贖罪の救世主

水野アヤト

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第一話 初陣

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 出撃準備が整う前の作戦会議時、メシアと宗一を含めた十数人の騎士と兵士たちは、ヴァスティナ領の地図を広げ、現在のオーデル軍の所在を確認していた。
 オーデル軍本隊の位置を確認することは、この作戦において最重要であり、それぞれの指揮官たちと、全体で話し合う必要があったのだ。

「オーデル軍の本隊は森林から離れたこの地点にいます。それを守っている軍勢が邪魔なんですよね」

 指で地図を指し示しながら説明する宗一の話を、メシアたちは真剣に聞いていた。
 オーデル軍には本隊の他に、攻撃の主力である軍勢が先頭にいる為、どのようにしてこれらを攻略するかを、彼女たちは聞かされていない。指示されたことは準備であり、そのために非戦闘員の国民までも導入した。準備に国民も総動員するように指示したのも、当然だが宗一である。
 だが、未だ誰にも、作戦の内容が見えない状況なのだった。

「まず騎士団長が精鋭を率いて先頭のオーデル軍に奇襲をかけます。その後に敵の反撃が開始されたら、直ちに全軍を後退させてください」
「わかった」
「こちらが後退すれば敵は追撃をかけてくるはずですから、後退しつつ敵軍を釣り出してください。やれますか、騎士団長?」
「問題ない」
「ちょっと待ってください!?」

 慌てて兵士の一人が、信じられないものを見た様な、驚いた表情で宗一に進言しようとした。この兵士の言おうとしていることが、宗一には予想できてはいたが、兵士の疑問はメシアを除く全員の疑問であるため、敢えて何も言わなかった。

「参謀殿、一万はいる軍勢を簡単に釣り出せるわけありません。それに、敵が確実に追撃してくる保証が何処にあるというのですか?」
「こちらは少数、あちらは大軍だ。奇襲さえすれば、それが成功しようが失敗しようが追撃はかけるはずです。何故ならこちらは、敵にとって簡単に叩くことのできる規模なんですよ。よっぽど慎重な指揮官がいない限りは、奇襲された報復のために追撃をかけるでしょう」
「私も同じ考えだ。もし追撃をかけてこなければ、こちらでかけるようにすればいい」
「しかし・・・・・・」
「わかってください。我々は敵を引きつけなければ作戦自体が破綻するんです。そしてこれは作戦の第一段階で、第二段階は先頭の敵軍のすぐ後ろに控えてる軍勢を引きつけるものです」

 オーデル軍第一軍は最も兵力が集中している為、これに奇襲を行えば最大の激戦区になることは、ここにいる誰もがわかっている。当然のことながら、それによってどれほどの損害が出るのかも考えている。
 正確な数の予測はできなくとも、少数の軍勢であるヴァスティナ軍は、大損害を被るであろうことを、誰もがわかっているが反対できない。
 理由は、自分たちでは、妙案と呼べる作戦が考えられないからだ。目の前の参謀になったばかりの男は、帝国を救うための作戦を考え出した。そして、ヴァスティナ帝国軍の軍事の、事実上最高指揮官である騎士団長から信頼を得ている。
 不安や納得のいかないことはあるが、それでも誰もが、この男に未来を賭けるしかない。反対など初めからできないのである。
 意義を申し立てた兵士も、反対しようとした意思を抑え込み、宗一の次の言葉を待った。

「第二段階は第二軍と言える敵のこの軍勢を動かします。そのために、地図にあるこの山になるべく大勢の人間を集めてください。兵士も国民も関係なくです」

 これには、周りに大きな動揺が瞬く間に広がった。宗一は今、戦いに関係ない人間を戦場に置くと言い出したのだ。
 誰もが意義を唱えようとしたその時、メシアは一言、「待て」と言って彼らを制止させる。宗一にも、このような反応があるだろうことはわかっていたが、どうしても、この第二段階は必要なものだったのだ。

「皆さんの反対はわかりますが、何も武器を持って突撃させるわけじゃないですよ。集めた人員にはこの山に登って貰って、沢山の松明を持って貰います」
「なるほど、松明の火を使って敵に大軍が現れたように見せるのだな」
「その通りです騎士団長。ここに大軍が現れれば、敵はこれに対抗して軍勢を動かします。そうすれば、オーデル軍第一軍と第二軍を完全に引きつけた形になります」

 暗闇に覆われた夜の中では、光は大きく目立つものだ。集めた人間たちに光るものを持たせる。ここで用意できるのは、松明の火の光のみなので、それを両手に持たせれば、火が二つ灯ることになる。それが一人なら二つの火、十人なら二十の火になり、百人いれば二百の火が生まれる。
 それを、手だけでなく背中に背負わせるなどして、一人の人間に多くの松明を持たせるようにすれば、指定された地点に立っているだけで、遠くからそれを見たオーデル軍に、大軍が現れたように見せられるのだ。
 勿論、これは子供だましのようなもので、冷静に考えれば、すぐに気づかれてしまうかも知れないが、作戦の次の段階のためには、第二軍を動かす必要がある。
 口には出さないが、策を見破った第二軍が囮の部隊に進撃し、国民たちを蹂躙する事態になったとしても、敵本隊から距離をとってくれさえすれば、宗一の作戦は予定通り進行する。

「ここからが最も激しい戦いになる段階です。よく聞いていてください。これで帝国の命運が別れます」

 メシアを除いて誰もが戦慄した。それは宗一の言葉にではない。
 命運が別れると言っておきながら、楽しそうに邪悪な笑みを浮かべているその男の、わけのわからない恐ろしさにであった。
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