贖罪の救世主

水野アヤト

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第四話 リクトビア・フローレンス

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 剣と魔法の世界、ローミリア大陸。
 この大陸の南には、小さな帝国が存在する。その名は、ヴァスティナ帝国。
 豊かな土地と自然に恵まれたこの国は、かつて強大な帝国であった。しかし、それは昔の話であり、今は南に位置する、小さな国家に過ぎない。
 帝国を中心に、その周囲には、いくつかの小国と街があり、集落も存在しているのだが、今回旅に出たリックたち一行は、帝国と友好関係にある、とある小国を目指していた。
 国の名前はチャルコ。帝国よりも小さな国で、経済力も軍事力も小さい。
 そんな国に対して、帝国軍参謀長であるリックの用とは、ここに集まっているという、新たな戦力獲得と、周辺諸国の状況確認であった。
 彼の気持ち的には、修学旅行のようなものである。

「小さいけど良い国だな。チャルコって言ったか、飯は美味いし城下は綺麗だ」
「同感です。特に料理は素晴らしい」
「平和なところだね。争いとは無縁の国に見えるよ」

 帝国を出発したリックたちは、特に何事もなく、チャルコへと到着した。
 到着して早々、まず始めに目指した場所は、やはり飲食店である。理由はレイナが原因であった。
 見かけによらず大食いの彼女は、旅の途中常に腹を空かしていた。旅の食料は用意していたのだが、レイナが満腹になるための量を、毎度用意していては、いくらあっても足りない。そのため彼女には、食事の量を控えて貰い、何とかここまで我慢させたのである。
 チャルコに到着し、飲食店で食事をとった三人。レイナの我慢は限界であり、片っ端から料理を注文して、瞬時に全てを平らげた。大人何人前を食したのか、とにかく食べることが止まらない彼女。料金がとんでもない額になったのだが、今回はちゃんと支払いを済ませた。食い逃げはしていない。
 この三人で旅をし、飲食店で食事をするのは、これが二度目である。一度目の時は、あまりにも食事量の多い彼女のために、手持ちの資金では支払いができず、気付かれないように食い逃げをした。
 だが今回は、レイナを想定して資金を用意している。前回のようなことにはならなかった。

「ねぇリック、あの屋台のお菓子が食べたい」
「自分で買ってくれ。というか、さっき飯食ったばかりだろ」
「ふふ、お菓子は別腹さ。それに、レイナも食べたいみたいだよ」

 リリカに言われて、レイナの方を向く。確かに彼女は、屋台の菓子に目が釘付けである。
 とても食べたそうだ。目がキラキラしている。

「お前たち・・・・・・。本来の目的忘れてるだろ」

 そう、この旅の目的は、チャルコの城下町食べ物巡りではない。
 リリカが独自の情報網で手に入れた、新戦力獲得こそが目的である。
 情報によると、小国チャルコに対した軍事力は存在しない。しかし、ここ最近にあった野盗集団の襲撃で、チャルコは傭兵戦力を集めていた。
 野盗集団の大規模行動で、この国自体は損害を被ることはなかった。だが野盗集団は、周辺のいくつかの村を襲い、さらには街一つを蹂躙したのだ。
 その野盗集団は、ヴァスティナ帝国軍と騎士団で壊滅させ、前代未聞の大規模襲撃は、短期間の内に鎮圧されたのだが、この事件は周辺諸国に危機感を覚えさせた。
 実害がなかった国でも、今回のようなことが今後起こっても対処できるよう、防衛力の強化に努めたのだ。
 小国チャルコもそれは同じで、野盗などに対する防衛力強化のために、戦闘慣れした傭兵部隊を雇い入れ、自国の兵士を訓練させている。実戦に慣れている傭兵部隊から、戦闘のノウハウを学ばせることにより、防衛力の強化を図ったのだ。
 リックたちの目的は、このチャルコにいるという傭兵部隊である。
 この傭兵部隊の隊長は、リック配下の戦闘部隊員ヘルベルトの知り合いらしい。ヘルベルトの話では、昔この部隊の隊長の命を、戦場で助けたことがあるらしく、自分の名前を出せば、どんなことでも聞いてくれると言うのだ。
 獲得しようとしている新戦力。それはこの傭兵部隊のことであり、ここまで足を運んだ目的なのだ。

「先に用事を片付けるぞ。散策はその後だ」
「まったく、両手に花の旅であるというのに、仕事のことしか頭にないのかい?」
「そんなことはない。正直、俺はお前たち二人とイチャイチャしたい」
「そうかそうか。ふふ、正直でよろしい」

 妖艶な笑みを浮かべるリリカは、リックの左腕に手をまわして抱きつく。腕に当たる豊満な胸と、漂う女性の香りが心地いい。

「正直者にはなんとやらだよ」
「そうだな。俺、これからは正直に生きるぞ」
「リック様、リリカ様!公衆の面前でそのような・・・・・」

 確かにリリカの行動は目立つ。唯でさえ、誰もが見惚れる美貌の持ち主なのだ。
 それが男と一緒にいて、しかも抱きついている。周りの羨ましがる視線が突き刺さった。
 当然それは、招かれざる者たちを引き寄せる結果となる。

「おい兄ちゃん、えらく美人な女と一緒にいるな」
「なあ美人さんよう、こんな大したことねぇ男といるより、俺らといいことしようぜ」

 五人組のがらの悪そうな若者たちが、リックたちの前に立ち塞がり、安い挑発をかけてきた。
 平和な国であろうと、こういった者たちがいるのは、当たり前なのであろうか。何にせよ、一つだけ言えることは、彼らは己の分というものを、理解していないということだ。
 若者たちのリックに対する挑発で、一瞬にして怒りが募るレイナを、手を出して制止するリリカ。リリカが制止していなければ、彼らは彼女の槍で、秒殺されていただろう。

「お前たち、私は今機嫌がいい。だから言うのだけれど、死にたくなければ今すぐ消えるといい」
「はあ、なに言って---------」

 若者たちの一人が言いかけたその時、突然伸びてきた右手によって、一人が顔面を鷲掴みにされた。さらにそのまま、片手で持ち上げられ、若者の足は宙に浮く。
 持ち上げられた若者も、他の四人も、起こったことが信じられずにいた。先程まで、自分たちが挑発していた男が、なんと、右手一本で若者を軽々と持ち上げたのだ。信じられるわけがない。
 しかし、この驚異的な力を見慣れてしまっているリリカとレイナは、やはり平然としていた。

「くそが。せっかく人がいい気持ちに浸ってたっていうのに、邪魔しやがって」
「ぐわっ!?痛い痛い痛いっ!!顔が砕けるっ!!」

 若者を苦しめているリックは、本気の力を出しているわけではない。だがリックの握力は、人間の顔面を掴んで、体を宙に浮かせられることが簡単にできてしまう程、強力なのだ。腕力も常人を超えている。
 この力は元々、リックに備わっていたものではない。この世界で気が付くと、勝手に身に付いていたものである。この力は日を追うごとに成長し、今ではこの程度のことも、楽に行なえてしまう。
 リンゴなどの果物は、本気を出さずとも握り潰すことができ、本気を出せば、人間の頭を握り潰すこともできるだろう。無論、まだ試したことはないが。

「このまま握り潰そうかな。こんな屑一人殺しても国に影響ないだろ。寧ろゴミを掃除したんだから感謝して欲しいくらいだ。なあそこの四人、こいつ殺していいか?」
「やっ、やめあがああああああああっ!!」

 少しずつ力を入れて、痛みと恐怖を与えていく。じわじわと迫る痛みと恐怖で、悲鳴を上げる若者。
 他の若者たちは、目の前で起こっている光景に、恐怖を抱いて動けない。何よりも、リックの目に宿る怒りと殺意が、彼らから抵抗しようとする意志を奪ってしまった。
 リックは今、リリカに近寄る者たちのせいで、怒り心頭である。自分の心地よい時間を邪魔されたという理由もあるが、彼女を脅かそうとする下衆の存在が、どうしても許せないのだ。今の彼には、怒りと殺意しかない。
 その怒りと殺意の対象が、街のチンピラであろうと、彼には関係がないのだ。

「リック、こんなところで流血騒ぎは困るよ。私の食欲がなくなる」
「悪い、その考えはなかった」

 リリカの言葉に、先程までの怒りはどこへやら、右手を離して、若者を解放する。
 地面に落とされた若者は、痛みに苦しみながらも、恐怖の存在であるリックから、一刻も早く逃げ出そうと駆けだしてしまった。同じように恐怖にかられ、他の若者たちも逃げ出す。
 あっという間に、事態は解決してしまった。

「リリカ様、何故私を止めたのですか?あのような輩など、リック様のお手を煩わせずとも、私が」
「可愛いねレイナは。こんなに忠義に厚くて可愛いというのに、あの若者たちは、私にしか目がいかなかったよ」
「わっ、私はリリカ様が言うように可愛くなどありません。ですが・・・・・・・、あの破廉恥剣士も言いますが、私、そんなに女としての魅力がないのでしょうか・・・・・・」

 真面目な性格だからなのか、他愛ないことでも本気で悩んでしまう。
 クリスには出会った瞬間に、何もかも中途半端の女と言われ、今までも彼女は、誰かに綺麗だの可愛いなどと言われたことはなかった。レイナを可愛いと褒めるのは、彼女を可愛がるリリカくらいだ。

「そんなに悩むなよレイナ。お前は可愛い」
「リック様っ!?」
「真面目なところとか、意外と大食いなところとか、綺麗な赤い髪とかさ。こんないい女の子と一緒に旅ができて、嬉しいと思ってる」
「はうっ!」

 驚きと恥ずかしさに妙な声を上げ、耳まで真っ赤にして、照れてしまったレイナは、人に見せるのも恥ずかしい表情を隠すため、冷静さを失い、急いでリリカの胸元に顔を埋める。
 こういう反応もまた、彼女の可愛さだと思う二人であった。
 少々問題に遭遇したリックたち一行であったが、本来の目的を果たすため、道を進んで行く。途中、聞き込みなどをしつつ、傭兵部隊のいるという場所を目指していった。

「ふーん、見かけによらず凄いんだ」

 先程までの一部始終を、物陰から観察していた者が呟く。
 その者は、獲物を見つけた狩人の様に、舌なめずりしてリックたち一行を見ている。
 三人はその者の存在に気付くことはなく、楽しそうに会話をしながら歩いて行った・・・・・・。
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