贖罪の救世主

水野アヤト

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第四十一話 代価

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「鉄血部隊が時間を稼いでいる!今の内に陣地目掛けて全力で駆けろ!」

 鉄血部隊が殿を買って出たお陰で、レイナ率いる烈火騎士団と三人の勇者は、追撃の脅威に晒される事なく撤退を行っていた。
 レイナは声を張り上げて部隊を鼓舞し、少しでも早く目的地に到着できるよう、兵と勇者達を急がせ続けていた。救出対象だった勇者達の内、櫂斗は兵士達と一緒に平原を走り、真夜はレイナに手を引かれて必死に駆けていた。気を失っている華夜は、兵の一人が彼女を背負って運んでいる。
 敵の陣地で男達に襲われたせいで、今の真夜は精神的にも肉体的にも限界であり、一人で満足に走る事ができなかった。兵達が手を貸そうとしたが、男達に襲われてしまった恐怖心が蘇り、彼女を襲う気など毛頭ない味方の男の事も、酷く恐がってしまったのである。
 この場で真夜が恐がらないのは、同じ女であるレイナただ一人だった。そこでレイナは真夜と手を繋ぎ、補助なしでは走れない彼女の手を引いている。

「あと少しだ!車輌のもとに辿り着くまで脚を止めるな!」

 レイナ率いる烈火騎士団とヘルベルトの鉄血部隊は、グラーフ同盟軍陣地から帝国国防軍の車輌に乗って出発し、敵陣地に近付ける限界の地点まで乗車していた。
 敵に見つからないよう接近して奇襲を仕掛ける目的と、昼間の戦闘によって両軍の死体が地面を覆い尽くしており、それが障害となって車輌での移動が困難であった理由から、レイナ達は途中まで車輛に乗って移動したものの、その後は下車して徒歩で移動したのである。
 そのため、彼女達が下車した地点には、移動に使用した車輛がまだ残されている。この車輌こそ、彼女達が無事に陣地まで帰還するための移動手段だった。

「安全な場所までもうすぐだ。まだ走れるな?」
「はっ、はい⋯⋯⋯⋯!」

 手を引いて真夜を走らせているレイナは、時々彼女を励ましつつ、全員を連れて車輛のもとへと急ぐ。
 車輛まで辿り着ければ、全員を乗せて安全に帰還する事が出来る。おまけに馬よりも早い。車輛に乗りさえすれば、敵の追撃を確実に振り切れるのである。
 時間を稼いでくれている鉄血部隊のためにも、救出目標である勇者を連れているレイナ達は、急いで同盟軍陣地に帰還しなくてはならない。そうしなければ、殿を買って出た鉄血部隊が、いつまでも撤退する事が出来なくなってしまう。戦闘を継続している彼らのためにも、彼女達は全力で走り続けなければならない。

「!!」

 だが、彼女達の撤退を阻もうとする存在は、後方で鉄血部隊が戦闘中の敵部隊だけではなかった。
 闇に紛れ、烈火騎士団の左翼側より突如現れた、漆黒のローブに身を包んだ謎の集団。その集団から明確な敵意と殺気を感じ取ったレイナは、現れた相手が自分達の敵であると判断する。
 敵集団は二十人ほどの少数部隊。しかし、集団の人間達が纏う空気は異質であり、戦闘慣れした風格を身に纏っている。少数だが危険な存在であると、誰よりも真っ先に気が付けたのはレイナだけだった。

「敵を勇者に近付けさせるな!」

 敵の狙いは勇者だと判断したレイナの命令に従い、二十人の烈火騎士団の兵士が勇者達の盾となり、接近中の集団の前に立ち塞がる。この二十人が時間を稼ごうとしている間に、残りの兵は勇者を連れて撤退を継続した。
 烈火騎士団はレイナ率いる精鋭槍兵部隊である。故に、この部隊の兵士の得物は全て槍であり、槍での戦闘にかけてはヴァスティナ帝国一の実力を持つ。
 帝国最強の槍使いであるレイナに選び抜かれ、そして鍛え抜かれた槍兵である彼らを倒せる兵士など、大陸中を探してもそうはいないだろう。そんな頼もしい彼らが、勇者を守るために一斉に槍を構えた。

「敵を通すな!烈火騎士団の力を思い知らせるぞ!」
 
 集団に前に立ち塞がった兵の一人が、槍兵としての誇りを胸に他の兵を鼓舞し、彼に応えて全員が腹から声を出す。戦意十分の彼らだったが、敵集団は彼らを全く恐れず、平原を駆ける素早い動きは一切衰えない。

 次の瞬間には、烈火騎士団二十名と敵集団が激突した。
 烈火のような赤い軍服を身に纏う槍兵達と、黒いローブに身を包む正体不明の者達との戦闘が始まる。烈火騎士団は槍を武器にし、敵はナイフなどの小さく取り回しのいい武器を操った。槍の切っ先とナイフの刃がぶつかり合い、金属同士が甲高い音を響かせ、一瞬だけ火花を散らす。
 槍よりもナイフの方が取り回し易い分、戦闘での手数は敵の方が上だった。鋭く素早いナイフの連続攻撃が烈火騎士団の槍兵を襲う。対して彼らは、槍の懐に敵を決して近付けず、自在に槍を操って敵の刃を弾いていく。

 烈火騎士団も敵集団も、並みの兵士では相手にもならない実力者だった。実力者同士が勇者を巡り、夜の闇の中で激しい死闘を繰り広げる。
 奇襲を仕掛けた敵集団は、烈火騎士団の固い防御に阻まれ、撤退中の勇者襲撃に失敗してしまった。精鋭である槍兵の隙のない戦い方に、寧ろ敵は苦戦を強いられている。その間に勇者を連れたレイナ達は、時間を稼いでいる彼らをここに残し、順調に撤退を続けていた。

(あれは襲撃や暗殺慣れした者の動きだ。あっさり退けられるはずがない)

 レイナは一人、襲撃を簡単に防ぐ事が出来たこの状況の中、実戦で鍛えられた勘によって違和感を覚えていた。
 敵は間違いなく実戦慣れした精鋭。しかも敵は、最前線で戦う兵士というよりは、工作活動を得意とする特殊な兵士の可能性が高い。例えるならば、ヴィヴィアンヌが率いる国防軍親衛隊に近いだろう。それなのに、こんなにも容易く退けられるなど、あまりにも不自然だった。

(まさかあれは陽動⋯⋯⋯!?なら、敵の狙いは――――――――)

 レイナが敵の作戦に気が付いたその瞬間、彼女は接近する新たな複数の殺気を感じ取る。見れば、今度は右翼側から別の集団が接近してきていた。その集団の格好もまた、さっきの敵集団と同じである。そこから察するに、右翼に現れたこの集団もまた敵であるのは間違いない。
 
 左翼側に現れた最初の敵は陽動であり、本命はこの集団であった。新たな敵集団は十五人ほどであるが、レイナ達は接近に気付くのが遅れてしまい、さっきのような防御を展開するのは不可能だった。

「焼き尽くせ、焔っ!」

 まずは敵の足を止める必要がある。新たな敵集団への反応が遅れている兵達に代わり、レイナ自らが炎属性魔法を放って牽制攻撃を行なう。
 突き出した彼女の手から出現した炎が、敵を焼き尽くさんと放出される。足止めのため、敵集団の目の前に放たれた彼女の炎魔法だったが、敵は炎を回避するべく素早く散開した。逃げ遅れた一人が炎に襲われ、一瞬で火だるまとなりながら焼き殺されたが、他は全て撤退行動中の烈火騎士団の中に入り込んだ。

「くっ⋯⋯⋯!潜り込まれたか!」

 烈火騎士団の中に侵入した敵は、槍兵達の間を縫いながら目標に迫る。当然、この敵の目標も勇者であった。
 レイナと手を繋いでいる真夜以外の二人も、彼女達と少しだけ離れてはいるが、レイナの目が届く範囲内にいる。レイナの近くにいる理由は勿論、彼女がこの部隊で一番強いからだ。彼女の傍にいれば安心となるわけだが、必然的に勇者達は彼女のもとに集中する事になる。そのせいで敵集団は、勇者が集まっているレイナのもとへ、全員が真っ直ぐ向かって行った。

 レイナと勇者のもとへは行かせまいと、敵の動きに反応できた兵の何人かが、自らの身体を盾として敵の前に立ち塞がり、得物である槍を振って応戦する。しかし、それでも九人の敵が槍兵の中を突破して、一気にレイナ達のもとへと迫り来る。

「聖剣と聖書の勇者を連れて先を目指せ!ここは私が抑える!」

 勇者が三人ここにいては敵の思う壺となってしまう。三人共襲われるわけにはいかないため、レイナは真夜を連れたまま、櫂斗と華夜を連れている兵士達に向けて命令を飛ばす。
 一時的に真夜を囮に使う事になってしまうが、隙を見て彼女も先に逃がし、三人が無事に車輌に辿り着けるまで、レイナはここで敵を抑えるつもりだった。

「今は私の傍を絶対に離れるな。敵に隙ができて、私が逃げろと言ったら私を置いて先に行け」
「⋯⋯⋯⋯!」

 自分を置いて行けと、そう告げられた言葉に驚愕する真夜の手から、繋いでいた手を放すレイナ。真夜の手を握っていた彼女の手は、戦うための得物たる十文字槍のもとへと戻っていく。
 両手で握りしめる十文字槍を構え、戦闘態勢となったレイナの瞳が、闇の中を駆ける敵の姿を捉えた。敵である彼らはまだ知らない。ヴァスティナ帝国の軍神が振るう、神速の槍捌きを⋯⋯⋯⋯。

「烈火式神槍術、斬滅」

 レイナから真夜を奪うべく、ナイフを両手に最初に仕掛けた敵が一人。その敵が両手のナイフを振るおうとした瞬間、敵の手からナイフは消えてしまっていた。正確には消えたのではなく、ナイフを握る両手ごと斬り落とされていたのである。
 それはまさに一瞬の動きだった。目にも止まらぬ神速の斬撃が放たれ、気が付けばナイフを握ったままの両手は宙を舞っていたのである。この敵は、両手を斬られた感触や痛みを感じる事もなく、気が付いた時にはどちらの手も失ってしまっていたのだ。
 この敵が消えた両手に気付いた瞬間、レイナの槍の切っ先は心臓を刺し貫いていた。彼女は一瞬の動きで、向かってきた内の一人を瞬殺して見せた。

 圧倒的な力の差。一人の犠牲によってそれを知った残りの敵が、今度は複数で同時にレイナへと襲い掛かろうとする。最初の一人は、レイナの力を図るための威力偵察要員だったのだ。
 敵はレイナを取り囲むように四方へ分散し、まずは彼女を仕留めようと決めた。レイナさえ討ってしまえば、彼女が守っている勇者も、先に逃げた二人の勇者も、捕まえるのは容易いと考えての行動である。
 闇夜に紛れる八人の動きを、どこから襲ってくるか読む事など非常に困難だ。それでもレイナは、殺気を放つ敵の気配を読み、八人全員がどの方向にいるのかを把握している。どこから襲って来られても対処できるよう、全神経を全ての敵に集中させた。

「先輩!!」
「有馬君⋯⋯⋯!?」

 一度に八人の実力者を相手にしなくてはならないこの状況で、予想外の事態は起きてしまう。先に逃げるよう言ったにも関わらず、真夜が危険だと考えた櫂斗が、聖剣を片手に二人のもとに向かっていたのである。
 皆の制止聞かず、単独で真夜の助けに駆け出した櫂斗が、敵と戦闘中であるレイナ達のもとへと走る。櫂斗を守る兵士はおらず、聖剣を握っていても隙だらけの彼は、敵から見れば格好の獲物であった。当然のように、敵は狙いをレイナから櫂斗へと移す。
 
「助けに来ましたよ!もう安心――――――――」
「なぜここへ来た!?死にたいのか!」
「!?」

 二人のもとに助けにやって来た櫂斗を、驚愕の表情で叱咤するレイナ。櫂斗が二人のもとに辿り着いた瞬間、八人の敵は一斉に櫂斗へと襲い掛かった。
 
「!?」
「ちっ!」

 敵は闇の中を素早く動き、四方から櫂斗へと迫った。櫂斗がようやく自分の危機を感じ取り、戦闘態勢で聖剣を構えた時には、既に敵の一人が彼の懐に潜り込んでいた。
 驚くと同時に、やられると悟った櫂斗だったが、敵の刃が彼に届く前に、一気に敵との距離を詰め、神速の突きを放って敵を刺し貫いたレイナが、間一髪のところで彼の窮地を救う。

「あっ、危なか――――――――」
「次が来る!周りに神経を集中しろ!」

 レイナに再び叱責され、櫂斗が我に返ったその瞬間、また一人失い七人となった敵が襲い掛かる。
 左右から同時に敵が二人現れ、その刃は櫂斗を狙っていた。実戦経験の浅い櫂斗に反応などできるはずがなく、直ぐにレイナが彼を守るために槍を振るって応戦した。
 左右から向かってきた敵の操るナイフの刃を、レイナは目にも止まらぬ槍捌きで弾き返す。それで安心する暇もなく、今度は残りの敵が一斉に持っていたナイフを投げる。投げた狙いの先には、やはり櫂斗の姿があった。
 一斉に放たれた投げナイフ。しかもナイフは夜の闇の中から現れる。櫂斗が避ける事はまず不可能だった。今度もまた彼を守るため、全神経を飛来するナイフに集中し、四方から向かって来るナイフの気配を読んで、レイナは舞う様に十文字槍を操り、投げつけられた全てのナイフを弾いていく。
 常人には到底真似できない芸当。しかし、如何に彼女の実力が驚愕に値するものであっても、櫂斗を守りながらでは防ぐにも限界があった。
 レイナは櫂斗を守る事に気を取られ、自分にも投げつけられていたナイフへの反応が遅れてしまう。気付いた時には避け切れず、放たれたナイフの刃が彼女の右肩を掠った。

「⋯⋯⋯っ!」

 掠った程度で済んだため、傷は浅かったが、切れた傷口から血が滲み始め、彼女が着ている白シャツが鮮血に染められていく。
 軽傷で済んだが、櫂斗を守りながら戦う今のレイナであれば、先程より倒し易い。そう敵が考えるには十分な結果となった。櫂斗が現れた時、敵集団はレイナを討つため、彼を襲う事で彼女の隙を生み出そうと考え、狙いを櫂斗に変えたのである。
 敵の思惑に引っ掛かってしまった櫂斗とレイナは、勝負を決めようと一斉に向かってきた敵の猛攻に晒された。七人の敵が新たなナイフを懐から取り出して、前からも後ろからも、右も左も上も容赦なく、一気に攻めかかる。レイナは一人、戦力外である櫂斗の盾となって、十文字槍を全方向に振るい、敵の操るナイフの刃を防ぎ続けた。

「きゃあ!!」
「今度はそっちか⋯⋯⋯!」

 敵はレイナと櫂斗だけを狙っていたと思われていたが、隙を見た敵の一人が真夜を襲う。櫂斗への助けに入ったために、レイナは真夜と離れてしまっていた。戦えない無防備状態の真夜に、勇者奪還を目論む敵の魔の手が迫る。

「紅蓮式投槍術、飛槍!」

 真夜を襲う敵に対し、槍を投擲する体勢に入ったレイナが、自らの十文字槍を敵に向けて勢いよく放つ。彼女の放った槍は正確に敵の身体を刺し貫き、一撃のもとに絶命させる。
 どうにか真夜の窮地を救う事が出来たレイナだったが、今の攻撃によって彼女は得物を失ってしまった。敵からすれば彼女を倒す最大のチャンスであり、当然のようにこれを見逃さず、敵の刃が背後から彼女に迫る。
 真っ先に襲い掛かった敵の一人。口には出していないが、心の中では「貰った」と思っているだろう。だが、次の瞬間には思い知る。自分と彼女との、真の実力差というものを⋯⋯⋯⋯。

「紅蓮式特槍術、手槍」

 レイナは背後の敵に対して一瞬で振り返り、右手を鋭い槍に見立て、槍で放つのと同じように神速の一撃を放って見せた。放たれた手槍は敵の左胸を突き、服と肉を貫いて突き刺さる。彼女の手槍は正確に、敵の身体の心臓を刺し貫いていた。
 敵は口から大量に血を吹き出し、彼女が手槍を胸から抜いた瞬間、敵の身体は力を失って地面に倒れる。また一人、慌てる事もなく敵を仕留めたレイナだったが、殺された仲間の死を無駄にしまいと、彼女の隙を突いてまた一人の敵が櫂斗に迫った。

「うわっ!?」

 再び櫂斗に迫った敵の一人は、身に纏う実力者の風格が他より一層大きかった。この集団の中で一番腕が立つ存在。もしかすれば、敵集団の指揮官かもしれない。そんな危険な存在が、櫂斗の身体を切り裂こうとナイフの刃を振った。
 刃を防ぐのは間に合わない。そこでレイナは、櫂斗の服の襟首を掴むと、強引に彼の身体を引っ張り上げて、敵の鋭い刃を間一髪のところで躱した。その瞬間、追撃を仕掛けた敵の次のナイフが、今度はレイナに襲い掛かる。
 ぎりぎりのところで櫂斗を救ったが、そのせいでレイナは大きな隙を作ってしまった。横一閃に振られたナイフの刃を躱そうと下がるも、切っ先が彼女の左腿を衣服ごと切り裂いてしまう。

「くっ⋯⋯⋯⋯!」

 幸いまたも傷は浅く、傷口から出血したものの、動けなくなる程の怪我ではなかった。体勢を立て直し、櫂斗を自分の背中に隠して、自分を傷付けた敵と向かい合うレイナ。
 敵の戦い方や動きは読めた。次は油断しないと、改めて集中力を高めて戦闘態勢に入るが、突然彼女は眩暈のような症状に襲われてしまう。
 気付けば、切られた左脚が痺れて思う様に動かせない。その痺れは全身に行き渡りつつあり、身体が言うう事を聞かない状態となっていた。

(毒か!?)

 即効性の痺れ薬。恐らくは勇者捕獲用だったのだろう。
 さっきの攻撃は、ナイフの刃に塗り込まれた薬を使い、自分の動きを奪うためだったと悟ったレイナは、急いで左手で手刀を作り、左腿の傷口を振るった手刀で切り裂いて、辺りに鮮血を飛び散らせた。
 もう遅いかもしれないが、少しでも毒の効果を緩和するため、迷う事なく彼女は傷口を更に傷付け、出血させて毒抜きを行なったのである。
 
(勇者を守りながらでは、これ以上持ち堪えられない⋯⋯⋯⋯)

 レイナ一人で戦うならば、切り抜けられる難局かもしれない。しかし勇者達を守り続けるのであれば、切り抜けるのは不可能に近い状況だった。
 薬が効いていると悟った敵は、レイナを倒して勇者を捕縛するため、一斉攻撃を行なおうとしている。どうすれば勇者を守り抜けるか、敵が仕掛ける寸前までレイナの頭が全力で思考し続けた。
 万事休す。そう思える状況だったが、敵が仕掛けようとしたまさにその時、レイナの頭上で何かが爆発し、生み出された光が周囲を真昼の様に照らし出す。

「やっちまえ!!」

 黒いローブ姿で闇に溶け込んでいた敵は、突然現れた光によってその姿をレイナ達に晒す。
 闇に隠れていた敵の姿を捉えた事で、男の号令を受けた銃火器武装の屈強な兵士達が、敵を皆殺しにするべく一斉に射撃を開始した。
 
「撃て撃て撃て!!ぶち殺してやれ!!」

 レイナ達の窮地に現れたのは鉄血部隊。攻撃を指揮するのは、救出のために照明弾を放ったヘルベルトであった。
 照明弾に気を取られた隙を突かれ、しかも突然の苛烈な銃撃。逸早く危険を察した敵指揮官は銃撃を逃れたが、それ以外の敵は鉄血部隊の容赦ない銃撃により、全身を蜂の巣にされてその場に倒れ込む。
 壊滅状態となった敵集団の生き残りは、任務達成は不可能だと悟り、すぐさま照明弾の光から距離を取り、再び夜の闇の中へと消えて撤退する。
 窮地を脱したレイナ達のもとへ鉄血部隊と、最初の敵集団を撃退し、彼らと途中で合流した槍兵達が集まった。更には、単独で駆け出した櫂斗を連れ戻すべく、彼を追って遅れてやって来た数名の兵が、ようやくレイナ達のもとに合流を果たす。

「おいおい、お前にしちゃ情けない格好だな」
「黙れ⋯⋯⋯」
「死にたがりの勇者坊主なんぞを庇うからそうなるんだ。またクリスの野郎に馬鹿にされっぞ」
「うるさい」

 揶揄うヘルベルトの言葉に機嫌を損ねつつ、レイナはシャツの左腕を右手で引き千切り、出血が治まっていない自分の左腿に千切ったシャツの布を当て、痺れる手で出来るだけきつく縛る。
 
「そんなんでまだ走れんのか?」
「平気だ。それに私が走れないと、彼女を連れていく事が出来ない」

 左脚の痛みを堪えるレイナの瞳が、怯えつつも彼女を心配する真夜の顔を映す。気が付けばいつの間にか、槍を手にした真夜がレイナの傍までやって来ていた。投擲された槍を敵の死体から引き抜いてきた真夜が、運んできたそれをレイナに差し出す。

「すまない、ありがとう」
「いっ、いえ⋯⋯⋯⋯。あの、さっきは助けて下さって―――――――」
「礼は不要だ。君達を守る事が、私に与えられた命令なのだから」

 そう言って槍を受け取り少し微笑んで見せ、真夜を安心させようとするレイナ。彼女の微笑に少し安心感を覚えるも、痛々しい傷を負った今のレイナの姿は、真夜の心に大きな罪悪感を生む。
 複雑な表情を浮かべる真夜を見て、余計な苦悩を与えてしまったと思い、レイナは少し俯いてしまう。そんな二人の様子を見ていたヘルベルトが、面倒くさいと言わんばかりに頭を掻きむしり、彼女達が全く予想しなかった行動に出た。

「おらよっと!」
「!?」

 ヘルベルトが俯いていたレイナの身体に腕を回し、片手で軽々と彼女を持ち上げたかと思えば、今度は自分の肩に彼女の身体を乗せてしまう。なんと彼は、自慢の屈強な肉体を活かして、いきなりレイナの身体を担ぎ上げて見せたのである。 
 当然の如くレイナは暴れ出し、顔を真っ赤にしてヘルベルトに文句をぶつけ始めた。

「いっ、いきなり何をする!?早く下ろせ!」
「騒ぐんじゃねよ。傷に響くぞ」
「こっ、こんな恥ずかしいことをされなくても私はまだ走れる!」
「例え走れたとしてもな、それで傷が悪化でもしてみろ。俺らが隊長に大目玉喰らっちまう」
「だっ、だが⋯⋯⋯⋯⋯!」
「それにだ、負傷したお前の脚に合わせるより、俺がお前を担いでいった方が速い」

 そこまで言われてしまっては何も言い返せず、レイナはヘルベルトの言葉に大人しく従った。
 暴れるの止めて大人しくなったレイナを担ぎつつ、今度は真夜へと顔を向けたヘルベルトが口を開く。

「⋯⋯⋯⋯というわけだ勇者の嬢ちゃん。こいつはお前と一緒には走れねえ。さあどうする?」
「⋯⋯⋯⋯一人でも走れます」
「なら問題ねえ。よーし野郎共、さっさとずらかるぞ!」

 レイナが傷付いたのは自分のせいだと思う罪悪感が、真夜に走る気合と勇気を与えた。問題だった彼女が走れると言ったお陰で、ヘルベルトがレイナの代わりに撤退の命令を飛ばす。全員が彼の命令に従い、目的地までの撤退行動を再開し始めた。

「おい、勇者の坊主」

 皆と一緒に走り出そうとしていた櫂斗を、突然ヘルベルトが呼び止め、レイナを抱えていない方の腕を彼の肩にまわして捕まえる。

「次、勝手なことしやがったら腕を圧し折ってやる」
「⋯⋯⋯⋯!」
「陣地に帰るまでが作戦だ。その間は俺達の命令に何がなんでも従え。わかったな?」
 
 レイナが負傷してしまった理由が櫂斗にあるのを、ヘルベルトは知っている。
 ヘルベルトは無表情だったが、その低い声には怒気が宿っていた。静かに怒りを露わにする彼の様子に、緊張と恐怖を覚えてしまった櫂斗は口を開けず、首を動かす事さえ出来なくなった。

「ヘルベルト、もういい」
「ここで言っとかねえと、この馬鹿はまた繰り返すぞ」
「あれは守るべき者を守ろうとする勇気があった。この負傷は勇者のせいではなく、己の未熟さが招いた結果だ」
「ちっ⋯⋯⋯⋯、甘やかしやがって」

 担がれたままのレイナが櫂斗を庇ったお陰で、ヘルベルトは彼の肩から腕を離して解放する。
 解放された櫂斗はヘルベルトから少し離れ、恐る恐る彼の顔色を窺った。するとヘルベルトは仏頂面で、「早く行け」と首を動かし命令して見せた。彼の命令を受け取った櫂斗は、言われた通り命令にすぐさま従った。

「ったく、あんな坊主はさっきの奴らに襲わせときゃよかったんだ」
「そう言うな。助けられた礼に、今度一杯奢ろう」
「⋯⋯⋯⋯しょうがねえな。その約束、忘れんじゃねえぞ」
 
 謎の敵集団による襲撃を退け、レイナとヘルベルト達は撤退を再開した。
 その後これ以上、彼女達が敵の襲撃を受ける事はなかったのである。
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