贖罪の救世主

水野アヤト

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第十九話 甞めるなよ

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 城の通路を音もたてずに進んで行く、怪しげな集団。彼らの動きは俊敏で、全く無駄がない。音もなく、そして素早く、黒いローブに身を包み、フードを被って、与えられた命令を遂行するために、作戦行動を続けている。
 彼らは、この城の中に居るはずの最重要人物達を探していた。
 彼らの与えられた命令は、その人物達の抹消。つまり、この城の中の何処かに居る、目的の人物達の命を奪う事が、彼らの受けた命令だった。
 抹消対象は複数いるため、彼ら以外にも、この城の中で作戦行動中にある集団は数組存在している。抹殺対象の内、一人でも殺す事が出来れば、彼らの任務は達成される。そのため彼らは、元々は一つだった部隊を数組に分け、別れて行動し、城外より複数の侵入経路を見つけ、ほぼ同時に侵入した。
 目標の居所の正確な位置は把握出来なかったため、予め手に入れておいた城の見取り図から、目標が居るであろう位置を複数予測し、別れて予測地点を襲撃する。予測した地点に一人でも目標が居れば、彼らは命令を達成でき、作戦は終了するのだ。
 彼らの部隊は全員潜入と暗殺に長けた者達であり、この作戦には最適だった。能力の高い精鋭であり、彼ら自身も、自分の腕に絶対の自信を持っている。慢心しているわけではないが、今まで彼らは、受けた命令は必ず成功させ続けて来た。油断はしていないが、簡単な作戦だと考えている。
 警備は穴だらけで、兵士の錬度は低い。こんな城での暗殺任務など、普段の任務に比べれば楽なものだと、彼らのほとんどはそう思っていた。
 時には見張りを遣り過ごし、邪魔な場合は排除しつつ、城の中を進む彼らの作戦は順調だ。作戦の失敗など、全く考えられなかった。

「五人ですか」

 通路を進んでいた彼らは、全員その場で動きを止めて、身構える。
 真っ暗な通路の先に現れた、謎の人影。夜目に慣れた彼らが見たのは、一人のメイドの姿だった。そのメイドは声を発し、集団の前に立ちはだかる。
 メイド一人など、彼らの敵ではない。一瞬でその命を奪う事は容易だ。懐から武器を抜き放ち、瞬時に距離を詰めて、メイドの喉元を斬り裂く。それを彼らは、数秒以内にやってのける。
 しかし彼らは、その行動を取らなかった。いや、行動できなかったと言う方が正しい。
 彼らの目の前に現れたメイドは、二十代位の女性であり、長いスカートのメイド服を着た、極々普通のメイドに見える。だが彼女は、明らかに普通と違った。
 彼女から放たれる、圧倒的な殺気。そして、彼女の両手に握られた、二本のナイフ。明らかにこのメイドは、普通ではない。精鋭である彼らはすぐに気付く。このメイドは、人を殺す事に慣れた人間だと。

「中々の腕利きと見ましたが、随分と臆病ですね」

 ナイフを持ったこのメイドは、殺気を放ちながら、ゆっくりと彼らに近付いていく。
 彼ら五人は、突然現れた一人のメイドと対峙してしまった。相手はたった一人であり、メイドであり、女である。幾ら武器を持っていて、圧倒的な殺気を放っていようと、所詮相手は女一人であり、彼らに殺せないわけがない。
 自分達の腕に絶対の自信がある彼らにとって、このメイドの挑発とも言える言葉は、我慢のならないものであった。
 挑発に怒りを覚えた彼らの内の一人が、武器を片手に駆け出す。他の者達が止めようとした時には、既にメイドとの距離を詰め、右手に構えた短剣で、メイドの喉元を斬り裂こうとしていた。
 しかし、その刃がメイドを斬り裂く事はなかった。
 次の瞬間、挑発に乗った一人の目の前に、鮮血が飛び散る。飛び散ったその血は、メイドのものではなく、斬りつけようとしていた彼のものだった。
 彼は見た。目の前に飛び散った自分の血と、宙を舞う、短剣を握った自分の右腕を・・・・・・。

「一人」
「!!?」

 メイドが言葉を発した瞬間、二本のナイフが、彼の胸を交互に斬り裂く。
 彼を躊躇なく斬り裂いたメイドは、一瞬確かに笑っていた。彼が命を失っていく様を見て、笑ったのである。

「殺せ」

 仲間の死を悲しむ事も、敵討ちを考える事もない。彼らにとって部隊の者達は、仲間ではないのだ。与えられた命令を遂行するための、国に命を捧げた道具。道具には、最初から仲間などいない。
 故に彼らは、先走った一人が殺された瞬間、すぐに行動を開始した。現れたメイドは、自分達の命令遂行を妨害する手強い障害だと判断した彼らは、連携して彼女に襲いかかる。そう、道具は死を悲しむ事も、敵討ちを考える事はないのだ。ただ、与えられた命令を遂行するだけである。
 彼らの一人が「殺せ」と命令したのを合図に、命令遂行のため、機械的に駆け出した残りの四人。その内の二人が先行し、メイドへと襲いかかる。短剣を構えた二人は、正面から襲いかかると思わせ、直前で左右に分かれて、メイドの両側からそれぞれ襲撃する。
 メイドの正面からは残りの二人が迫り、左右からも二人が迫る。三方向から同時に襲撃を受けたにも関わらず、メイドは全く動じない。ナイフを握ったまま、その場から動かなかった。
 このメイドが、部隊の一人を簡単に殺してしまえる程の、厄介な実力者だと彼らは理解した。よって彼らは、数の有利を活かして、同時に襲いかかったのである。
 
「二人、三人」
「「!?」」

 次の瞬間、襲いかかられていたはずのメイドは、逆に彼らを襲い出す。
 正面から迫った二人に対して、自分から距離を詰めたメイドは、彼らよりも速く動き、正面の二人が反応するよりも先にナイフを突き立てる。二本のナイフは、二人の額にそれぞれ突き刺さった。
 このメイドは、三方向から迫った敵に対して、後退でも迎撃でもなく、攻撃という選択肢を取ったのである。自らに襲いかかる敵を逆に襲って見せた彼女は、彼らの反応速度を上回るナイフ捌きで、彼らの額にナイフを突き刺し、一撃で絶命させた。
 そして、左右から襲い掛かっていた残りの二人は、部隊員がまたも一瞬で殺された事に対しても、全く動じない。部隊員の死は無視し、攻撃の手を止める事なく、左右から襲い掛かる残りの二人。
 
「四人、五人」

 動じないのは、メイドも同じ。
 敵の頭にナイフを突き刺した彼女は、ナイフから手を離し、左右から襲い掛かって来た短剣の斬撃を、最小限の動きだけで、簡単に躱してしまう。
 攻撃を躱すや否や、メイド服の両袖より新たなナイフを出して見せたメイドは、そのナイフを握り、反撃に出る。短剣を握る彼らの右手を、ナイフの斬撃で右手事切断し、彼らの武装を無力化する。
 右腕を斬り落とされた彼らは、痛みと出血により泣き叫びたくなるのを必死に堪え、左手を懐に突っ込み、隠し武器の一つとして用意した、新たな短剣を抜こうとするが・・・・・・。
 
「あっはははははははは!!」

 突如として聞こえた、女の笑い声。狂ったようなその声は、三人のもとに迫って来ていた。
 メイドの後ろから、物凄い速さで彼らに接近し、両手に武器を装備して襲い掛かる、新たなメイド。深夜だと言うのに、無駄に元気のある声で笑い、彼らを殺すため、両手に装着した鉤爪を構えながら、猛然と突撃する新たなメイド。
 彼らが新たなメイドの接近に気付いた時には、全てが手遅れであった。二人目のメイドは、三本の刃物が取り付けられた彼女専用の鉤爪で、まず一人目を血祭りにあげる。鉤爪の切っ先で、彼女が獲物と定めた敵の胸を、深く斬り裂いたのだ。
 それだけでは満足せず、二人目にも襲い掛かり、両手の鉤爪でその身体を何度も何度も、まるで踊っているかのように斬り裂き続けた。斬り裂かれ続け、ずたずたにされた敵の身体は、鮮血を飛び散らせ続ける。最後にこのメイドは、右手の鉤爪を敵の心臓に突き刺して、彼を絶命させた。

「ちょっと!私の獲物を横取りしないでよ!」
「えー、だって私のとこに来たのは、みーんな殺しちゃったんだもん。いいじゃん、もう三人も殺したんだから満足でしょ?」
「あんたは何人やったのよ?」
「今のも数えて・・・・・、七人かな」
「私より多いじゃない!いつも言ってるでしょ、勝手な事はしないでって」
「うー・・・・、そんな怒んないでよリン」

 リンと呼ばれたのは、ナイフ使いのメイドである。
 彼女の名はリンドウ。愛称はリンと言う。メイドでありながら、殺しの技に長ける女性だ。
 新たに現れた二人目のメイドに、自分が殺そうと考えていた獲物を横取りされ、ご立腹な彼女。彼女が数えていたのは、自分の獲物の数であった。戦闘中、獲物の数を数えてしまうのは、彼女の悪い癖だ。久々の戦闘によりご機嫌であった彼女は、ついつい悪い癖を出してしまったのである。
 だからこそ、獲物を横取りされたのが我慢ならなかった。彼らの右手を斬り落とした後、左手も斬り落として、苦しみ喘ぐ様を楽しみながら簡単に死なない様、ナイフで切り刻んでいく楽しみが彼女の中ではあったのである。その楽しみを横取りされたのが、彼女の怒りの理由だ。

「うっ・・・・・・」
「あっ、こいつまだ生きてるじゃん。ちょっと遊んじゃお♪」

 鉤爪使いのメイドが、最初に斬り裂いて倒した敵はまだ息があった。傷が深く、その出血量を見れば、放っておいても命を落とすとすぐにわかる。しかしこのメイドは、恐ろしい程に残酷だった。
 苦しみもがく彼に対し、このメイドは己の得物である鉤爪を向けてわざと急所を外し、ゆっくりと突き刺した。

「ぐがああああああっ!!!??」
「やっぱいいわ~、男が痛みに悶える様は堪んない♪ねぇリン、この男絶対受けよ。私の勘がそう言ってる」
「ラフレシア、あんたって子はどうしてそう・・・・・・。男を殺しながら腐らないでって、いつも言ってるでしょ」

 鉤爪使いのメイドの名は、ラフレシア。
 リンドウと同じ主に仕えるメイドで、性格と趣味に問題がある、腐った女性だ。

「腐ってないもん、発酵してるだけだもん」
「はあ・・・・・・。もういいわ、次に行くわよ。たぶんまだ侵入者は居ると思う。全員始末しないと陛下の身が危ないわ」
「まあそうね。それに、ちゃんと全員殺しておかないと、後でメイド長に私達が殺されちゃう」

 リンドウとラフレシアの主に絶対の忠誠を誓う、彼女達二人の上官。色々な意味で、とにかく恐ろしい上官の怒りを買わないように、侵入者を全員、確実に処理しようと思う二人。
 リンドウは死体からナイフを回収し、ラフレシアは鉤爪を男の身体から引き抜き、男が死んだ事を目で見て確認する。五人の侵入者を秒殺した彼女達は、新たな獲物を求めて、その場を後にする。

「ねぇねぇリン。私ね、さっきから気になってる事があるの」
「何よ?」
「殺したあの五人、全員受けだと思うの。リンはどう思う?」
「知らないわよそんな事!!」
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