贖罪の救世主

水野アヤト

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第四話 リクトビア・フローレンス

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 メシアが女王の寝室へ辿り着いた頃、ゴリオンと戦闘を開始していたイヴは、城内のとある倉庫に身を隠していた。
 戦闘開始から約十分経過したのだが、余りの勝算のなさに、逃げ出したのである。

(聞いてないよあんなの!)

 まず、イヴが狙撃銃より放った弾丸は、ゴリオンの巨大斧に防がれてしまった。何発撃っても、斧を盾にされて防がれるため、仕方なく、動きまわって隙を窺う戦術をとり、素早さで攪乱した。
 巨大な斧を振まわすことで、城の中を破壊しながら攻撃するゴリオンであったが、その巨体と武器故に大振りで、隙はあった。その隙を狙い、斧を盾にされる前に銃を撃ち、ゴリオンを撃退しようとしたはいいが、撃ち出された銃弾は、鎧によって阻まれてしまう。
 常人の鎧であれば、簡単に貫通してしまう弾丸なのだが、ゴリオンが相手では相性が悪い。彼が身に付けている鎧は特別製で、異常な厚さの鉄製防具である。シャランドラたちが設計し、実験場にて耐久性も確認されている。
 今現在帝国にある武器で、ゴリオン用特別防具を破れるものは存在しない。まさに、フルアーマーゴリオンと呼ぶに相応しいだろう。
 破壊的な攻撃力と、鉄壁の防御力。とても勝ち目がないと悟ったイヴは、倒すのを諦め逃げ出し、今はこうして隠れている。

(無理無理無理無理、あんなの人間じゃないよ。銃が効かなきゃ勝ち目ないし)

 何とか隠れてやり過ごし、隙を見て、逃走を再開しようとしているイヴ。先程から、隙をついてばかりでしかない。
 だが、仕方がない。現状はイヴにとって戦い難く、持っている装備も、屋内戦闘に特化しているとは言い難い。しかもこちらは一人で、敵はゴリオンだけではない。さらに敵には、イヴでは手に余る猛者たちが何人もいる。
 屋外での長距離戦ならば、負ける気がしないのだが・・・・・・。

(残りの手榴弾は少ないし・・・・・・。弾も結構使っちゃったな・・・・・・)

 徐々に、自分が追い詰められているのを感じる。戦況はどう見ても不利であった。

「っ!?」

 外から気配を感じ、部屋の奥へと急いで移動した。その時である。
 部屋の外から雄叫びが聞こえ、巨体の男が、壁をぶち破って突入してきた。なんと男は、肩を突き出した突進のみで、石造りの壁を破壊したのだ。
 本当に、何もかもが規格外。人間と言うより、最早怪獣であった。

「見つけたんだな」
「ゴリオン君怖い!壁壊すなんてありえなさ過ぎだよ!?」

 振りまわす力は周りを破壊し、己の肉体で、壁すらも容易く破ってしまう。
 イヴは思う。どうやってリックは、この怪物を仲間に加えたのだろうと。

「もう逃げられないんだな」
「どっ、どうしようかな・・・・・」

 逃げ場がない。後ろに出口はなく、眼前にはゴリオンが立ち塞がる。
 銃は効かない。手榴弾も効果があるかわからない。

(一か八か・・・・・・。これで勝負!)

 最早運に身を任せるしかない。
 しかし生きている限り、最後まで抵抗しなければならないのだ。諦めれば、そこで終わってしまう。

「あっ!?あんなところに美味しそうな豚の丸焼きが!!」

 何も無いところを指差し、突拍子もない言葉を叫んだ。
 巨体であるゴリオンなら、食べ物には目がないと考え、食べ物で注意を逸らそうと考えた。勿論、豚の丸焼きが、そんな都合よくあるわけがない。注意を逸らすために、大嘘をついたのだ。
 こんな嘘に騙される人間はいないはずだが、今はこれしか思いつかなかった。
 苦し紛れの大嘘である。正直とっても恥ずかしい大嘘だ。これに騙されるなど・・・・・。

「どっ、どこなんだな!?豚の丸焼きどこなんだな!?」

 信じた。彼はこんな大嘘を、信じてしまっていた。
 指が差された方向を凝視するゴリオン。最初から苦戦していた相手が、こうも簡単な嘘に引っかかってしまった。今まで苦戦していたのは、一体何だったのだろう・・・・・・。

(って、そんな事考えてる場合じゃないね!)

 良く言えば純粋。ゴリオンの純粋さのお陰で、隙が出来た。
 懐から残りの手榴弾全部を取り出し、安全ピンを抜いて。ゴリオンへと投げつける。
 今度はスモークでもフラッシュでもない、殺傷能力の高い強力な手榴弾である。投げつけられた手榴弾に気付き、回避が間に合わないと悟ったゴリオンは、斧を盾代わりにして防御態勢をとった。
 投げたのは爆風によって敵を倒す、攻撃型の手榴弾で、ヘルベルトたちにも配備されている代物だ。手榴弾の威力も理解しているため、流石のゴリオンも防御態勢をとった。イヴも爆風にやられないよう、部屋の物陰に急いで隠れる。
 やがて、投げられた残り全ての手榴弾は爆発し、爆風が部屋を襲った。爆風が部屋の中のものを吹き飛ばす。この威力ならば、如何にゴリオンと言えど、戦闘不能に出来たのではと思う程の爆風である。

「す、すごい爆発なんだな」

 だが、ゴリオンはほぼ無傷であった。何個もの手榴弾の爆発も、彼の鉄壁の前では、意味をなさなかったのである。
 しかしイヴの目的は、手榴弾で彼を倒そうとしたものではない。手榴弾で倒せないことは、やる前からわかっていたのだ。

「とったよ!」
「!?!?」

 爆発を防ぎ切り、防御を解いたゴリオンの真横には、狙撃銃を構えたイヴがいた。
 銃口はゴリオンを向いていないが、銃口の横には、彼の頭がある。だがイヴは、ヘッドショットを狙ったわけではない。狙っているのは、彼の耳であった。
 ゴリオンの耳の傍に銃口を持っていき、引き金を引く。弾丸は彼に命中せず、銃声だけが響き渡っただけだが、それが狙いである。

「うっ!?」

 ゴリオンが怯んだことを確認し、次弾発射のためにボルトを引く。装填された弾丸をすぐさま発射し、今度もまた、彼を怯ませる。
 弾丸はゴリオンに命中してはいない。だが、耳元での至近距離射撃は、彼の鼓膜を刺激した。
 銃の発砲音は危険な音である。この音を直接耳元で聞くのは、鼓膜にとって害そのものとなる。場合によっては鼓膜をやられ、一時的に耳が聞こえなくなり、時には気絶することもあるのだ
 どんなに巨体であろうとも、鎧で鉄壁であろうとも、耳は耳栓でもしない限り、音に対して無防備だ。真面に銃声を聞いてしまったため、ゴリオンはその刺激で苦痛に襲われている。今は彼の耳は、音が聞こえない違和感と、耐え難い苦痛に襲われている。
 スモークもフラッシュも使い切っていたイヴは、彼を退けるための武器として、銃声を使った。銃声の恐ろしさは、リックやシャランドラに聞いており、彼自身もよく理解していた。だからこそ、これならば効果があると考えたのだ。
 そして、彼の考えは見事に的中した。

「じゃあねゴリオン君。僕、先を急ぐから」
「まっ、待つんだな!」

 苦痛のせいで動けないゴリオンを置き去りに、イヴはこの場を後にする。
 帝国一の巨漢との戦闘は、城内の一部を、修復が困難なレベルまで滅茶苦茶にし、終了したのである。
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