贖罪の救世主

水野アヤト

文字の大きさ
上 下
587 / 830
第三十五話 参戦計画

しおりを挟む
「しかし、厄介な事になりました。お陰で私は、また前線にとんぼ返りですかな?」

 男は、目の前に出された皿の上の料理を、正しいテーブルマナーを使って、次々と口へ運んでいきながら、不敵な笑みを浮かべた。
 ナプキンで口元を拭き、ナイフとフォークを皿に置いて、男はグラスを手に取り、注がれていた赤ワインに口を付ける。ちなみに、男が飲んだ赤ワインは、ある人物の秘蔵のコレクションであり、ボトル一本で想像を絶する額となる。
 男は今、ワインの持ち主であるその人物に呼ばれ、会食の部屋で、こうして共に食事をしているのだ。そして、食事の席に座る男の目の前には、男にとっては忠誠を誓った主たる、絶対支配者の姿があった。

「はははっ!やはりそう思うかね、ルヒテンドルク君」

 男の名は、ドレビン・ルヒテンドルク。ジエーデル国防軍の将軍であり、ジエーデル軍切っての名将である。
 そんな彼と共に食事をしている者こそ、ドレビンが守るべき国の支配者であり、独裁者。独裁国家ジエーデル国総統、バルザック・ギム・ハインツベントである。

「やっと休暇を頂けて家に帰るや否や、部下からの異教徒反乱の知らせです。この食事の席も、前線戻りを言い渡すためでは?」
「そうだ⋯⋯⋯、と言いたいところだがね、実は違うのだよ」
「違う、と言いうと?」
「確かに、異教徒の討伐に君の力は欲しい。しかし吾輩は、君に別の仕事を頼みたいと考えている」

 ドレビンはジエーデル軍の将軍として、各地の戦場で兵を指揮し、数多くの戦果を挙げ続けていた。だが、優秀な将軍というのは多忙なもので、その優秀さ故に各地を転々とさせられ、国へ帰る事も出来ず、戦場で休みなく働き続けていたのである。
 しかし彼も、優秀な将軍とは言え人間なのだ。疲れ切った心と体の事を考え、休息は必要になる。前線での仕事を片付け、ようやく休暇を手に入れ、祖国ジエーデルに帰って来た途端、ボーゼアス教の事件は起こった。
 
 家に帰って来るや否や、国防軍本部にいた部下からの知らせで、ドレビンは非常に落胆した。異教徒によって各地の前線が崩壊しているとなれば、すぐさま前線行きを命じられると、そう思ったからだ。ところが、前線戻りの命令は全く訪れず、彼が帰国して五日が過ぎ、ようやく訪れたのはバルザックからの誘いであった。

 ジエーデル国の独裁者、総統バルザックからの食事の誘い。ドレビンの立場で、これを断れるわけがない。準備を済ませた彼は、バルザックの待つ総統府へと向かい、彼と久しぶりに顔を合わせ、今に至るのである。

「てっきり、ボーゼアス教とやらの討伐を言い渡されると考えていました。グラーフ教の事を考えるのであれば、あのような存在は直ちに処理しなくてなりませんから」
「もちろん、直ちにその処理も行なう。既に聞いていると思うが、各国は教会からの要請で討伐軍の編成を進めている」
「ホーリスローネ、ゼロリアス、そして我がジエーデル国による、三大国の一大討伐軍という話でしたか」
「我が国からは一万の戦力を投入する予定だ。その討伐軍の指揮官は、君の息子に任命した」
「⋯⋯⋯!」

 妻を持つドレビンには、一人の息子がいる。その息子は、父親であり国の英雄でもあるドレビンに憧れ、軍に入隊した。親の才能を継いだのか、彼もまた優秀であり、父親ほどではないにしろ、数々の成果を挙げ続けている。
 だが、いくら優秀とは言っても、まだ小規模部隊の若き指揮官である。そんなドレビンの息子に、バルザックは一万もの軍勢を預けようとしているのだ。

「若いというのは良いものだ。親の七光りと呼ばれたくはないと言って、吾輩の命令を喜んで承諾したよ」
「そのような大任、私の息子にはまだ早いと思いますが⋯⋯⋯」
「安心したまえ。討伐軍には、異教徒反乱鎮圧のために軍警察の精鋭が同行する。彼らには、異教徒の首魁オズワルドの捕縛、もしくは処刑を命じているのだが、君の息子の護衛も命じてある」
「それならば、身の安全は心配しなくて良さそうですが、作戦指揮は誰かが支えてやる必要があります」
「有能な副官を用意するつもりだから、君が心配する事は何もない。心配より、息子の華々しい出世を喜んだらどうかね?」

 一見これは、総統バルザックが自分の信頼する将軍に対し、息子の出世のチャンスを用意したように見える。
 だが、明らかにこれは何かあると、瞬時にドレビンは気付く。バルザックは何かを企み、自分の息子はその計画に利用された。それに気付いた彼は、思考を働かせながら、慎重に会話を続ける。

「いやしかし、困りましたな⋯⋯⋯」
「困る?」
「討伐軍指揮の大任で、もし息子が失敗するような事があれば、親である私の首が飛んでしまう」
「ふっははははは!!確かに、君にとってそれは困った問題だ!」
 
 思わず吹き出し、大声で笑うバルザック。彼に合わせ、ドレビンも笑って見せる。傍から見れば、冗談を言って笑い合っているだけの光景だが、ドレビンにとっては、そんな平和な状況ではない。
 次に言葉にされるだろうバルザックの企みに、笑みを崩さずドレビンは備えた。

「さて⋯⋯⋯、ルヒテンドルク君。君の息子には異教徒討伐を任命したが、君には国内で新しい軍団の編成を行なって貰いたい」
「新しい軍団ですか⋯⋯⋯。一体どんな軍団をお求めで?」
「国防用の精鋭軍団だよ。異教徒への敗走続きが原因で、有事の際の備えが不十分だという国民の声が多くなっている。彼らを納得させるため、強力な戦闘力と機動力を兼ね備えた、防衛用の戦力増強が急務なのだ」

 元々、ジエーデル軍は国を防衛するための組織であり、正式名称はジエーデル国防軍である。バルザックがこの国の支配者となった時、中立国アーレンツの国防軍に倣い、そう命名したのだ。
 外敵に対抗し、国民の生命と財産を守る軍隊。それがジエーデル国防軍であり、その理念を国民に説き、国を守る軍隊の存在は必要不可欠であると考えさせ、バルザックは国内の税を上げた。上げて得た税で、彼は軍備の増強を推し進めたのである。
 国を守る軍隊として資金を集め、軍備を増強し、バルザックは各地への侵攻を行なった。そうしてこの国は、急速に国力を増大させ、大国へと変貌を遂げたのである。

 だが、戦力の多くは大規模な侵攻作戦に駆り出され、国内の防備は年々低下の一途を辿っている。これでは、ジエーデル国防軍本来の理念に反する事になってしまう。そこでバルザックが考えたのが、防衛特化の精鋭軍団設立である。
 
「精鋭を集めた軍団ならば、少数であっても国民は安心できるだろう。しかも、軍団の創設者が英雄である君ともなれば、誰も文句は言うまい」
「なるほど、話は分かりました。では私は、その軍団創設に動けばいいのですね?」
「人選は君に任せる。君が優秀だと思う者達を集めたまえ。いざという時、即時に行動できる最強の軍団を期待している」
「了解致しました、総統閣下」

 国内の防衛力強化のため、新しい戦力を用意する。名将であるドレビンに、異教徒討伐を任せない理由としては、納得のいく話ではある。筋の通った話でもあった。綺麗に用意された、今後の計画である。どこもおかしな点はない。話の内容に、バルザックが何かを企んでいるような、そんな気配は感じられなかった。
 しかしこれは、全て納得がいく、あまりに不審な話であった。

「ルヒテンドルク君。今まで我が軍の前線を支えてくれて、吾輩は非常に感謝しているよ。この仕事は、前線勤務漬けであった君への、休息の意味も兼ねている」
「お心遣いに感謝いたします。これでしばらくは、妻を一人にさせずに済みそうです」
「家族は大切にしたまえよ、ルヒテンドルク君。軍人ならば、尚の事だ」

 バルザックが用意した話の内容は、真の目的を隠している。彼はそれをドレビンに語らず、自分の目的を達成するために、敢えて伏せているのだ。
 情報漏洩を防ぐためかもしれないが、それだけが理由ではないだろう。この独裁者は、もっと恐ろしい事を平気で考え、躊躇なく実行する。バルザック・ギム・ハインツベントとは、そういう男だ。

(大方の予想は付く。何が起きてもいいように、使える者達を集めておく事にしよう⋯⋯⋯)

 異教徒の反乱など、名将にとっては恐ろしくもなんともない。
 真に恐ろしいのは、名将の目の前にいる、恐怖と力で全てを支配し尽くす、独裁者という怪物であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助
ファンタジー
八極拳や太極拳といった中国拳法が趣味な大学生、中島太郎。ある日電車事故に巻き込まれた彼は、いつの間にか見ず知らずの褐色少年となっていた。 いきなりショタ化して混乱する頭を整理すれば、単なる生まれ変わりではなく魔法や魔物があるファンタジーな世界の住人となってしまったようだった。そのうえ、少年なのに盗賊で貴族誘拐の実行犯。おまけに人ではないらしいことも判明する。 「どうすんだよこれ……」 問題要素てんこ盛りの褐色少年となってしまった中島は、途方に暮れる。 「まあイケメンショタだし、言うほど悪くないか」 が、一瞬で開き直る。 前向きな彼は真っ当に生きることを目指し、まずは盗賊から足を洗うべく行動を開始した──。 ◇◆◇◆ 明るく前向きな主人公は最初から強く、魔法の探求や武術の修練に興味を持つため、どんどん強くなります。 反面、鉢合わせる相手も単なる悪党から魔物に竜に魔神と段々強大に……。 "中国拳法と化け物との戦いが見たい” そんな欲求から生まれた本作品ですが、魔法で派手に戦ったり、美少女とぶん殴り合ったりすることもあります。 過激な描写にご注意下さい。 ※この作品は「小説家になろう」でも投稿しています。

“元“悪役令嬢は二度目の人生で無双します(“元“悪役令嬢は自由な生活を夢見てます)

翡翠由
ファンタジー
ある公爵令嬢は処刑台にかけられていた。 悪役令嬢と、周囲から呼ばれていた彼女の死を悲しむものは誰もいなく、ついには愛していた殿下にも裏切られる。 そして目が覚めると、なぜか前世の私(赤ん坊)に戻ってしまっていた……。 「また、処刑台送りは嫌だ!」 自由な生活を手に入れたい私は、処刑されかけても逃げ延びれるように三歳から自主トレを始めるのだが……。

【R18】ショタが無表情オートマタに結婚強要逆レイプされてお婿さんになっちゃう話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

処理中です...