贖罪の救世主

水野アヤト

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第二十二話 エステラン攻略戦  前編

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 戦況は変化した。
 ヴァスティナ帝国軍決戦部隊は、当初エステラン国軍との兵力差の前に苦戦を強いられていたが、精鋭のレッドフォード隊とゴリオン隊の活躍によって、前線の立て直しに成功したのである。
 しかし帝国軍は、この局面でエステラン国軍の特殊魔法兵部隊と交戦状態に入った。前線正面のゴリオン隊は現在、エステラン国軍特殊魔法兵部隊サーペントの攻撃を受け、一進一退の攻防を続けている。
 左翼前線を押し返したレッドフォード隊は、いくつかの敵部隊を撃破し、そのまま突撃を継続していた。指揮官である軍師エミリオからは、無理な進軍は控えるよう後退の命令が出たのだが、レッドフォード隊の指揮官クリスはこれを拒否し、自らの部隊と共に突撃を続けている。

(正面は膠着状態、左翼は突出か・・・・・・)

 戦況の報告を聞いた軍師エミリオは、指揮官用の天幕の中で、現在の状況を正確に分析していた。
 想定よりも少し早いが、敵の特殊魔法兵部隊が現れた。前線正面に現れたその部隊は、サーペント隊の一部であり、残りの精鋭部隊は未だ温存されたままである。正面を守るゴリオン隊はサーペント隊と交戦状態に入り、激しい戦いを始めたばかりであった。
 ゴリオン隊がサーペント隊に敗れた場合、戦力を再編成した正面のエステラン国軍が、再び兵力差に任せた突撃を開始してしまう。そうなれば、帝国軍は総崩れとなる危険性があり、この戦いそのものに敗北してしまうのである。故にゴリオン隊は、ここで敗北する事は許されない。
 さらに問題なのは、レッドフォード隊による後退命令無視の突撃である。今現在もクリス達は、エステラン国軍指揮官メロースを自分達の力で討ち取るため、敵軍の中を駆け抜けているのだ。

(命令無視の突出・・・・・・)

 報告を聞かされた時は、流石のエミリオも耳を疑った。まさかあの彼が、命令無視の無謀な突撃をするなど信じられなかったからである。
 戦い方や言動だけを見れば、クリスは諸突猛進タイプの猛将と言えるだろう。しかし実際の彼は、戦況を冷静に分析し、その場での最善策を考える事の出来る人間だ。
 今までクリスは、戦場で命令無視を行なった事もなければ、味方を危険に晒すような無謀な突撃を行なった事もない。見た目は熱いが、常に頭は冷静なのである。彼が命令に忠実に従ったおかげで、今まで数々の戦いに勝利する事ができたのだから、これは間違いない事だ。
 だが今回は、現場での独自判断で行動し、部隊を率いて突撃を行なったのである。これには必ず、クリスなりに考えた意図があるはずなのだ。

(考えはわかっている。利用しろと言う事だね、君の存在を・・・・・・)

 クリスの部隊は突撃し、前線でエステラン国軍を挑発して、自分達の存在をアピールし続けている。これはクリスの作戦なのである。
 メロースはクリスへの復讐を狙っており、そのために軍をこの地へ動かした。そして今、クリスと彼の部隊は、敵軍の真っただ中で戦っている。メロースは確実にこれを好機と見るだろう。クリスへの復讐を果たすならば、このまま彼らを包囲して、一気に押し潰す事ができるのだ。
 エステラン側からすればクリスの部隊は、調子に乗って敵軍深くまで突撃を敢行した、非常に愚かな部隊と映るだろう。帝国軍の精鋭を討つ好機でもあるため、戦力を集中させる可能性は高い。
 
(クリスの存在は、メロースを釣るのに絶好の餌だ。メロースは必ず動き、精鋭部隊も動かすはず。ならば、私のやる事は決まっている)

 クリスが作り出そうとしている、敵軍の戦力集中。
 帝国軍とエステラン国軍の戦いは、やはり兵力数の多いエステラン側が有利である。軍師であるエミリオはこの決戦に勝利するべく、この戦いのための仕込みは済ませてはいるが、前線崩壊の危険があるのが現状だ。
 故にクリスは、自分で考え行動を起こした。敵が自分のところへ戦力を集中するよう仕向け、各前線の負担を減らすつもりなのだ。それだけでなく、これは総指揮官メロースを敵軍後方から釣り出し、確実に討ち取るための布石でもある。
 帝国軍正面の前線は激しい攻防が続いているが、右翼側前線は敵の戦力が他よりも少なく、味方が勇猛果敢に戦い続けているため、何とか前線を保たせていた。しかし、この現状で敵軍が動き、精鋭部隊を前線正面や右翼側に投入すれば、帝国側の前線が崩壊する恐れがある。
 クリスと言う餌に釣られ、メロースが動けば、彼は間違いなく精鋭部隊の大半を率いて左翼側に向かう。正面と右翼側にこれ以上大きな戦力が投入されなければ、帝国軍は前線を維持し続ける事ができるだろう。それは必ず、帝国の勝利へと繋がる。
 
(リックのために君がその役目を担うなら、私は存分に君を利用する)

 ただ勝利のために、クリスは自らを犠牲に最善の行動を取った。彼は自分の部下達に覚悟を決めさせ、今も最前線で戦っている。
 
(命令するよ、クリス。左翼側前線の敵を突破し、宿敵メロース・リ・エステランを討て)

 この戦いは決戦である。絶対に負けられない、宿敵エステラン攻略の戦いなのだ。勝利のためには、どんな非情な命令も下さなければならない。
 だから彼は命令する。クリス達に、死ぬ覚悟を決めて突撃しろと・・・・・・。
 エミリオがクリス達の突撃を認め、次の作戦行動を思考し始めた直後、彼の天幕に味方の伝令が駆け込んできた。伝令は酷く慌てた様子であり、これから伝えられる報告が、重大な情報である事が予想出来た。

「報告致します!エステラン国軍後方よりバンデス国軍が接近しております!バンデス国軍の兵力は約二千!エステラン国軍への増援だと思われます!!」

 エステラン国と軍事同盟を結び、協力して独裁国家ジエーデル国と戦い続ける国がある。それがバンデス国だ。
 ジエーデル国によって滅ぼされた国の生き残りが集まり、独裁国家に復讐するために戦い続ける軍事国家。小国でありながら、精強な軍事力を持つこの国の軍隊が、エステラン国軍後方より接近中だと言う。
 エステランとバンデスは、互いに軍事同盟を結ぶ仲間である。そして二国は、帝国の敵だ。帝国軍の誰もが、バンデスはエステラン国軍への増援だと考えた。

(予定通りですね)

 報告を受けたエミリオは、冷静な表情のままであり、取り乱す事は一切なかった。
 伝令からの報告は、彼にとって予定通りの動きなのである。増援のために現れたであろう兵力約二千の登場は、彼を慌てさせる程の事ではない。
 
「報告ご苦労様です。接近中の軍団への対応は---------」
「ほっ、報告致します!!」

 彼が伝令に命令を下そうとしたその瞬間、天幕内へ別の伝令が駆け込んできた。新たな伝令の兵士も慌てた様子であり、少し呼吸を整えた後、報告を述べた。

「我が軍後方より正体不明の軍団が接近しております!!数は約二百!」
「!?」

 この報告は、エミリオも全く予想していなかった、まさにイレギュラーな事態であった。
 帝国軍後方から軍団が現れる。その正体には二つの可能性がある。一つは友軍で、もう一つは敵軍の可能性だ。
 友好国が軍隊を動かし、帝国軍へ救援を向かわせたのかも知れない。しかし、エミリオのもとにそのような連絡は届いていない。ならば、可能性として最も考えられるのは・・・・・・。

(まさか、我が軍後方に兵を密かに動かしたのか。あり得ない・・・・・・)

 後方を取られないよう、敵軍が後方にまわり難い地形の戦場を選び、各所に偵察部隊を置くなどして、後方からの奇襲を警戒していた。エミリオの敷いた警戒網は完璧だったが、実際は後方から軍団が接近している。つまり、接近中の軍団がエステラン国軍であるのなら、警戒網を抜けられた事を意味するのだ。

(二百程度なら或いは・・・・・・。完璧なものなどないと言う事か・・・・・・・)

 今彼は、最悪の想像で思考していた。約二百人規模の軍団を敵軍だと考え、即応できる部隊を考える。真っ先に浮かんだのは、槍士レイナ率いるミカヅキ隊だった。
 
(ミカヅキ隊を使うなら、二百程度のエステラン国軍を撃退するのは容易だ。だが、ここでミカヅキ隊に無駄な消耗を与えるわけにはいかない・・・・・・)

 決断しなければならない。しかしこれは、簡単な決断とはいかない。ここで最後のナイトを出してしまえば、帝国軍は貴重な精鋭部隊を全て投入した事になってしまう。敵軍が切り札を出し切っていない今、それは危険な選択と言える。
 
(敵の奇襲であるのなら、今すぐに対応しなければならない。ミカヅキ隊を出して早々に片付けるのか、それとも別の部隊を集めて迎撃に向かわせるか・・・・・・・)

 決断を迫られたエミリオは、現状とれる最善の選択を必死に導き出そうとしている。全てが手遅れになる前に、彼が最善の選択を導き出さなければ、帝国軍に勝利はない。
 伝令からの報告がもたらされたあの瞬間、軍師エミリオ・メンフィスはその能力を試されてしまったのである。

(情報が欲しい。後方からの正体不明の軍団とは、一体・・・・・・・)
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