贖罪の救世主

水野アヤト

文字の大きさ
上 下
113 / 830
第五話 愛に祝福を  前編

しおりを挟む
 着替えを済ませて顔を洗い、髪を整え歯を磨いた後、いつもの参謀長執務室で、今日の仕事に取り掛かる。
 執務室には、参謀長の頭脳と言える、軍師エミリオ・メンフィスもおり、二人はいつものように、書類の確認や今後の計画を話し合っていた。

「リック。宰相から目を通すようにと言われている書類は、これで全部だよ」
「どれどれ・・・・・」

 面倒くさいという気持ちを表情に出しながら、書類の内容に、一枚一枚目を通していく。
 参謀長リクトビア。愛称リックは、いつも通り面倒だと思いながらも、書類仕事を真面目にこなす。これが、この男の平常運転だ。
 食堂へと向かう時間の短縮のため、専属メイドであるメイファが運んできた、簡単な朝食をとりながら、書類の確認をしている。朝食はサンドイッチと珈琲であり、仕事中に片手で食べられるようにと、考えられて用意されたものだ。
 片手で書類整理をしながら、もう片方の手で、サンドイッチを掴み、口へと運ぶ。サンドイッチに挟まれている具は、ハムとチーズと野菜であり、簡単でシンプルなものだ。仕事が忙しい時などは、彼はこの執務室で食事をするのだが、その場合は食堂係が参謀長専用に、今日のようにサンドイッチと珈琲を用意する。
 そのため、食べ慣れている料理なのだが、今日は少し、形や味付けが違う気がした。

「今日は誰が作ったんだ?見た目も味も違うな」
「・・・・・わっ、私が作った・・・・」
「メイファが作ったのか?」
「係りの者たちは忙しそうであったので、厨房を少し借りて自分で作りました。・・・・・不味かったのなら作り直します」
「不味くなんかないさ。作ってくれてありがとう、嬉しいよ」

 素直にお礼を言うリックの言葉に、照れているのか、若干頬を赤らめるメイファ。歳が同じ位だからだろうか、その恥ずかしがる姿が、ある少女に似ていると感じた。
 今頃その少女は、この国の女王としての責務を、必死に果たしているのだろう。自分が背負っているものの、何倍も多くの責任を、その小さな体に背負いながら・・・・・・。
 そう思うと、自分が情けなくて仕方がなく感じる。
 彼女を守ると誓ったのに、自分が彼女に守られてしまっている事実。自分の仕事をすると、このことが頭に浮かぶ。どんなに面倒だと思える仕事でも、真面目に最後まで取り組むのは、この思いがあるためだ。
 そんなことを考えながら、ふとエミリオを見ると、彼はくすくすと小さな笑いを浮かべている。

「どうした?」
「相変わらず、君はその巧みな言葉で人を魅了するのだね。ふふ、いつか君が、一夫多妻な家庭を築くのではと考えたら、笑いがね」
「つまりあれか?俺が言葉巧みに将来ハーレムをつくるって言いたいのか。そりゃあいいな!早速メシア団長のところにでも-------」
「仕事しろって言ってんだろ変態。リリカ様に言いつけるぞ」

 見かけによらず、意外と口が悪い専属メイドに脅迫され、部屋を飛び出そうとした足を止めて、渋々と仕事へ戻る。
 十三から十四歳の少女は、こんなにも口が悪いだろうか。この子が特別なのかも知れないが、最近の年頃の女の子は多分こんなものだと、自分の中で無理やり納得する。
 この歳の少女なら、これ位の口の悪さがあるだろう。難しい年頃でもあるのだ。この歳の少女とは思えない綺麗な口調を使う、我らの十四歳女王陛下こそ特別なのだろう。
 専属メイドのメイファは、誰に対してもこうと言うわけではない。リックだけには、特別こうだ。理由は色々あるだろうが、一番の原因は、半月前のとある事件である。
 半月前、彼女は人質に取られるという体験をしてしまった。リックを暗殺しようとした者が逃亡し、逃げまわった挙句に、偶然遭遇したメイファを人質に取ったのである。事件自体は一人の死者も出さず、無事解決したのだが、この時リックは、あるとんでも宣言をしてしまった。
 その内容は、自分は男の娘属性が大好きである、と言うものだ。この性癖宣言は多くの者に知れ渡り、次の日には、城中の人間の知る事となった。人質であったメイファは、この宣言を目の前で聞いた一人で、ただ一言、「変態」と言って軽蔑したのだ。
 こうした経緯から、彼女はリックを変態呼ばわりし、常に厳しい言葉をぶつける。こんな変態の専属メイドなど、御免なのだろう。

「口を閉じてれば可愛いのに・・・・・」
「何か言いましたか?」
「いえ、何でもないですメイファ様」

 メイド少女に逆らえない。この国で、リックが逆らえない人物の、五本の指の一人である。自分の選んだ専属メイドであるというのに・・・・・・。
 恐ろしい専属メイドに睨まれながら、やはり渋々と、仕事に取り掛かるリックであったが、誰かが執務室の扉をノックする音を聞き、執務の手が止まる。

「失礼しますぜ隊長」
「どうしたヘルベルト、何か報告か?」
「何か報告かじゃないですよ隊長。例の調査が終わったから教えに来たんですぜ」
「本当か!?」

 リック配下の精鋭部隊を指揮するヘルベルトは、半月以上前に、参謀長の極秘指令を受けていた。
 一応極秘の指令であるため、この場にいるエミリオとメイファを見た後、リックへと視線を送る。二人がいる中、報告しても良いのかと言う事だ。
 リックは頷いてそれに答える。つまり、言ってしまっても良いと言う事だ。

「例の女ですが、名前はセリーヌ・アングハルト。元ラムサスの街警備部隊所属で、現帝国軍第四隊所属の兵士。年齢は二十歳で、出身は不明。男顔負けの身体能力らしくて、優秀な女兵士だとか」
「ほうほう。ちなみに、好きな食べ物とかは?」
「不明ですぜ。自分の事をあんまり語らないらしいんですよ。そのせいで部隊内でも浮いてるんだとか」

 例の女、セリーヌ・アングハルトとは、この執務室で、リックにラブレターを送った女性である。
 一介の兵士が、参謀長にラブレターを送るという、前代未聞の事態。この事態にリックは、その場に居合わせたヘルベルトに、参謀長命令で無理やり彼女を調査させていた。

「まあ、イヴの時みたいな怪しさはないな。多分問題ないですぜ隊長」
「そうか、なら良かった」
「噂のアングハルトさんかい?」
「そうそう・・・・・。って、何で知ってる!?」
「私も知っていますよ」

 アングハルトラブレター事件を知っているのは、当事者であるリックと、その場に居合わせた、ヘルベルトとメシアだけである。二人に対して、他言無用と言ったはずなのだが・・・・・・。

「もしかして・・・・・・、皆知ってる?」
「知っているよ、今の話題だから」
「メイドたちの間で話題です。ラブレターが渡された日、偶然執務室の外にメイドが一人いて、話を盗み聞いていた」
「メイドさんたちから漏れたのか。それで全体に伝わったと・・・・・・」
「そう言えば、ヘルベルトさんが酔っぱらって、他の人たちに口を滑らせていました」
「ヘルベルト、お前減給」
「なっ!?」

 他言無用の秘密をばらしていたと言う、専属メイドメイファの証言により、減給を言い渡されてしまったヘルベルト。落ち込むヘルベルトを気にも留めず、秘密が漏れていた事に、頭を抱えるリックであった。
 ラブレターを貰った事が、多くの人間に知れるなど、一体どんな羞恥プレイだというのか。
 皆知ってると言う事は、つまり配下の者から、末端の兵士に至るまで、ラブレターの事を知っているわけだ。この分だと、文官や騎士団も知っている可能性がある。
 皆が知っているのを知らなかったのは、自分だけ。そう考えると、恥ずかしくて死にたくなる。

「ちなみにですが、城内では賭け事が行なわれています。相手の気持ちを受けるか受けないかの賭けです。大体が受けないに賭けています。例の宣言のせいですね」
「それマジかメイファ!?」

 ますます頭が痛くなるし、とても恥ずかしい。
 あの時の男の娘大好き宣言は、リックにとって、己の性癖を他人に大声でばらした、思い出したくない恥ずかしい記憶であった。あの時はこうするしかないと思い、とんでもない事を口走ってしまったのだが、実際のところ、男の娘が大好きなのかと問われれば、嫌いではないというだけだ。嫌いではないし気持ち悪いとも思わない。そんなところだ。

「それでリック、ラブレターの返事はいつなんだい?」
「今日だ」
「「「・・・・・・・」」」
「はあ、困ったな・・・・・」

 ラブレターの返事の期限は、今日この日である。
 恐らく今日中には、セリーヌ・アングハルトは執務室に、返事を貰いに訪れるだろう。
 しかしリックは未だに、彼女への返事を、考えてはいなかったのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

子育て失敗の尻拭いは婚約者の務めではございません。

章槻雅希
ファンタジー
学院の卒業パーティで王太子は婚約者を断罪し、婚約破棄した。 真実の愛に目覚めた王太子が愛しい平民の少女を守るために断行した愚行。 破棄された令嬢は何も反論せずに退場する。彼女は疲れ切っていた。 そして一週間後、令嬢は国王に呼び出される。 けれど、その時すでにこの王国には終焉が訪れていた。 タグに「ざまぁ」を入れてはいますが、これざまぁというには重いかな……。 小説家になろう様にも投稿。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

処理中です...