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第十七話 新しい明日へ 後編
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案内されて辿り着いたのは、参謀長の執務室。その男の身分の高さを表すような、立派な作りの扉を前にして、二人は立ち止まる。
「着いたで。ここに居るはずや」
彼女は扉をノックし、中にいるはずの人物へ入室の許可を求める。
ノックしてすぐ、たった一言「入れ」と、中から返事があった。返事の声は、二人が知る人物のものだ。
「入るで」
扉を開き、部屋の中へ躊躇いなく進むシャランドラの後を、恐る恐る付いていくミュセイラ。
室内にいたのは、二人の男。一人はリック、もう一人はエミリオであった。
リックは椅子に腰かけ、執務用の机に積まれた書類に目を通している。軍師エミリオはそんな彼の傍に控え、彼と同じように書類整理を行なっていた。二人とも、事務仕事で忙しい様子である。
「何だシャランドラ、連れて来たのか?」
「会いたかったんやろ、ミュセイラっちに。リックは忙しいと思ってな、うちがここまで案内したんやわ」
「連れて来いと頼んだ覚えはないぞ」
「うちは気が利く女やで。頼まれんでも、リックが望んどる事はわかるわ。だから連れて来たんや」
彼は特に何も言わず、書類整理を再開する。
しかし、連れて来た理由を話した彼女とミュセイラに対し、敵意の視線を向けるエミリオは、明らかに文句を言いたそうであった。
「彼女は敵じゃない」
「リック・・・・・」
「そんな目で二人を睨むな。彼女はシャランドラを救ってくれた恩人だ。わかっているな?」
「君の言う通り、恩人と言う事実は変わらない。彼女には相応の恩賞を用意するよ」
こう見えてシャランドラは、帝国軍新兵器開発の最高責任者である。簡単に言えば、帝国軍の幹部であるから、それを助けたとあれば、かなりの恩賞を期待出来るだろう。
だが彼女は、そんな恩賞など要らない。
「恩賞は遠慮しますわ。それよりも私は-------」
「軍師は間に合ってる」
沈黙。これで話は終わりだった。
「ま、まあそうですわよね。実力も何も分からない人間を簡単に軍師になんて出来ませんわよね。ですけど私、こう見えても軍師としての勉強をずっとしてきましたのよ。独学のところもありますけど、私が女だからと言って軍師が務まるはずないだなんて思わないで欲しいですわ。何なら私の実力を--------」
「性別は関係ない。お前は軍に入れない、以上だ」
きっぱりと言われてしまい、何も言い返せない。心に突き刺さった彼の言葉が、彼女を絶望させる。
大陸中央から旅をし続け、長い苦労の末に、ようやく辿り着いたこの地で、夢に見続けていた願いと目的を果たす事の出来ない、絶望と恐怖。
簡単にはいかないとわかっているつもりだった。断られても、説得出来ると思っていた。
だが、彼女の眼前に映る男は、彼女の願いを叶えようとする隙を全く見せない。彼、リクトビア・フローレンスは、ミュセイラ・ヴァルトハイムを軍師として配下に置くつもりはない。
その理由は、ミュセイラにはわからない。理由を察する事が出来たのは、この場において二人だけ。
「リック、気持ちはわかるんやけど、せめて話だけでも聞いてやったらどうや?ミュセイラっちがこの世の終わりみたいな顔しとるで」
「軍師志望って言われてもエミリオがいる。お前を救ってくれた事には感謝してるが、それとこれとは別問題だ」
シャランドラが助け舟を出すも、無駄に終わる。話すら聞くつもりは無いらしい。
どうしてそこまで、頑なに彼女を拒むのか?シャランドラもエミリオも、よく理解している。
言葉を失い立ち尽くしている彼女を、シャランドラが慰めようとした、その時だ。
「入れ」
扉をノックする音が聞こえた。部屋の外にいる者に入室を許可したリックは、執務室に足を踏み入れた者を見て、書類整理の手を止める。
「御忙しいところ失礼致します、参謀長閣下」
入室したのは、メイド服を着こなす一人の女性だった。
寡黙で鋭い眼差しの長髪の女性。背はミュセイラよりも高く、年齢も明らかに上であろう、年上の女性。入室したこの女性はその目つきまま、素早く部屋の中の人物達を確認すると、リックへと視線を移し、口を開いた。
「メイド長、俺に何用ですか?」
「謁見の間にて、女王陛下が御待ちしております。参謀長閣下と、ミュセイラ・ヴァルトハイムと言う名の女性を連れて来るよう、仰せ付かりました」
執務室に現れたのは、帝国メイド長ウルスラである。
ヴァスティナ帝国城メイド一同の最高責任者であり、女王陛下に絶対の忠誠を誓う女性だ。そんな立場の彼女が、女王の命で二人を謁見の間まで連れて行こうとしている。メイド長が、直々にである。
女王の命となれば逆らう事は許されないため、リックは椅子より立ち上がり、手に持っていた書類をエミリオに渡し、残りの仕事を彼に預けた。
「後を頼む」
エミリオは一礼して答え、彼の仕事を引き継いだ。
そしてリックは、呆然としているミュセイラに近付き、言葉を放つ。
「付いて来い」
たった一言、そう命令されてしまった。
潰えた願いと、突然の女王の呼び出しに、もう何が何だか分からず、自棄になったミュセイラ。どうにでもなってしまえと思い、彼女はリックに付いて行くのだった。
「着いたで。ここに居るはずや」
彼女は扉をノックし、中にいるはずの人物へ入室の許可を求める。
ノックしてすぐ、たった一言「入れ」と、中から返事があった。返事の声は、二人が知る人物のものだ。
「入るで」
扉を開き、部屋の中へ躊躇いなく進むシャランドラの後を、恐る恐る付いていくミュセイラ。
室内にいたのは、二人の男。一人はリック、もう一人はエミリオであった。
リックは椅子に腰かけ、執務用の机に積まれた書類に目を通している。軍師エミリオはそんな彼の傍に控え、彼と同じように書類整理を行なっていた。二人とも、事務仕事で忙しい様子である。
「何だシャランドラ、連れて来たのか?」
「会いたかったんやろ、ミュセイラっちに。リックは忙しいと思ってな、うちがここまで案内したんやわ」
「連れて来いと頼んだ覚えはないぞ」
「うちは気が利く女やで。頼まれんでも、リックが望んどる事はわかるわ。だから連れて来たんや」
彼は特に何も言わず、書類整理を再開する。
しかし、連れて来た理由を話した彼女とミュセイラに対し、敵意の視線を向けるエミリオは、明らかに文句を言いたそうであった。
「彼女は敵じゃない」
「リック・・・・・」
「そんな目で二人を睨むな。彼女はシャランドラを救ってくれた恩人だ。わかっているな?」
「君の言う通り、恩人と言う事実は変わらない。彼女には相応の恩賞を用意するよ」
こう見えてシャランドラは、帝国軍新兵器開発の最高責任者である。簡単に言えば、帝国軍の幹部であるから、それを助けたとあれば、かなりの恩賞を期待出来るだろう。
だが彼女は、そんな恩賞など要らない。
「恩賞は遠慮しますわ。それよりも私は-------」
「軍師は間に合ってる」
沈黙。これで話は終わりだった。
「ま、まあそうですわよね。実力も何も分からない人間を簡単に軍師になんて出来ませんわよね。ですけど私、こう見えても軍師としての勉強をずっとしてきましたのよ。独学のところもありますけど、私が女だからと言って軍師が務まるはずないだなんて思わないで欲しいですわ。何なら私の実力を--------」
「性別は関係ない。お前は軍に入れない、以上だ」
きっぱりと言われてしまい、何も言い返せない。心に突き刺さった彼の言葉が、彼女を絶望させる。
大陸中央から旅をし続け、長い苦労の末に、ようやく辿り着いたこの地で、夢に見続けていた願いと目的を果たす事の出来ない、絶望と恐怖。
簡単にはいかないとわかっているつもりだった。断られても、説得出来ると思っていた。
だが、彼女の眼前に映る男は、彼女の願いを叶えようとする隙を全く見せない。彼、リクトビア・フローレンスは、ミュセイラ・ヴァルトハイムを軍師として配下に置くつもりはない。
その理由は、ミュセイラにはわからない。理由を察する事が出来たのは、この場において二人だけ。
「リック、気持ちはわかるんやけど、せめて話だけでも聞いてやったらどうや?ミュセイラっちがこの世の終わりみたいな顔しとるで」
「軍師志望って言われてもエミリオがいる。お前を救ってくれた事には感謝してるが、それとこれとは別問題だ」
シャランドラが助け舟を出すも、無駄に終わる。話すら聞くつもりは無いらしい。
どうしてそこまで、頑なに彼女を拒むのか?シャランドラもエミリオも、よく理解している。
言葉を失い立ち尽くしている彼女を、シャランドラが慰めようとした、その時だ。
「入れ」
扉をノックする音が聞こえた。部屋の外にいる者に入室を許可したリックは、執務室に足を踏み入れた者を見て、書類整理の手を止める。
「御忙しいところ失礼致します、参謀長閣下」
入室したのは、メイド服を着こなす一人の女性だった。
寡黙で鋭い眼差しの長髪の女性。背はミュセイラよりも高く、年齢も明らかに上であろう、年上の女性。入室したこの女性はその目つきまま、素早く部屋の中の人物達を確認すると、リックへと視線を移し、口を開いた。
「メイド長、俺に何用ですか?」
「謁見の間にて、女王陛下が御待ちしております。参謀長閣下と、ミュセイラ・ヴァルトハイムと言う名の女性を連れて来るよう、仰せ付かりました」
執務室に現れたのは、帝国メイド長ウルスラである。
ヴァスティナ帝国城メイド一同の最高責任者であり、女王陛下に絶対の忠誠を誓う女性だ。そんな立場の彼女が、女王の命で二人を謁見の間まで連れて行こうとしている。メイド長が、直々にである。
女王の命となれば逆らう事は許されないため、リックは椅子より立ち上がり、手に持っていた書類をエミリオに渡し、残りの仕事を彼に預けた。
「後を頼む」
エミリオは一礼して答え、彼の仕事を引き継いだ。
そしてリックは、呆然としているミュセイラに近付き、言葉を放つ。
「付いて来い」
たった一言、そう命令されてしまった。
潰えた願いと、突然の女王の呼び出しに、もう何が何だか分からず、自棄になったミュセイラ。どうにでもなってしまえと思い、彼女はリックに付いて行くのだった。
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