贖罪の救世主

水野アヤト

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第九話 悪魔の兵器

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「なに・・・・が・・・・・?」

 天幕の外が騒がしくなっている。外で何かが起こっているのは、拷問されていながらでも、彼女にはわかった。陣地内に設置された、仮設拷問部屋。ここで、アングハルトは数々の拷問により、痛め続けられていた。
 まず服を脱がされ、天幕の天井に吊るされて、下衆な笑みを浮かべた男に、鞭を打たれた。彼女は鞭の痛みに耐えられず、声が嗄れるまで悲鳴を上げた。
 鞭だけでは何も吐かなかったために、今度は吊るされたまま、足の爪を剥がされた。右足の親指の爪を無理やり剥がされ、激痛が彼女を襲った。爪の剥がされた指から血が滴り、彼女の足元に、小さな血だまりをつくったのである。
 激痛に大きな悲鳴を上げはしたが、それでも彼女は耐えて見せた。拷問担当の男たちは、もう一枚か二枚剥がそうと考えたが、別の方法を試すため、天井から彼女を下ろす。
 椅子を用意して彼女を座らせ、縄で縛りつける。男の一人がペンチを用意し、他の男たちは、無理やり彼女の口を開かせ、閉じさせないよう拘束した。これから何が始まるのか、アングハルトは即座に理解する。口の中にペンチの様な物を入れられ、奥歯を、力任せに引き抜かれようとしていると・・・・・・。
 それは、爪を剥がされるのを超える、凄まじい激痛となる。それがわかったため、必死に抵抗しようとするが、縄と男たちの拘束のせいで、何もできない。
 ペンチが奥歯を引き抜くために、彼女の口元に近付けられた。痛みという恐怖が迫り、表情が絶望に歪む。今にも泣き出してしまいそうになりながら、それでも彼女は話そうとしない。
 裏切りたくないのだ。帝国を、部下たちを、そして何よりも、あの優しい救世主を裏切りたくない。その思いだけが、今の彼女に力を与える。男に触れられる恐怖と、拷問による痛みが襲おうとも、吐かないと決めているのだ。
 そして、ペンチが口の中へと入れられようとした、その直後、外での騒ぎが起こった。何事かと、少し慌てた男たちは、一時的に拷問を中断し、六人の内の二人が、外の様子を確かめに行こうと、天幕の外へと出ていく。
 拷問が止まり、内心安堵したアングハルト。しかし、外で何が起こっているのか、彼女にもわからない。

(一体何が・・・・・・)

 何が起こったのはわからない。思考を働かせてみるが、やはり何も思いつかなかった。
 思いつく事はなかったが、答えはすぐにやって来る。

「んっ?」

 男たちが、天幕の出入り口に、人の気配を感じる。
 見ると、そこには一人の男が立っていた。男の視線は、椅子に縛り付けられている、アングハルトを向いたままで、全く動かない。
 裸にされ、鞭で打たれた彼女の体。爪を剥がされた足の指。恐怖でくしゃくしゃに歪んだ表情。ここで何が行なわれたのかを、完全に理解した男は、異常なまでの怒りを露わにする。

「お前らが・・・・・・やったのか!!」
「お前!一体どこから----」

 そこからは速かった。現れた男はナイフを抜き、天幕の男たちに襲いかかる。
 一番近くにいた男の胸に、素早くナイフを突き立てた。心臓を刺し貫き、そのナイフをすぐに胸から引き抜く。引き抜いたナイフで、今度は別の男の喉元を切り裂き、その隣にいた男の左目に、ナイフを突き刺した。切り裂かれた傷口から大量に出血し、意識が薄れて倒れこむ男と、左目へと深くナイフを突き刺され、激痛に悲鳴を上げながら、絶命していく男。
 拷問担当の男たちは、あと一人。その者へと左腕を伸ばし、顔面を鷲掴みにして、地面へと叩きつける。叩きつけられた衝撃で呻いた男の口に、先程ナイフで殺された男が、死ぬと同時に落としてしまったペンチを拾い上げて、口内へと突っ込む。

「あがっ、あああがっ!」
「糞がっ!!」

 口に突っ込んだペンチで、男の奥歯を挟み込む。そして、力の限り引っ張り、下の奥歯を引き抜いた。
 激痛に悲鳴を上げ、口から出血する男に、容赦なくナイフを突き刺す。心臓を一突きし、これ以上声を上げさせないよう、空いた手で男の口元を塞ぐ。男はゆっくりと苦しみ、死んでいった。

「どう・・・して・・・・」

 目の前で繰り広げられた光景を、彼女は全て見ていた。
 信じられない。この場にいてはならない人物が、自分の目の前に立っている。この現実が信じられないのだ。あの時と同じように、彼は地獄から彼女を救い、優しい言葉をかけてくれる。

「もう大丈夫だ。助けに来たぞ、アングハルト」

 ヴァスティナ帝国軍参謀長、リクトビア・フローレンス。
 彼はあの時と同じように、彼女のもとにやって来た。ただし、あの時と違うのは、彼は、アングハルトを救い出すために、ここまでやって来たという事だ。

「シャランドラ、もう入っていいぞ」
「ほな入るで。やっぱ全員殺したんやな、ほんま容赦な-----」

 帝国一の発明家シャランドラ。彼女はリックに同行し、アングハルト救出を手伝っている。
 リックが中で兵士を排除するまで、外で待機していたシャランドラが、天幕の中へと入っていく。四人の兵士の死体を見た後、アングハルトの姿を見て、彼女は言葉を失う。

「俺は縄を解く」
「・・・・わかったで。うちが手当てして服着せる」

 椅子に縛り付けられている彼女の縄を、リックがナイフで切ろうと手をかける。シャランドラは持っていたバックの口を開き、中から応急手当用の医療器具を取り出す。

(どうして・・・どうして私なんかを・・・・!)

 アングハルトはまだ知らない。どうして二人が、ここに来てしまったのかを。
 軍師エミリオの作戦で、名将ドレビンの捕縛を、ヘルベルトたちの部隊が行なう事になっていた。エミリオが彼らを送り出そうとした時、「同行する」と、無理を言ったのがリックだ。
 アングハルト分隊の部下たちの願いと、自分自身が助け出したいという思いが、この男を突き動かした。当然だがエミリオは猛反対し、彼の両腕であるレイナとクリスも、賛成しなかった。たった一人の兵士を救い出すために、参謀長が直々に動くなど、あってはならない事なのである。
 危険な任務でもあるし、アングハルトが生存しているのかどうかもわからない。軍師という立場と、リックの身を心配するエミリオにとって、彼を行かせるわけにはいかなかった。
 レイナとクリスも、万が一を考えて反対する。どうしても助けたいというのなら、自分たちが助けに行くと、言い出す程だった。特にクリスは、アングハルトに命令を下した張本人であるために、責任を感じているのだ。
 しかし、レイナとクリスは緒戦で善戦し、疲労が大きかった。明日の戦いにおいて、二人の力は必要不可欠であるために、十分な休息をとらせる必要があるのだ。
 リックの同行も、レイナとクリスの志願も、エミリオは全て却下した。話を聞きつけ、イヴまでもが救出に行くと言い出し、その場は混乱を極めた。
 それでも、結局エミリオの意思は変わらず、作戦はドレビンの捕縛のみとなった。今回の戦いの指揮権はエミリオにあるため、誰も逆らう事ができない。リックをはじめ、皆が救出を諦めたと思われた。
 だがリックは、こっそりヘルベルトの部隊に合流し、無理を言って作戦に参加したのである。シャランドラは、リックならば必ず救出に行くと思い、彼を待ち伏せて同行した。
 こうして二人は、エミリオに内緒で、アングハルト救出作戦を開始したのである。

「縄は切った。今服を着せてやるからな」
「参謀長・・・・・・」
「遅くなって悪かった。怖かったろう、もう大丈夫だからな」

 アングハルトは椅子から抱き起され、破かれずに残っていた服を、リックとシャランドラが着せ始める。地獄から解放され、自分が唯一恐怖を覚えない男の、忘れる事のできない優しさを感じ、その瞳から、溢れんばかりの涙を流す。

「参謀長・・・・私は・・私は・・・・・・っ!!」
「何も言わなくていい。ほらほら、泣くのはいいけど服を着てくれ。急がないと見つかっちまう」
「そうやで。セリっちが服着んと、リックが裸見て興奮してまうんやから」
「事実だけどこの場で言うなよ。それと、セリっちって何だ?」
「セリーヌ・アングハルトやからセリっちや。どうや、可愛い呼び方やろ?」

 緊張感のない会話を交わしながら、服を着せ始めたリックとシャランドラ。
 しかし、問題が発生してしまった。騒ぎを調べに出ていた、二人の拷問担当が、拷問を再開するため、ここへ戻って来たのである。

「お前たち!そこで何をしている!!」
「ちっ!!」

 見つかってしまった。拷問担当の二人は異常を叫び、周りが何事かと反応する。
 もう隠す事はできないと、腰のホルスターから拳銃を取り出したリックは、戻って来た男たちへと発砲。二発撃たれた弾丸は、それぞれ一発ずつ命中し、男たちを撃ち殺す。

「シャランドラ、アングハルトに急いで服を着せろ。俺は外に出て時間を稼ぐ!」
「任せたで!気を付けてな、リック」

 拳銃を片手に、天幕を飛び出すリック。外から発砲音が鳴り響き、ジエーデル兵の喧騒が聞こえた。
 急いで着替えさせるシャランドラ。手当は後まわしにし、この場を離れる事を優先する。アングハルト自身も協力し、痛む身体を動かして、急いで服を着ていった。
 服を着ながら彼女は思う。このままではいけないと。
 自分を助けた大切な男が、自分のために危険に晒されている。守らなければならないと、その瞳に闘志を取り戻す。

「シャランドラ殿」
「なんや?」
「背中のそれは武器ですか?」

 発明家シャランドラは、その背中に、自身の開発した試作品を背負っていた。それに見たアングハルトは、これが武器である事を、すぐさま理解する。
 救出中、もしも敵と戦闘状態になった場合に、役に立つかもしれないと持ってきたのが、この試作品だ。

「これはな、うちが開発した新兵器や!こいつがあれば、何百人の敵が来ても一掃できるで。たぶん!!」

 新兵器とは、新しい銃器である。
 まだ試作の段階で、故障する可能性は高いが、確かにこの銃は、弾の続く限り圧倒的な火力を出す。ヘルベルトたちが使用しているライフルとは違う、銃を使う部隊には欠かせない分隊支援火器。彼女はその試作品を、弾薬と共に持ってきた。

「持ってくるだけで疲れたで。無茶重いんやわ、これ」
「シャランドラ殿、お願いがあります」

 着替え終わったアングハルトは、シャランドラの背中の武器を指差す。
 彼女の目には闘志が燃え、恐怖を完全に捨て去っている。今はただ、一人の男のために戦おうと、奮い立っていた。

「その武器の、使い方を教えてください」
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