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第三十五話 参戦計画
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「はあっ!せい!おりゃああああっ!!」
「ほら、隙だらけ」
「!!」
とある建物の広い空間の中で、一人の少年と一人の女性が戦っていた。少年は威勢のいい雄叫びと共に、自慢の剣を振り回すが、相手の女性には掠りもしない。しかも隙を付かれ、女性の振った剣の斬撃に自分の得物を弾かれ、見事に敗北してしまっていた。
「これで、私の十七勝目。簡単に勝てすぎて、お姉さんびっくりしちゃった」
「いやそれは、教官が強すぎるだけなんじゃ⋯⋯⋯」
「なに言ってるの新米勇者君。こんなに手加減してあげてるんだから、せめて一勝くらいはして欲しいのだけど?」
二人のいる空間は、騎士や兵士が訓練のために使用する、模擬戦のための部屋であった。
ここは、ホーリスローネ王国にある、国の象徴であるホーリスローネ城。城内にあるその部屋で、若き新米勇者が教官役であるこの女性に、模擬戦でひたすらしごかれていた。
少年の名は、有馬櫂斗《ありまかいと》。伝説の秘宝に選ばれし、勇者連合の新たな勇者である。
「櫂斗、弱すぎ⋯⋯⋯」
「うっ、うるさい!教官が強すぎるんだよ!」
「じゃあ、今度は私の番ね。もし私が一勝でも出来たら、櫂斗が弱すぎなだけってことで」
「おい悠紀、教官嘗めてると痛い目見るぞ」
「それは櫂斗でしょ。さっき、伝説の勇者になった俺が負けるわけない⋯⋯⋯、とか言ってたの誰だったっけ?」
訓練場には二人の戦いを見学していた、三人の少女の姿があった。その内の一人、早水悠紀《はやみゆき》は櫂斗と交代し、教官と呼ばれている女性に挑む。
「へえ~、次は悠紀ちゃんがやりたいんだ。私に勝つの、簡単じゃないよ?」
「私、相手が強い方が燃えるんで。油断すると火傷しますよ、ユーリ教官」
教官と呼ばれている女性の名は、ユーリ・ヤノフスキ―。櫂斗達の戦技教官として派遣された、ホーリスローネ王国軍の兵士である。
「悠紀ちゃん、やる気十分ね。あとの二人はどうかしら?」
「⋯⋯⋯早水さんの次は私でお願いします。危ないから、華夜は見てるだけでいい」
「⋯⋯⋯」
この場にはあと二人、模擬戦を見学していた少女達がいる。悠紀の次にユーリと戦おうとしているのは、九条真夜《くじょうまや》。その傍には、彼女の妹である九条華夜《くじょうかや》の姿もある。
「お姉さん的には二人まとめて相手にしてもいいけど、どうする?」
「もちろん、私一人で十分です。起動《スタート》!」
悠紀の言葉を聞き、彼女の首にかかっているペンダントの宝石が、眩い光を放って形を変えていく。宝石は形を変え、彼女の右手で槍となって、その姿を現わした。自身の得物を構え、戦闘態勢に入った悠紀に対し、ユーリもまた剣を構える。
「いきます!!」
構えた槍と共に、悠紀は駆けた。床を力強く蹴り、一気にユーリとの距離を詰め、槍の切っ先を彼女目掛けて放つ。速く鋭い突きの一撃。しかしユーリは、その一撃を完全に見切っていた。あっさりと突きを躱し、自分の得物である剣を振り上げ、悠紀目掛けて振り下ろす。
振り下ろされた剣に反応し、悠紀は槍を盾代わりに、その斬撃を弾いて見せた。相手の反撃に注意しつつ、彼女は連続して突きを放ち続ける。元は槍術を習っていただけあり、彼女の槍捌きは手慣れていた。だが所詮、その槍術は実戦を想定したものではない。その程度の技量では、兵士であるユーリには届かない。
「はい、隙見せた」
「!!」
連続突きを全て躱され、相手の実力に驚愕してしまった、その一瞬の気持ちの隙を見逃さない。槍の切っ先を剣で弾き、無防備となった悠紀の首筋に、ユーリが剣の切っ先を突き付ける。
勝負は一瞬で決まった。決して悠紀が弱いというわけではないが、教官であるユーリが相手では、実力の差が開き過ぎているのだ。
「もっ、もう一回お願いします!」
「やめとけよ悠紀。何度やったって無駄だって」
「そうかしら?少なくとも、悠紀ちゃんの方が新米君より骨があるわよ」
「そっ、そりゃあ⋯⋯⋯。悠紀の方が俺より鍛えてるし⋯⋯⋯」
「ついでに言うと、悠紀ちゃんは君より勇者のセンスあるわ」
「んなっ!?」
剣の扱いが完全素人である櫂斗と、槍術を学んでいる運動神経抜群の悠紀では、勇者としての才は彼女の方が上だろう。それぞれの得物の使い慣れ方も、櫂斗とは段違いである。
しかし、物語の主人公のように、勇者として活躍したい櫂斗にとっては、教官にセンスが無いと言われたくはない。せっかく、夢にまで見た望みが現実となったのだから、物語と同じように在りたいのである。
「だっ、大丈夫ですよ教官!きっとその内、この剣の隠された凄い力が覚醒したりして⋯⋯⋯」
「だから強くなれるって?それはいいけど、その凄い力とやらが目覚める前に死なないよう鍛えるために、私が君達の教官に任命されたのよ」
「ううっ⋯⋯⋯」
「楽観的に考える子から、戦場では死んでいく。これ、ユーリお姉さんの経験則だから」
この場では特に櫂斗に言える事だが、戦場を知っているユーリからすれば、彼らは戦いを遊びと勘違いした、愚かな少年少女に見える事だろう。だが、それは仕方がない事である。何故なら彼ら四人は、日常に戦争のない、別の世界の住人なのだから⋯⋯⋯。
有馬櫂斗、早水悠紀、九条真夜、九条華夜。
この四人はある日突然、剣と魔法のローミリア大陸に召喚され、伝説の秘宝に選ばれし勇者となった、ただの高校生だったのである。
戦場に出た事もなく、人殺しも経験した事のない、無垢な少年少女達。彼らはまだ、大人になり切れていない子供である。そんな子供達に背負わされたのは、伝説の勇者という、彼らには荷が重すぎる称号だった。
四人は人々の期待に応え、この世界で生きていくために、そしてこの世界から無事に帰還するために、戦いに赴かなければならない。そんな彼らが勇者となって、一か月の月日が流れていた。
この世界を徐々に知り、城での生活にもようやく慣れてきた彼らは、戦うための訓練が必要であった。不思議な力を秘めた秘宝を持っていても、彼らは戦いの素人であった。武器の扱いに慣れていたのは、槍術を習っていた悠紀と、弓道部であった真夜くらいのものだ。それでも、人を殺すために使っていたわけではない。戦うという行為自体、彼らは未経験の素人でしかなかった。
そんな彼らに、戦場で戦うための戦闘技術を教えるべく、ホーリスローネ王から直々の命を受けたのが、王国軍の女性兵士ユーリ・ヤノフスキーである。普段の彼女は、王国軍訓練生を指導する教官で、王国軍一優秀な教官と言われている。その理由は、彼女の教え子達は皆、実戦においての生還率が、他の兵士に比べ圧倒的に高いからである。
国王から優秀な教官を与えられ、こうして四人は日々彼女から、戦うための技術や知識を教わっているのだ。今現在行なわれているこの模擬戦も、四人のための実戦訓練の一環である。
「有馬君。君は自分の実力を正直に受け止めるべきよ」
「先輩⋯⋯⋯」
「私達は弱い。秘宝の力を使えても、元々の実力は教官の足下にも及ばない。わかっているわね?」
彼にとって憧れの先輩である真夜に、こうも正論を言われてしまうと、櫂斗は沈黙しかできなかった。
望む望まざると訪れる、来るべき戦いの時に備え、今は素直に自分の実力を知り、自分を鍛えるしかない。でなければ、死ぬのは自分達なのである。
櫂斗と違い、三人は元の世界へ一刻も早く帰還したいと、そう願っている。そのために必要な事、やるべき事を、しっかりと理解しているのだ。故に、悠紀も真夜も模擬戦に積極的であるのだ。特に真夜は、妹の華夜を守りたいという意思がある。華夜が戦わなくて済むよう、代わりに自分が力を付けようとしているのだ。
「新米君、真夜ちゃんの言う通りよ。君達の初陣は近いんだから、今は限られた時間の中で、自分を強くする事だけを考えなさい」
「⋯⋯⋯」
「でないとみんな、戦場で五分と経たずに死ぬわよ?」
彼女の言葉は全て、脅しではなく事実である。
ユーリが言った通り、勇者として四人が戦う初の実戦は、すぐ近くまでやって来ている。初陣までの猶予は、あまり残されていないのだ。
迫り来る戦いの足音。事の始まりは、非常に厄介な勢力の出現にあった。
「ほら、隙だらけ」
「!!」
とある建物の広い空間の中で、一人の少年と一人の女性が戦っていた。少年は威勢のいい雄叫びと共に、自慢の剣を振り回すが、相手の女性には掠りもしない。しかも隙を付かれ、女性の振った剣の斬撃に自分の得物を弾かれ、見事に敗北してしまっていた。
「これで、私の十七勝目。簡単に勝てすぎて、お姉さんびっくりしちゃった」
「いやそれは、教官が強すぎるだけなんじゃ⋯⋯⋯」
「なに言ってるの新米勇者君。こんなに手加減してあげてるんだから、せめて一勝くらいはして欲しいのだけど?」
二人のいる空間は、騎士や兵士が訓練のために使用する、模擬戦のための部屋であった。
ここは、ホーリスローネ王国にある、国の象徴であるホーリスローネ城。城内にあるその部屋で、若き新米勇者が教官役であるこの女性に、模擬戦でひたすらしごかれていた。
少年の名は、有馬櫂斗《ありまかいと》。伝説の秘宝に選ばれし、勇者連合の新たな勇者である。
「櫂斗、弱すぎ⋯⋯⋯」
「うっ、うるさい!教官が強すぎるんだよ!」
「じゃあ、今度は私の番ね。もし私が一勝でも出来たら、櫂斗が弱すぎなだけってことで」
「おい悠紀、教官嘗めてると痛い目見るぞ」
「それは櫂斗でしょ。さっき、伝説の勇者になった俺が負けるわけない⋯⋯⋯、とか言ってたの誰だったっけ?」
訓練場には二人の戦いを見学していた、三人の少女の姿があった。その内の一人、早水悠紀《はやみゆき》は櫂斗と交代し、教官と呼ばれている女性に挑む。
「へえ~、次は悠紀ちゃんがやりたいんだ。私に勝つの、簡単じゃないよ?」
「私、相手が強い方が燃えるんで。油断すると火傷しますよ、ユーリ教官」
教官と呼ばれている女性の名は、ユーリ・ヤノフスキ―。櫂斗達の戦技教官として派遣された、ホーリスローネ王国軍の兵士である。
「悠紀ちゃん、やる気十分ね。あとの二人はどうかしら?」
「⋯⋯⋯早水さんの次は私でお願いします。危ないから、華夜は見てるだけでいい」
「⋯⋯⋯」
この場にはあと二人、模擬戦を見学していた少女達がいる。悠紀の次にユーリと戦おうとしているのは、九条真夜《くじょうまや》。その傍には、彼女の妹である九条華夜《くじょうかや》の姿もある。
「お姉さん的には二人まとめて相手にしてもいいけど、どうする?」
「もちろん、私一人で十分です。起動《スタート》!」
悠紀の言葉を聞き、彼女の首にかかっているペンダントの宝石が、眩い光を放って形を変えていく。宝石は形を変え、彼女の右手で槍となって、その姿を現わした。自身の得物を構え、戦闘態勢に入った悠紀に対し、ユーリもまた剣を構える。
「いきます!!」
構えた槍と共に、悠紀は駆けた。床を力強く蹴り、一気にユーリとの距離を詰め、槍の切っ先を彼女目掛けて放つ。速く鋭い突きの一撃。しかしユーリは、その一撃を完全に見切っていた。あっさりと突きを躱し、自分の得物である剣を振り上げ、悠紀目掛けて振り下ろす。
振り下ろされた剣に反応し、悠紀は槍を盾代わりに、その斬撃を弾いて見せた。相手の反撃に注意しつつ、彼女は連続して突きを放ち続ける。元は槍術を習っていただけあり、彼女の槍捌きは手慣れていた。だが所詮、その槍術は実戦を想定したものではない。その程度の技量では、兵士であるユーリには届かない。
「はい、隙見せた」
「!!」
連続突きを全て躱され、相手の実力に驚愕してしまった、その一瞬の気持ちの隙を見逃さない。槍の切っ先を剣で弾き、無防備となった悠紀の首筋に、ユーリが剣の切っ先を突き付ける。
勝負は一瞬で決まった。決して悠紀が弱いというわけではないが、教官であるユーリが相手では、実力の差が開き過ぎているのだ。
「もっ、もう一回お願いします!」
「やめとけよ悠紀。何度やったって無駄だって」
「そうかしら?少なくとも、悠紀ちゃんの方が新米君より骨があるわよ」
「そっ、そりゃあ⋯⋯⋯。悠紀の方が俺より鍛えてるし⋯⋯⋯」
「ついでに言うと、悠紀ちゃんは君より勇者のセンスあるわ」
「んなっ!?」
剣の扱いが完全素人である櫂斗と、槍術を学んでいる運動神経抜群の悠紀では、勇者としての才は彼女の方が上だろう。それぞれの得物の使い慣れ方も、櫂斗とは段違いである。
しかし、物語の主人公のように、勇者として活躍したい櫂斗にとっては、教官にセンスが無いと言われたくはない。せっかく、夢にまで見た望みが現実となったのだから、物語と同じように在りたいのである。
「だっ、大丈夫ですよ教官!きっとその内、この剣の隠された凄い力が覚醒したりして⋯⋯⋯」
「だから強くなれるって?それはいいけど、その凄い力とやらが目覚める前に死なないよう鍛えるために、私が君達の教官に任命されたのよ」
「ううっ⋯⋯⋯」
「楽観的に考える子から、戦場では死んでいく。これ、ユーリお姉さんの経験則だから」
この場では特に櫂斗に言える事だが、戦場を知っているユーリからすれば、彼らは戦いを遊びと勘違いした、愚かな少年少女に見える事だろう。だが、それは仕方がない事である。何故なら彼ら四人は、日常に戦争のない、別の世界の住人なのだから⋯⋯⋯。
有馬櫂斗、早水悠紀、九条真夜、九条華夜。
この四人はある日突然、剣と魔法のローミリア大陸に召喚され、伝説の秘宝に選ばれし勇者となった、ただの高校生だったのである。
戦場に出た事もなく、人殺しも経験した事のない、無垢な少年少女達。彼らはまだ、大人になり切れていない子供である。そんな子供達に背負わされたのは、伝説の勇者という、彼らには荷が重すぎる称号だった。
四人は人々の期待に応え、この世界で生きていくために、そしてこの世界から無事に帰還するために、戦いに赴かなければならない。そんな彼らが勇者となって、一か月の月日が流れていた。
この世界を徐々に知り、城での生活にもようやく慣れてきた彼らは、戦うための訓練が必要であった。不思議な力を秘めた秘宝を持っていても、彼らは戦いの素人であった。武器の扱いに慣れていたのは、槍術を習っていた悠紀と、弓道部であった真夜くらいのものだ。それでも、人を殺すために使っていたわけではない。戦うという行為自体、彼らは未経験の素人でしかなかった。
そんな彼らに、戦場で戦うための戦闘技術を教えるべく、ホーリスローネ王から直々の命を受けたのが、王国軍の女性兵士ユーリ・ヤノフスキーである。普段の彼女は、王国軍訓練生を指導する教官で、王国軍一優秀な教官と言われている。その理由は、彼女の教え子達は皆、実戦においての生還率が、他の兵士に比べ圧倒的に高いからである。
国王から優秀な教官を与えられ、こうして四人は日々彼女から、戦うための技術や知識を教わっているのだ。今現在行なわれているこの模擬戦も、四人のための実戦訓練の一環である。
「有馬君。君は自分の実力を正直に受け止めるべきよ」
「先輩⋯⋯⋯」
「私達は弱い。秘宝の力を使えても、元々の実力は教官の足下にも及ばない。わかっているわね?」
彼にとって憧れの先輩である真夜に、こうも正論を言われてしまうと、櫂斗は沈黙しかできなかった。
望む望まざると訪れる、来るべき戦いの時に備え、今は素直に自分の実力を知り、自分を鍛えるしかない。でなければ、死ぬのは自分達なのである。
櫂斗と違い、三人は元の世界へ一刻も早く帰還したいと、そう願っている。そのために必要な事、やるべき事を、しっかりと理解しているのだ。故に、悠紀も真夜も模擬戦に積極的であるのだ。特に真夜は、妹の華夜を守りたいという意思がある。華夜が戦わなくて済むよう、代わりに自分が力を付けようとしているのだ。
「新米君、真夜ちゃんの言う通りよ。君達の初陣は近いんだから、今は限られた時間の中で、自分を強くする事だけを考えなさい」
「⋯⋯⋯」
「でないとみんな、戦場で五分と経たずに死ぬわよ?」
彼女の言葉は全て、脅しではなく事実である。
ユーリが言った通り、勇者として四人が戦う初の実戦は、すぐ近くまでやって来ている。初陣までの猶予は、あまり残されていないのだ。
迫り来る戦いの足音。事の始まりは、非常に厄介な勢力の出現にあった。
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