贖罪の救世主

水野アヤト

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第32.5話 俺のヴァスティナ帝国がこんなにイカれてるわけがない

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 日は沈み、夜を迎えたヴァスティナ帝国。
 一つ、また一つと部屋の明かりが消えていく中、宰相の執務室だけは明かりが灯っていた。その部屋では、ランプの明かりを頼りに、執務室の机で一人、宰相リリカが書類を片付けていた。
 昼間とは違い、彼女以外誰もいない執務室。彼女が一人で仕事を行なっていると、執務室の扉をノックする音が聞こえた。
 
「入りなさい」
「失礼しま~す」

 扉を開いて入って来たのは、左手にマグカップを持った、一人のメイドであった。彼女の名はノイチゴ。帝国メイド部隊の一人で、戦闘時は死神の如き大鎌を操る、女性好きの女性だ。
 部屋に入り、リリカの姿を確認すると、ノイチゴは彼女に近付いていき、執務室の机にマグカップをそっと置いた。

「どうぞ、リリカ様」
「ホットミルクじゃないか。いい香りだね・・・・・」
「紅茶や珈琲じゃ、この後眠れなくなりますもの」
「気が利くね。・・・・・ところでこのミルク、何か混ぜたりしていないだろうね?」
「あら~・・・・、私ってそんなに信用ないのかしら」

 帝国メイド部隊のノイチゴは、男よりも女が好きな同性愛者である。女の寝込みを襲う事もしばしばで、メイド部隊の多くは彼女の毒牙にかけられている。
 過去のトラウマが原因となり、ノイチゴは女性を愛するようになった。襲われる方からすれば堪ったものではないが、メイド部隊の者は全員、彼女と同じようにトラウマを抱えている。気持ちが理解できるからこそ、誰も彼女を責めたりはしない。
 とは言っても、それがメイド部隊内で留まっていればいいが、ノイチゴは常に新しい味を求める美食家である。妖艶なる美女リリカは、彼女からすれば最高級食材だ。自分が狙われていると知っているリリカが、薬の扱いに詳しいノイチゴの出したものを警戒するのは、当然の行動だった。
 
「大丈夫ですよリリカ様。今日は何も混ぜてませんから♡」
「今日だけじゃなく、明日もそうして貰いたいね」
「うふふふふ・・・・、それは明日の私の気分次第です」

 確かにノイチゴはリリカを狙っている。
 だが今日は、そういう目的で現れたのではない。香りのいいホットミルクを用意して、リリカの前にノイチゴが現れたその理由は、働く彼女の身を案じているためだ。

「そんな事よりも・・・・・、あまり無理をなさらないで下さい。こう見えても私、リリカ様を心配してるんですよ?」
「ふふっ、陛下ほど無理はしてないつもりだよ」

 この執務室でリリカがたった一人でいる理由。
 リリカは宰相の権限を使い、仕事を終わり切れなかった文官達を、残業させずに帰宅させた。文官達は仕事を残しては帰れないと反論したが、相手がリリカである以上は逆らえず、黙って帰るしかなかった。
 その後彼女は、今日の担当メイドであったラベンダーも仕事から解放し、執務室に一人で籠った。文官達が片付けきれなかった分の仕事を、自分で片付けるためだ。
 
「お優しいですね、リリカ様は・・・・・・・」
「私は自分の責任を果たしているだけさ。自分の部下の力不足は、宰相である私の責任だからね」
「マストール宰相も同じでした。今のリリカ様と同じように、夜になったら先にみんなを帰らせて、一人執務に没頭していました」
「知っているよ・・・・。そうであった亡き宰相からこの職を受け継いだのだから、彼に恥じぬ仕事をしないといけない。それが私の背負う、宰相の責務さ」

 帝国前女王ユリーシアに仕えていた、亡き前宰相マストール。厳しい人物であったが、一心に女王へ尽くす彼の姿は、文官達から信頼を集めた。誰からも信頼され、誰からも頼られた、厳しくも優しい宰相。現宰相リリカは、彼の様に在らねばと、皆に見えないところで奮闘しているのである。
 普段から優雅に、時に凛として、常に余裕ある姿を見せるのは、皆を不安にさせないためだ。リリカの全ての行動には必ず意味があり、一切の手抜かりはない。一国の宰相として、彼女はこれ以上ないくらいその身を捧げている。そんな彼女を皆が信頼し、辛く苦しい仕事が山積みでも、彼女のために頑張ろうと思えるのだ。

「リリカ様のそういうところ、私は大好きです。とっても惚れちゃったんで今から抱いてもいいですか?」
「今日は駄目だよ。これが終わったら、あれの様子を見に行くつもりだからね」
「そんな~。私、我慢できないわ~♡」
「我慢できないならメイド長の寝込みを襲ったらどうだい?私と同様に、彼女も美人じゃないか」
「それ、結構命がけなんですよ。今まで何度お花畑を見せられた事か・・・・・・」

 気を遣ったノイチゴとの会話を弾ませ、彼女が部屋を出て行った後、リリカはノイチゴの淹れたホットミルクを飲み、少しだけ休憩した。
 その後、残りの仕事を全て片付けたリリカは、部屋の明かりを消し、執務室を後にした。城内にある大浴場に向かい、そこで体を洗った後、彼女が向かったのは自分の寝室ではなかった。
 今日の仕事を終えた彼女には、まだ予定が残っている。自分の寝室へは向かわず、彼女は一人、ある人物の寝室へと向かっていくのだった。
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