贖罪の救世主

水野アヤト

文字の大きさ
上 下
120 / 830
第五話 愛に祝福を  前編

10

しおりを挟む
 アニッシュに案内されたリックたちは、城へ先に到着していた、メシアとロベルトたちと合流した。
 クリスとイヴが、チャルコの街を見て周りたいと言い、それに付き合ったために、メシアたちを待たせてしまったのであるが、おかげで得るものもあった。
 アニッシュに出会う前、リックは街の人々に、結婚の事について聞いて周っていた。誰もがアニッシュと同じ様に、結婚を心から祝ってはいない。政略結婚には、やはり反対なのが感じ取れたのである。政略結婚を阻止しようとする側にとっては、かなり好都合に働く事だろう。
 ともかく、城に辿り着いたリックたちは、謁見の間に案内され、そこでチャルコ王、アグネス・スレイドルフへの挨拶を済ませた。歳が四十になるアグネスは、リックたちを心から歓迎して、午後から結婚について話し合う時間を用意すると、約束したのである。
 話し合いが午後からである理由は、リックたちの次に、この謁見の間に訪れる存在のためである。エステラン国の王子、メロース・リ・エステランとの謁見があるのだ。
 丁度良いと考えたリックは、王子メロースの謁見に居合わせたいと申し出た。まずは敵を知らなければと考え、王に頼んだのだ。王は了承し、やがてエステラン国の団体は到着した。
 謁見の間の隅に寄り、現れたエステラン国の王子と、その従者たちを観察する。王子だけあり、やはりと言うべきか、その容姿は端麗だった。長い金髪と綺麗な肌をしている、顔立ちも一言で表すのなら、イケメンだ。
 何不自由ない育ちの良さがわかってしまう、王族の気品を感じる。それ故に、挨拶や態度に表れる尊大さが目に余り、完全にチャルコを舐めているのが、よくわかった。
 謁見終了後、別室を用意されたリックたちは、そこで休息と昼食を済ませ、午後からの王との話し合いの時間を待つ。
 しかし、予定の時間まで退屈だったリックは、メシアたちを誘って、城の散策を始めてしまった。 リック、メシア、クリス、イヴの四人は城の中を見て周る。ちなみに、ロベルトたちは部屋で留守番だ。

「フローレンス参謀長様!?ここで一体何を!」
「おっ、アニッシュ君じゃないか。ちょうど良かったよ」

 城内の散策途中、雑務に取り掛かっていた、見習い騎士アニッシュと再会する。城に到着した時に別れ、その後アニッシュは、予定通り雑務を手伝っていたのだ。偶然の再会である。

「城の中を案内してくれないか?おもしろいものがあるなら見せて欲しい」
「リック。彼が例の見習い騎士か?」
「そうです。彼が俺たちを城に案内してくれた、アニッシュ・ヘリオース君ですよ」
「初めまして、アニッシュ・ヘリオースと言います。チャルコの見習い騎士です」
「そうか。私は帝国騎士団長のメシアだ。先程はリックたちが世話になったな」

 お互い名乗り合って挨拶を済ませる。
 名乗り自体は普通だったのだが、彼女の名前を聞いたアニッシュは、目を見開いて驚いていた。目の前に彼女がいる事が、どうも信じられないらしい。

「騎士団長メシア様と言えば、帝国の軍神ではありませんか!?一度戦場に出れば、一騎当千の武勇を揮う、帝国最強の騎士と聞いています!」
「流石メシア団長。その武勇は他国にも知れ渡っているんですね」
「まっ、帝国最強だしな」
「僕も同感だね。帝国内で勝てる人は誰もいないし」

 帝国周辺諸国において、ヴァスティナ帝国騎士団長メシアは、とても有名な存在だ。最強の軍神、または帝国最強の騎士と呼ばれ、少なくとも周辺諸国の騎士で、彼女を知らぬ者はいない。それは騎士見習いである、アニッシュも同様だ。

「皆様は、軍事顧問として我が国に訪れた聞いていますが、まさか参謀長様と騎士団長様が、直々に来て下さるなんて」
「普通は考えられないよな。帝国の騎士団と軍の最高責任者が揃ってるんだし」
「皆さんはここで何をなさっているのですか?」
「退屈だったから散策してたんだ。もしよかったら、案内してくれると嬉しい」
「申し訳ありません。僕は今、雑務の手伝いをしていますので」

 頭を下げて謝るアニッシュ。真面目な性格故に、リックの急な願いにも、応えようとしてくれたのである。

「おや、そこにいるのはヴァスティナの参謀長ではないか?」

 突然声をかけられ、声をした方を向くと、従者を引き連れたエステラン国の王子がいた。問題の政略結婚の相手、メロース・リ・エステランである。
 こんな時に、こんなところで、会いたくもない邪魔な王子だ。

「先程、謁見の間で会った時は驚いたよ。リクトビア・フローレンスと言う名前であるから、女性だと思っていたのだが、まさか、私と歳が変わらないような男性であったとは」

 謁見の間で、二人は挨拶を済ましている。その時にはメシアたちも居たため、メロースはこちらの事を理解している。
 ヴァスティナ帝国からの、チャルコへの軍事顧問としての来日。メロースが本当にそれを信じたかは不明であるが、もしも信じたのであれば、この男はそう大した王子ではないだろう。

「そして騎士団長殿。噂には聞いていましたが、なんと美しい。貴女の武勇は我が国にも届いております」
「・・・・・・」

 こんな場に居合わせてしまったアニッシュは、とある二人の態度が、一瞬で変わった事に気が付いた。
 怒りのオーラを放っているのは、クリスとイヴである。怒りの理由は、メロースがリックとメシアに対し、全く敬意を払っていないからだ。
 特に、メシアに対して、舐めまわすような視線を送っている事が、許せないのだろう。敬意もなく、欲しくなった新しい玩具を眺めているような目。アニッシュから見ても、それは嫌らしいものだった。

「騎士団長殿も大変ですね。こんな何処の出かも分からない男が参謀長では、この先何かと不安でしょう。聞けば、フローレンス参謀長は女王陛下の忠実な犬だとか。犬は犬でも、駄犬なのでしょうね」

 隠しもしない、明らかな侮辱。呆気に取られるアニッシュとは違い、クリスとイヴは怒りを必死に堪えていた。クリスとイヴにとって、リックの存在は絶対的なものであり、唯一無二の自分に命令して良い主である。
 しかも二人からすれば、愛する存在を侮辱されたに等しい。目の前にいる尊大な馬鹿王子は、二人にとって、今すぐにでも黙らせなければならない存在だ。
 しかし、その行動を取ってしまうと、後から必ず、リックが困る事になる。それを理解しているからこそ、二人は必死に堪えていた。クリスは今にも、腰の剣を抜き放ちそうであり、メイドの格好をしているイヴは、スカートの中に仕込まれている、拳銃を抜こうとしている。
 今にも怒りが爆発しそうな二人を、知ってか知らずか、尚もメロースは言葉を続けた。

「どうです騎士団長。いっそ帝国よりも我が国に---------」
「私にそのつもりはない。それと一つだけ言っておく。我が国の参謀長は優秀だ。決して駄犬などではない」
「・・・・まあいいでしょう。参謀長、どうやら騎士団長に随分と気に入られているようですね」
「ええまあ、日頃から女王陛下の忠実な犬として働いているおかげですよ」

 先程までは、余裕のある表情を見せていたメロースだが、自分の誘いがきっぱり断られた事で、その表情も変化する。少々不機嫌になってしまったようだ。
 彼の人生は何不自由なく、欲しいものは何でも手に入ったのだろう。そんな生活を送っていたために、欲しいものが手に入らない事が、嫌でしょうがない。そう言う気持ちが、表情に表れていた。
 しかも、馬鹿にした相手に、馬鹿にした言葉で返されたのだ。内心、むしゃくしゃしているに違いない。

「ところで、そこの青い制服の君は誰かな?」

 口を出さずに、事を見守っていたアニッシュ。
 話題を無理やり変えにかかったメロースに、何者かと問われてしまった。結婚の相手国である王子に問われれば、嫌でも答えなければならない。

「僕はアニッシュ・ヘリオースといいます。チャルコの見習い騎士です」
「見習い騎士か・・・、なるほど」

 メロースの顔に、笑みが浮かぶ。しかし、その笑みはあまり良いものではない。
 獲物を前に、舌なめずりしている様な、そんな笑みだ。

「実は少し、体を動かそうと思っていたんだが、私の相手をしてくれないかな?」
「ぼっ、僕がですか?」
「見習い騎士の君に、私が戦い方を色々と教えてあげよう。きっと良い経験になると思うよ」

 アニッシュは断れない。この誘いが、メロース個人の憂さ晴らしだとしてもだ。
 雑務の手伝いもあるし、正直断ってしまいたいのだが・・・・・・。

「わかりました。ご教授、宜しくお願い致します」
「アニッシュ君・・・・・・」
「では、訓練場にでも行くとしよう。案内してくれるね?」

 アニッシュを心配するリックだったが、下手に手を出せば、政治的問題に発展するため、何も言う事が出来なかった。
 メロースと従者たちは、アニッシュに案内されて、訓練場を目指す。リックたちもアニッシュを心配し、彼らの後に続いた。
 この後リックは後悔する事になる。あの時、無理やりにでも止めておけばよかったと・・・・・。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助
ファンタジー
八極拳や太極拳といった中国拳法が趣味な大学生、中島太郎。ある日電車事故に巻き込まれた彼は、いつの間にか見ず知らずの褐色少年となっていた。 いきなりショタ化して混乱する頭を整理すれば、単なる生まれ変わりではなく魔法や魔物があるファンタジーな世界の住人となってしまったようだった。そのうえ、少年なのに盗賊で貴族誘拐の実行犯。おまけに人ではないらしいことも判明する。 「どうすんだよこれ……」 問題要素てんこ盛りの褐色少年となってしまった中島は、途方に暮れる。 「まあイケメンショタだし、言うほど悪くないか」 が、一瞬で開き直る。 前向きな彼は真っ当に生きることを目指し、まずは盗賊から足を洗うべく行動を開始した──。 ◇◆◇◆ 明るく前向きな主人公は最初から強く、魔法の探求や武術の修練に興味を持つため、どんどん強くなります。 反面、鉢合わせる相手も単なる悪党から魔物に竜に魔神と段々強大に……。 "中国拳法と化け物との戦いが見たい” そんな欲求から生まれた本作品ですが、魔法で派手に戦ったり、美少女とぶん殴り合ったりすることもあります。 過激な描写にご注意下さい。 ※この作品は「小説家になろう」でも投稿しています。

“元“悪役令嬢は二度目の人生で無双します(“元“悪役令嬢は自由な生活を夢見てます)

翡翠由
ファンタジー
ある公爵令嬢は処刑台にかけられていた。 悪役令嬢と、周囲から呼ばれていた彼女の死を悲しむものは誰もいなく、ついには愛していた殿下にも裏切られる。 そして目が覚めると、なぜか前世の私(赤ん坊)に戻ってしまっていた……。 「また、処刑台送りは嫌だ!」 自由な生活を手に入れたい私は、処刑されかけても逃げ延びれるように三歳から自主トレを始めるのだが……。

【R18】ショタが無表情オートマタに結婚強要逆レイプされてお婿さんになっちゃう話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

処理中です...