贖罪の救世主

水野アヤト

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第十話 宴

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「それで、一体そいつとは何を話したんだ?」
「何て事のない世間話だよ。まあ、お互い様子見だったというところかな」

 無駄に長かった宴は終わった。
 ようやく解放されたリックたちは、疲れを癒すべく風呂に入る事にして、城内に元々作られていた、王族専用の浴場に入る。男湯と女湯があるこの風呂場は、元々は王族以外の使用は禁止されていた。だが女王ユリーシアが、リックたちも使用してよいという許可を出し、現在では帝国軍参謀長とその幹部の、癒しの場となっている。
 浴場の湯船に浸かりながら、先程の宴の席での出来事を話しているのは、エミリオとクリスだ。

「今回の宴を用意したのは彼らしい。狙いは明らかにリックだったね」
「だろうな。大方、女王の忠犬がどんなもんか見定めたってとこだろうぜ。ちっ、気に入らねぇ」

 マルクルの目的は、言ってしまえば偵察である。
 新しく軍の指揮者となった、リクトビア・フローレンスの品定め。それがマルクルの目的であった。
 ヌーヴェル家は、帝国建国時に活躍した貴族であり、その歴史は古い。当時は帝国に忠誠を誓い、味方と言えたが、今では現帝国女王に反感を持っている。そのためマルクルは宴の席を用意し、新しい軍の指揮者に会う口実を作ったのである。
 リックが噂通りの忠義者で、自分たちの敵になるか否か。その見定めを行なったのである。

「やっぱ出なくて正解だったぜ。なあロベルト?」
「まったくだ」

 宴という名の戦場だったと知り、出席しなくて良かったと思っているのは、同じく湯船に浸かっている帝国軍の精鋭部隊の指揮官、ヘルベルトとロベルトだ。

「てめぇらがパーしか出さねぇから、俺が槍女と行く事になったんだぞ」
「いや、お前らがグーしか出さねぇのが悪いだろ」

 出席を決めたじゃんけんを思い出し、理不尽な文句を述べるクリス。
 じゃんけんに参加した者の内、グーを出したのはレイナとクリスだけであった。他の全員は揃ってパーを出したために、じゃんけんは一発で片が付いた。
 この時二人以外の者たちは、揃って同じ事を考えていた。絶対この二人なら、最初はグーだと。
 何はともあれ、今は戦いの疲れを癒す事が先決だ。対ジエーデルとの戦い「南ローミリア決戦」は、帝国と友好国の連合軍が勝利を収めた。しかし、勝利を収めたは良いものの、それからはとても忙しく過ごしたのである。
 勝利の凱旋を遂げた後、リックたちは軍団の損害を正確に調べたり、武器の消費量を調べたり、とにかく忙しくて休む暇がなかった。この風呂の時間も、ようやく仕事が一段落したことで得た、癒しの時間なのである。

「リック君、背中流すね♪」
「頼む」

 湯船に浸かり、溜まりにたまった疲れを取る四人。
 本当なら、帝国軍の剛腕鉄壁の巨漢であるゴリオンも、疲れを取ろうと風呂に行きたがったのだが、戦いで使用した兵器類を運ぶ手伝いを、発明家シャランドラに頼まれてしまい、断る事ができず手伝いに行ってしまった。

「よーし、次は俺の番だな」
「うん♪♪」
「ごしごしごし・・・・・・、やっぱり綺麗な肌してるなー」
「でしょでしょ、肌質ならリリカ姉さまにも負けないもん♪」

 シャランドラの発明品には、今回も随分と助けられた。
 歩兵用の小銃と拳銃。携行可能な爆発物。試作機関銃に榴弾砲など、彼女の武器無しで勝利はあり得なかった。その事に恩を感じ、人が良いゴリオンは彼女を手伝ったのである。
 他の者たちは早々に逃げ出したというのに・・・・・・。

「脇も洗うぞ。ばんざいしてくれ」
「ばんざーい♪♪」
「おお!脇ツルツルだな」
「もう、リック君のエッチ♪」

 今頃シャランドラは、手伝いもせず逃げたレイナやクリスたちに怒りを燃やし、どう仕返ししてやろうか考えているのだろう。
 まあ今は、風呂の気持ち良さに抱かれていたいと思うだけで、彼女の事など、頭の中には・・・・・・。

「今度はこっちの番だよ。前も洗ってあげるね♡」
「自分でやるからいい。特に下はな」
「下も洗うのは僕に任せてよ!だから手で隠さないで」
「いや、流石にここは・・・・・・」
「ふふ、よいではないかー♪よいではないかー♪」
「いつまでイチャイチャしてんだお前らは!!」

 先程からずっと身体の洗いっこをして、浴場でイチャイチャしているこの二人。
 クリスに怒られたのは、天才狙撃手のイヴ・ベルトーチカとリックである。

「いいだろ別に。エミリオを除けば、この風呂場にはおっさん二人とホモしかいないんだぞ。だったらイヴとイチャイチャするのは当然だろ」
「当然じゃねぇよ!そこの女装男子じゃなくて、俺と身体洗うのが普通だろうが!!」
「「「「「それは普通じゃない」」」」」

 この場の全員に否定されたクリスだが、イヴに敵対心は剥き出しだ。
 男でありながら、同じ男であるリックを愛しているこの青年は、天然物男の娘属性イヴを敵と認識している。勿論、逆にイヴはクリスに敵対心を燃やし、隙があればリックにアタックをかけていた。
 二人が争っている隙に、とりあえず下も含めて身体を洗い終わり、イヴと共に入浴するリック。湯船の温かさが疲れに染み渡り、ついつい声を出してしまう。

「ふぅ~~~~、生き返るなぁ~~~~」
「ん~~~気持ちいいね~~~~」

 リックには、明日からまた仕事の山が待っている。
 そう考えると気分は萎えるが、せめてこの束の間の癒しでは、仕事の事を忘れていたいと思う。

「あ~、気を抜いたら寝るなこれ・・・・・・」
「寝ちゃっていいんだよ?その間に悪戯しちゃうけどね♪」
「性的な悪戯なら許す・・・・・・、ふわぁ~~~ねむ~~~~い」

 冷静な判断力を眠気のせいで失っている。ここで眠ってしまえば、二匹の狼の餌食になりかねないというのに。

「大分お疲れだな隊長。そう言えば怪我はもういいんですかい?」
「まあ何とかな~~~、風呂には入るなって言われた気がするけど~~~~」
「手遅れだなおい」
「ああ~~~、宴の席めんどくさかったなぁ・・・・。はあ、メシア団長のドレス姿見たかったなぁ~~~~」

 ふわふわした頭の中で、楽しみにしていた事を思い出す。
 あの真面目な騎士団長が、どんなドレスを着るのか非常に楽しみだったのである。

「レイナとリリカも良かったけど・・・・・、メシア団長にドレスという組み合わせが見たかった・・・・・・」
「そんなにかい?」
「土下座して頼めば見せてくれないかなぁ~~~~。見れるなら何でもする~~~~~」
「参謀長殿にプライドはないのか・・・・・・」
「そう言えばさぁ、陛下のドレスも良かったなぁ~~~~~」

 突然女王の話になった。今のリックは、何というか色々駄目だ。
 宴の主役として出席し、純白のドレスに身を包んでいた、ヴァスティナ帝国女王ユリーシア・ヴァスティナ。彼女はいつもと同じ、特に装飾もない真っ白なドレスを着ていただけだと、クリスもエミリオも思った。ちなみに他の三人は、宴の席に居なかったものの、城内でユリーシアの姿を目にしていた。

「えっ、ユリユリのドレスっていつもと同じじゃなかった?」
「違うんだな~~~~、いつもとドレスの色若干違ったし~~~、今日は香水使ってたし~~~~」
「よく見てるなおい」
「陛下の事だったら何でも知ってるぞ~~~~~~、メイド長に教えて貰ってるし~~~~~、陛下の今日の下着の色も知ってる~~~~~~~~」

 全員ドン引き。明らかにリックは、変態ストーカーの域に達している。
 そして彼は忘れていた。この浴場の造りを・・・・・・。

「リック様っ!!」
「はっ!はいっ!?」

 浴場の壁から名前を呼ぶ叫び。声は少女のものである。
 壁からの声ではなく、正確には壁の向こう側からの声だ。この浴場は男湯と女湯があり、壁一枚で隔たれている。しかし、壁の上には隔てるものがなく、両方の湯の上は繋がっているのだ。よって、お互いの会話は筒抜けである。

「今の話は本当ですか!?ウルスラが教えたのですか!」
「まさか陛下ですか!?違います誤解です今のは勿論冗談です!!」
「冗談でも言って良い事と悪い事があります!・・・・・幻滅しました」
「げ・・・ん・・め・・・・・つ・・・・・・・・・」

 急所に当たった。効果は抜群だ。
 女湯で会話を偶然聞いていたユリーシア。リックの衝撃的発言に、堪らず声を上げてしまったのである。女王に絶対の忠誠を誓っているリックにとって、彼女に幻滅されるという事は、弱点属性を突かれて急所に攻撃を喰らうのと同じだ。

「酷いですリック様・・・・・・」
「幻滅・・・・・・・・陛下が俺を幻滅・・・・・・・・・・?」
「やめてユリユリ!リック君の体力はもうゼロだから!」

 俯いて死んだ魚の眼状態のリック。眠気は吹っ飛んだが、精神状態は最悪だ。
 自業自得だとはわかっていても、彼に同情してしまう男性陣。今のリックは、精神が暗黒面に堕ちる一歩手前と言ったところだ。

「リック」
「ひっ!メシア団長までいらしたんですか!?」

 ここでさらに、女湯の方から女性の声。声の主は、リックが最も尊敬する女性、騎士団長のメシアである。
 当然、先程のドレスの話は聞かれてしまっている。

「さっきの話はですね、冗談と言いますか言葉のあやと言いますかとにかく何でもないのでどうか誤解しないで下さいお願いします!!」
「冗談なのか?」
「めっさ冗談ですはい!俺は決してメシア団長にエロい妄想してドレス姿を望んでいるわけではありません!!!」
(リック、その嘘は苦しいと思うよ・・・・・)

 全力で誤魔化そうと必死なリックは、両手をあたふたさせながら叫んだ。
 もしもここで彼女にまで幻滅されたら、まず間違いなくリックは、終わる。

「・・・・・・怒ってます?」
「怒ってはいない。お前がそこまで見たいというのであれば、着てみてもよいと思っただけだ。冗談ならば着る必要はないな」
「ぐはっ!!!??」

 リック、撃沈。
 彼女たちの言葉は彼にとって、榴弾砲よりも威力が高く、徹甲弾のような貫通力を持った、最強の兵器だろう。
 自分の必死の誤魔化しが、まさか自分の願望を潰してしまうなど、一体誰に想像できようか。
 またも俯き死んだ魚の眼となって、湯船から上がり、ふらふらと浴場から出て行こうとする。もうこの場に留まるだけの精神の余裕は、今の彼にはない。
 その悲しい背中を、誰も引き留める事はできなかった。
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