贖罪の救世主

水野アヤト

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第五話 愛に祝福を  前編

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 二日後。
 予定通り、リックたち一行は帝国を出発し、現在は馬車の荷台に乗って、チャルコ国への道程を進んでいた。今のところ移動は順調である。天気は晴天で、気温はぽかぽかと温かい。何も問題がない、チャルコ国への旅は、何もかも順調だ。
 リックとメシアを中心に、護衛はクリスとイヴ、専属メイドのメイファ、そしてロベルト率いる傭兵部隊。リックたちは人員輸送用の馬車に乗っている。馬車を操っているのは、傭兵部隊の男たちだ。
 リックたちを含めると、四十人程のこの一団は、表向きは軍事顧問と言う名目で、チャルコ国へと向かっている。流石に 政略結婚阻止の一団と言うわけにはいかない。阻止こそ真の目的だが、隠す必要がある関係上、表向きは、軍事顧問で通さなくてはならないのだ。
 軍事顧問として来て欲しいと言うのは、チャルコ王の手紙に記されていた。小規模ながら、軍備の増強を図っているチャルコが、友好国の帝国に軍事顧問の派遣を頼む事は、おかしい事では無いからである。もしも、エステラン側に真の目的を悟られても、表向きこの理由があれば、しらを切れるのだ。
 帝国の軍師エミリオ曰く、「政略結婚の時期に軍事顧問派遣要請と言う時点で、エステラン側に悟られる危険性は十分ある。いや、気付かない方がおかしい」と言う事だが、他に妙案が浮かぶわけでもないため、とりあえず王の提案に従った。
 そう言うわけで、軍事顧問の名目でチャルコへと向かう一行だったが、彼らは緊張感の欠片もなく、馬車の上で雑談している。
 二頭の馬で牽引するこの馬車は、荷物を載せると、一両の定員は八人だ。この馬車が全部で五両あり、一列になって街道を進んでいた。護衛の観点から、リックたちの乗る馬車は中央で、ここにはリックの他に、メシアたちも乗っている。メイファとロベルトも乗っており、馬車の中では雑談が盛り上がっていた。

「参謀長殿はどの地方の出身なんだ?」
「うーん、どの地方と言われてもなぁ・・・・・・。ずっとずっと遠いところとしか言えないな」

 参謀長配下であっても、誰も知らないリックの出身。ふと疑問に思ったロベルトが、リック本人に聞いてみる。彼がこの質問を受けるのは、これが初めてではない。皆が疑問に思っている事だ。
 しかし彼は、誰かにそれを聞かれた時、適当にはぐらかして終わらせる。今回も同じだ。

「僕は東の方の出身じゃないかなって思うよ。なんとなくだけど」
(間違ってはないな。極東って呼ばれてる国の出身ではあるし)
「実は天上の人間だったりしてな。驚異の身体能力と自然治癒は、人間らしくねぇ」
「おいクリス、お前は俺を神か悪魔かと勘違いしてるのか。勘弁してくれ、これでも人間だから・・・・・・」

 リック自身も実感している、その驚異的身体能力と自然治癒を指摘され、メシアを除くこの場の誰もが思う。実は、人間の皮を被った何かなのではと。
 そう思ってしまう位、リックの力は常識的ではない。出身が気になってしまうのも、彼の非常識さ故である。

「ご主人様」
「なんだメイファ?」
「あなたは人間ではありません。変態です」
「・・・・・・・あってるけど言わないでくれ。落ち込むから」

 ずーんと言う効果音が聞こえそうな程、専属メイドの言葉に落ち込みを見せるリック。彼を精神的に追い詰められるのは、帝国内でリリカをとメイファ位だ。
 そんなリックを無視して、雑談を再開する配下たち。雑談の内容は、イヴとメイファの事についてだ。

「しっかし、お前ら仲いいな。人質にした奴とされた奴の仲なのによぉ」
「まあね、あの時のことは仲直りしたもん。僕とメイファちゃんは、今では仲良しの友達なんだから♪♪」

 イヴとメイファは隣同士で馬車に座っている。クリスの言う通り、半月前の暗殺未遂事件では、加害者と被害者であった。
 クリスたちは知らないが、あの事件から一週間後、イヴはメイファに会いに行き、人質にした事を謝罪した。深く深く頭を下げて、必死に謝罪するイヴに対し、「もう済んだ事だからいい」とメイファは答えた。
 それがきっかけとなってか、今では友達の間柄であり、お互い暇な時は、仲良くお喋りをしたりしている。主に話す内容はリックについてで、イヴは専属メイドであるメイファに、彼が普段何をしているのかや、好きなものや嫌いなものは何かなどを聞く。そしてメイファは、リックへの不満をイヴに聞かせるのだ。
 リックの事を知ろうと、情報を聞き出すイヴと、愚痴をぶつけるメイファ。何故この二人が仲良くなれたのかは不明だが、一つだけ言える事がある。二人を繋げているのは、やはりリックと言う存在だ。

「クリス様もレイナ様と仲良くなってはどうです?」
「けっ、誰があんな奴と」
「メイファちゃんの言う通りだよ。ロベルトさんもそう思うでしょ?」
「毎度喧嘩されては敵わんからな。どうにかして欲しい」

 今度は、クリスとレイナの仲についての話題が始まる。見るからに嫌そうな顔をするクリスに、レイナの良いところを語って聞かせるイヴ。

「賑やかだな」
「すいませんメシア団長。俺の部下がうるさくしてしまって」
「怒ってはいない。ただ・・・・・・」
「どうかしました?」
「お前は良い仲間を持ったと思っただけだ。これならばもう、私の助けはいらないだろう」

 いつもと同じ、真剣な表情であると言うのに、彼女の顔には、一瞬寂しさが見えた気がした。メシアにとってリックは、ある意味教え子と言えるだろう。だが、今のリックには多くの仲間たちがいる。
 参謀長配下の軍師エミリオが、チャルコとエステラン情勢を教えていたように、最早自分の助けがいらない事に、寂しさを感じたのかも知れない。

「メシア団長は、俺にとってずっと先生ですよ。そんな寂しい事言わないで下さい」
「そうか」

 リックにとってメシアは、憧れの女性だ。そんな彼女が、自分から離れてしまうのではと思ったリックは、離れたくない思いで、こう言ったのだ。
 その気持ちを察してなのか、彼女はそれ以上何も言わず、日頃の疲れが出たのか、目を瞑ったメシア。彼女が眠ろうとしていると察したリックたちは、彼女の眠りを妨げないよう、声量を押さえて話始める。

(ずっと先生か・・・・・)

 リックたちは気付かなかったが、メシアは眠りにつきながら、少しだけ微笑んでいた。

(しかしいつかは・・・・・・)

 いつかはリックも離れていく。
 そのことを理解しながらも、彼女は口に出さず、深い眠りについたのだった。
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