贖罪の救世主

水野アヤト

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 広大な地平を数えきれない程の人間が、まるで、生き物のようにうごめいている光景を目の当たりにすると、今いるこの場所は、自分の常識の通用しないところなのだと思い知る。    
 多くの人間同士が、ぶつかり、怒鳴り、斬りあい、斬られ、血しぶきを飛ばす。遠目から見ても、それは激しく恐ろしい光景で、本来ならば見るのも躊躇う光景である。
 しかし、目は背けられない。いや、背けてはいけないのだ。
 あの光景の中にまもなく飛び込まなければならないのだから。

「勇者様、突撃の指示です!」

 勇者。自分をそう呼ぶ伝令は、戦場の興奮を隠しきれない顔で命令を伝えてきた。

「わかった。みんな、準備はいいか!」

 後ろに整列している全ての人間が、大声で雄叫びを上げた。
 空気が震える。大地も震えているように感じるのは、ここにいる三百人の人間の士気の高さと、これから向かう死地への恐怖を振り払おうとする精神が、そう感じさせるのだろうか。
 これから向かうのは、死と隣り合わせの戦場。眼前には、敵味方入り乱れる激戦区。
 そこに、突撃をかけている敵の軍団。自分たちの仕事は、突撃してくる敵軍団の迎撃。剣を握る手に力がこもる。

「突撃!!」

 号令とともに、三百の兵士たちが雄叫びを上げて駆けていく。
 自分も駆ける。仲間たちと共に雄叫びを上げながら。そうでもしなければ、今にも逃げてしまいたくなる。勇者と呼ばれていても戦いは怖いのだ。
 眼前に敵が迫る。敵には勢いがあるし、兵士の数もこちらより多い。まともに正面からあたれば、こちらは勢いと数にのまれてしまうだろう。まずは勢いを殺さなければいけない。

「くらえええええっ!!」

 剣を振りかぶり、縦に勢いよく一閃。すると、剣が光を帯びて、一閃とともに光の塊が一直線に放たれる。それは敵へと真っ直ぐに向かって、光が敵にぶつかると、光が弾けて敵軍団を吹き飛ばした。
 宙を舞うたくさんの敵の兵士たちは、まるで竜巻にでも吹き飛ばされたような勢いだ。この力で味方の進軍を助けるのが、自身に今できることだ。

「進めえええーーーっ!!」

 仲間たちが叫ぶ。今の攻撃で敵の勢いは止まった。攻撃のチャンスだ。
 次々と、味方が剣や槍で敵を殺そうと向かっていく。

「勇者様、さすがの腕前ですね」
「いや、まだまださ。それより、戦いはまだこれからだ。敵を早く撃退して他の援護にまわらないと」

 味方は敵になだれ込み、次々と敵兵士を討ち取る。敵は勢いを殺されたため、満足に反撃できず徐々に後退していく。この調子であれば撃退は容易だ。
 だが、良い気持ちにはなれない。何故ならば、人を殺しているのだから。

「右翼に新たな敵が!!」
「!?」

 見ると、こちらへと向かってくる新たな軍団が見えた。正確な数はわからないが、味方の数よりも多い大軍だ。このままだと側面から攻撃され、こちらが蹴散らされてしまうだろう。
 後退するか、迎撃するか、判断を下さなければならない。

(敵の数は多い。でも、後退すれば他の味方を危険に晒してしまう)

 苦しいが、ここを離れるわけにはいかない。敵を迎え撃つ必要がある。後退すれば、乱戦になっている他の戦場の味方に、この敵軍団は向かっていく。そうなったら最後、味方は蹂躙されてしまう。それだけは絶対に防がなければならない。

「敵を迎え撃つ!全軍------」

 いいかけた直後、突然の轟音といえる発砲音が戦場に鳴り響いた。
 そして、新手の敵軍団に巻き起こるたくさんの爆発。舞い上がる粉塵。さらなる発砲音。大地ごと敵を吹き飛ばす爆発。

「なっ、なんだ?!」

 爆発により舞い上がった粉塵が晴れると、先程まで敵がいた場所は、爆発によって作り出された大穴が出来上がり、数えることもできない程の死体が築き上げられていた。
 何が起こったのか味方も理解できないでいる。
 目の前で突然起こった、爆発と軍団壊滅をどうやって理解しろというのか。

「勇者様の力でしょうか?」
「いや・・・・、俺はなにもしてない」

 勇者は力を使っていない。たとえ使ったとしても、あのような連続した爆発を起こせない。
 その答えは騒音と共にすぐにやってきた。
 鳴り響く機械音。耳に騒音として聞こえるエンジン音。キャラキャラと鉄が擦れあう音とともに、それらはやってきた。全てが鉄に覆われた巨体。鉄板を履いたようにも見える履帯を履いて走るそれには、一本の角にも見える長い筒。それが、何十両も前進してくる。

「戦車・・・・・」

 実物を見たことは無いが、本やテレビで見たことあるものそのままだ。
 さっきの発砲音と爆発はこれらの仕業だろう。これらの砲が一斉に撃たれ、敵を壊滅に追い込んだ。
 新たに現れた戦車軍団は、生き残った敵を追撃しようと前進していく。
 その戦車の後ろからは、頭に丸い鉄帽子をかぶった人間たちが、駆け足とともにやってきた。味方は鎧を着て剣や槍で武装した、まさにファンタジー世界の兵士の恰好なのに対して、彼らは鎧など着ずに、灰色の戦闘服に身を包み、手にはそれぞれ銃を持っている。
 呆気にとられていると、戦車と同じく、ここに似つかわしくない一台の車が、自分たちの前を通り過ぎた。何かの映画で見たことがある。ジープと言うやつだ。
 その車には運転手の他に、二人の男女が乗っていた。男は助手席に座っており、通り過ぎた瞬間互いの目があった。
 その男は、目があった瞬間こっちに笑みを見せる。その笑みには、あの男の自信ともいえるものが滲み出ていて、正直悔しさを覚えた。苦戦していた自軍を瞬く間に助け、敵を蹂躙していくその余裕が、悔しかった。
 あの男をよく知っているわけではないが、男が持つ驚異的な力を、今から嫌というほど見せつけられることだろう。あれが噂通りの異名を持つ者ならば・・・・・。

「あれが、帝国の狂犬か・・・・・」






「見たかあの勇者の顔?」
「はい。将軍閣下の力に恐れおののいていました」
「そうか?呆気にとられてただけだろ」

 二人の男女は車の中で、先程すれ違った軍団について話していた。二人とも若く、将軍閣下と呼ばれた男は、二十代前半の年齢しかないように見える。女も彼と歳はそう離れていない風貌だ。男は、とても将軍という威厳ある階級には似合わない。
 しかしこの男こそ、戦車軍団と小銃武装の歩兵部隊の指揮者であり、今まさに、敵を蹴散らそうと進軍の命令を出した張本人である。

「剣と魔法の時代はじきに終わる。これからは銃と機械化装甲部隊の時代だ」
「これからそれが、全ての国家に証明されるのですね」

 敵に対して、戦車の主砲が火を噴き、歩兵の銃からは、鉛玉が乾いた音とともに放たれる。戦場に今までなかった火薬の発砲音が響き渡る。これからこの戦場は、血と硝煙の臭いに包まれるだろう。
 彼の軍団の戦争は今始まった。

「ファンタジー世界の住民に教えてやる。これが現代戦だ!!」
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