贖罪の救世主

水野アヤト

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第十話 宴

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 それから数日が過ぎた。
 ヴァスティナ帝国を含む、南ローミリア地方は平和を取り戻した。ジエーデル国の侵攻を退けた、帝国とその友好国。戦いが終わり、各国はいつもの日常を取り戻していた。
 だが、平和な日常を送る事ができていたのは、この地方だけである。今、大陸中央では戦火が広がっているからだ。
 ジエーデル国の暴挙を許すまいと、多くの国家が反ジエーデルの兵を起こした。独裁国家ジエーデルは全戦力投入し、東西南北全方向からの攻撃に対して、現在も迎撃に当たっている。反ジエーデル勢力の抵抗は激しく、ジエーデル国軍は苦戦を強いられたものの、特殊魔法兵部隊と大砲の全力投入により、前線を押し返した。
 この戦いの中で、ローミリア大陸の歴史ある二大国、ゼロリアス帝国とホーリスローネ王国との戦いは、ジエーデル国の命運を分ける戦いであり、特に王国軍とは激戦が行なわれたのである。
 進攻したホーリスローネ王国軍一万に、ジエーデル軍迎撃戦力は約五千。王国軍有利の兵力差ではあったが、王国軍が進攻した先は、強力なジエーデル軍要塞陣地であった。
 王国軍は要塞陣地の防御を崩せず、陣地突破に失敗する。しかも、若き王子が指揮するこの軍団は、要塞陣地の防御によって、大きな損害を出してしまったのである。要塞陣地は大国の進攻に対して造られ、一か月ほど前に完成した、北の大国への備えだったのだから無理もない。
 この要塞陣地はジエーデルの技術の結晶であり、五千の兵力を置くだけでも、その防御能力は完璧であった。王国軍は大損害を出してしまったために、王子は撤退を決意。ジエーデルにとっての、ホーリスローネ王国の脅威は去ったのである。
 だが、ゼロリアス帝国軍との戦いは、王国軍の様にはいかなかった。
 進攻したゼロリアス帝国軍の兵力は、約三千ほどである。対して迎撃に出たジエーデル軍の戦力は、約一万の兵力だ。ゼロリアス帝国を最大の脅威と考え、この国の進攻を最も恐れていたジエーデルからすれば、一万の戦力投入でも足りない。
 しかし、多くの国家から攻撃を受けていたこの時の状況では、即座に迎撃にまわせる戦力が、一万人しかいなかったのである。三千の兵力に対し、一万の兵力で挑んだジエーデル迎撃軍。結果は惨敗であった。
 三千の兵力を率いる、ゼロリアス帝国の若き女将軍。彼女は風将と呼ばれ、その力は一騎当千の猛者であるという話であった。そんな彼女が先陣を切り、迎撃軍に戦いを挑んだ。まるで暴風のような風将の力は、戦場で凄まじい猛威を振るい、三千の精鋭部隊と共に、一万の迎撃軍をあっと言う間に蹴散らしてしまう。
 迎撃軍指揮官と副官は戦死し、戦傷者の数は五千を超えた。迎撃軍は撤退し、帝国軍は圧倒的な力をもって、完全な勝利を収めたのである。
 その後、ゼロリアス帝国軍は追撃戦をかけ、進撃を続けるものだと思われた。だが、帝国軍は進撃を続けることなく、たった一度の勝利で後退してしまう。風将が指揮する三千の軍団は、帝国へと帰還したのである。
 何故、帝国が後退してしまったのか。その理由はわからない。
 わかっているのは、後退のおかげでジエーデル軍は、これ以上の損害を出さずに済んだという事だ。
 二大国との戦いを何とか乗り切り、反ジエーデル勢力へ集中できる状態となったため、現在前線はジエーデル軍有利となっている。
 そしてジエーデル本国では、独裁者である総統が首都の総統府で、国を動かす主要な者たちを集めていた。

「諸君、今日は吾輩の呼びかけによくぞ応じた。今宵はささやかながら食事の宴を用意した。存分に楽しんで貰いたい」

 独裁国家の首都にある総統府。
 総統府は、この国の支配者である総統のいる、首都の象徴である。広い土地に、城とは違う形の大きな建築物を造り、そこを独裁政治の中心とした。
 この総統府にある一室では、今現在、この国の主要人物が集まっている。支配者である総統をはじめ、国の政務官や軍の将軍など、人数は二十人ほどだ。
 部屋には長い長方形のテーブルが置かれ、上にはテーブルクロスがかけられている。テーブルには、花の活けられた高級な花瓶が置かれ、ナイフとフォークや、皿などが整然と並んでいる。
 総統に食事の席に呼ばれた彼らは、椅子に座り総統の言葉を聞いている。総統も椅子に座っており、食事を始める前の口上を述べた。

「我々がこうして食事の席を設けられるのも、諸君らの働きと前線の兵士の奮闘あってこそである。吾輩は貴君らの働きに感謝している。この席はその感謝を形にしたものだ」
「勿体無い御言葉です」

 総統自らが感謝の意を示し、ワインが注がれたグラスを持つ。彼に倣い、他の者たちもグラスを持った。
 総統がグラスを掲げ、皆も掲げる。

「愛すべき我が国に栄光と繁栄を!」
「「「「栄光と繁栄を!総統万歳!!」」」」

 祝杯を挙げた総統と、その忠臣たち。
 その後、最初の料理が運ばれてきた。御盆に皿を載せて、料理を運ぶ料理人が入室する。皿は一つで、上には金属製の蓋が被せられている。料理を運んだ料理人は、その皿をテーブルの中央へと置く。
 不審に思ったのは、その料理人の表情と様子である。どういうわけか料理を運んだこの料理人は、顔から完全に血の気が引いており、誰が見てもわかるほど真っ青であった。さらに、部屋への入室も怯えた様子であり、料理を置こうとする手は常時震えていた。
 急ぎ足で退室した料理人。後にはたった一つの料理皿。蓋が被せられているため、中身が何かはわからない。

「ホーキンス君、蓋を開けてみたまえ」
「・・・・・・仰せのままに、総統閣下」

 ホーキンスと呼ばれた一人の男。彼はこの場で最も若い。
 セドリック・ホーキンスという名前のこの男は、総統に忠誠を誓っている者の一人で、優秀な外交官である。今年二十六歳となる彼は、その才を総統に見い出され、現在では国家を支える重要人物の一人となった。
 その彼に、総統は皿の蓋を開けるよう促す。総統の言葉を受けて椅子から立ち上がり、恐る恐る蓋へと手を伸ばし、取っ手に手をかけた。言葉にする事ができない胸の騒めきと、開けてはならないと警告する己の直感に逆らい、彼は蓋を開けてみる。

「うわっ!!!?」

 皿の上に料理は置かれてはいなかった。だが、そこに置かれていたものを見て、総統の前であるにも関わらず、驚き後ろへ反射的に下がる。料理人が怯えていた理由は、もうわかった。そして他の者たちも、蓋の中身を見て絶句してしまっている。
 ただ一人、総統を除いては・・・・・・。

「こっ・・・・これは・・・・・・!」
「落ち着きたまえホーキンス君。これはただの料理だ。食事の席を飾る一品なのだよ」

 置かれていたのは、料理ではなく人間の首である。
 しかもその首の顔は、ホーキンスを含む、誰もが知っている男のものであった。

「ムリューシュカ将軍・・・・・どうして・・・・・!?」

 カンジェルマン・ムリューシュカ将軍。それが、この首だけとなってしまった人物の名前である。
 軍の中でも、名将と呼ばれているドレビン・ルヒテンドルク将軍と同じく、優秀な軍人の一人であった。そんな彼が一体何故、このような無残な姿となったのか。ホーキンスにはその理由が全くわからない。

「彼は吾輩を裏切ったのだよ」
「!!」
「良き忠臣だと思っていた。なのに彼は国家反逆を企て、吾輩に反旗を翻そうとしたのだ」
「だから粛清したと・・・・そういう事なのですか・・・・・・」

 確かにムリューシュカは、総統の占領政策などに批判的であり、強制収容所の廃止を訴えた事もある。現在のジエーデル国に異を唱えた事もあるが、それでも彼は総統に忠誠を誓い、国家のために戦い続けた忠臣であったはずなのだ。
 総統の存在が国家のためと信じ、前線に出る事が多かった彼が、反旗を翻そうとしたなど信じられず、置かれている首をもう一度確認した。
 だが何度見ても、その首はムリューシュカ本人のものである。死ぬ前に、どんな目にあったか想像もしたくない、酷く苦痛に歪んだ表情のまま死んでいた。

「彼の自宅からは、国家反逆の動かぬ証拠が発見されたそうだ。今回もまた軍警察の働きにより、国家の危機を未然に防ぐ事ができたのだよ」
「・・・・・・将軍の御家族はどうなったのですか」
「ホーキンス君、君がそれを知ってどうするというのだね」

 これ以上詮索してはならない。それを理解し、ホーキンスはもう何も聞かず、食事の席へと腰を下ろした。
 この国は総統の独裁で動き、総統に逆らう者は国家反逆罪と見なされる。国家反逆を企てる者に対しては、軍警察という治安維持組織が対処しており、ムリューシュカも軍警察の餌食となったのである。
 元々軍警察は、軍内部の取り締まりを主な任務としていたが、設立から少しずつ権力を大きくし、今では総統の眼となって、軍だけでなく国家全体の取り締まりを行なっている。
 軍警察は所謂諜報機関にまで発展しており、この組織の存在が総統の一党独裁を支え、国家革命勢力の殲滅のために動いているのだ。将軍はこの組織に容疑をかけられ、尋問という名の拷問を受けて殺されたのである。そして、総統は裏切りを断じて許す事はなく、当事者だけを処罰する事もない。
 将軍の家族の安否について、総統は何も語らなかった。しかし、将軍の家族が今どうなっているのか、容易に想像できる。今頃、一人残らず軍警察に逮捕され、尋問を受けているか、殺されているだろう。

「さあ諸君、宴は始まったばかりである。今宵は存分に楽しんでいってくれたまえ」

 自分に忠誠を誓っていた、カンジェルマン・ムリューシュカの無残な首を見て、満足そうな笑みを浮かべる総統に、ホーキンスは戦慄を覚える。
 その後、次々と料理が運ばれ、食事を始めた部屋の一同。将軍の首を見て、とても食事が喉を通る気分ではなかったが、それでも飲み込まなければならなかった。
 恐ろしい事にこの総統は、目の前に忠臣であった者の首が置かれていようとも、終始食事を楽しんでいたのである。
 これが独裁国家ジエーデル国の総統、バルザック・ギム・ハインツベントという男なのだ。

「吾輩に逆らうなど許されん。無様な姿となり、ようやく理解したかな、ムリューシュカ君?」

 グラスを片手に、首だけとなってしまった忠臣に話しかけたバルザック。
 首は苦痛に歪んだ表情のまま、何も答えはしなかった。
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