミュセイラは、戦力の大きな分散は避けつつ、万が一彼らが街からの脱出を図った場合を想定し、足止め用の伏兵を各所に配置した。
これでもしリック達が撤退を企てたとしても、簡単に逃がす事はない。あらゆる事態を想定したミュセイラは、万全の構えで彼らと対峙している。
全軍の指揮を任されたミュセイラは、反乱軍本陣にて部隊の配置を済ませると、エミリオのいる天幕へと移動した。天幕の前までやって来て、深呼吸した彼女が天幕内に足を踏み入れる。そこには一台の無線機と、彼女を待っていたエミリオの姿があった。
ミュセイラの計画した作戦は、勿論エミリオも承認している。エミリオはリック達との戦闘を彼女に任せ、自身は帝国女王アンジェリカ・ヴァスティナへの対処に専念する。
これは、ミュセイラに対するエミリオなりの、最終試験と呼べる配置だ。エミリオは先輩として、自分が教えてきた事、彼女がこれまで学んできた事を活かさせ、最強の敵を討たせようとしている。これを討ち果たせた時が、彼女が軍師として合格である証となる。
ミュセイラはそれが分かっているからこそ、顔や仕草には出さないが、内心では緊張が抑えられずにいる。憧れの先輩に一人前と認められるための、最後の試練だと思うと、試練を課した本人を中々直視できない。
「肩の力を抜いて欲しい。いつも通り、徹底的にやってくれて構わないよ」
「!」
緊張を見破られたミュセイラは、恥ずかしくなって頬を赤くし、気持ちを切り替えるように大袈裟に咳払いして見せた。その様子を微笑まし気にエミリオが眺め、彼女に無線機のマイクを手渡す。
「遠慮はいらない。堂々と宣戦布告してくれ」
「わかっておりますの。もとより、覚悟の上ですわ」
緊張の理由は試練だけではない。これから彼女は、仲間であった者達と決着を付けるため、全軍に攻撃を命じる事になる。裏切りの汚名と共に戦う理由は、自らが信じる未来を守るためだ。
躊躇いは捨てなければならないが、仲間との戦いは辛く苦しい選択である。覚悟を決めたとは言え、いざその瞬間を前にすれば、一瞬の迷いが現れるのも無理はない。
「例え、皆さんに恨まれたとしても⋯⋯⋯。私《わたくし》はやり遂げて見せますわ」
受け取ったマイクを手に、覚悟を決めているミュセイラが、無線機のスイッチを入れた。
トロスクスの街の、とある酒場内。リック達にとっては思い出深い酒場が、現在は彼らの本陣となっている。
夜明けから暫く経ち、早朝を過ぎた頃。ヘルベルトと鉄血部隊の男達、そしてレイナとクリスが戦闘準備を完了させ、酒場内にて待機している。戦いを前に、戦士の顔をした猛者達が、それぞれの得物を手に、戦いの瞬間を静かに待っていた。
彼らが待つのは、自分達を率いる絶対的存在である。その存在が命じた瞬間、彼らは込められた弾丸の如く放たれ、あらゆる敵を粉砕する事だろう。
『⋯⋯⋯ご機嫌よう、皆さん』
全員の視線が一斉に無線機へと向いた。酒場内のテーブルに設置していた無線機が、外部からの通信を受信したのである。その声の主がミュセイラであると、彼らは直ぐに気付いて応答する。
初めにヘルベルトが無線に手を掛けようとし、「俺が先だ」と言わんばかりにクリスが邪魔をして、二人が争っている間にレイナが無線に出た。
「⋯⋯⋯今更何の用だ。裏切り者」
『その声はレイナさんですわね。他の皆さんもいらっしゃるのかしら?』
「無論だ。そっちこそ、エミリオはちゃんといるんだろうな?」
『ええ、もちろん。何か御用がありまして?』
エミリオがいると聞き、レイナが持つ無線機のマイクに、クリスとヘルベルトも顔を近付けた。
「「「お前の眼鏡叩き割ってやる!!」」」
マイクに向かって三人が、怒りのままにずっと言ってやりたかった言葉で、マイクの向こうにいるであろう男へと怒鳴る。するとマイクの向こうから、堪え切れず吹き出した男の笑い声が漏れ聞こえた。
『⋯⋯⋯いきなり怒鳴らないで下さいな。鼓膜が破れるかと思いましたわ』
「いっそ破れてしまえ。そうすれば、普段お前のせいで耳を傷める私達の気持ちが少しは分かるはずだ」
「おい騒音女、エミリオの野郎だけじゃねぇぞ。お前だってただじゃおかねぇから覚悟しとけ」
「まあ、そういうこった。雑魚をぞろぞろ引き連れてきやがって、本気で俺達に勝てると思ってんのか?」
『それはこっちの台詞ですの。直ちに武装を解除し、大人しく我々に降伏して下さいな』
戦いを前に、圧倒的な兵力を有する側として、ミュセイラはレイナ達に降伏勧告を行なった。彼女の事であるから、大人しく武装解除して投降すれば、全員の命までは奪わないだろう。そういう性格なのだと分かっていても、レイナ達の答えは決まっている。
「断る」
「お断りだぜ」
「断るに決まってんだろ。こちとら派手にぶっ放したくてうずうずしてんだ」
降伏の意志がない事など、聞かずとも分かっていた。無駄な血を流さないで済むのなら、戦わずに終わる方がいいと考えていたミュセイラだが、予想通り過ぎる回答に溜息が零れる。
『⋯⋯⋯貴方方ってどうしようもない戦闘狂ですわね。一体誰に似たんでしょう』
「大きなお世話だ。今度はこちらから聞させて貰おう」
『なんですの?』
「お前がリック様を裏切った真意だ」
ミュセイラの性格は皆よく知っている。真面目で正直者な彼女が、仲間を裏切るような真似が簡単にできるはずがない。
他者の思惑に利用されているのか、それとも脅されているのか。まさか本当に自分の意志で裏切ったというのか、その真意だけは、彼女の口から聞く必要がある。
『⋯⋯⋯レイナさんは、私達の戦いで破壊された街並みを見たことがありますの?』
「⋯⋯⋯」
『アーレンツの時も⋯⋯⋯、ジエーデルの時でさえも、私達が望んだ戦争で街は破壊され、多くの人々が亡くなりましたわ。私達の勝利が、罪のない人々の屍の上にあるのだと気付いた瞬間、急に恐ろしくなりましたの⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯!」
彼女は元々ジエーデル国出身の、士官を志す生徒だった。しかし国を追われた彼女は、両親とも死に分かれ、孤独の身となった。そんな彼女が今を生きるのは、自分が持つ力を活かし、新しい居場所を手に入れるためだ。
ミュセイラはヴァスティナ帝国という新たな居場所で、新たな生き方手に入れ、新しい明日を生きた。彼女はその温かく、幸福な日々を生きるために、自分の能力を最大限発揮して、戦いを勝利に導いた。
自身が持つ能力を活かし、戦いに勝利できた事に、大きな喜びは感じた。自分が学んできた事が無駄にならず、将来夢見た軍人の姿となって、戦争を勝利に導いたのである。それが嬉しいと思うのは、当然の感覚だ。
だが彼女は、戦争というものの本当の姿に触れ、戦争の悲劇について考えてしまった。それが今の彼女の行動原理に繋がっている。
『私は、レイナさん達のように割り切れませんでした。だって、私がたった一言口にするだけで、簡単に人の命が失われるんですのよ? それが敵の命ではなく、戦争とは無関係な人々だとしたら⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯くだらない」
『!?』
目を据わらせたレイナが感情を捨てた瞳で、マイクの向こうにいる、驚愕の表情をしたミュセイラの姿を思い浮かべる。
やはり彼女は、自分達とは違いずっと優しい人間で、自分達と共にいてはいけなかったのだ。クリスとヘルベルトも、そう思うレイナと同じ目をしていた。
「兵士も民も、戦争となれば等しく同じ立場だ。そして争いを招き入れ、或いは戦争を望むのは、お前が無関係と呼ぶ民達なのを忘れたか」
『ですが、私達の戦争はあの人が望んだからじゃありませんの』
「戦を望むリック様を選んだのは帝国の民。帝国と戦う道を選んだのは敵国の指導者であり、その指導者を選んだ民達だ。戦わないというだけで無関係を気取るなど、お前が許しても、この私が許さん」
一騎当千の強者とはいえ、所詮は戦いの事だけを考える武人。それがレイナだと思っていたミュセイラは、多くの出来事を経て、彼女もまた成長しているのだと気付く。
レイナに言われるまでもない。それが戦争の真実だと分かっていても、自分達が戦いを起こさなければ死なずに済んだ命があると思うと、いくら懺悔しても足りない。ましてそれが、自分の命令を聞いた兵士の手によって、奪ってしまった命であるというならば⋯⋯⋯。
『⋯⋯⋯だとしても、私は将軍を止めますの』
「止める?」
『将軍が大陸全土の武力統一を望み続ければ、大勢の人々の命が失われ、やがて燃え上がった戦火の炎は、彼自身すらも焼き尽くす。そんな未来は私が止めて見せますわ』
「そんなこと、リック様は望んでいない」
『あの人が望まなくとも、誰かが止めなければいけないんですの。そうしなければ、あの人が守ろうとする陛下だって、あの人自身の手で焼き尽くしてしまいますわ』
ミュセイラの裏切りは、やはり欲望に満ちたものでなく、大切な者達を守ろうとする行動だった。それが分かっただけでも、レイナ達は彼女との戦いに、一切の迷いなく挑む事ができる。
自らの信念に基づいて行動する彼女を、レイナ達の言葉で止める事は出来ない。ミュセイラが帝国一の頑固者である事は、皆よく知っているからだ。
「ふふふっ⋯⋯⋯、そこまで言うなら証明して見せるといい」
『!』
レイナ達が無線に集中していた中、酒場の奥の部屋から彼女は姿を現した。現れた彼女の思いもよらぬ姿に、レイナを始め、クリスやヘルベルト達も目を見開いて驚いた。
妖艶の笑みと共に現れたリリカは、いつもの紅いドレスを身に纏わず、軍服と装備品を身に付けた完全武装の状態で、皆の前にその姿を現した。鉄血部隊が搔き集めた物資の中にあった、予備の軍服等を調整して身に纏い、長い金色の髪は邪魔にならないよう一つに束ねている。
腰のホルスターには愛用の拳銃を差し、右手には突撃銃を握っている。普段の彼女からは想像もつかない格好であったが、何故か不思議と様になっており、素人臭さを感じさせない。
皆が驚愕する中、リリカは無線機の前まで歩み寄り、レイナからマイクを奪い取ると、不敵に笑って言葉をかける。
「どちらが正しいのか、勝者となって証明して見せなさい。それが全てだよ」
『リリカ宰相⋯⋯⋯』
「我がもとに集いし戦人《いくさびと》たち。ヴァスティナ帝国国防軍、第零戦闘団が君達を捻じ伏せて見せようじゃないか」
零番目の戦闘団など、帝国国防軍には存在しない。リリカが口にしたのは、たった今名付けたばかりの反乱鎮圧部隊の名だった。
零番目の部隊。思えばレイナやクリス、そして鉄血部隊は、今の帝国軍を築き上げた最初期の者達だ。そんな者達が集まるからこそ、リリカは自分達を始まりの部隊、零と名付けた。
第零戦闘団。リリカがその名に込めた想いを悟り、皆異論はなかった。原点にして頂点たる彼らには、まさに似合いの名前である。
『第零戦闘団⋯⋯⋯。あの人が好きそうな中二病臭い名前ですわね』
「せっかく楽しいお祭りになりそうなんだ。格好つけた名前の方が気分が上がるだろう?」
『私⋯⋯⋯、人殺しを愉しんでいるような貴女のことが、本当は苦手でしたの』
「ふふっ⋯⋯⋯、私はミュセイラのこと、とても気に入っているよ」
何処までもいつも通りであるリリカが、やはり最大最強の敵であると、ミュセイラは改めて思い知る。一体何をすれば、あの妖艶に笑う余裕な態度を崩せるのか、全く見当も付かない。時々彼女が本当に人間なのか、ミュセイラにも分からなくなる程に恐ろしい存在だ。
だがもしも、リリカが守り支える彼を、彼女の目の前で殺してしまったなら、その時はきっと⋯⋯⋯。
『⋯⋯⋯貴女方に降伏の意志がないのはよく分かりましたの。下手な小細工は通用しないということを教えて差し上げますわ』
「小細工だって⋯⋯⋯?」
『惚けても無駄ですわ。貴女方がトロスクスの街を占拠する前に、少数の別動隊を放ったのは察知しておりますの。外部との連絡を試み、援軍を持って我が軍を叩こうとしたのは見抜いておりますわ』
「ほう、流石は我が軍きっての鬼才だ。君達が無線封鎖を行なっているせいで、ジエーデル国にいる第一戦闘団と連絡を取ることも出来なくてね。援軍を呼ぶのも一苦労だよ」
トロスクスの街からジエーデル国は、帝国国防軍が使用する無線通信の有効範囲内である。しかしエミリオとミュセイラが、帝国国防軍全体に対して無線封鎖の命令を出しているため、リリカ達からの通信は受信されない。
そうなると直接連絡する他ないため、別動隊を組織して外部と連絡を取ろうとするのは、ミュセイラが想定した範囲内の行動である。対策は万全であったため、警戒網によって別動隊の動きを察知したミュセイラは、既に対処を進めていた。
『烈火と光龍の騎士団で編成された別動隊。数は六十程度。向かったのはジエーデルではなく、ダナトイアですわね?』
「⋯⋯⋯何もかもお見通しか。ミルアイズの領主デルーザはダナトイア領主と親しい間柄だからね。もしデルーザが反乱に手を貸しているなら、ヴィヴィアンヌやイヴはそこに捕えておくはずだ」
『そちらもお見通しというわけですわね。けれど、どうしてデルーザさんが裏切っていると思うんですの?』
「ヴィヴィアンヌの作戦が簡単に失敗するわけがない。協力者の中に裏切者がいたと仮定すれば、もっとも怪しいのはデルーザだったというだけの話さ」
帝国宰相なだけあり、リリカは各地の要人に関する情報をかなり把握している。それをもとに、ヴィヴィアンヌとイヴが捕らわれた場所まで予想できるのは、最早常人の域を超えた発想と言えるかもしれない。
ミュセイラは、リリカならばこの結論に至ると予測し、別動隊の目的を見抜いて見せた。どちらも傍から見れば恐るべき発想力だが、状況はミュセイラの方が一枚上手である。
『貴女方は仲間を決して見捨てない。ヴィヴィアンヌさんとイヴさんを救出し、各地の戦力と連絡を取って、私達を攻撃させる計画なのでしょう。つまり、貴女方は私達の注意を逸らすための囮ですわね』
「囮だと考えながら、私達を全力で叩こうとするその理由はなんだい?」
『半端な戦力で貴女方を倒せるなら苦労しませんわ。攻めるなら全力で挑みますの』
「ふふっ、それでいい。そうでなければ面白くない」
リリカの事を何も知らない人間からすれば、彼女の態度は強がりに思えてしまうだろう。だがミュセイラは知っている。彼女は本気でこの状況を愉しんでおり、勝つための布石を打った上で戦いに臨もうとしていると⋯⋯⋯。
分かり切っていた降伏勧告への返答を受け取り、ミュセイラは戦いが避けられぬ事だと悟る。もとよりそれは覚悟の上で、覚悟していたからこそ決戦の地に赴いた。望む未来をこの手に掴むため、戦いから目を背けないと誓った彼女が、リリカら第零戦闘団へと宣言する。
『我が軍はこれより、貴女方第零戦闘団を正義の名の下に殲滅して差し上げますわ。では皆さん、御機嫌よう』
ミュセイラからの宣戦布告を最後に、彼女からの無線は途絶えた。静寂に包まれた酒場の中で、皆の沈黙を破ったのは、リリカの静かな笑い声だった。
「ふふふふっ⋯⋯⋯。聞いた通りだ。ミュセイラは本気で私達を潰しにくる」
「そうらしいな姉御。そんじゃまあ、いっちょ派手にいきましょうや」
攻撃の始まりを悟り、ヘルベルトが武器を片手に酒場の出口を目指すと、鉄血部隊の男達も彼の後に続く。
「リリカ姉さんこそ、本気で一緒に戦うつもりか?」
「戦闘は私達にお任せを。リリカ様が前線に立たずとも、反乱軍如き私の手で討ち果たします」
「二人共、心配してくれて嬉しいよ。でもね、戦える人間は一人でも多い方が良いだろう? こう見えて、君達ほどじゃないが戦闘には慣れてる。それにね⋯⋯⋯」
リリカの身を案じる二人に向け、妖艶な笑みを浮かべて余裕を見せるリリカだが、彼女が纏う空気は、戦場に立つ兵士のそれだった。
「私の可愛いミュセイラが牙を剥くというんだ。飼い主としては躾が必要だろう?」
一体いつミュセイラがリリカのものになったというのか。しかし彼女が言うのならば、リリカの中ではそう定められているのだろう。
いつものように本気か冗談か分からない、リリカの女王様発言が飛び出すが、その言葉の裏には静かな怒りが隠れている。滅多に怒りを露わさない彼女が、静かに、そして激しい怒りの感情を体から放ち、レイナとクリスを戦慄させた。
「リックの行く手を阻む者、リックを傷付けようとする者は、皆私の敵だ。レイナ、クリス、我が敵を全て討ち滅ぼしなさい」
「「御意」」
トロスクスとはかつて、リックが帝国の双璧たるレイナとクリス、更にはヘルベルトら鉄血部隊を仲間にした街である。その街は今現在、武力行使に出たリック達によって占拠され、決戦に向けた戦闘準備が行なわれていた。
トロスクスの人々は全員強制退去させられており、街を囲む防御壁の見張り台には、鉄血部隊の男達が周囲を警戒している。そして街の正門に当たる方角には、街から距離を取って布陣する反乱軍が集結していた。
トロスクスの街をリック達が占拠したという情報を得て、反乱軍は直ちに現地へと急行した。反乱軍が到着した時には、既に街から人々は退去させられた後であり、攻撃に備えた鉄血部隊と、烈火及び光龍の騎士団が展開していた。
反乱軍の編成は、主戦力となっている六か国の軍隊である。コーラル、ワルトロール、サバロ、ブラウブロワ、ゲルトラット、ドライアによる混成軍は、約一万二千の大軍であった。この他にも、幾つかの国が様々な形で支援を行なっており、反乱軍の規模は兵力以上に大きいと言える。
対するリック達の戦力は、約六百程度となっており、数の上では勝負にもならない。だがリックのもとに集まった戦力は、精鋭中の精鋭達である。帝国国防軍最強の戦力が、彼を守るために集まったと言っても過言ではない。
反乱軍の指揮権を得て、全軍の指揮を任されているのは、帝国国防軍参謀ミュセイラ・ヴァルトハイムである。彼女は敵対する両騎士団、並びに鉄血部隊の手の内は、よく理解している。彼らを討つに当たって、これ以上の作戦指揮者は他にいないだろう。
ミュセイラは真っ向勝負を挑むべく、戦力の大半を街の正門前に展開させた。街を完全に包囲しなかったのは、戦力の分散を避けるためである。
リック達は少数精鋭の戦力であり、少数の兵で大軍に打ち勝つ策を講じなければ、まず勝利は不可能だ。そうなると、彼らが使える十八番にして最強の作戦は、敵戦力の薄い箇所へ強行突撃する、強力な一点突破である。
包囲戦を仕掛けて戦力の分散を図るのは、かえって彼らの思う壺だ。それを理解しているミュセイラは、戦力の大きな分散は避けつつ、万が一彼らが街からの脱出を図った場合を想定し、足止め用の伏兵を各所に配置した。
これでもしリック達が撤退を企てたとしても、簡単に逃がす事はない。あらゆる事態を想定したミュセイラは、万全の構えで彼らと対峙している。
全軍の指揮を任されたミュセイラは、反乱軍本陣にて部隊の配置を済ませると、エミリオのいる天幕へと移動した。天幕の前までやって来て、深呼吸した彼女が天幕内に足を踏み入れる。そこには一台の無線機と、彼女を待っていたエミリオの姿があった。
ミュセイラの計画した作戦は、勿論エミリオも承認している。エミリオはリック達との戦闘を彼女に任せ、自身は帝国女王アンジェリカ・ヴァスティナへの対処に専念する。
これは、ミュセイラに対するエミリオなりの、最終試験と呼べる配置だ。エミリオは先輩として、自分が教えてきた事、彼女がこれまで学んできた事を活かさせ、最強の敵を討たせようとしている。これを討ち果たせた時が、彼女が軍師として合格である証となる。
ミュセイラはそれが分かっているからこそ、顔や仕草には出さないが、内心では緊張が抑えられずにいる。憧れの先輩に一人前と認められるための、最後の試練だと思うと、試練を課した本人を中々直視できない。
「肩の力を抜いて欲しい。いつも通り、徹底的にやってくれて構わないよ」
「!」
緊張を見破られたミュセイラは、恥ずかしくなって頬を赤くし、気持ちを切り替えるように大袈裟に咳払いして見せた。その様子を微笑まし気にエミリオが眺め、彼女に無線機のマイクを手渡す。
「遠慮はいらない。堂々と宣戦布告してくれ」
「わかっておりますの。もとより、覚悟の上ですわ」
緊張の理由は試練だけではない。これから彼女は、仲間であった者達と決着を付けるため、全軍に攻撃を命じる事になる。裏切りの汚名と共に戦う理由は、自らが信じる未来を守るためだ。
躊躇いは捨てなければならないが、仲間との戦いは辛く苦しい選択である。覚悟を決めたとは言え、いざその瞬間を前にすれば、一瞬の迷いが現れるのも無理はない。
「例え、皆さんに恨まれたとしても⋯⋯⋯。私《わたくし》はやり遂げて見せますわ」
受け取ったマイクを手に、覚悟を決めているミュセイラが、無線機のスイッチを入れた。
トロスクスの街の、とある酒場内。リック達にとっては思い出深い酒場が、現在は彼らの本陣となっている。
夜明けから暫く経ち、早朝を過ぎた頃。ヘルベルトと鉄血部隊の男達、そしてレイナとクリスが戦闘準備を完了させ、酒場内にて待機している。戦いを前に、戦士の顔をした猛者達が、それぞれの得物を手に、戦いの瞬間を静かに待っていた。
彼らが待つのは、自分達を率いる絶対的存在である。その存在が命じた瞬間、彼らは込められた弾丸の如く放たれ、あらゆる敵を粉砕する事だろう。
『⋯⋯⋯ご機嫌よう、皆さん』
全員の視線が一斉に無線機へと向いた。酒場内のテーブルに設置していた無線機が、外部からの通信を受信したのである。その声の主がミュセイラであると、彼らは直ぐに気付いて応答する。
初めにヘルベルトが無線に手を掛けようとし、「俺が先だ」と言わんばかりにクリスが邪魔をして、二人が争っている間にレイナが無線に出た。
「⋯⋯⋯今更何の用だ。裏切り者」
『その声はレイナさんですわね。他の皆さんもいらっしゃるのかしら?』
「無論だ。そっちこそ、エミリオはちゃんといるんだろうな?」
『ええ、もちろん。何か御用がありまして?』
エミリオがいると聞き、レイナが持つ無線機のマイクに、クリスとヘルベルトも顔を近付けた。
「「「お前の眼鏡叩き割ってやる!!」」」
マイクに向かって三人が、怒りのままにずっと言ってやりたかった言葉で、マイクの向こうにいるであろう男へと怒鳴る。するとマイクの向こうから、堪え切れず吹き出した男の笑い声が漏れ聞こえた。
『⋯⋯⋯いきなり怒鳴らないで下さいな。鼓膜が破れるかと思いましたわ』
「いっそ破れてしまえ。そうすれば、普段お前のせいで耳を傷める私達の気持ちが少しは分かるはずだ」
「おい騒音女、エミリオの野郎だけじゃねぇぞ。お前だってただじゃおかねぇから覚悟しとけ」
「まあ、そういうこった。雑魚をぞろぞろ引き連れてきやがって、本気で俺達に勝てると思ってんのか?」
『それはこっちの台詞ですの。直ちに武装を解除し、大人しく我々に降伏して下さいな』
戦いを前に、圧倒的な兵力を有する側として、ミュセイラはレイナ達に降伏勧告を行なった。彼女の事であるから、大人しく武装解除して投降すれば、全員の命までは奪わないだろう。そういう性格なのだと分かっていても、レイナ達の答えは決まっている。
「断る」
「お断りだぜ」
「断るに決まってんだろ。こちとら派手にぶっ放したくてうずうずしてんだ」
降伏の意志がない事など、聞かずとも分かっていた。無駄な血を流さないで済むのなら、戦わずに終わる方がいいと考えていたミュセイラだが、予想通り過ぎる回答に溜息が零れる。
『⋯⋯⋯貴方方ってどうしようもない戦闘狂ですわね。一体誰に似たんでしょう』
「大きなお世話だ。今度はこちらから聞させて貰おう」
『なんですの?』
「お前がリック様を裏切った真意だ」
ミュセイラの性格は皆よく知っている。真面目で正直者な彼女が、仲間を裏切るような真似が簡単にできるはずがない。
他者の思惑に利用されているのか、それとも脅されているのか。まさか本当に自分の意志で裏切ったというのか、その真意だけは、彼女の口から聞く必要がある。
『⋯⋯⋯レイナさんは、私達の戦いで破壊された街並みを見たことがありますの?』
「⋯⋯⋯」
『アーレンツの時も⋯⋯⋯、ジエーデルの時でさえも、私達が望んだ戦争で街は破壊され、多くの人々が亡くなりましたわ。私達の勝利が、罪のない人々の屍の上にあるのだと気付いた瞬間、急に恐ろしくなりましたの⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯!」
彼女は元々ジエーデル国出身の、士官を志す生徒だった。しかし国を追われた彼女は、両親とも死に分かれ、孤独の身となった。そんな彼女が今を生きるのは、自分が持つ力を活かし、新しい居場所を手に入れるためだ。
ミュセイラはヴァスティナ帝国という新たな居場所で、新たな生き方手に入れ、新しい明日を生きた。彼女はその温かく、幸福な日々を生きるために、自分の能力を最大限発揮して、戦いを勝利に導いた。
自身が持つ能力を活かし、戦いに勝利できた事に、大きな喜びは感じた。自分が学んできた事が無駄にならず、将来夢見た軍人の姿となって、戦争を勝利に導いたのである。それが嬉しいと思うのは、当然の感覚だ。
だが彼女は、戦争というものの本当の姿に触れ、戦争の悲劇について考えてしまった。それが今の彼女の行動原理に繋がっている。
『私は、レイナさん達のように割り切れませんでした。だって、私がたった一言口にするだけで、簡単に人の命が失われるんですのよ? それが敵の命ではなく、戦争とは無関係な人々だとしたら⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯くだらない」
『!?』
目を据わらせたレイナが感情を捨てた瞳で、マイクの向こうにいる、驚愕の表情をしたミュセイラの姿を思い浮かべる。
やはり彼女は、自分達とは違いずっと優しい人間で、自分達と共にいてはいけなかったのだ。クリスとヘルベルトも、そう思うレイナと同じ目をしていた。
「兵士も民も、戦争となれば等しく同じ立場だ。そして争いを招き入れ、或いは戦争を望むのは、お前が無関係と呼ぶ民達なのを忘れたか」
『ですが、私達の戦争はあの人が望んだからじゃありませんの』
「戦を望むリック様を選んだのは帝国の民。帝国と戦う道を選んだのは敵国の指導者であり、その指導者を選んだ民達だ。戦わないというだけで無関係を気取るなど、お前が許しても、この私が許さん」
一騎当千の強者とはいえ、所詮は戦いの事だけを考える武人。それがレイナだと思っていたミュセイラは、多くの出来事を経て、彼女もまた成長しているのだと気付く。
レイナに言われるまでもない。それが戦争の真実だと分かっていても、自分達が戦いを起こさなければ死なずに済んだ命があると思うと、いくら懺悔しても足りない。ましてそれが、自分の命令を聞いた兵士の手によって、奪ってしまった命であるというならば⋯⋯⋯。
『⋯⋯⋯だとしても、私は将軍を止めますの』
「止める?」
『将軍が大陸全土の武力統一を望み続ければ、大勢の人々の命が失われ、やがて燃え上がった戦火の炎は、彼自身すらも焼き尽くす。そんな未来は私が止めて見せますわ』
「そんなこと、リック様は望んでいない」
『あの人が望まなくとも、誰かが止めなければいけないんですの。そうしなければ、あの人が守ろうとする陛下だって、あの人自身の手で焼き尽くしてしまいますわ』
ミュセイラの裏切りは、やはり欲望に満ちたものでなく、大切な者達を守ろうとする行動だった。それが分かっただけでも、レイナ達は彼女との戦いに、一切の迷いなく挑む事ができる。
自らの信念に基づいて行動する彼女を、レイナ達の言葉で止める事は出来ない。ミュセイラが帝国一の頑固者である事は、皆よく知っているからだ。
「ふふふっ⋯⋯⋯、そこまで言うなら証明して見せるといい」
『!』
レイナ達が無線に集中していた中、酒場の奥の部屋から彼女は姿を現した。現れた彼女の思いもよらぬ姿に、レイナを始め、クリスやヘルベルト達も目を見開いて驚いた。
妖艶の笑みと共に現れたリリカは、いつもの紅いドレスを身に纏わず、軍服と装備品を身に付けた完全武装の状態で、皆の前にその姿を現した。鉄血部隊が搔き集めた物資の中にあった、予備の軍服等を調整して身に纏い、長い金色の髪は邪魔にならないよう一つに束ねている。
腰のホルスターには愛用の拳銃を差し、右手には突撃銃を握っている。普段の彼女からは想像もつかない格好であったが、何故か不思議と様になっており、素人臭さを感じさせない。
皆が驚愕する中、リリカは無線機の前まで歩み寄り、レイナからマイクを奪い取ると、不敵に笑って言葉をかける。
「どちらが正しいのか、勝者となって証明して見せなさい。それが全てだよ」
『リリカ宰相⋯⋯⋯』
「我がもとに集いし戦人《いくさびと》たち。ヴァスティナ帝国国防軍、第零戦闘団が君達を捻じ伏せて見せようじゃないか」
零番目の戦闘団など、帝国国防軍には存在しない。リリカが口にしたのは、たった今名付けたばかりの反乱鎮圧部隊の名だった。
零番目の部隊。思えばレイナやクリス、そして鉄血部隊は、今の帝国軍を築き上げた最初期の者達だ。そんな者達が集まるからこそ、リリカは自分達を始まりの部隊、零と名付けた。
第零戦闘団。リリカがその名に込めた想いを悟り、皆異論はなかった。原点にして頂点たる彼らには、まさに似合いの名前である。
『第零戦闘団⋯⋯⋯。あの人が好きそうな中二病臭い名前ですわね』
「せっかく楽しいお祭りになりそうなんだ。格好つけた名前の方が気分が上がるだろう?」
『私⋯⋯⋯、人殺しを愉しんでいるような貴女のことが、本当は苦手でしたの』
「ふふっ⋯⋯⋯、私はミュセイラのこと、とても気に入っているよ」
何処までもいつも通りであるリリカが、やはり最大最強の敵であると、ミュセイラは改めて思い知る。一体何をすれば、あの妖艶に笑う余裕な態度を崩せるのか、全く見当も付かない。時々彼女が本当に人間なのか、ミュセイラにも分からなくなる程に恐ろしい存在だ。
だがもしも、リリカが守り支える彼を、彼女の目の前で殺してしまったなら、その時はきっと⋯⋯⋯。
『⋯⋯⋯貴女方に降伏の意志がないのはよく分かりましたの。下手な小細工は通用しないということを教えて差し上げますわ』
「小細工だって⋯⋯⋯?」
『惚けても無駄ですわ。貴女方がトロスクスの街を占拠する前に、少数の別動隊を放ったのは察知しておりますの。外部との連絡を試み、援軍を持って我が軍を叩こうとしたのは見抜いておりますわ』
「ほう、流石は我が軍きっての鬼才だ。君達が無線封鎖を行なっているせいで、ジエーデル国にいる第一戦闘団と連絡を取ることも出来なくてね。援軍を呼ぶのも一苦労だよ」
トロスクスの街からジエーデル国は、帝国国防軍が使用する無線通信の有効範囲内である。しかしエミリオとミュセイラが、帝国国防軍全体に対して無線封鎖の命令を出しているため、リリカ達からの通信は受信されない。
そうなると直接連絡する他ないため、別動隊を組織して外部と連絡を取ろうとするのは、ミュセイラが想定した範囲内の行動である。対策は万全であったため、警戒網によって別動隊の動きを察知したミュセイラは、既に対処を進めていた。
『烈火と光龍の騎士団で編成された別動隊。数は六十程度。向かったのはジエーデルではなく、ダナトイアですわね?』
「⋯⋯⋯何もかもお見通しか。ミルアイズの領主デルーザはダナトイア領主と親しい間柄だからね。もしデルーザが反乱に手を貸しているなら、ヴィヴィアンヌやイヴはそこに捕えておくはずだ」
『そちらもお見通しというわけですわね。けれど、どうしてデルーザさんが裏切っていると思うんですの?』
「ヴィヴィアンヌの作戦が簡単に失敗するわけがない。協力者の中に裏切者がいたと仮定すれば、もっとも怪しいのはデルーザだったというだけの話さ」
帝国宰相なだけあり、リリカは各地の要人に関する情報をかなり把握している。それをもとに、ヴィヴィアンヌとイヴが捕らわれた場所まで予想できるのは、最早常人の域を超えた発想と言えるかもしれない。
ミュセイラは、リリカならばこの結論に至ると予測し、別動隊の目的を見抜いて見せた。どちらも傍から見れば恐るべき発想力だが、状況はミュセイラの方が一枚上手である。
『貴女方は仲間を決して見捨てない。ヴィヴィアンヌさんとイヴさんを救出し、各地の戦力と連絡を取って、私達を攻撃させる計画なのでしょう。つまり、貴女方は私達の注意を逸らすための囮ですわね』
「囮だと考えながら、私達を全力で叩こうとするその理由はなんだい?」
『半端な戦力で貴女方を倒せるなら苦労しませんわ。攻めるなら全力で挑みますの』
「ふふっ、それでいい。そうでなければ面白くない」
リリカの事を何も知らない人間からすれば、彼女の態度は強がりに思えてしまうだろう。だがミュセイラは知っている。彼女は本気でこの状況を愉しんでおり、勝つための布石を打った上で戦いに臨もうとしていると⋯⋯⋯。
分かり切っていた降伏勧告への返答を受け取り、ミュセイラは戦いが避けられぬ事だと悟る。もとよりそれは覚悟の上で、覚悟していたからこそ決戦の地に赴いた。望む未来をこの手に掴むため、戦いから目を背けないと誓った彼女が、リリカら第零戦闘団へと宣言する。
『我が軍はこれより、貴女方第零戦闘団を正義の名の下に殲滅して差し上げますわ。では皆さん、御機嫌よう』
ミュセイラからの宣戦布告を最後に、彼女からの無線は途絶えた。静寂に包まれた酒場の中で、皆の沈黙を破ったのは、リリカの静かな笑い声だった。
「ふふふふっ⋯⋯⋯。聞いた通りだ。ミュセイラは本気で私達を潰しにくる」
「そうらしいな姉御。そんじゃまあ、いっちょ派手にいきましょうや」
攻撃の始まりを悟り、ヘルベルトが武器を片手に酒場の出口を目指すと、鉄血部隊の男達も彼の後に続く。
「リリカ姉さんこそ、本気で一緒に戦うつもりか?」
「戦闘は私達にお任せを。リリカ様が前線に立たずとも、反乱軍如き私の手で討ち果たします」
「二人共、心配してくれて嬉しいよ。でもね、戦える人間は一人でも多い方が良いだろう? こう見えて、君達ほどじゃないが戦闘には慣れてる。それにね⋯⋯⋯」
リリカの身を案じる二人に向け、妖艶な笑みを浮かべて余裕を見せるリリカだが、彼女が纏う空気は、戦場に立つ兵士のそれだった。
「私の可愛いミュセイラが牙を剥くというんだ。飼い主としては躾が必要だろう?」
一体いつミュセイラがリリカのものになったというのか。しかし彼女が言うのならば、リリカの中ではそう定められているのだろう。
いつものように本気か冗談か分からない、リリカの女王様発言が飛び出すが、その言葉の裏には静かな怒りが隠れている。滅多に怒りを露わさない彼女が、静かに、そして激しい怒りの感情を体から放ち、レイナとクリスを戦慄させた。
「リックの行く手を阻む者、リックを傷付けようとする者は、皆私の敵だ。レイナ、クリス、我が敵を全て討ち滅ぼしなさい」
「「御意」」
0
お気に入りに追加
277
あなたにおすすめの小説
魔物をお手入れしたら懐かれました -もふプニ大好き異世界スローライフ-
うっちー(羽智 遊紀)
ファンタジー
3巻で完結となっております!
息子から「お父さん。散髪する主人公を書いて」との提案(無茶ぶり)から始まった本作品が書籍化されて嬉しい限りです!
あらすじ:
宝生和也(ほうしょうかずや)はペットショップに居た犬を助けて死んでしまう。そして、創造神であるエイネに特殊能力を与えられ、異世界へと旅立った。
彼に与えられたのは生き物に合わせて性能を変える「万能グルーミング」だった。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい
こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。
社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。
頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。
オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。
※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。
死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~
未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。
待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。
シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。
アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。
死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
転生したら死にそうな孤児だった
佐々木鴻
ファンタジー
過去に四度生まれ変わり、そして五度目の人生に目覚めた少女はある日、生まれたばかりで捨てられたの赤子と出会う。
保護しますか? の選択肢に【はい】と【YES】しかない少女はその子を引き取り妹として育て始める。
やがて美しく育ったその子は、少女と強い因縁があった。
悲劇はありません。難しい人間関係や柵はめんどく(ゲフンゲフン)ありません。
世界は、意外と優しいのです。
転移ですか!? どうせなら、便利に楽させて! ~役立ち少女の異世界ライフ~
ままるり
ファンタジー
女子高生、美咲瑠璃(みさきるり)は、気がつくと泉の前にたたずんでいた。
あれ? 朝学校に行こうって玄関を出たはずなのに……。
現れた女神は言う。
「あなたは、異世界に飛んできました」
……え? 帰してください。私、勇者とか聖女とか興味ないですから……。
帰還の方法がないことを知り、女神に願う。
……分かりました。私はこの世界で生きていきます。
でも、戦いたくないからチカラとかいらない。
『どうせなら便利に楽させて!』
実はチートな自称普通の少女が、周りを幸せに、いや、巻き込みながら成長していく冒険ストーリー。
便利に生きるためなら自重しない。
令嬢の想いも、王女のわがままも、剣と魔法と、現代知識で無自覚に解決!!
「あなたのお役に立てましたか?」
「そうですわね。……でも、あなたやり過ぎですわ……」
※R15は保険です。
※小説家になろう様、カクヨム様でも連載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる