贖罪の救世主

水野アヤト

文字の大きさ
上 下
242 / 830
第十二話 家族

しおりを挟む
 宰相の死から、二か月程の月日が流れた。
 彼の死は多くの者を悲しませ、帝国中に衝撃を与えた。しかし、悲しんでばかりもいられない。
 季節は変わり、夏から秋を迎えたヴァスティナ帝国は、様々な問題が生じていたのである。
 優秀であった宰相マストールの死と、療養で政務ができない女王。二人が政務より離れたために、帝国の国内外の政治は大きな影響を受けた。
 城の政官らの活躍により、国内の混乱は収拾できたものの、国外の政治的問題は混迷している。
 反帝国女王勢力の貴族たちの反発、友好国チャルコ国の隣国であるエステラン国の動き、その他にもいくつかの問題が発生していた。
 女王と宰相という、国家の大きな柱を欠いた事で、帝国は揺れている。
 このままでは、少しずつ国は崩壊していく事だろう。今のヴァスティナは、誰が見てもわかる程に脆いのだ。
 そんな国外の政治的問題に対して、女王の忠臣たちは必死に解決策を模索している。我らが女王に悟られないよう隠してだ。療養中の女王に、精神的不安を与えるわけにはいかない。それが理由である。
 だから今日も、寝室で療養している彼女を安心させるため、見舞いに訪れている者がいる。
 彼はベッドで横になる女王に、一冊の絵本を、椅子に座って読み聞かせていた。

「・・・・・・長き戦いを終えた二人は、ようやく南ローミリアを統一しました。ですが、二人の戦いはまだ終わっていませんでした」

 絵本を女王ユリーシアに読み聞かせているのは、帝国軍参謀長のリックである。
 彼は絵本の頁を一枚めくる。

「統一を果たした後、二人は国を創りました。強く気高い、慈愛に満ちた国を願い、南ローミリアに帝国を築いたのです。帝国の名は、ヴァスティナ」

 さらに一枚、頁をめくる。
 絵が変わり、書かれている文章を読み上げた。聞き取りやすいよう、丁寧にゆっくりと。

「ヴァスティナ建国の英雄となった二人がその後どうなったのか?二人は建国を果たしてすぐに、お互いを愛し合い、結婚したのです。英雄ラングは、もう一人の英雄リクトビア・フローレンスと結ばれ、二人で手を取り合い、国を治めていく事を誓いました」

 物語は終盤を迎え、最後のページをめくる。
 描かれていたのは、王妃となって国王ラングと共に、国を治めているリクトビアの姿であった。

「武神と呼ばれた町娘リクトビアは、帝国王妃となって国と民を守り続けました。帝国の民は敬意を込めて、王妃となった英雄リクトビアをこう呼びました。建国の英雄、戦妃リクトビアと・・・・・・」

 絵本を読み終えると、小さな拍手が上がった。
 弱り切った手で拍手を鳴らしているのは、彼に読み聞かせを頼んだユリーシアである。

「お上手でしたよ。練習なされたのですか?」
「街に出て、子供たちに絵本を読み聞かせる機会が多かったので。いつの間にか慣れちゃいました」

 戦妃リクトビア。
 ヴァスティナ帝国建国の英雄にして、初代国王と王妃を描いた昔の絵本だ。
 リックが読み聞かせたこの本は、彼がリクトビアの名前を与えられた時、一緒に渡されたものである。ユリーシアの尊敬する女性が描かれた、彼女の大切な宝物であったこの絵本は、あの日よりリックへと託された。
 女王ユリーシアが突然倒れ、二か月以上の月日が流れている。
 何とか起き上がる事が出来る程には、彼女の身体は回復した。しかし、政務ができる体調にはほど遠い。
 倒れた日より、寝室での寝たきりの生活が続いている彼女は、メイドたちの看病を受けながら療養している。そんな彼女を心配し、ほぼ毎日誰かが見舞いに現れる。
 今日の見舞いにはリックが現れ、いつかの頼みを果たすために、戦妃リクトビアを読み聞かせたのである。
 寝室にはメイドたちもいて、ユリーシアと一緒にお話を聞いていた。拍手はメイドたちからも上がる。

「ふふふ・・・・・、子供たちの人気者ですね」
「好かれるのは嬉しいですよ。相手するのは疲れますけどね・・・・・・」
「私が政務より離れて長くなりますが、街の様子は変わりありませんか?」
「もちろんです、皆が頑張ってくれてますから。陛下が倒れた話が広まった時は、街中の人たちが城まで押しかけて、陛下の無事を確かめようとする騒ぎもありましたけど、今は街も人も落ち着いています」
「そうでしたか・・・・・・、それを聞いて安心しました」

 ユリーシアが心配するのも無理はない。
 女王である彼女が政務から離れて、二か月以上の月日が離れているのだ。特に、国内の政治に問題がないかは、とても気になる事だろう。
 それに、帝国にはもう、彼女を支え続けた宰相マストールはいないのだ。彼の死は悲しく、内心の不安は大きい。

「マストール亡き今、私がしっかりしなくてはならないのに・・・・・・この有り様です。皆さんに負担をかけてしまい、本当に申し訳ありません」

 女王としては真面目過ぎると同時に、優し過ぎる。誰に対しても彼女は、自分に少しでも非があるとわかれば、すぐに謝罪し頭を下げる。
 一国の主の在り方ではないかも知れないが、これが彼女の魅力でもあるのだ。

「謝る必要はないです。俺たちは陛下を支えるのが仕事ですから。陛下に何かあった時は、俺たちが何とかしないといけない責任があります。俺たちはその責任を果たしているに過ぎませんから、負担なんか感じてません」
「リック様・・・・・」
「マストール宰相はもういませんが・・・・・・。それでも、あいつのおかげで国の政治は良い感じにまわってます。陛下は心配せず、ここでお休みになっていいんですよ」

 「あいつのおかげ」とは、文字通りの意味である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助
ファンタジー
八極拳や太極拳といった中国拳法が趣味な大学生、中島太郎。ある日電車事故に巻き込まれた彼は、いつの間にか見ず知らずの褐色少年となっていた。 いきなりショタ化して混乱する頭を整理すれば、単なる生まれ変わりではなく魔法や魔物があるファンタジーな世界の住人となってしまったようだった。そのうえ、少年なのに盗賊で貴族誘拐の実行犯。おまけに人ではないらしいことも判明する。 「どうすんだよこれ……」 問題要素てんこ盛りの褐色少年となってしまった中島は、途方に暮れる。 「まあイケメンショタだし、言うほど悪くないか」 が、一瞬で開き直る。 前向きな彼は真っ当に生きることを目指し、まずは盗賊から足を洗うべく行動を開始した──。 ◇◆◇◆ 明るく前向きな主人公は最初から強く、魔法の探求や武術の修練に興味を持つため、どんどん強くなります。 反面、鉢合わせる相手も単なる悪党から魔物に竜に魔神と段々強大に……。 "中国拳法と化け物との戦いが見たい” そんな欲求から生まれた本作品ですが、魔法で派手に戦ったり、美少女とぶん殴り合ったりすることもあります。 過激な描写にご注意下さい。 ※この作品は「小説家になろう」でも投稿しています。

“元“悪役令嬢は二度目の人生で無双します(“元“悪役令嬢は自由な生活を夢見てます)

翡翠由
ファンタジー
ある公爵令嬢は処刑台にかけられていた。 悪役令嬢と、周囲から呼ばれていた彼女の死を悲しむものは誰もいなく、ついには愛していた殿下にも裏切られる。 そして目が覚めると、なぜか前世の私(赤ん坊)に戻ってしまっていた……。 「また、処刑台送りは嫌だ!」 自由な生活を手に入れたい私は、処刑されかけても逃げ延びれるように三歳から自主トレを始めるのだが……。

【R18】ショタが無表情オートマタに結婚強要逆レイプされてお婿さんになっちゃう話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

処理中です...