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第四十九話 反撃
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ホーリスローネ王国軍がキーファードの戦いに敗れ、気が付けば二週間の月日が流れていた。
仕掛けられていた策略と新型兵器によって、キーファードの戦いで敗走した王国軍は、最高司令官であったグローブス・フェン・バートン将軍をも失った。
指揮命令系統を突然失い、どの前線でも劣勢を強いられていた王国軍は、直ちに後退を始めて残存戦力を後方に集結させようとした。この好機をジエーデル軍が見逃すはずはなく、直ちに後退する王国軍の追撃戦を開始したが、追撃したジエーデル兵を待っていたのは、王国兵による組織的な反撃である。
今日もまた、敗走した王国軍に止めを刺さんと、勢いに乗ろうとするジエーデル軍の部隊が攻撃を仕掛けた。遅れながらも集結地点に向かっていた、王国軍側の最後の残存部隊を狙ったのである。
そのジエーデル軍部隊の追撃を阻んだのは、王国軍の象徴であり、同時に最後の希望でもある者達だった。
「いいぞカイト! やっちまえ!!」
「任せろ! 金色聖剣波《ゴールドエクスプロージョン》!!」
振り下ろされた聖剣の刃から放たれた眩い光が、戦場となっている大地を駆け抜け、真っ直ぐに敵のもとへと向かっていく。光属性魔法による必殺の一撃は、黄金の輝きを放って大勢の敵兵を吹き飛ばす。光魔法の斬撃が通った後には、攻撃で吹き飛ばされた兵が倒れ、誰一人として立っている者はいなかった。
大剣の勇者ルークの合図を受け、聖剣が持つ必殺技を放って見せた櫂斗の活躍で、突撃をかけていた敵部隊に大打撃が加えられた。勢いを失った敵部隊に対して、兵を率いるルークが突撃を指示する。ルークと共に突撃を始めた王国軍部隊は、敵が態勢を立て直す前に襲い掛かる事に成功した。
「今度はこっちの番だ! 大地咆哮《ガイアクエイク》!!」
ルーク必殺の地属性魔法が発動し、敵兵目掛けて地割れが起こったかと思えば、次の瞬間には割れた地面の底から無数の岩山が飛び出した。
突き出た岩山の勢いに吹き飛ばされる兵もいれば、岩山の切っ先に串刺しにされた者もいる。一瞬にして大勢の兵がこの攻撃に蹴散らされ、敵は益々混乱状態に陥った。
「はあっ!!」
魔法を放ったルークが先陣を切り、魔法攻撃を逃れた敵兵に肉薄すると、容赦のない大剣の一閃で一撃のもとに斬り伏せる。一番槍となったその一撃に呼応して、続々と雪崩れ込んだ王国兵が敵を蹴散らしていく。
ある者は剣を突き刺し、ある者は槍を投げ、ある者は至近距離で矢を放つ。途中武器を失った者は、倒した敵から武器を奪って戦った。二人の勇者の活躍で士気を上げる王国兵は、キーファードでの敗北を忘れ、戦意を取り戻して奮起している。
「敵を突き崩して分断するんだ! 思う存分暴れてやれ!」
ルークの命令に従い、王国軍部隊は眼前のジエーデル兵を蹴散らしながら前進を続ける。突き崩されたジエーデル軍部隊が二つに分かれると、一方にはルークの部隊が、もう片方には櫂斗が率いる部隊が襲い掛かり、各個撃破の戦闘が展開された。
分断されて連携を崩され、混乱する兵の隙を突かれては、流石のジエーデル兵も堪らず撤退を開始した。追撃戦で逆に損害を被ったジエーデル軍部隊は、戦死した仲間の遺体を回収する余裕もなく、これ以上の損害を恐れて直ちに撤退するのだった。
「やったぞカイト! 俺達の勝利だ!」
「ああ、わかってる! みんな、俺達が勝ったぞ!!」
勝敗は、圧倒的な王国軍側の勝利で終わった。部隊を指揮する櫂斗とルークが勝利を叫ぶと、勝利に沸く王国兵達から勝ち鬨が上がる。
撤退する敵への追撃は行わなかった。深追いは無用との命令を受けていて、第一目標の残存部隊の護衛が最優先とされていたからだ。櫂斗とルークは見事戦いに勝利し、作戦を成功させたのである。
「あっと言う間に終わったな⋯⋯⋯。テイラーさんの言う通りにやったら圧勝だった」
勝利の美酒に兵達が酔いしている中、櫂斗は一人、残存部隊救出の任を自分達に与えた、現在の王国軍指揮官の顔を思い出していた。
北侵を開始したジエーデル軍撃破のため、将軍グローブス・フェン・バートンが率いた五万のホーリスローネ王国軍は、決戦とも呼ぶべきキーファードの戦いで大敗北を期した。この敗北で指揮官のグローブス以下、配下の将兵をほとんど失った王国軍は、戦闘能力が消滅したと言っても過言ではなかった。
しかし、グローブス達の戦死を受けて、直ちに行動を開始した将兵がいた。その男こそ、偶然にも生き残った若き将、マット・テイラーである。
グローブス達が戦死する直前、マットは勇者指揮の命令を受けて後方に移動していた。それが功を奏して、彼だけが生き残る事が出来たのである。
生き残りでは自分が最高階級だと判断したマットは、直ちに全軍に撤退を命令し、ジエーデル軍の追撃を巧みに逃れながら、後方に残存戦力を集結させた。
今や残存する王国軍の戦力は、最高司令官をマットとする事で機能している。まだ若く経験も浅いながらも、彼の命令は迅速かつ的確で、損害は最小限に留められた。しかもマットは、味方の損害を抑えながらの撤退戦を指揮するだけでなく、王国軍の切り札たる勇者達を筆頭にして、ジエーデル軍に対し各地で反撃まで行っているのだ。
「カイト、ジエーデルの奴らは尻尾巻いて逃げ帰ったぜ。俺達も本隊に合流しよう」
「そうだな。悠紀や真夜先輩達も無事だといいけど⋯⋯⋯」
「心配すんなって。あの二人はお前よりずっと強いだろ?」
「うぐっ⋯⋯⋯、それ言われると落ち込むな⋯⋯⋯⋯」
櫂斗自身が言ったように、従軍していた悠紀と真夜もまた、櫂斗達と同じように戦場に向かい、反撃のためジエーデル相手に戦っている。
櫂斗達も含め、動ける部隊はマットの命令で出撃し、各地で小規模な反撃を行ない、少なからずジエーデル軍に損害を与え続けている。これは味方部隊の撤退支援と言うだけでなく、キーファードでの大勝利で、勢いに乗ろうとしている敵の動きを挫く目的もあった。
悠紀と真夜も、兵を率いてこの作戦に参加し、今頃は櫂斗やルークと同じような戦闘を展開しているだろう。確かに彼女達は櫂斗よりも強いが、仲間の身を案じる思いから、心配する気持ちが表に現れてしまうのだ。
「ともかく、敵には勝てたし早く合流するか。悠紀達もだけど、本隊に残ってる華夜ちゃんのことも心配だ」
「了解だ。腹も減ったしよ、さっさと戻って飯にしようぜ」
作戦を終えた櫂斗とルークは、全軍に撤収を命じて速やかにこの戦場を後にした。
ジエーデル相手に一泡吹かせた王国兵達は、撤収の道中指揮官である二人の武勇を讃え、次も勝利を信じて帰還してくのだった。
櫂斗とルークが自らの部隊を率いて帰還したのは、ホーリスローネ王国軍の残存戦力が結集している陣地だった。
後方の補給拠点として機能していたこの地に戦力を集め、王国軍は現在戦力の再編成を行なっている。だが、この地に集結した王国軍の残存戦力は、約三万人と言ったところである。総兵力五万人の内の二万は、キーファードの戦いで戦死又は捕虜となるか、自軍の大敗北に戦意を失い脱走した者達だ。
元々、今回の戦いに参加している王国軍戦力は、グローブスが権力と金に物を言わせて集めた、忠誠心の低い者達が多かった。グローブスの人望の無さもあって、王国軍がジエーデル軍に敗れた瞬間、命惜しさに多くの兵が逃げ出したのである。
失った戦力数を考えれば、この大きな敗北を受けて撤退するしかない。しかしここで敵に背を向けたら最後、ジエーデル軍は再び王国の国境線を目指して進軍し、今度こそ王国本土まで到達するだろう。それだけは、ここで全戦力を失ったとしても、絶対に阻止しなくてはならない。
国を守るため抵抗を続けようと、着々と準備を進めている陣地へと帰還した二人は、部隊の兵達には休息を命じ、指揮官であるマットの姿を探していた。
陣地内を歩いて数分後、櫂斗がマットの姿を見つけると、彼は悠紀と真夜と会話中であった。どうやら櫂斗達より先に帰還したらしく、帰って来ていた真夜の傍には華夜の姿もある。四人が会話しているところへ近付くと、二人に気付いたマットが両腕を広げて出迎えた。
「アリマ殿! ルーク殿! 御無事で何よりでした」
「テイラーさん。言われた通り敵は追い返してやりましたよ」
「あんたの作戦通り上手くいったぞ。撤退中だった味方もちゃんと無事だ」
「ありがとう御座います。やはり、ボーゼアスの乱の英雄達は頼もしい限りです。バートン将軍が最初から貴方方を前線に出していれば、今頃我々はジエーデル本国まで進撃出来ていたでしょう」
作戦を成功させた二人を英雄と呼び、大袈裟に褒め称えるマットの言葉は、櫂斗もルークも嬉しくは感じるが、同時に恥ずかしくなって少し顔が赤かくなる。それを見た悠紀は、照れる二人の姿を悟ったような目で見ていた。
「櫂斗、また調子に乗ってる」
「⋯⋯⋯!」
「あんたって昔っからほんと顔に出るのよね。ルークは強いからいいけど、櫂斗は私達の中じゃ最弱なんだから調子に乗ろないことね」
「悠紀の言う通りよ。特に貴方は調子に乗りやすいのだから、勝って兜の緒を締めなさい」
「そっ、そんなこと言ったら華夜ちゃんはどうなるんだよ!?」
「華夜ちゃんは私達の切り札だからいいの。大体、華夜ちゃんが力を使ったら絶対櫂斗より強いでしょ?」
「ぐっ、確かに⋯⋯⋯⋯」
まさにその通りであるため言い返せず、悠紀と真夜の注意に櫂斗は肩を落とす。彼女達が言う通り、戦闘に於ける櫂斗の実力は未熟である。魔法を使った攻撃は兎も角、武器を使っての接近戦では、未だに悠紀や真夜に一勝も出来ていないのだ。
彼女達は単純に事実を述べているのだが、これは櫂斗を調子付かせないようにする意味もある。櫂斗の性格を良く知っているからこその、彼女達の優しさであった。
「ところで、お前ら二人の方はどうだったんだ? 俺とカイトは余裕勝ちだったぞ」
「私達だって圧勝よ。櫂斗達よりずっと早く片付けてきたんだから」
「そいつは凄いな。実はカイトの奴、帰って来るまでの間ユキとマヤのことを心配してたんだぜ」
「おっ、おいルーク!? 余計なこと言うなって!」
「へえ~、一応心配はしてくれてたんだ。先輩、どう思います?」
「櫂斗はまず、自分の心配だけしていればいいと思うわ」
「先輩までそんな⋯⋯⋯!? 褒めてくれるのはテイラーさんだけじゃんか!」
いつもの弄られように、櫂斗が大袈裟に振舞うと、その反応を見た周りから笑いが起きる。笑っている者達の中には、普段滅多に笑わない華夜も含まれていた。真夜の傍で彼女の手を握っている華夜は、櫂斗を見つめてほんの少しだけ微笑を浮かべている。
そんな華夜の変化に真夜と悠紀は気付いたが、視線を向けられている櫂斗本人は全く気付いてはいなかった。
「さて、皆さん。作戦は無事成功した事ですし、次の戦いに備えて今は少しでもお休み下さい。明日からはまた忙しくなりますよ」
「テイラーさんの言う通りね。私達も櫂斗達も、今日は苦も無く勝てたけど、明日は何が起こるかわかんないんだし、しっかり休んでおかないと⋯⋯⋯」
マットが言う忙しくなるとは、明日もまた敵との戦いが待っているという事。そして明日の戦いは、今日と同じように勝利して生き残れるかは分からない。悠紀の不安と覚悟は、全員同じ思いである。
櫂斗達は撤退中の味方を守るために戦い、悠紀達は移動中だった敵への奇襲攻撃を行なった。明日はどんな戦いが待っているか分からないが、一つだけはっきりしているのは、自軍が劣勢を強いられている以上、厳しい戦いが続くという事である。
如何に勇者の力を振るおうと、局地的な勝利を得るだけで、根本的な戦局の好転にはならない。王国からの増援が来るのも、いつになるか分からない。下手をすれば、ゼロリアス帝国への備えのために、増援にまわせる兵力が集められず、現状の残存戦力だけで戦う事になる可能性もある。
厳しい状況ではあるものの、勇者達はまだ諦めてはいなかった。櫂斗達にとってこの戦いは、元の世界に帰るための戦いであり、大切な仲間である悠紀を救うための戦いでもある。負けられない戦いであるからこそ、未だ彼らは希望を捨ててはいないのだ。
マットという若き将を臨時の指揮官として、若き勇者達は王国の兵士達と共に戦い続ける。
明日もまた、守りたいものへの想いと希望を胸に、彼らは勝利を信じて戦場へ向かって行くだろう。
仕掛けられていた策略と新型兵器によって、キーファードの戦いで敗走した王国軍は、最高司令官であったグローブス・フェン・バートン将軍をも失った。
指揮命令系統を突然失い、どの前線でも劣勢を強いられていた王国軍は、直ちに後退を始めて残存戦力を後方に集結させようとした。この好機をジエーデル軍が見逃すはずはなく、直ちに後退する王国軍の追撃戦を開始したが、追撃したジエーデル兵を待っていたのは、王国兵による組織的な反撃である。
今日もまた、敗走した王国軍に止めを刺さんと、勢いに乗ろうとするジエーデル軍の部隊が攻撃を仕掛けた。遅れながらも集結地点に向かっていた、王国軍側の最後の残存部隊を狙ったのである。
そのジエーデル軍部隊の追撃を阻んだのは、王国軍の象徴であり、同時に最後の希望でもある者達だった。
「いいぞカイト! やっちまえ!!」
「任せろ! 金色聖剣波《ゴールドエクスプロージョン》!!」
振り下ろされた聖剣の刃から放たれた眩い光が、戦場となっている大地を駆け抜け、真っ直ぐに敵のもとへと向かっていく。光属性魔法による必殺の一撃は、黄金の輝きを放って大勢の敵兵を吹き飛ばす。光魔法の斬撃が通った後には、攻撃で吹き飛ばされた兵が倒れ、誰一人として立っている者はいなかった。
大剣の勇者ルークの合図を受け、聖剣が持つ必殺技を放って見せた櫂斗の活躍で、突撃をかけていた敵部隊に大打撃が加えられた。勢いを失った敵部隊に対して、兵を率いるルークが突撃を指示する。ルークと共に突撃を始めた王国軍部隊は、敵が態勢を立て直す前に襲い掛かる事に成功した。
「今度はこっちの番だ! 大地咆哮《ガイアクエイク》!!」
ルーク必殺の地属性魔法が発動し、敵兵目掛けて地割れが起こったかと思えば、次の瞬間には割れた地面の底から無数の岩山が飛び出した。
突き出た岩山の勢いに吹き飛ばされる兵もいれば、岩山の切っ先に串刺しにされた者もいる。一瞬にして大勢の兵がこの攻撃に蹴散らされ、敵は益々混乱状態に陥った。
「はあっ!!」
魔法を放ったルークが先陣を切り、魔法攻撃を逃れた敵兵に肉薄すると、容赦のない大剣の一閃で一撃のもとに斬り伏せる。一番槍となったその一撃に呼応して、続々と雪崩れ込んだ王国兵が敵を蹴散らしていく。
ある者は剣を突き刺し、ある者は槍を投げ、ある者は至近距離で矢を放つ。途中武器を失った者は、倒した敵から武器を奪って戦った。二人の勇者の活躍で士気を上げる王国兵は、キーファードでの敗北を忘れ、戦意を取り戻して奮起している。
「敵を突き崩して分断するんだ! 思う存分暴れてやれ!」
ルークの命令に従い、王国軍部隊は眼前のジエーデル兵を蹴散らしながら前進を続ける。突き崩されたジエーデル軍部隊が二つに分かれると、一方にはルークの部隊が、もう片方には櫂斗が率いる部隊が襲い掛かり、各個撃破の戦闘が展開された。
分断されて連携を崩され、混乱する兵の隙を突かれては、流石のジエーデル兵も堪らず撤退を開始した。追撃戦で逆に損害を被ったジエーデル軍部隊は、戦死した仲間の遺体を回収する余裕もなく、これ以上の損害を恐れて直ちに撤退するのだった。
「やったぞカイト! 俺達の勝利だ!」
「ああ、わかってる! みんな、俺達が勝ったぞ!!」
勝敗は、圧倒的な王国軍側の勝利で終わった。部隊を指揮する櫂斗とルークが勝利を叫ぶと、勝利に沸く王国兵達から勝ち鬨が上がる。
撤退する敵への追撃は行わなかった。深追いは無用との命令を受けていて、第一目標の残存部隊の護衛が最優先とされていたからだ。櫂斗とルークは見事戦いに勝利し、作戦を成功させたのである。
「あっと言う間に終わったな⋯⋯⋯。テイラーさんの言う通りにやったら圧勝だった」
勝利の美酒に兵達が酔いしている中、櫂斗は一人、残存部隊救出の任を自分達に与えた、現在の王国軍指揮官の顔を思い出していた。
北侵を開始したジエーデル軍撃破のため、将軍グローブス・フェン・バートンが率いた五万のホーリスローネ王国軍は、決戦とも呼ぶべきキーファードの戦いで大敗北を期した。この敗北で指揮官のグローブス以下、配下の将兵をほとんど失った王国軍は、戦闘能力が消滅したと言っても過言ではなかった。
しかし、グローブス達の戦死を受けて、直ちに行動を開始した将兵がいた。その男こそ、偶然にも生き残った若き将、マット・テイラーである。
グローブス達が戦死する直前、マットは勇者指揮の命令を受けて後方に移動していた。それが功を奏して、彼だけが生き残る事が出来たのである。
生き残りでは自分が最高階級だと判断したマットは、直ちに全軍に撤退を命令し、ジエーデル軍の追撃を巧みに逃れながら、後方に残存戦力を集結させた。
今や残存する王国軍の戦力は、最高司令官をマットとする事で機能している。まだ若く経験も浅いながらも、彼の命令は迅速かつ的確で、損害は最小限に留められた。しかもマットは、味方の損害を抑えながらの撤退戦を指揮するだけでなく、王国軍の切り札たる勇者達を筆頭にして、ジエーデル軍に対し各地で反撃まで行っているのだ。
「カイト、ジエーデルの奴らは尻尾巻いて逃げ帰ったぜ。俺達も本隊に合流しよう」
「そうだな。悠紀や真夜先輩達も無事だといいけど⋯⋯⋯」
「心配すんなって。あの二人はお前よりずっと強いだろ?」
「うぐっ⋯⋯⋯、それ言われると落ち込むな⋯⋯⋯⋯」
櫂斗自身が言ったように、従軍していた悠紀と真夜もまた、櫂斗達と同じように戦場に向かい、反撃のためジエーデル相手に戦っている。
櫂斗達も含め、動ける部隊はマットの命令で出撃し、各地で小規模な反撃を行ない、少なからずジエーデル軍に損害を与え続けている。これは味方部隊の撤退支援と言うだけでなく、キーファードでの大勝利で、勢いに乗ろうとしている敵の動きを挫く目的もあった。
悠紀と真夜も、兵を率いてこの作戦に参加し、今頃は櫂斗やルークと同じような戦闘を展開しているだろう。確かに彼女達は櫂斗よりも強いが、仲間の身を案じる思いから、心配する気持ちが表に現れてしまうのだ。
「ともかく、敵には勝てたし早く合流するか。悠紀達もだけど、本隊に残ってる華夜ちゃんのことも心配だ」
「了解だ。腹も減ったしよ、さっさと戻って飯にしようぜ」
作戦を終えた櫂斗とルークは、全軍に撤収を命じて速やかにこの戦場を後にした。
ジエーデル相手に一泡吹かせた王国兵達は、撤収の道中指揮官である二人の武勇を讃え、次も勝利を信じて帰還してくのだった。
櫂斗とルークが自らの部隊を率いて帰還したのは、ホーリスローネ王国軍の残存戦力が結集している陣地だった。
後方の補給拠点として機能していたこの地に戦力を集め、王国軍は現在戦力の再編成を行なっている。だが、この地に集結した王国軍の残存戦力は、約三万人と言ったところである。総兵力五万人の内の二万は、キーファードの戦いで戦死又は捕虜となるか、自軍の大敗北に戦意を失い脱走した者達だ。
元々、今回の戦いに参加している王国軍戦力は、グローブスが権力と金に物を言わせて集めた、忠誠心の低い者達が多かった。グローブスの人望の無さもあって、王国軍がジエーデル軍に敗れた瞬間、命惜しさに多くの兵が逃げ出したのである。
失った戦力数を考えれば、この大きな敗北を受けて撤退するしかない。しかしここで敵に背を向けたら最後、ジエーデル軍は再び王国の国境線を目指して進軍し、今度こそ王国本土まで到達するだろう。それだけは、ここで全戦力を失ったとしても、絶対に阻止しなくてはならない。
国を守るため抵抗を続けようと、着々と準備を進めている陣地へと帰還した二人は、部隊の兵達には休息を命じ、指揮官であるマットの姿を探していた。
陣地内を歩いて数分後、櫂斗がマットの姿を見つけると、彼は悠紀と真夜と会話中であった。どうやら櫂斗達より先に帰還したらしく、帰って来ていた真夜の傍には華夜の姿もある。四人が会話しているところへ近付くと、二人に気付いたマットが両腕を広げて出迎えた。
「アリマ殿! ルーク殿! 御無事で何よりでした」
「テイラーさん。言われた通り敵は追い返してやりましたよ」
「あんたの作戦通り上手くいったぞ。撤退中だった味方もちゃんと無事だ」
「ありがとう御座います。やはり、ボーゼアスの乱の英雄達は頼もしい限りです。バートン将軍が最初から貴方方を前線に出していれば、今頃我々はジエーデル本国まで進撃出来ていたでしょう」
作戦を成功させた二人を英雄と呼び、大袈裟に褒め称えるマットの言葉は、櫂斗もルークも嬉しくは感じるが、同時に恥ずかしくなって少し顔が赤かくなる。それを見た悠紀は、照れる二人の姿を悟ったような目で見ていた。
「櫂斗、また調子に乗ってる」
「⋯⋯⋯!」
「あんたって昔っからほんと顔に出るのよね。ルークは強いからいいけど、櫂斗は私達の中じゃ最弱なんだから調子に乗ろないことね」
「悠紀の言う通りよ。特に貴方は調子に乗りやすいのだから、勝って兜の緒を締めなさい」
「そっ、そんなこと言ったら華夜ちゃんはどうなるんだよ!?」
「華夜ちゃんは私達の切り札だからいいの。大体、華夜ちゃんが力を使ったら絶対櫂斗より強いでしょ?」
「ぐっ、確かに⋯⋯⋯⋯」
まさにその通りであるため言い返せず、悠紀と真夜の注意に櫂斗は肩を落とす。彼女達が言う通り、戦闘に於ける櫂斗の実力は未熟である。魔法を使った攻撃は兎も角、武器を使っての接近戦では、未だに悠紀や真夜に一勝も出来ていないのだ。
彼女達は単純に事実を述べているのだが、これは櫂斗を調子付かせないようにする意味もある。櫂斗の性格を良く知っているからこその、彼女達の優しさであった。
「ところで、お前ら二人の方はどうだったんだ? 俺とカイトは余裕勝ちだったぞ」
「私達だって圧勝よ。櫂斗達よりずっと早く片付けてきたんだから」
「そいつは凄いな。実はカイトの奴、帰って来るまでの間ユキとマヤのことを心配してたんだぜ」
「おっ、おいルーク!? 余計なこと言うなって!」
「へえ~、一応心配はしてくれてたんだ。先輩、どう思います?」
「櫂斗はまず、自分の心配だけしていればいいと思うわ」
「先輩までそんな⋯⋯⋯!? 褒めてくれるのはテイラーさんだけじゃんか!」
いつもの弄られように、櫂斗が大袈裟に振舞うと、その反応を見た周りから笑いが起きる。笑っている者達の中には、普段滅多に笑わない華夜も含まれていた。真夜の傍で彼女の手を握っている華夜は、櫂斗を見つめてほんの少しだけ微笑を浮かべている。
そんな華夜の変化に真夜と悠紀は気付いたが、視線を向けられている櫂斗本人は全く気付いてはいなかった。
「さて、皆さん。作戦は無事成功した事ですし、次の戦いに備えて今は少しでもお休み下さい。明日からはまた忙しくなりますよ」
「テイラーさんの言う通りね。私達も櫂斗達も、今日は苦も無く勝てたけど、明日は何が起こるかわかんないんだし、しっかり休んでおかないと⋯⋯⋯」
マットが言う忙しくなるとは、明日もまた敵との戦いが待っているという事。そして明日の戦いは、今日と同じように勝利して生き残れるかは分からない。悠紀の不安と覚悟は、全員同じ思いである。
櫂斗達は撤退中の味方を守るために戦い、悠紀達は移動中だった敵への奇襲攻撃を行なった。明日はどんな戦いが待っているか分からないが、一つだけはっきりしているのは、自軍が劣勢を強いられている以上、厳しい戦いが続くという事である。
如何に勇者の力を振るおうと、局地的な勝利を得るだけで、根本的な戦局の好転にはならない。王国からの増援が来るのも、いつになるか分からない。下手をすれば、ゼロリアス帝国への備えのために、増援にまわせる兵力が集められず、現状の残存戦力だけで戦う事になる可能性もある。
厳しい状況ではあるものの、勇者達はまだ諦めてはいなかった。櫂斗達にとってこの戦いは、元の世界に帰るための戦いであり、大切な仲間である悠紀を救うための戦いでもある。負けられない戦いであるからこそ、未だ彼らは希望を捨ててはいないのだ。
マットという若き将を臨時の指揮官として、若き勇者達は王国の兵士達と共に戦い続ける。
明日もまた、守りたいものへの想いと希望を胸に、彼らは勝利を信じて戦場へ向かって行くだろう。
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