贖罪の救世主

水野アヤト

文字の大きさ
上 下
165 / 841
第八話 ヴァスティナ連合軍

しおりを挟む
「リック」
「・・・・・・メシア団長」

 参謀長執務室。昼食も取りに行こうとせず、執務室の机で項垂れていたリックの前に、褐色の肌を持つ、長い銀髪の美しい女性が現れる。
 彼女は真っ直ぐリックを目指し、椅子に座る、彼の机の前で立ち止まった。

「私は陛下に忠誠を誓う騎士だ。陛下を守護する事こそ私の使命。しかし、私一人では心許ない」
「そんなことは-----」
「陛下を守りきるためには、お前が必要だ。私とお前、二人であの方を守るのだ」
「・・・・!!」

 今のリックの不安に対して、彼女は直球で訴える。
 帝国最強の騎士であるメシアが入れば、女王の護衛として、これほど心強い人間はいない。当然リックも、そう考えていた。だが、メシア本人は、自分一人だけでは無理だと言う。
 共に戦おうと、二人で陛下を守ろうと、彼女の言葉にリックは目が覚めた。いや、本当はわかっていたのだ。わかっていても、大切なもの失う恐怖を考えると、どうしても不安を消せなかった。
 こんな気持ちのままではいけない。こんな姿を、あの少女には見せてはいけないのだ。リックの不安は、この先も消える事はないだろう。それでも彼は、その不安と向き合い、戦わなければならない。
 それをメシアは、リックに気付かせてくれた。

(本当に・・・・本当にあなたは・・・・・・)

 女神。そう呼ぶのが正しいか。
 この世界で、リックを救い続けてきたメシアは、彼にとって、まさに女神と呼べる存在だ。一生彼女には頭が上がらないと、そう感じずにはいられない。

「やっぱりメシア団長は俺にとって・・・・、俺だけじゃなく陛下にとってもメシアなんですね」
「・・・・・一つ聞きたい」
「はい?」
「それはどういう意味なんだ?」

 リックの言いたかった事を、彼女は理解出来ていない。素でわからないらしく、首をかしげて聞いている。そんな彼女が可笑しくて、つい吹き出して笑ってしまった。

「陛下もそうだった」
「えっ?」
「私が陛下と初めて出会った時、あの方は命の危険に晒されていた。偶然通りかかった私は彼女を救い、その時名前を尋ねられた。私が自分の名前を教えると、陛下は笑ったのだ。丁度、今のお前のようにな」
「なるほど・・・・・・」

 ユリーシアが笑ったのも無理はない。
 自分が彼女の立場であっても、同じように笑っただろうと、リックは思う。ユリーシアは、メシアという名前の意味を知っていたのだ。だから、笑わずにはいられなかった。

「メシア団長は、自分の名前の意味を知らないんですね」
「どういう事だ?」
「メシアって言う名前はですね、救世主って言う意味なんですよ」
「救世主・・・・・・だと?」

 やはり知らなかったようだ。
 メシアとは、救世主という意味を持つ言葉。救世主の名を持つ女性が、少女の命を救い、自分はメシアという名前だと語ったのだ。何の冗談かと思うだろう。命を救ってくれた救世主と呼べる女性が、本当に救世主であったというのだから、笑ってしまうのも無理はない。

「てっきり、知ってるものだと思ってましたよ。俺も初めて名前を聞かされた時は、どう反応していいか困ったものです」
「そうだったのか・・・・。ふふ、ふふふふ・・・・・・」

 笑っている。あのメシアが笑ったのだ。
 いつも寡黙で笑いもしない彼女が、笑っている。リリカのような妖艶な笑みではなく、女神のような美しい微笑み。リックはその微笑みに目を奪われ、視線を外せない。

「どうしたリック、何かおかしかったか?」
「・・・・・・メシア団長!」

 突然椅子から立ち上がり、メシアの傍まで近付いたリックは、有無を言わさず彼女を抱きしめた。
 彼女の豊満な胸に顔を埋め、その体に両腕をまわす。完全にリックは、理性が飛んだのだ。

「許して下さい・・・・・、でももう我慢が出来なくて・・・・・・」
「そうか、私は構わない。それでお前の気持ちが安らぐのならばな」

 胸元に埋まっている、彼の頭を左手で撫で、右手で抱きしめ返すメシア。その姿は救世主でなく、まさに女神。女神に抱かれ、安らぎを得る男。
 騎士となり、女を捨てた彼女は、彼だけにここまでの優しさを見せる。その理由は誰も知らないが、誰が見ても、リックが彼女の特別であるのは明白だ。

(ああ・・・・・・凄く落ち着く・・・・・・、しばらくこのままでいたい。今日は誰も邪魔しに来ないだろう。皆今頃は食堂だろうしな。・・・・・恐怖と不安が消えていく感じだ・・・・・、しかもいい匂いがする・・・・)

 リックにとっては、この上なく幸せなひと時。
 前はヘルベルトに邪魔をされてしまったが、執務室に用事を持って現れそうな人物は、全員食堂にいるのだ。食堂にいないリリカも、今は宰相の看病をしていると、リックも聞いている。この時間を邪魔する者は、誰一人として今現在存在しな-------。

「参謀長殿、部隊編成の件で確認が-------」
「「・・・・・・・・・」」

 忘れていた。本当に忘れてしまっていたのだ。この男の存在を。
 真面目に仕事し、確認のために部屋を訪れたのは、ヘルベルトの戦友である元傭兵のロベルトである。この男の失敗は二つ。食堂にいなかった事と、部屋をノックし忘れた事だ。

「・・・・・・・・ロベルト」
「・・・・・はい」
「絞首刑か銃殺刑、好きな方を選べ」
「どうか慈悲を」
「これが俺の最大限の慈悲だ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔物をお手入れしたら懐かれました -もふプニ大好き異世界スローライフ-

うっちー(羽智 遊紀)
ファンタジー
3巻で完結となっております!  息子から「お父さん。散髪する主人公を書いて」との提案(無茶ぶり)から始まった本作品が書籍化されて嬉しい限りです! あらすじ: 宝生和也(ほうしょうかずや)はペットショップに居た犬を助けて死んでしまう。そして、創造神であるエイネに特殊能力を与えられ、異世界へと旅立った。 彼に与えられたのは生き物に合わせて性能を変える「万能グルーミング」だった。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~

未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。 待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。 シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。 アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。 死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

転生したら死にそうな孤児だった

佐々木鴻
ファンタジー
過去に四度生まれ変わり、そして五度目の人生に目覚めた少女はある日、生まれたばかりで捨てられたの赤子と出会う。 保護しますか? の選択肢に【はい】と【YES】しかない少女はその子を引き取り妹として育て始める。 やがて美しく育ったその子は、少女と強い因縁があった。 悲劇はありません。難しい人間関係や柵はめんどく(ゲフンゲフン)ありません。 世界は、意外と優しいのです。

13番目の神様

きついマン
ファンタジー
主人公、彩人は23歳の男性。 彩人は会社から帰る途中で、通り魔に刺され死亡。 なぜか意識がある彩人は、目を開けると異世界だった!! 彩人を待ち受ける物語。それは、修羅か、悪鬼か、、、

処理中です...