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第五十三話 忘却の世界
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各国への勲章授与がほとんど完了し、派遣された使節団が教会への帰路についた頃、参謀長エミリオ・メンフィスはブラド公国宮殿に到着した。
彼がブラド公国に戻って来た目的は、主にリリカを始めとする主要な者達と、今後の方針について話し合うためだった。北方の大国、特にゼロリアス帝国への備えや、今後の軍整備は急務である。第一戦闘団の指揮官だったアングハルトを失ったため、戦力の再編成についても考える必要があった。
但し、参謀ミュセイラ・ヴァルトハイムは、ジエーデル国での軍務と統治が多忙の為、今回は欠席となっている。エミリオとしては、頼りになる優秀な参謀たるミュセイラがいないため、本当は時期をずらしたかったのだが、状況が予断を許さないため、彼女抜きでの話し合いを承諾したのだった。
このところの軍務と各地への移動で、全身に疲労を蓄積させたエミリオが、疲れ切った体に鞭打って宮殿内を移動する。そんな彼の今の心情は、何処か落ち着ける部屋で軍務も忘れ、少しでもいいから仮眠を取りたいであった。
普段であれば、軍務をさぼりたいと思うのは寧ろリックの方であり、エミリオがそれを注意する側である。リックと共に軍務に励む時は、どんなに忙しくとも平気だったのだが、今は彼自身でも驚く程に参ってしまっていた。
単純に、リックがいない穴を自分で埋めている分、激務に追われているせいもあるだろう。だがそれ以上に、自分が傍で支え続けたいと願っている存在が、今は失われてしまっている事こそが、大きな原因だった。
これまでの自分は、手助けするはずのリックの存在に逆に助けられ、軍務に励む力を貰っていた。リックのために働きたいと願う気持ちが、自分の力になっていたのだと気付き、彼がいないだけで弱り切る自分の脆さを、エミリオは痛感するのだった。
しかし、リックがいないからとはいえ、弱ってばかりもいられない。彼の記憶が戻り、また軍務に励んでくれるようになった時、自分が苦労した分まで働いて貰って楽をさせて貰おう。そう思うと、疲れ切ってしまっている自分の体にも、少しだけ活力が湧いた。
大切な会議の前である。弱って頼りない姿は見せられないと、気持ちを新たに宮殿内を移動する。会議場となる部屋まであと少しというところで、エミリオの視界に宮殿の中庭が入って来た。
色とりどりの花々が咲き誇る、美しさと静けさに包まれた空間。ヴァスティナ城にも、前女王ユリーシアが手入れをしていた庭があり、エミリオは懐かしさに浸った。帝国を離れて随分経つ故の懐かしさのせいか、それとも花々の香りに誘われてか、寄り道して中庭に足を踏み入れる。
(そう言えばリックは、時々私に仕事を押し付けて、ユリーシア陛下と花を愛でていたな⋯⋯⋯)
リックが軍務をさぼる時、向かう場所は大体決まっていた。こんな中庭で、リックがユリーシアと花を愛でて過ごしていたのを、エミリオもよく覚えている。
実は時々エミリオが、さぼっている彼の様子を隠れて窺っていた事など、当人は知りもしないだろう。物陰から「やれやれ⋯⋯⋯」と溜め息を吐くエミリオの姿に、ユリーシアに夢中だったリックは気付きもしなかった。
あの頃の風景が、もう何十年も前のように感じてしまう。そんな錯覚をしてしまうくらい、濃密で激動の日々を過ごしてきた。時の流れは早く、過ぎ去った日々は二度と戻らない。そして、過去の日々は記憶として残るが、それが失われてしまったら⋯⋯⋯。
「あっ⋯⋯⋯」
懐かしき日々を思い出していたエミリオは、その声を聞くまで、他に誰かいるのに気付かなかった。相手の方も花に夢中で、ふとエミリオの存在に気付いて、思わず声を発してしまったのだ。
声のした方へエミリオが向くと、そこには見知った顔の男が立っている。いつもの軍服姿ではなく、戸惑った顔をして、怯える様に後ろに一歩後退っているが、紛れもなく彼はエミリオの知るリックだった。
「⋯⋯⋯あなたは、誰ですか?」
「⋯⋯⋯!」
「すみません⋯⋯⋯。会うのは初めてかと思うのですが、もしかして帝国軍の方でしょうか?」
怯えや不安を内に秘めた瞳で、エミリオを見つめるリックが彼に問う。その瞬間エミリオは、自分の心臓を握り潰されたかのような、胸の痛みと苦しさを覚えた。
話には聞いていても、いざ目の前にして言われると、想像を遥かに超える衝撃だった。見た目はリックそのものであるのに、中身は別人としか言いようがない。今のリックは、共に戦道を歩んできたエミリオの事すら、忘却の世界の中へと失われてしまっている。
もし宮殿内で顔を合わせる事があれば、例え自分の事を覚えていなくとも、様子だけは確認しておこうと思っていた。そのためにどんな会話をするかさえ、ここに来るまでに何度も考えて用意していたはずなのに、言葉が出てこない。
自分の存在が、彼の中で失われてしまっている。それは想像していた以上に衝撃的で、悲しく苦しいものであった。こんな思いをするくらいなら、今の彼に会わなければよかったと、後悔すら覚える。
それでもエミリオは、リックと再会を果たした。ただこの再会は、リックの姿をした別人との再会でしかない。
「⋯⋯⋯御心配なく。将軍閣下と御会いするのは⋯⋯⋯、これが初めてです」
もしここで、自分が貴方の仲間の一人だと教えても、ただ徒にリックを苦しめるだけになる。実際、エミリオのその判断は正しかった。憶えていない事に苦悩する心配がなかったと思い、一人安堵の息を吐いたリックが、少し笑みを浮かべて見せる。
「あなたも⋯⋯⋯、花が好きなんですか?」
「えっ⋯⋯⋯?」
「声をかけるまで、じっと眺めていましたから⋯⋯⋯」
まだ少し怯えが抜けないリックには、エミリオが花好きに見えた事だろう。確かに傍から見れば、中庭の花々に興味を持って、花々を眺めていたように映る。
花が嫌いというわけではないが、エミリオは首をゆっくりと横に振った。そして咲き誇る花々に目を向け、思い出を懐かしんで口を開く。
「友のことを⋯⋯⋯。儚く散った白百合を愛した親友のことを、花々を見たら思い出してしまって⋯⋯⋯」
「そう、ですか⋯⋯⋯。その親友の方は、今は何処へ?」
「もう二度と、会えない処へ旅立ちました」
死んだわけではないが、彼の心が失われた以上。それは死んだと変わらない。
はっとしたリックが口を両手で覆い、エミリオの言葉に悲しんで俯いた。他人の痛みに敏感で、自分の事のように悲しんでくれる。その優しさは変わらないのだと知ったエミリオは、ならばと思い今の彼に問う。
「⋯⋯⋯もし、かけがえのない大切な人に危機が迫ったら、君はどうする?」
エミリオの問いかけに顔を上げたリックは、彼の真意が分からず困惑するも、その問いに真っ直ぐ答えようとする。一瞬、エミリオの目には今のリックが、自分のよく知る本当の彼の姿と重なった。
「命に代えても、大切な人を守るために戦います」
「それが、どんなに辛く苦しい戦いだとしてもかい?」
「はい。だって、戦わなければ何も守れないし、失ってしまうばかりだから」
迷いのないその瞳。真っ直ぐエミリオの目を見つめ、リックは力強く答えた。きっといつもの彼なら、もっと品のない乱暴な言い方をするだろうが、言葉の意味は変わらないだろう。
それだけ聞ければ、今のエミリオには十分だった。
「その想いだけは、いつまでも忘れないで欲しい⋯⋯⋯」
リックの答えを聞き、エミリオは彼に背を向け、迷いなく中庭を後にしていった。一体何だったのだろうかと、一人困惑しているリックを背に、エミリオはある決心を固める。
(リック⋯⋯⋯。やはり私は、君を――――)
「リック、やっぱりここにいたのかい? 私はこの後会議に出るから、今日は部屋で大人しくしていなさい」
「リリカさん⋯⋯⋯」
「元気がないね。何かあったのかい?」
「今ここで、眼鏡をかけた帝国軍の人に会って⋯⋯⋯」
「そう⋯⋯⋯。その人が、どうかしたかい?」
「何だか心配なんです⋯⋯⋯。あの人、すごく悲しい目をしていたから⋯⋯⋯」
グラーフ教会大司教グレゴールと、馬車で移動する彼の使節団は、ホーリスローネ王国への帰路に付いている中で、休息の為にキーファードの町に立ち寄っていた。
この町は最近、王国軍とジエーデル軍による戦争に巻き込まれ、一時はジエーデル軍に占領されていた、王国にとっての交通の要所である。それも今は、ジエーデル軍の敗北によって王国軍に解放され、大都市は自由と平和を取り戻していた。
グレゴール達の来訪は、キーファードの町の民を大いに驚かせ、多くの人々が彼らの来訪に歓喜した。王国が近い事もあってか、この町はグラーフ教の信仰が厚く、人々はグラーフ教の教えと共に育った。そんな町に大司教が訪れたとあれば、人々が歓喜するのも無理はない。
大司教グレゴールを一目見ようと大勢が押しかけ、一時は町に混乱状態を招いた。群衆のせいで前に進めず、使節団は足止めを食ってしまったのだが、グレゴールは嫌な顔一つ見せず笑顔で人々の前に姿を現した。
乗っていた馬車を降り、感激する人々に向かって手を振ったり、グラーフ教の教えを説くなどして、人々の期待に応えたのだった。そのお陰もあって混乱は徐々に収まり、移動を再開できるようになったため、馬車にグレゴールを乗せた使節団は、キーファードの町の教会に無事到着した。
町の人々は好意から、グレゴールが十分な休息ができるよう、町で一番高級な宿を無償で手配しようとした。しかし、聖職者であるグレゴールはそれを丁重に拒み、休息の宿を教会に選んだのである。
到着した使節団の者達は、長旅で疲れた体をそれぞれ休めていたが、グレゴールは一人、教会のとある一室を借りていた。その部屋で暫く一人にして欲しいと頼み、他に誰も部屋に立ち入らせなかった。
グレゴール一人だけとなった室内は、この教会の司教が謁見に利用する部屋である。部屋の中にも外にも人の気配がないのを確認すると、グレゴールは指にはめていた指輪を口元に近付け、指輪にはめ込まれた宝石に向かって口を開く。
「御報告が遅れて申し訳ありません、ジャンヌ様」
彼の指輪は、魔法石をはめ込んだ一種の通信機である。かつてはアーレンツの国家保安情報局が、今ではヴァスティナ帝国国防軍などでも使用されているものと、似たような仕組みの通信手段である。
『⋯⋯⋯んふっ、女を焦らすのが好きね』
「御戯れを⋯⋯。ようやく、落ち着いて報告できる場を得たものですから」
『なら、キーファード辺りに付いたってことね。退屈凌ぎになりそうなお土産を期待してるわ』
魔法石の向こう側にいる女神は、グレゴールが持つ通信手段の有効範囲を把握している。それを瞬時に計算して、グレゴールが何処にいるか言い当てたのだ。
この女神が恐ろしいのは、冷酷で残忍だからではない。真に恐怖すべきは、その狂気的な考えを計画して実行に移す、恐ろしいまでの計算高さである。
『それで、有名な狂犬はどんな男だったのかしら?』
「⋯⋯⋯妙な男です。話に聞いていた人物と、まるでかけ離れておりました」
『詳しく』
「人っ子一人殺したことがないような目をして、女王への忠義を説くのです。これまで帝国の敵を皆殺しにしてきたという残忍な男には、とても見えませんでした」
話を聞いた女神は、ほんの少しの間思考して口を閉ざした。この反応を見たグレゴールは内心、今の話が間違いなく彼女の興味を引けたと確信する。彼女が瞬時に答えを出せず、思考するのを楽しんでいるのがその証拠だった。
退屈な女神は、いつも退屈凌ぎの遊びを求めている。答えが簡単に分かってしまうより、自分で考えて答えを導き出す方が好きなのだ。グレゴールが彼女の傍に仕え始めた頃より、それは全く変わらない。彼女の姿形も、その性格や言動すらも、何一つ変わりはしなかった。
『⋯⋯⋯狂犬の傍にあの女はいたのかしら?』
「はい。本来は宰相として常に女王の傍にいたようなのですが、今は狂犬に付きっ切りだとか」
『そこが怪しいわね。あの女が自分の手駒にそこまで入れ込むってことは、そいつに特別な何かがあるってことよ。傍にずっといるならそれは、狂犬を手助けしてるんじゃなくて守っているの』
理由はグレゴールにも分かっていないが、女神は帝国宰相リリカという女を知っている。彼女の言葉から察するに、リリカの考える事はお見通しらしく、浅い関係でないのは明らかだった。
実際、一国の宰相が女王のもとを離れたままなのは、グレゴールの目から見てもおかしな話である。開戦当初は各国との交渉のために従軍していたが、役目を終えた今、本来の政務に復帰すべく、女王のもとに帰還するべきであるだろう。
だが帰還せず、相手に不審を抱かせるような真似を敢えて行なうならば、そこには何か理由がある。勘の良い女神はそれを瞬時に理解し、リリカの性格をもとに思考を巡らせた。
『⋯⋯⋯他に報告は?』
「ジエーデル軍警察が管理していた特別収容所の所長を秘かに確保致しました。信徒を使い、王国への亡命を条件に情報を提供させ、報告は私のもとに既に届いております」
『んふっ、まだ逃げ延びた生き残りがいたのね。それで?』
「用済みとなった所長の処分は済ませております。もたらされた情報は興味深いものでしたが、もたらした本人に使い道はなさそうでしたので」
『んふふふふっ⋯⋯⋯。あなたのそういうところ、私は好きよ』
女神がグレゴールを手元に置く理由は、聖人の様な顔をして人の命を計算にかけ、不要とあれば躊躇わず処理できてしまうからだ。女神が愉悦に浸るためには、人の命を躊躇なく弄べる精神を持った、異常者と言える人間でなくてはならないのである。
『その興味深い情報っていうのは何かしら?』
「此度、狂犬が重傷を負った経緯は、軍警察長官が放った暗殺部隊によるものだったことが判明しました。暗殺部隊の隊長には、アーレンツ情報局の残党が任命されており、その者は特殊魔法の使い手だったとか」
『それの能力はわかっているのかしら?』
「残念ながら、そこまでは⋯⋯⋯」
『んふっ、残念ね。でも、簡単に答えがわかっちゃったら詰まらないわ』
グレゴールからもたらされた情報をもとに、魔法石の向こうにいる女神は更に思考を巡らせる。今彼女がどんな顔をしているのか、グレゴールには想像する事しかできない。ただ間違いなく言えるのは、彼女が女神と思えぬ残忍な笑みを浮かべ、この暇潰しを愉しんでいるであろうという事だ。
女神というより、邪神と呼ぶ方が正しいかもしれない。ローミリア大陸を真に支配する、永劫を生きる支配者。それを知ったが故に、ボーゼアス教などという勢力を生み出したオズワルドは、ローミリア解放のためにグラーフ教と戦う決意をしたのだ。
その決意すら女神は計算し、彼を弄んだ挙句、大勢の人間の命を間接的に奪い去った。この世界の女神なのか、やはり邪神なのか、それは兎も角この存在は神と呼ばれるだけあり、全知全能と言っても過言ではない。彼女が持つ力によってオズワルドは踊らされ、今度はその力を持って、帝国の狂犬の秘密を暴こうとしている。
『ひょっとして⋯⋯⋯』
全知全能な女神が謎を解くには、ほんの少しのヒントがあれば十分であった。情報を整理し、足りない分は予測で補って、彼女はいつも正解を導き出す。
謎が解けたと確信した彼女は、それは愉しそうに笑い声を上げた。きっと今、彼女は専用の玉座で腹を抱え、嬉々として上機嫌に違いない。邪悪な笑みを浮かべて笑う女神の姿は、何十年も彼女に仕えているグレゴールには容易に想像できた。
『んふっ、あっははははははっ! こいつはいいわ、稀に見る傑作よ!』
「っと、申しますと⋯⋯⋯?」
『謎は解けたわ。確か狂犬って噂だと、自分の敵に対しては容赦ないけれど、味方には激甘な男で有名よね?』
「正確に言えば違いますが、概ねそんなところかと」
『狂犬が死にかけた戦闘で、狂犬が大事にしてた仲間が死んだりしてない?』
「はい。帝国の主力を率いていた女兵士が一人、狂犬を守って死んだとか」
『やっぱり。なら話は簡単よ』
女神の予想は的中している。彼女の勘の鋭さと、長い年月を生きるが故の人間への理解力は、常人が容易に達する事ができる領域ではない。しかしこの予想は、女神がリリカをよく知っているからこそ導き出せた、彼女にしか分からない解である。
『狂犬はその女兵士失ったせいか、アーレンツの特殊魔法使いのせいか、或いはその両方のせいで壊れちゃったのよ。グレゴールがあったのは壊れたお人形さんで、狂犬であって狂犬ではない男だったわけ』
「心を失った抜け殻だったというわけですか⋯⋯⋯。ですが、そのような現実味のない話、如何にジャンヌ様の解とは言え⋯⋯⋯」
『あの女がずっと一緒なのが何よりの証拠。傍に付いてないと守れない状況だから、心配で離れられないの。実際、グレゴールが会いに行った時、あの女は狂犬の傍を片時も離れなかったんじゃないかしら?』
「⋯⋯⋯仰る通りです」
グラーフ教会地下の神殿から、一歩たりとも外へは出ていないはずなのに、女神まるで事の次第を見てきたかのような話をする。自分の眼の代わりになってくれる存在から、見聞きしてきた外の話を聞ければ、頭の中でその光景を簡単に思い浮かべるのだろう。
だからなのか、グレゴールが大司教となってからも、女神は一度も神殿の外に出た事はない。ただ、遥か昔がどうだったかまでは、誰にも知り得ない事である。
『グレゴール。この話、聞かせたら面白いことしそうな連中全員に聞かせなさい。きっと燻ってる火を燃え上がらせて、また愚かで愉しい喜劇を始めてくれる』
「謀略と裏切り、破壊と殺戮に染まる愚かしい戦争を御望みで?」
『もちろん! だって大好きなんだもの!』
子供の様に燥ぎ、女神はまた狂気に支配された笑い声上げる。
果たして、こんな現実味のない話を、一体どれだけの者達が信じると言うのだろう。いや、女神の望みを叶えるためには、彼女が言う面白い存在達に、帝国の狂犬リクトビア・フローレンスの消滅を信じさせる、巧妙な手が求められている。
それが出来なければ、女神は大司教グレゴールすら存在価値がないものと見る。自分が価値ある存在と思わせ続けるためには、女神が望む舞台に一切の手抜きは許されない。
例えそれが、ローミリア大陸中央部にもたらされた、束の間の安定を破壊する結果になろうともだ。
『んふふふふっ⋯⋯⋯。精々頑張ってお人形を守ることね、私の可愛くて憎らしい女傑《ヒロイン》さん』
彼がブラド公国に戻って来た目的は、主にリリカを始めとする主要な者達と、今後の方針について話し合うためだった。北方の大国、特にゼロリアス帝国への備えや、今後の軍整備は急務である。第一戦闘団の指揮官だったアングハルトを失ったため、戦力の再編成についても考える必要があった。
但し、参謀ミュセイラ・ヴァルトハイムは、ジエーデル国での軍務と統治が多忙の為、今回は欠席となっている。エミリオとしては、頼りになる優秀な参謀たるミュセイラがいないため、本当は時期をずらしたかったのだが、状況が予断を許さないため、彼女抜きでの話し合いを承諾したのだった。
このところの軍務と各地への移動で、全身に疲労を蓄積させたエミリオが、疲れ切った体に鞭打って宮殿内を移動する。そんな彼の今の心情は、何処か落ち着ける部屋で軍務も忘れ、少しでもいいから仮眠を取りたいであった。
普段であれば、軍務をさぼりたいと思うのは寧ろリックの方であり、エミリオがそれを注意する側である。リックと共に軍務に励む時は、どんなに忙しくとも平気だったのだが、今は彼自身でも驚く程に参ってしまっていた。
単純に、リックがいない穴を自分で埋めている分、激務に追われているせいもあるだろう。だがそれ以上に、自分が傍で支え続けたいと願っている存在が、今は失われてしまっている事こそが、大きな原因だった。
これまでの自分は、手助けするはずのリックの存在に逆に助けられ、軍務に励む力を貰っていた。リックのために働きたいと願う気持ちが、自分の力になっていたのだと気付き、彼がいないだけで弱り切る自分の脆さを、エミリオは痛感するのだった。
しかし、リックがいないからとはいえ、弱ってばかりもいられない。彼の記憶が戻り、また軍務に励んでくれるようになった時、自分が苦労した分まで働いて貰って楽をさせて貰おう。そう思うと、疲れ切ってしまっている自分の体にも、少しだけ活力が湧いた。
大切な会議の前である。弱って頼りない姿は見せられないと、気持ちを新たに宮殿内を移動する。会議場となる部屋まであと少しというところで、エミリオの視界に宮殿の中庭が入って来た。
色とりどりの花々が咲き誇る、美しさと静けさに包まれた空間。ヴァスティナ城にも、前女王ユリーシアが手入れをしていた庭があり、エミリオは懐かしさに浸った。帝国を離れて随分経つ故の懐かしさのせいか、それとも花々の香りに誘われてか、寄り道して中庭に足を踏み入れる。
(そう言えばリックは、時々私に仕事を押し付けて、ユリーシア陛下と花を愛でていたな⋯⋯⋯)
リックが軍務をさぼる時、向かう場所は大体決まっていた。こんな中庭で、リックがユリーシアと花を愛でて過ごしていたのを、エミリオもよく覚えている。
実は時々エミリオが、さぼっている彼の様子を隠れて窺っていた事など、当人は知りもしないだろう。物陰から「やれやれ⋯⋯⋯」と溜め息を吐くエミリオの姿に、ユリーシアに夢中だったリックは気付きもしなかった。
あの頃の風景が、もう何十年も前のように感じてしまう。そんな錯覚をしてしまうくらい、濃密で激動の日々を過ごしてきた。時の流れは早く、過ぎ去った日々は二度と戻らない。そして、過去の日々は記憶として残るが、それが失われてしまったら⋯⋯⋯。
「あっ⋯⋯⋯」
懐かしき日々を思い出していたエミリオは、その声を聞くまで、他に誰かいるのに気付かなかった。相手の方も花に夢中で、ふとエミリオの存在に気付いて、思わず声を発してしまったのだ。
声のした方へエミリオが向くと、そこには見知った顔の男が立っている。いつもの軍服姿ではなく、戸惑った顔をして、怯える様に後ろに一歩後退っているが、紛れもなく彼はエミリオの知るリックだった。
「⋯⋯⋯あなたは、誰ですか?」
「⋯⋯⋯!」
「すみません⋯⋯⋯。会うのは初めてかと思うのですが、もしかして帝国軍の方でしょうか?」
怯えや不安を内に秘めた瞳で、エミリオを見つめるリックが彼に問う。その瞬間エミリオは、自分の心臓を握り潰されたかのような、胸の痛みと苦しさを覚えた。
話には聞いていても、いざ目の前にして言われると、想像を遥かに超える衝撃だった。見た目はリックそのものであるのに、中身は別人としか言いようがない。今のリックは、共に戦道を歩んできたエミリオの事すら、忘却の世界の中へと失われてしまっている。
もし宮殿内で顔を合わせる事があれば、例え自分の事を覚えていなくとも、様子だけは確認しておこうと思っていた。そのためにどんな会話をするかさえ、ここに来るまでに何度も考えて用意していたはずなのに、言葉が出てこない。
自分の存在が、彼の中で失われてしまっている。それは想像していた以上に衝撃的で、悲しく苦しいものであった。こんな思いをするくらいなら、今の彼に会わなければよかったと、後悔すら覚える。
それでもエミリオは、リックと再会を果たした。ただこの再会は、リックの姿をした別人との再会でしかない。
「⋯⋯⋯御心配なく。将軍閣下と御会いするのは⋯⋯⋯、これが初めてです」
もしここで、自分が貴方の仲間の一人だと教えても、ただ徒にリックを苦しめるだけになる。実際、エミリオのその判断は正しかった。憶えていない事に苦悩する心配がなかったと思い、一人安堵の息を吐いたリックが、少し笑みを浮かべて見せる。
「あなたも⋯⋯⋯、花が好きなんですか?」
「えっ⋯⋯⋯?」
「声をかけるまで、じっと眺めていましたから⋯⋯⋯」
まだ少し怯えが抜けないリックには、エミリオが花好きに見えた事だろう。確かに傍から見れば、中庭の花々に興味を持って、花々を眺めていたように映る。
花が嫌いというわけではないが、エミリオは首をゆっくりと横に振った。そして咲き誇る花々に目を向け、思い出を懐かしんで口を開く。
「友のことを⋯⋯⋯。儚く散った白百合を愛した親友のことを、花々を見たら思い出してしまって⋯⋯⋯」
「そう、ですか⋯⋯⋯。その親友の方は、今は何処へ?」
「もう二度と、会えない処へ旅立ちました」
死んだわけではないが、彼の心が失われた以上。それは死んだと変わらない。
はっとしたリックが口を両手で覆い、エミリオの言葉に悲しんで俯いた。他人の痛みに敏感で、自分の事のように悲しんでくれる。その優しさは変わらないのだと知ったエミリオは、ならばと思い今の彼に問う。
「⋯⋯⋯もし、かけがえのない大切な人に危機が迫ったら、君はどうする?」
エミリオの問いかけに顔を上げたリックは、彼の真意が分からず困惑するも、その問いに真っ直ぐ答えようとする。一瞬、エミリオの目には今のリックが、自分のよく知る本当の彼の姿と重なった。
「命に代えても、大切な人を守るために戦います」
「それが、どんなに辛く苦しい戦いだとしてもかい?」
「はい。だって、戦わなければ何も守れないし、失ってしまうばかりだから」
迷いのないその瞳。真っ直ぐエミリオの目を見つめ、リックは力強く答えた。きっといつもの彼なら、もっと品のない乱暴な言い方をするだろうが、言葉の意味は変わらないだろう。
それだけ聞ければ、今のエミリオには十分だった。
「その想いだけは、いつまでも忘れないで欲しい⋯⋯⋯」
リックの答えを聞き、エミリオは彼に背を向け、迷いなく中庭を後にしていった。一体何だったのだろうかと、一人困惑しているリックを背に、エミリオはある決心を固める。
(リック⋯⋯⋯。やはり私は、君を――――)
「リック、やっぱりここにいたのかい? 私はこの後会議に出るから、今日は部屋で大人しくしていなさい」
「リリカさん⋯⋯⋯」
「元気がないね。何かあったのかい?」
「今ここで、眼鏡をかけた帝国軍の人に会って⋯⋯⋯」
「そう⋯⋯⋯。その人が、どうかしたかい?」
「何だか心配なんです⋯⋯⋯。あの人、すごく悲しい目をしていたから⋯⋯⋯」
グラーフ教会大司教グレゴールと、馬車で移動する彼の使節団は、ホーリスローネ王国への帰路に付いている中で、休息の為にキーファードの町に立ち寄っていた。
この町は最近、王国軍とジエーデル軍による戦争に巻き込まれ、一時はジエーデル軍に占領されていた、王国にとっての交通の要所である。それも今は、ジエーデル軍の敗北によって王国軍に解放され、大都市は自由と平和を取り戻していた。
グレゴール達の来訪は、キーファードの町の民を大いに驚かせ、多くの人々が彼らの来訪に歓喜した。王国が近い事もあってか、この町はグラーフ教の信仰が厚く、人々はグラーフ教の教えと共に育った。そんな町に大司教が訪れたとあれば、人々が歓喜するのも無理はない。
大司教グレゴールを一目見ようと大勢が押しかけ、一時は町に混乱状態を招いた。群衆のせいで前に進めず、使節団は足止めを食ってしまったのだが、グレゴールは嫌な顔一つ見せず笑顔で人々の前に姿を現した。
乗っていた馬車を降り、感激する人々に向かって手を振ったり、グラーフ教の教えを説くなどして、人々の期待に応えたのだった。そのお陰もあって混乱は徐々に収まり、移動を再開できるようになったため、馬車にグレゴールを乗せた使節団は、キーファードの町の教会に無事到着した。
町の人々は好意から、グレゴールが十分な休息ができるよう、町で一番高級な宿を無償で手配しようとした。しかし、聖職者であるグレゴールはそれを丁重に拒み、休息の宿を教会に選んだのである。
到着した使節団の者達は、長旅で疲れた体をそれぞれ休めていたが、グレゴールは一人、教会のとある一室を借りていた。その部屋で暫く一人にして欲しいと頼み、他に誰も部屋に立ち入らせなかった。
グレゴール一人だけとなった室内は、この教会の司教が謁見に利用する部屋である。部屋の中にも外にも人の気配がないのを確認すると、グレゴールは指にはめていた指輪を口元に近付け、指輪にはめ込まれた宝石に向かって口を開く。
「御報告が遅れて申し訳ありません、ジャンヌ様」
彼の指輪は、魔法石をはめ込んだ一種の通信機である。かつてはアーレンツの国家保安情報局が、今ではヴァスティナ帝国国防軍などでも使用されているものと、似たような仕組みの通信手段である。
『⋯⋯⋯んふっ、女を焦らすのが好きね』
「御戯れを⋯⋯。ようやく、落ち着いて報告できる場を得たものですから」
『なら、キーファード辺りに付いたってことね。退屈凌ぎになりそうなお土産を期待してるわ』
魔法石の向こう側にいる女神は、グレゴールが持つ通信手段の有効範囲を把握している。それを瞬時に計算して、グレゴールが何処にいるか言い当てたのだ。
この女神が恐ろしいのは、冷酷で残忍だからではない。真に恐怖すべきは、その狂気的な考えを計画して実行に移す、恐ろしいまでの計算高さである。
『それで、有名な狂犬はどんな男だったのかしら?』
「⋯⋯⋯妙な男です。話に聞いていた人物と、まるでかけ離れておりました」
『詳しく』
「人っ子一人殺したことがないような目をして、女王への忠義を説くのです。これまで帝国の敵を皆殺しにしてきたという残忍な男には、とても見えませんでした」
話を聞いた女神は、ほんの少しの間思考して口を閉ざした。この反応を見たグレゴールは内心、今の話が間違いなく彼女の興味を引けたと確信する。彼女が瞬時に答えを出せず、思考するのを楽しんでいるのがその証拠だった。
退屈な女神は、いつも退屈凌ぎの遊びを求めている。答えが簡単に分かってしまうより、自分で考えて答えを導き出す方が好きなのだ。グレゴールが彼女の傍に仕え始めた頃より、それは全く変わらない。彼女の姿形も、その性格や言動すらも、何一つ変わりはしなかった。
『⋯⋯⋯狂犬の傍にあの女はいたのかしら?』
「はい。本来は宰相として常に女王の傍にいたようなのですが、今は狂犬に付きっ切りだとか」
『そこが怪しいわね。あの女が自分の手駒にそこまで入れ込むってことは、そいつに特別な何かがあるってことよ。傍にずっといるならそれは、狂犬を手助けしてるんじゃなくて守っているの』
理由はグレゴールにも分かっていないが、女神は帝国宰相リリカという女を知っている。彼女の言葉から察するに、リリカの考える事はお見通しらしく、浅い関係でないのは明らかだった。
実際、一国の宰相が女王のもとを離れたままなのは、グレゴールの目から見てもおかしな話である。開戦当初は各国との交渉のために従軍していたが、役目を終えた今、本来の政務に復帰すべく、女王のもとに帰還するべきであるだろう。
だが帰還せず、相手に不審を抱かせるような真似を敢えて行なうならば、そこには何か理由がある。勘の良い女神はそれを瞬時に理解し、リリカの性格をもとに思考を巡らせた。
『⋯⋯⋯他に報告は?』
「ジエーデル軍警察が管理していた特別収容所の所長を秘かに確保致しました。信徒を使い、王国への亡命を条件に情報を提供させ、報告は私のもとに既に届いております」
『んふっ、まだ逃げ延びた生き残りがいたのね。それで?』
「用済みとなった所長の処分は済ませております。もたらされた情報は興味深いものでしたが、もたらした本人に使い道はなさそうでしたので」
『んふふふふっ⋯⋯⋯。あなたのそういうところ、私は好きよ』
女神がグレゴールを手元に置く理由は、聖人の様な顔をして人の命を計算にかけ、不要とあれば躊躇わず処理できてしまうからだ。女神が愉悦に浸るためには、人の命を躊躇なく弄べる精神を持った、異常者と言える人間でなくてはならないのである。
『その興味深い情報っていうのは何かしら?』
「此度、狂犬が重傷を負った経緯は、軍警察長官が放った暗殺部隊によるものだったことが判明しました。暗殺部隊の隊長には、アーレンツ情報局の残党が任命されており、その者は特殊魔法の使い手だったとか」
『それの能力はわかっているのかしら?』
「残念ながら、そこまでは⋯⋯⋯」
『んふっ、残念ね。でも、簡単に答えがわかっちゃったら詰まらないわ』
グレゴールからもたらされた情報をもとに、魔法石の向こうにいる女神は更に思考を巡らせる。今彼女がどんな顔をしているのか、グレゴールには想像する事しかできない。ただ間違いなく言えるのは、彼女が女神と思えぬ残忍な笑みを浮かべ、この暇潰しを愉しんでいるであろうという事だ。
女神というより、邪神と呼ぶ方が正しいかもしれない。ローミリア大陸を真に支配する、永劫を生きる支配者。それを知ったが故に、ボーゼアス教などという勢力を生み出したオズワルドは、ローミリア解放のためにグラーフ教と戦う決意をしたのだ。
その決意すら女神は計算し、彼を弄んだ挙句、大勢の人間の命を間接的に奪い去った。この世界の女神なのか、やはり邪神なのか、それは兎も角この存在は神と呼ばれるだけあり、全知全能と言っても過言ではない。彼女が持つ力によってオズワルドは踊らされ、今度はその力を持って、帝国の狂犬の秘密を暴こうとしている。
『ひょっとして⋯⋯⋯』
全知全能な女神が謎を解くには、ほんの少しのヒントがあれば十分であった。情報を整理し、足りない分は予測で補って、彼女はいつも正解を導き出す。
謎が解けたと確信した彼女は、それは愉しそうに笑い声を上げた。きっと今、彼女は専用の玉座で腹を抱え、嬉々として上機嫌に違いない。邪悪な笑みを浮かべて笑う女神の姿は、何十年も彼女に仕えているグレゴールには容易に想像できた。
『んふっ、あっははははははっ! こいつはいいわ、稀に見る傑作よ!』
「っと、申しますと⋯⋯⋯?」
『謎は解けたわ。確か狂犬って噂だと、自分の敵に対しては容赦ないけれど、味方には激甘な男で有名よね?』
「正確に言えば違いますが、概ねそんなところかと」
『狂犬が死にかけた戦闘で、狂犬が大事にしてた仲間が死んだりしてない?』
「はい。帝国の主力を率いていた女兵士が一人、狂犬を守って死んだとか」
『やっぱり。なら話は簡単よ』
女神の予想は的中している。彼女の勘の鋭さと、長い年月を生きるが故の人間への理解力は、常人が容易に達する事ができる領域ではない。しかしこの予想は、女神がリリカをよく知っているからこそ導き出せた、彼女にしか分からない解である。
『狂犬はその女兵士失ったせいか、アーレンツの特殊魔法使いのせいか、或いはその両方のせいで壊れちゃったのよ。グレゴールがあったのは壊れたお人形さんで、狂犬であって狂犬ではない男だったわけ』
「心を失った抜け殻だったというわけですか⋯⋯⋯。ですが、そのような現実味のない話、如何にジャンヌ様の解とは言え⋯⋯⋯」
『あの女がずっと一緒なのが何よりの証拠。傍に付いてないと守れない状況だから、心配で離れられないの。実際、グレゴールが会いに行った時、あの女は狂犬の傍を片時も離れなかったんじゃないかしら?』
「⋯⋯⋯仰る通りです」
グラーフ教会地下の神殿から、一歩たりとも外へは出ていないはずなのに、女神まるで事の次第を見てきたかのような話をする。自分の眼の代わりになってくれる存在から、見聞きしてきた外の話を聞ければ、頭の中でその光景を簡単に思い浮かべるのだろう。
だからなのか、グレゴールが大司教となってからも、女神は一度も神殿の外に出た事はない。ただ、遥か昔がどうだったかまでは、誰にも知り得ない事である。
『グレゴール。この話、聞かせたら面白いことしそうな連中全員に聞かせなさい。きっと燻ってる火を燃え上がらせて、また愚かで愉しい喜劇を始めてくれる』
「謀略と裏切り、破壊と殺戮に染まる愚かしい戦争を御望みで?」
『もちろん! だって大好きなんだもの!』
子供の様に燥ぎ、女神はまた狂気に支配された笑い声上げる。
果たして、こんな現実味のない話を、一体どれだけの者達が信じると言うのだろう。いや、女神の望みを叶えるためには、彼女が言う面白い存在達に、帝国の狂犬リクトビア・フローレンスの消滅を信じさせる、巧妙な手が求められている。
それが出来なければ、女神は大司教グレゴールすら存在価値がないものと見る。自分が価値ある存在と思わせ続けるためには、女神が望む舞台に一切の手抜きは許されない。
例えそれが、ローミリア大陸中央部にもたらされた、束の間の安定を破壊する結果になろうともだ。
『んふふふふっ⋯⋯⋯。精々頑張ってお人形を守ることね、私の可愛くて憎らしい女傑《ヒロイン》さん』
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