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第十三話 救世主
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帝国騎士団陣地に帰還したリックたちは、信じられない光景を目にする事となった。
「悪い予感が当たったのかよ・・・・・・」
メシアが率いた帝国騎士の多くは、陣地内で怪我の手当を受けていた。
重傷者が多く、陣地内を見渡せば、無事な者の方が少ないという有り様である。手や足に包帯を巻く軽傷者と、腹部などを負傷して出血の激しい重傷者。陣地内は負傷した騎士たちばかりで、敵軍への奇襲の結果は聞かなくてもわかってしまった。
状況を理解し、自分の指揮した騎士たちに振り返ったリックは、直ちに命令を下す。
「お前たちは怪我人の手当を頼む。俺はメシア団長のところに行って来る!」
リックの率いた騎士たちに戦死者はおらず、怪我人も少なく全員軽傷だ。そのため、陣地内の怪我人は彼らに任せ、リックはメシアがいるであろう、指揮官の天幕へと駆け出した。
彼女は無事だろうか。不安な気持ちに駆られ、天幕へと急ぐ彼の足は速い。
真っ直ぐ指揮官専用の天幕へと向かい、その中へ声もかけずに駆け込んだ。
「メシア!!」
天幕の中へ入ると、そこには愛おしい彼女の姿があった。
「リック?」
彼女は天幕の中で椅子に座り、机に医療品を並べて、自分の怪我の手当の最中である。丁度左腕に傷薬を塗り、包帯を巻いているところであった。
突然現れたリックに驚いたメシアだったが、彼女以上に驚いているのはリックである。何故なら、帝国最強の軍神であるメシアが、戦闘で負傷したからだ。左腕に包帯を巻き、右足にも包帯が巻かれていた。リックの知る限り、戦闘で一度も負傷するところを見せた事のない彼女が、今回は腕と足に傷を負っている。
陣地内の負傷者たちと、帝国最強の負傷は、ジエーデル軍への奇襲が失敗した事を物語っていた。
軽傷ではあるのだが、彼女が怪我をしてしまった事に対して、リックの身体は彼女へと真っ直ぐ向かう。椅子に座るメシアを、彼は強く抱きしめた。
「リック、痛いから離せ」
「離さない。俺が一緒に行けば、怪我なんてさせなかった・・・・・・!」
メシアの身体に両腕をまわし、彼女を離すまいと強く抱きしめる。抱きしめられたせいで、傷口が痛むと彼女が訴えても離さない。心配した事が現実となり、今の彼はメシアの事で頭がいっぱいで、完全に冷静さを欠いている。
「安心しろ、ただの掠り傷だ。この程度で私が死ぬとでも思っているのか?」
「そっ、そんな事・・・・・、でも俺は!」
「わかっている。お前の気持ちは嬉しい」
ようやくリックは力を抜いて、抱きしめたメシアを解放する。すると今度は、椅子から立ち上がった彼女が、彼の頭を優しく撫でた。
「心配してくれて嬉しい。だがお前は、大切な者を思うと冷静さを欠き過ぎる。あの女兵士の時もそうだった」
「そう言われても・・・・・・」
「お前は帝国軍の参謀長だ。仲間が怪我をしただけで取り乱すな。お前が取り乱すだけで、兵士たちの士気に関わる。まあ、私はお前のそんなところも愛しているがな」
微笑みを浮かべるメシア。彼女はリックの前で、よく微笑むようになった。
美しく優しい微笑み。彼女の微笑みは、まさに聖母の微笑みと言えるだろう。リックにだけ見せる彼女の微笑みは、彼に安らぎを与える。
「落ち着いたか?」
「はい・・・・・」
「よかった。それなら、戦闘の結果について話せ」
へスカル騎士団との戦闘の結果と、今回の戦闘での損害について、リックは彼女に全てを報告した。戦った騎士団が、国家を離脱した副団長派の者たちであり、へスカル国が裏切ったわけではない事も含め、全てをである。
戦闘の結果は帝国騎士団の圧勝で、味方の負傷者は十数人。味方に戦死者はなく、逆に敵軍には壊滅的損害を与えた。敵軍は指揮官であった副団長も失い、最早戦闘継続は不可能だ。よって、帝国騎士団後方からの脅威は去った。
逆にメシアが率いた騎士団は、ジエーデル軍の用意周到な迎撃を受けてしまった。
先の決戦で帝国軍は、何度か奇襲攻撃を行ないジエーデルに打撃を与え、最終的には勝利に繋いでいる。これまでも帝国は、強敵に対しては奇襲を行ない、勝利を重ねてきたのである。そのためジエーデル軍は今回、帝国の奇襲攻撃を最重要で警戒していた。
帝国は必ず奇襲攻撃をかけてくる。その予測を全軍に徹底し、不意の奇襲にも動じない様、最初から手が打たれていた。奇襲をかけてきた帝国騎士団に、予めの迎撃行動をとったジエーデル軍。奇襲攻撃をかけてきた瞬間、一斉に槍兵が長槍を突き出し、弓兵が多くの矢を放って、騎士団の接近を許さなかった。
この時メシアは、想定以上に敵軍が奇襲を警戒していた事を悟り、すぐさま騎士団に撤退を指示する。接近戦を許さない完璧な迎撃に、多大な損害を被ってしまった帝国騎士団は、メシアの命令により後退を開始し、団長である彼女は、殿となって騎士たちの撤退を支援した。
仲間を見捨てず、負傷した者を助けながら戦い続け、そのせいで彼女は敵の矢を受けた。彼女の負傷は、この時の撤退戦によるものであった。
何とか帝国騎士団は撤退し、ジエーデル軍は勝利を得た。その後ジエーデル軍は、帝国の更なる奇襲攻撃を警戒し、迎撃した地点で侵攻を停止させる。そして偵察の兵を放って、帝国騎士団の状況確認と、奇襲攻撃の有無を調べさせ始めたのである。
念入りに、そして慎重な行動を取るジエーデル軍。そのおかげで、帝国騎士団は追撃を受ける事がなく、無事に撤退する事が出来たのである。
今回は本当に運が良かったと言える。もしも、帝国騎士団の撤退が軍団を誘い出すための罠であると、この時ジエーデルの指揮官が判断しなければ、今頃は撤退どころではなくなっていただろう。
メシアの話を聞き終え、対ジエーデル戦での作戦を考え始めるリック。彼女の話を聞いていたおかげで、今は落ち着きを取り戻していた。
「それで、ジエーデルの戦力はどれ位でしたか?」
「恐らく三千はいただろう。もしかすれば、後方にも予備の戦力が控えているかもしれない」
「三千人ですか・・・・・。一体この戦力で何をするつもりなんでしょうね」
「わからない。ただ、気まぐれでない事は確かだ」
「俺たちの後方にはへスカル国がある、・・・・・・そうか」
ジエーデル軍の狙いに気付く。前回の侵攻時には、一万を超える戦力を投入してきたにもかかわらず、今回は三千人と言う兵力。反抗勢力の鎮圧で、兵力不足と言う理由もあるはずだが、それだけが理由ではない。
「この三千人はきっと先発隊です。エステランの動きに便乗して、へスカル国を占領するための。へスカルを南ローミリア支配の前線基地にして、侵攻軍の本隊が到着するまで待つつもりなんですよ」
「ふむ、その割には侵攻の意欲が欠けているように思える。お前はどう思う?」
「意欲が無いように見えるって事は・・・・・・・、もしかすると占領できればいいな位にしか考えていないのかも」
「つまりこう言う事か。敵はエステランの動きで侵攻の機会を得た。帝国の主戦力はエステラン迎撃に向かわざる負えない。これを好機と見て、先発隊に将来的な再侵攻の足掛かりを築かせるつもりなのだな」
二人の考えは間違ってはいない。だが、全てが正しいというわけでもない。
そしてリックは、この戦いには裏があるのではないかと感じる。エステラン軍の突然の侵攻と、ジエーデル軍の再侵攻。敵同士である両国が、この地方に中途半端な戦力で侵攻を開始したのには、必ず何かがある。
リックたちの関知しない所で、何かが動いた。それが両国の侵攻の原因であるのだろう。
裏で動いた何か。その存在に、リックもメシアも心当たりがある。心当たりが予想通りであれば、速やかに帝国へと帰還し、今回の戦いの首謀者を捕縛しなければならない。
「帝国に戻らないと・・・・・」
「しかし、撤退はできない。我らがここから退けば、へスカルを守る者がいない」
「たぶん今頃、リリカとエミリオが他の友好国を動かして、救援のための戦力を用意してるはずですけど、・・・・・・間に合いませんね」
先の決戦で帝国は、友好国と連合を組んで戦った。その時の戦力を、宰相と軍師の権限で、再び招集している最中であるのだ。現在エミリオは戦力をかき集め、増援部隊をジエーデル迎撃に向かわせようとしている。
レイナとクリスも、エステランを早々に退け、リックたちの救援に向かうべく戦っている。
しかしどんなに急いでも、これらの戦力の到着は間に合わない。このまま騎士団がここに留まっても、帝国に退却したとしても、後方のへスカル国は占領されるだろう。戦力を一気に半減させた今のへスカルでは、ジエーデルの侵攻に三日ともたない。
リックとメシアは今、絶望的な決断を迫られている。へスカルを見捨てて退却するか、ここで防衛線を構築して死守するかだ。もしへスカルを見捨てれば、敵に侵攻の前線拠点を構築させる事になり、帝国に未来はない。かと言って、ジエーデル軍三千の兵力を防ぐだけの戦力は、ここにはない。
一騎当千の軍神メシアと、身体能力が常人を超えたリックの二人が、如何に奮闘したとしても、守り切る事が出来ない戦力差である。そして騎士団は、先の戦闘で戦死者を出し、多くの者が負傷している。戦力が低下した今の騎士団では、三千の戦力との戦闘は敗北しかない。
(どうする。戦力が圧倒的に足りない。せめて大量の銃火器があれば・・・・・・)
天才発明家シャランドラたちが作り上げている、帝国の新兵器である銃火器。この武器の力は、先の決戦時において敵軍を圧倒して見せた。
しかしその決戦時に、帝国は銃火器の弾薬備蓄をほとんど使い切ってしまった。そのおかげで今の帝国軍では、銃はあっても弾が無い、深刻な弾丸不足に陥っているのだ。
例外としてイヴの率いている部隊は、訓練用に備蓄されていた弾薬をかき集め、魔物の討伐へと出撃した。「帝国のみんなが銃を使えるようになるためには、今僕たちが頑張らなきゃいけないの」とイヴが訴え、リックが承認したのである。
このような例外はあるものの、現在帝国軍の銃火器装備部隊は弾薬が不足しているために、今は剣や槍を装備している。ロベルトたちが銃を装備しなかったのは、それも理由の一つだ。こう言った理由があり、銃を使用するヘルベルトたち鉄血部隊の面々も、今は剣や槍を装備して戦っている。
「無い物強請りをするな」
「・・・・・・俺、そんなに心読みやすいですか?」
「私にはわかる」
「メシア団長の前じゃ浮気なんて絶対できませんね」
「浮気しているのか?」
「いっ、いえいえいえいえ、俺はメシア団長一筋です!!」
ここに彼の仲間たちがいたならば、絶対にこう言われるだろう。
「よくもそんな嘘が出るものだ」と。
「ふふっ、ふふふふ・・・・・・」
「メシア団長?」
「お前は面白いな。リック、お前と一緒ならこの難局も乗り越えられそうだ。頼もしいぞ」
メシアの微笑みは、リックの心を安心させる。
勝利の可能性の見えないこの戦い。絶望的決断を迫られているリックに、光が差し込んだ。
(そうだよな。彼女が一緒にいてくれるんだ。選択肢は決まってる)
家族になる。二人が交わした約束だ。
愛する者を守るために、愛し合う者と共に戦う。そうして必ず戦い抜いて、二人の約束を果たす。
「戦いましょう、メシア団長」
「ああ。共に戦い、そして帰ろう。陛下の待つ帝国へ」
二人は決断した。これより二人は、絶望的な戦場へと赴く。
そして、二人の天幕の中に、報告のために駆け込んだ騎士が一人。
「報告します!ジエーデル軍が現れました!!」
敵はやって来た。
帝国騎士団は軍神と英雄を信じ、二人に付き従って再びジエーデル軍へと挑む。
「悪い予感が当たったのかよ・・・・・・」
メシアが率いた帝国騎士の多くは、陣地内で怪我の手当を受けていた。
重傷者が多く、陣地内を見渡せば、無事な者の方が少ないという有り様である。手や足に包帯を巻く軽傷者と、腹部などを負傷して出血の激しい重傷者。陣地内は負傷した騎士たちばかりで、敵軍への奇襲の結果は聞かなくてもわかってしまった。
状況を理解し、自分の指揮した騎士たちに振り返ったリックは、直ちに命令を下す。
「お前たちは怪我人の手当を頼む。俺はメシア団長のところに行って来る!」
リックの率いた騎士たちに戦死者はおらず、怪我人も少なく全員軽傷だ。そのため、陣地内の怪我人は彼らに任せ、リックはメシアがいるであろう、指揮官の天幕へと駆け出した。
彼女は無事だろうか。不安な気持ちに駆られ、天幕へと急ぐ彼の足は速い。
真っ直ぐ指揮官専用の天幕へと向かい、その中へ声もかけずに駆け込んだ。
「メシア!!」
天幕の中へ入ると、そこには愛おしい彼女の姿があった。
「リック?」
彼女は天幕の中で椅子に座り、机に医療品を並べて、自分の怪我の手当の最中である。丁度左腕に傷薬を塗り、包帯を巻いているところであった。
突然現れたリックに驚いたメシアだったが、彼女以上に驚いているのはリックである。何故なら、帝国最強の軍神であるメシアが、戦闘で負傷したからだ。左腕に包帯を巻き、右足にも包帯が巻かれていた。リックの知る限り、戦闘で一度も負傷するところを見せた事のない彼女が、今回は腕と足に傷を負っている。
陣地内の負傷者たちと、帝国最強の負傷は、ジエーデル軍への奇襲が失敗した事を物語っていた。
軽傷ではあるのだが、彼女が怪我をしてしまった事に対して、リックの身体は彼女へと真っ直ぐ向かう。椅子に座るメシアを、彼は強く抱きしめた。
「リック、痛いから離せ」
「離さない。俺が一緒に行けば、怪我なんてさせなかった・・・・・・!」
メシアの身体に両腕をまわし、彼女を離すまいと強く抱きしめる。抱きしめられたせいで、傷口が痛むと彼女が訴えても離さない。心配した事が現実となり、今の彼はメシアの事で頭がいっぱいで、完全に冷静さを欠いている。
「安心しろ、ただの掠り傷だ。この程度で私が死ぬとでも思っているのか?」
「そっ、そんな事・・・・・、でも俺は!」
「わかっている。お前の気持ちは嬉しい」
ようやくリックは力を抜いて、抱きしめたメシアを解放する。すると今度は、椅子から立ち上がった彼女が、彼の頭を優しく撫でた。
「心配してくれて嬉しい。だがお前は、大切な者を思うと冷静さを欠き過ぎる。あの女兵士の時もそうだった」
「そう言われても・・・・・・」
「お前は帝国軍の参謀長だ。仲間が怪我をしただけで取り乱すな。お前が取り乱すだけで、兵士たちの士気に関わる。まあ、私はお前のそんなところも愛しているがな」
微笑みを浮かべるメシア。彼女はリックの前で、よく微笑むようになった。
美しく優しい微笑み。彼女の微笑みは、まさに聖母の微笑みと言えるだろう。リックにだけ見せる彼女の微笑みは、彼に安らぎを与える。
「落ち着いたか?」
「はい・・・・・」
「よかった。それなら、戦闘の結果について話せ」
へスカル騎士団との戦闘の結果と、今回の戦闘での損害について、リックは彼女に全てを報告した。戦った騎士団が、国家を離脱した副団長派の者たちであり、へスカル国が裏切ったわけではない事も含め、全てをである。
戦闘の結果は帝国騎士団の圧勝で、味方の負傷者は十数人。味方に戦死者はなく、逆に敵軍には壊滅的損害を与えた。敵軍は指揮官であった副団長も失い、最早戦闘継続は不可能だ。よって、帝国騎士団後方からの脅威は去った。
逆にメシアが率いた騎士団は、ジエーデル軍の用意周到な迎撃を受けてしまった。
先の決戦で帝国軍は、何度か奇襲攻撃を行ないジエーデルに打撃を与え、最終的には勝利に繋いでいる。これまでも帝国は、強敵に対しては奇襲を行ない、勝利を重ねてきたのである。そのためジエーデル軍は今回、帝国の奇襲攻撃を最重要で警戒していた。
帝国は必ず奇襲攻撃をかけてくる。その予測を全軍に徹底し、不意の奇襲にも動じない様、最初から手が打たれていた。奇襲をかけてきた帝国騎士団に、予めの迎撃行動をとったジエーデル軍。奇襲攻撃をかけてきた瞬間、一斉に槍兵が長槍を突き出し、弓兵が多くの矢を放って、騎士団の接近を許さなかった。
この時メシアは、想定以上に敵軍が奇襲を警戒していた事を悟り、すぐさま騎士団に撤退を指示する。接近戦を許さない完璧な迎撃に、多大な損害を被ってしまった帝国騎士団は、メシアの命令により後退を開始し、団長である彼女は、殿となって騎士たちの撤退を支援した。
仲間を見捨てず、負傷した者を助けながら戦い続け、そのせいで彼女は敵の矢を受けた。彼女の負傷は、この時の撤退戦によるものであった。
何とか帝国騎士団は撤退し、ジエーデル軍は勝利を得た。その後ジエーデル軍は、帝国の更なる奇襲攻撃を警戒し、迎撃した地点で侵攻を停止させる。そして偵察の兵を放って、帝国騎士団の状況確認と、奇襲攻撃の有無を調べさせ始めたのである。
念入りに、そして慎重な行動を取るジエーデル軍。そのおかげで、帝国騎士団は追撃を受ける事がなく、無事に撤退する事が出来たのである。
今回は本当に運が良かったと言える。もしも、帝国騎士団の撤退が軍団を誘い出すための罠であると、この時ジエーデルの指揮官が判断しなければ、今頃は撤退どころではなくなっていただろう。
メシアの話を聞き終え、対ジエーデル戦での作戦を考え始めるリック。彼女の話を聞いていたおかげで、今は落ち着きを取り戻していた。
「それで、ジエーデルの戦力はどれ位でしたか?」
「恐らく三千はいただろう。もしかすれば、後方にも予備の戦力が控えているかもしれない」
「三千人ですか・・・・・。一体この戦力で何をするつもりなんでしょうね」
「わからない。ただ、気まぐれでない事は確かだ」
「俺たちの後方にはへスカル国がある、・・・・・・そうか」
ジエーデル軍の狙いに気付く。前回の侵攻時には、一万を超える戦力を投入してきたにもかかわらず、今回は三千人と言う兵力。反抗勢力の鎮圧で、兵力不足と言う理由もあるはずだが、それだけが理由ではない。
「この三千人はきっと先発隊です。エステランの動きに便乗して、へスカル国を占領するための。へスカルを南ローミリア支配の前線基地にして、侵攻軍の本隊が到着するまで待つつもりなんですよ」
「ふむ、その割には侵攻の意欲が欠けているように思える。お前はどう思う?」
「意欲が無いように見えるって事は・・・・・・・、もしかすると占領できればいいな位にしか考えていないのかも」
「つまりこう言う事か。敵はエステランの動きで侵攻の機会を得た。帝国の主戦力はエステラン迎撃に向かわざる負えない。これを好機と見て、先発隊に将来的な再侵攻の足掛かりを築かせるつもりなのだな」
二人の考えは間違ってはいない。だが、全てが正しいというわけでもない。
そしてリックは、この戦いには裏があるのではないかと感じる。エステラン軍の突然の侵攻と、ジエーデル軍の再侵攻。敵同士である両国が、この地方に中途半端な戦力で侵攻を開始したのには、必ず何かがある。
リックたちの関知しない所で、何かが動いた。それが両国の侵攻の原因であるのだろう。
裏で動いた何か。その存在に、リックもメシアも心当たりがある。心当たりが予想通りであれば、速やかに帝国へと帰還し、今回の戦いの首謀者を捕縛しなければならない。
「帝国に戻らないと・・・・・」
「しかし、撤退はできない。我らがここから退けば、へスカルを守る者がいない」
「たぶん今頃、リリカとエミリオが他の友好国を動かして、救援のための戦力を用意してるはずですけど、・・・・・・間に合いませんね」
先の決戦で帝国は、友好国と連合を組んで戦った。その時の戦力を、宰相と軍師の権限で、再び招集している最中であるのだ。現在エミリオは戦力をかき集め、増援部隊をジエーデル迎撃に向かわせようとしている。
レイナとクリスも、エステランを早々に退け、リックたちの救援に向かうべく戦っている。
しかしどんなに急いでも、これらの戦力の到着は間に合わない。このまま騎士団がここに留まっても、帝国に退却したとしても、後方のへスカル国は占領されるだろう。戦力を一気に半減させた今のへスカルでは、ジエーデルの侵攻に三日ともたない。
リックとメシアは今、絶望的な決断を迫られている。へスカルを見捨てて退却するか、ここで防衛線を構築して死守するかだ。もしへスカルを見捨てれば、敵に侵攻の前線拠点を構築させる事になり、帝国に未来はない。かと言って、ジエーデル軍三千の兵力を防ぐだけの戦力は、ここにはない。
一騎当千の軍神メシアと、身体能力が常人を超えたリックの二人が、如何に奮闘したとしても、守り切る事が出来ない戦力差である。そして騎士団は、先の戦闘で戦死者を出し、多くの者が負傷している。戦力が低下した今の騎士団では、三千の戦力との戦闘は敗北しかない。
(どうする。戦力が圧倒的に足りない。せめて大量の銃火器があれば・・・・・・)
天才発明家シャランドラたちが作り上げている、帝国の新兵器である銃火器。この武器の力は、先の決戦時において敵軍を圧倒して見せた。
しかしその決戦時に、帝国は銃火器の弾薬備蓄をほとんど使い切ってしまった。そのおかげで今の帝国軍では、銃はあっても弾が無い、深刻な弾丸不足に陥っているのだ。
例外としてイヴの率いている部隊は、訓練用に備蓄されていた弾薬をかき集め、魔物の討伐へと出撃した。「帝国のみんなが銃を使えるようになるためには、今僕たちが頑張らなきゃいけないの」とイヴが訴え、リックが承認したのである。
このような例外はあるものの、現在帝国軍の銃火器装備部隊は弾薬が不足しているために、今は剣や槍を装備している。ロベルトたちが銃を装備しなかったのは、それも理由の一つだ。こう言った理由があり、銃を使用するヘルベルトたち鉄血部隊の面々も、今は剣や槍を装備して戦っている。
「無い物強請りをするな」
「・・・・・・俺、そんなに心読みやすいですか?」
「私にはわかる」
「メシア団長の前じゃ浮気なんて絶対できませんね」
「浮気しているのか?」
「いっ、いえいえいえいえ、俺はメシア団長一筋です!!」
ここに彼の仲間たちがいたならば、絶対にこう言われるだろう。
「よくもそんな嘘が出るものだ」と。
「ふふっ、ふふふふ・・・・・・」
「メシア団長?」
「お前は面白いな。リック、お前と一緒ならこの難局も乗り越えられそうだ。頼もしいぞ」
メシアの微笑みは、リックの心を安心させる。
勝利の可能性の見えないこの戦い。絶望的決断を迫られているリックに、光が差し込んだ。
(そうだよな。彼女が一緒にいてくれるんだ。選択肢は決まってる)
家族になる。二人が交わした約束だ。
愛する者を守るために、愛し合う者と共に戦う。そうして必ず戦い抜いて、二人の約束を果たす。
「戦いましょう、メシア団長」
「ああ。共に戦い、そして帰ろう。陛下の待つ帝国へ」
二人は決断した。これより二人は、絶望的な戦場へと赴く。
そして、二人の天幕の中に、報告のために駆け込んだ騎士が一人。
「報告します!ジエーデル軍が現れました!!」
敵はやって来た。
帝国騎士団は軍神と英雄を信じ、二人に付き従って再びジエーデル軍へと挑む。
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