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第二十八話 激動
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国家保安情報局本部。そのとある専用執務室に、彼の姿はあった。
口元と顎に白い髭を生やす、五十代後半と言った風貌の、紳士的な男。彼は好物の葉巻を口に咥え、息を吸い、燐寸でそれに火をつけると、右手で葉巻を口から外し、煙を吐き出した。
「上手く事が運んでいると、そう願いたいものだ・・・・・・」
執務室には誰もいない。葉巻を吹かし、そう独り言を呟いてしまうのは、彼の不安の表れであった。彼の名は、ディートリヒ・ファルケンバイン。「アーレンツの荒鷲」という異名を持つ、情報局准将である。
(予想通り帝国軍は動いた。あの男を利用し、帝国軍を穏健派の勢力に加えれば、この勢力争いに決着がつく)
アーレンツは中立を維持し続けるべきだと主張する穏健派は、勢力の拡大を続ける強硬派に対し、劣勢を強いられている。穏健派の主要人物であるディートリヒは、この状況を挽回するべく、独自に行動を開始していた。
帝国参謀長リクトビア・フローレンスを拉致し、帝国軍の力を得る事によって、穏健派の勢力拡大を図り、強硬派との争いに勝利を収める。その後は、自分が穏健派の実権を握り、国家保安情報局次期長官の座に就いて、この国の新たな支配者となる。それこそが彼の野望だ。
その野望はもうすぐ叶う。そのための準備は出来ており、後は待つのみである。だがディートリヒは、この状況下で一抹の不安を覚えていた。
(暴豹の存在も気掛かりだが、あの男がこの状況を黙って見ているとは思えん・・・・)
あの男とは、独裁国家ジエーデル国の支配者、バルザック・ギム・ハインツベントの事である。自分の敵である強硬派よりも、ジエーデル国総統を気にする理由は、バルザック・ギム・ハインツベントという男を、ディートリヒは誰よりも理解しているからだ。
(あの男はこの私を・・・・・、この国を排除したいと考えている。あの男の正体を知るのは、私を含めた極僅かの人間だけだが、それでも全てを消し去りたいと願っているはずだ)
バルザックにとって、中立国アーレンツとディートリヒの存在は、この世で自分を最も脅かす存在なのである。その理由は、バルザックという男の正体を、ディートリヒは知っているからだ。
本当の彼の正体を、ジエーデルの人間は誰も知らない。知ってしまえば、間違いなく消されてしまうだろう。バルザックの正体を知るという事は、彼を破滅させるきっかけを得るに等しいからだ。そのきっかけとなる情報を、ディートリヒは握っている。
この情報が握られているからこそ、バルザックはこの国を侵略する事ができなかった。この情報がある限り、アーレンツはジエーデルの侵攻を受ける心配はない。しかし、バルザックという男は、弱みを握られたまま黙っていられる男ではないのだ。いつか必ずアーレンツを侵略に現れると、ディートリヒは既に読んでいる。
その前に、国内の対立を終結させ、帝国を味方に付け、来るべきジエーデル戦に備えなくてはならない。急がなければ、全てが手遅れとなってしまう。
(あの男もまた鬼才だった。私では、野望に燃えるあの男を制御する事は出来なかった・・・・・)
ディートリヒは後悔していた。今はバルザックと呼ばれている、自分が生み出した怪物を、自分の鎖から解き放つべきではなかったと。自分の鎖から放たれた時点で、すぐに始末しておくべきだったと、そう後悔し続けている。
(あの男は最初から反逆の機会を窺っていた。そのために、ジエーデルをアーレンツよりも強大な国と変えた)
ジエーデル国が大陸中央の大国と変わったのは、バルザックが独裁者として君臨したからである。バルザックは絶対的支配体制を築き上げ、国力の強化に努めた。今では、アーレンツとの軍事力差は決定的であり、ジエーデル軍の全力侵攻が行なわれたら最後、アーレンツは忽ち押し潰されてしまうだろう。
(あの男と戦うためには、帝国とエステランの国力が不可欠だ。これ以外に、この国が生き残る道はない)
迫るバルザックの脅威。ディートリヒにとっては、雌雄を決する時が来た。
戦わなければ、この国も、自分も、生き残る事は出来ない。滅亡の足音に抗うためには、自分が国家保安情報局の長官となり、この国の支配者となる他ないのだ。
(それを邪魔する者達には、消えて貰うよりないな・・・・・)
今、国内でディートリヒの邪魔をする存在は、穏健派と対立状態の強硬派である。
今まで彼は、強硬派との武力衝突避けるため、強硬派主要人物の暗殺などは行なわなかった。強硬派の方も、情報局の番犬ヴィヴィアンヌの存在を恐れ、そのような手段を講じる事はなかった。どちらも手を出さない均衡状態。故に、どちらかが武力を行使すれば、それは確実に内戦へと発展してしまう。そういう対立構図を、両勢力は作り上げてしまったのである。
強硬派の邪魔さえ入らなければ、ディートリヒの計画は達成される。だからこそ、ここは万全を期すために、今の内に邪魔者を排除するべきだと考えたのである。
彼の配下には、どんな暗殺すらも成功させてしまう、ヴィヴィアンヌの存在がある。彼女さえいれば、強硬派の主要人物を、一晩で皆殺しにする事も可能だろう。
(特に、暴豹にはすぐにでも消えて貰いたいものだ)
強硬派一の危険人物。彼はまだ動き出してはいない。
暴豹と呼ばれている、最大の危険人物を今の内に排除できれば、ディートリヒは安心して計画を進める事ができる。
だが、彼が暗殺という手段を選ぶのは、あまりにも遅かった・・・・・・。
「失礼しますよ、ファルケンバイン准将」
「!!」
ディートリヒの執務室の扉を開き、突然入室してきた人物達。ノックもせずに入って来たのは、彼がよく知っている人物と、その部下達であった。
「・・・・・グリュンタール大佐、私に何用かね?」
「准将閣下、それは御自分の胸に聞いてみるべきではないですか?」
突然執務室へと入室し、笑みを浮かべ、ディートリヒに狙いを定めるこの男の名は、ルドルフ・グリュンタール。国家保安情報局大佐であり、強硬派主要人物の一人で、「暴豹」という異名を持つ危険な人物だ。
「准将閣下。国家反逆罪の容疑で貴方を逮捕致します」
「何の冗談かね?私が祖国を裏切るなどあり得ない」
「白々しい。貴方が裏で行なった反逆行為は全て調べがついている」
とぼけて見せるディートリヒだが、ルドルフの態度を見て、彼は悟った。強硬派一の危険人物に、自分は後れを取ってしまったのだと・・・・・・。
「貴方は第四特殊作戦部隊に命令し、ヴァスティナ帝国参謀長を拉致した。更に、穏健派勢力拡大のために帝国参謀長と密約を交わした。違いますか?」
「面白い冗談だ。どこにそんな証拠があるというのかね?」
「実は昨日、貴方の秘書をやっている女性局員を尋問致しましてね。彼女が知っている事は全部教えて貰いました」
表情こそ変えなかったが、ディートリヒの焦りと苛立ちは増すばかりであった。
ルドルフが暴豹と呼ばれる所以は、その行動力の高さと大胆さに加え、同じ人間とは思えないほどの残忍さにある。ディートリヒに悟られぬよう、ルドルフは彼の秘書官を秘かに拉致し、尋問という名の拷問を行なったのである。秘書官は抵抗したが、ルドルフと彼の部下達は、彼女を徹底的に痛めつけ、薬物まで使用して口を割らせた。目的のためならどんな手段も厭わず、どんな非道な手段も使うのが、ルドルフのやり方なのである。
尋問された女性局員は、ディートリヒの野望の全てを知っているわけではないが、帝国参謀長の拉致も、二人の密談も、彼女はその眼で見てしまっている。そのせいで彼女は、ルドルフの標的とされてしまったのだ。
「私の部下を勝手に尋問するとはな。一体誰の許可を得てこんな真似をしている?」
「許可など取る必要はない。既に俺の部下は、閣下自慢の番犬も、国家反逆の決定的証拠も確保している」
「アイゼンリーゼ大尉も拘束したか・・・・・。決定的証拠と言ったが、私の部下が証言したからと言って、そんなものが確実な証拠となりえるかね?」
「勘違いしないで貰いたい。決定的証拠と言うのは証言ではなく、閣下が隠している人物だ」
ディートリヒを確実に仕留めるためには、彼が独断で帝国と手を組んだという、決定的な証拠が必要なのである。その証拠さえ掴んでしまえば、ディートリヒは独断で他国と手を結び、アーレンツの支配を目論んだとして、国家反逆罪の罪で糾弾できるのだ。
つまり、ディートリヒの交渉相手であり、彼が国内の何処かに密かに監禁している、帝国参謀長を反逆罪の証拠として確保すれば、ルドルフの勝利となる。
「特別収容所から場所を移したようだが、既に監禁場所の見当はついている。奴の管理を番犬に一任したのは間違いだったな」
「・・・・・どういう事かね?」
「休暇の日すら自宅に戻らないあの女が、最近は毎日帰っていると聞いたぞ。あの女は自分の両親を殺して以来、滅多に家に帰らないと知らなかったのか?」
ディートリヒ最強の部下である、ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ。彼女については、ディートリヒよりもルドルフの方が詳しい。
ルドルフの言う通り、彼女は自分の両親を殺して以来、家にほとんど帰らなくなった。常に任務を遂行し、事務仕事などで情報局本部にいる時も、本部内で夜を明かす。任務も事務仕事もない時ですら、酒場などで夜を明かすほどだ。
そんな彼女が、最近は必ず自宅へと帰る。部下からの報告でそれを知ったルドルフは、すぐにその理由に気が付いた。家を避け続ける彼女が、毎日必ず家に戻るのは、そうせざる負えない理由を作ってしまったからだと、そう考えたルドルフは部下に命じて、既に行動させている。
「奴を手に入れさえすれば、閣下も穏健派も終わりだ。焦って帝国と手を結ぼうなどと考えたのが間違いだったな」
「くっ・・・・・!」
「今日が穏健派最後の日だ。ディートリヒ・ファルケンバイン准将閣下。そろそろ貴方には、この舞台から御退場頂こう」
ルドルフがそう言うと、彼の部下達は一斉に武器を構えた。その武器は弩であり、既に弦は引かれ、矢も備えられており、いつでも発射可能な状態である。
それを見たディートリヒは、ルドルフの狙いをすぐに理解し、酷く後悔した。強硬派の動きをもっと警戒するべきであったと・・・・・・、そして、暴豹という異名を持つルドルフの事を、無理やりにでも始末しておけばよかったと・・・・・・。
「私を逮捕するのではなく、この場で抹殺する気か!?」
「当然だ。老いたとはいえ、アーレンツの荒鷲と呼ばれた男を生かしておくなど危険すぎるからな」
「どうやら私は、君を甘く見過ぎていたようだ・・・・・・」
「ふん。強硬派ではなくジエーデルばかりに気を取られていたから、俺の動きも見破れなかっただけだろう?子飼いだった鴉がそんなに恐ろしいのか?」
「!!」
その言葉で、ディートリヒは手に持っていた葉巻を落とし、驚愕の表情を見せ、ルドルフは不敵な笑みを浮かべた。ディートリヒからすれば、この場で自分しか知らないはずの最重要機密を、彼が知っていたとわかったのである。何故それを知っているのか?どうやってその機密を知ったのか?数多くの疑問が、ディートリヒの頭の中で渦を巻いていた。
「俺がこの秘密を知っている限り、ジエーデルはこの国に手は出せない。無論、いつかは我々事この秘密を消しにかかるだろうがな」
「その秘密を知ったからこそ、このような大胆な行動に出たわけか・・・・・!」
「この秘密を利用すれば、少なくとも時間稼ぎくらいには使えるだろうさ。その間に例の新兵器を完成させて数を揃えれば、あんな独裁国家など恐ろしくもない」
強硬派はアーレンツ長年の悲願である、大陸全土の支配を目論んでいる。そのための切り札となるのが、ディートリヒが長年隠し続けた最重要機密と、ルドルフ指揮下で研究中の新兵器である。
これらの切り札を持つ故に、ルドルフは将来待ち受けるジエーデル国との戦いに、勝利を確信しているのだ。
「さて、俺から話す事はもう何もないが、最後に言い残す事はあるか?」
「・・・・・・一つだけ聞かせて貰おう」
「最後の言葉ではなく質問ときたか。いいだろう、何を聞きたい?」
「グリュンタール大佐。君はこの国が大陸全土を支配する日が来ると、本当に信じているのかね?」
強硬派の最終目的は、アーレンツの長年の悲願成就である。しかしそれは、夢物語にも等しい話だ。それをルドルフが理解していないわけがない。
理解していながら、彼が何故、強硬派のためにこのような大胆な行動に出たのか、それを知っておきたいと思ったのである。
ディートリヒの質問に対し、ルドルフは笑って見せた。馬鹿にするように、部屋中に響き渡るほどの笑い声を上げて、部下達が困惑するのも構わず、自分が飽きるまで笑い続けた。
「信じているだと?馬鹿らしい、信じるわけがないだろう。大陸支配を成し遂げられる力など、この国には存在しないのだからな」
「では何故、君は強硬派に身を置いているのだね?」
「簡単な話だ。俺はこの国で、人間という名の玩具で遊んでいたいだけだ。そのための遊び場を持ち続けるためには、常に勝者でなくてはならない」
「・・・・・・・そう言う事か」
「なに?」
何かを納得したような態度のディートリヒに、ルドルフの鋭い視線が突き刺さる。だが彼はそれをものともせず、不敵な笑みを返して口を開いた。
どうせ自分はここで終わる。ならばせめて、最後は荒鷲の名に恥じぬよう終わろうと・・・・・。
「暴豹と呼ばれていても、根は小物か。その程度では、ジエーデルにいる鴉に啄まれるぞ?」
「・・・・・調子に乗るな荒鷲。さっさと死ね」
ルドルフの言葉を合図に、彼の部下達が弩の引き金を引き、一斉に矢を放つ。矢はディートリヒ目掛け放たれ、次の瞬間には全ての矢が彼の体に突き刺さった。命中した矢の内の一本は、彼の心臓を確実に射抜いており、ディートリヒは悲鳴を上げる事もなく絶命したのである。
「老いた荒鷲はこれで退場だな」
死体となったディートリヒを一瞥し、ルドルフは次の行動に移るため振り返る。
彼らは立ち止まるわけにはいかない。邪魔な存在は、一人残らず排除しなくてはならない。排除しなければならない存在は、ディートリヒ以外にもまだ大勢いるのだ。
「行くぞ、次は穏健派幹部を一人残らず逮捕する」
「了解致しました、大佐」
執務室を後にしようとするルドルフに、彼の部下達は武器を収め続いていく。
部屋を出る直前、歩みを止めたルドルフは今一度振り返り、死体となった荒鷲を見る。体に矢が突き刺さったにも関わらず、不敵な笑みを浮かべて死んでいる荒鷲に、彼は敬意を表して言葉をかけた。
「さらばだ、ファルケンバイン准将閣下」
数多くの勲章を授与され、「アーレンツの荒鷲」と呼ばれていた、ディートリヒ・ファルケンバイン。
彼は暴豹の手によって殺された。これは、国家保安情報局内の対立構図に、大きな影響を与える結果を生むだけでなく、祖国滅亡の未来を回避しようとしていた穏健派が、突如最後の日を迎えた事を意味するのであった。
口元と顎に白い髭を生やす、五十代後半と言った風貌の、紳士的な男。彼は好物の葉巻を口に咥え、息を吸い、燐寸でそれに火をつけると、右手で葉巻を口から外し、煙を吐き出した。
「上手く事が運んでいると、そう願いたいものだ・・・・・・」
執務室には誰もいない。葉巻を吹かし、そう独り言を呟いてしまうのは、彼の不安の表れであった。彼の名は、ディートリヒ・ファルケンバイン。「アーレンツの荒鷲」という異名を持つ、情報局准将である。
(予想通り帝国軍は動いた。あの男を利用し、帝国軍を穏健派の勢力に加えれば、この勢力争いに決着がつく)
アーレンツは中立を維持し続けるべきだと主張する穏健派は、勢力の拡大を続ける強硬派に対し、劣勢を強いられている。穏健派の主要人物であるディートリヒは、この状況を挽回するべく、独自に行動を開始していた。
帝国参謀長リクトビア・フローレンスを拉致し、帝国軍の力を得る事によって、穏健派の勢力拡大を図り、強硬派との争いに勝利を収める。その後は、自分が穏健派の実権を握り、国家保安情報局次期長官の座に就いて、この国の新たな支配者となる。それこそが彼の野望だ。
その野望はもうすぐ叶う。そのための準備は出来ており、後は待つのみである。だがディートリヒは、この状況下で一抹の不安を覚えていた。
(暴豹の存在も気掛かりだが、あの男がこの状況を黙って見ているとは思えん・・・・)
あの男とは、独裁国家ジエーデル国の支配者、バルザック・ギム・ハインツベントの事である。自分の敵である強硬派よりも、ジエーデル国総統を気にする理由は、バルザック・ギム・ハインツベントという男を、ディートリヒは誰よりも理解しているからだ。
(あの男はこの私を・・・・・、この国を排除したいと考えている。あの男の正体を知るのは、私を含めた極僅かの人間だけだが、それでも全てを消し去りたいと願っているはずだ)
バルザックにとって、中立国アーレンツとディートリヒの存在は、この世で自分を最も脅かす存在なのである。その理由は、バルザックという男の正体を、ディートリヒは知っているからだ。
本当の彼の正体を、ジエーデルの人間は誰も知らない。知ってしまえば、間違いなく消されてしまうだろう。バルザックの正体を知るという事は、彼を破滅させるきっかけを得るに等しいからだ。そのきっかけとなる情報を、ディートリヒは握っている。
この情報が握られているからこそ、バルザックはこの国を侵略する事ができなかった。この情報がある限り、アーレンツはジエーデルの侵攻を受ける心配はない。しかし、バルザックという男は、弱みを握られたまま黙っていられる男ではないのだ。いつか必ずアーレンツを侵略に現れると、ディートリヒは既に読んでいる。
その前に、国内の対立を終結させ、帝国を味方に付け、来るべきジエーデル戦に備えなくてはならない。急がなければ、全てが手遅れとなってしまう。
(あの男もまた鬼才だった。私では、野望に燃えるあの男を制御する事は出来なかった・・・・・)
ディートリヒは後悔していた。今はバルザックと呼ばれている、自分が生み出した怪物を、自分の鎖から解き放つべきではなかったと。自分の鎖から放たれた時点で、すぐに始末しておくべきだったと、そう後悔し続けている。
(あの男は最初から反逆の機会を窺っていた。そのために、ジエーデルをアーレンツよりも強大な国と変えた)
ジエーデル国が大陸中央の大国と変わったのは、バルザックが独裁者として君臨したからである。バルザックは絶対的支配体制を築き上げ、国力の強化に努めた。今では、アーレンツとの軍事力差は決定的であり、ジエーデル軍の全力侵攻が行なわれたら最後、アーレンツは忽ち押し潰されてしまうだろう。
(あの男と戦うためには、帝国とエステランの国力が不可欠だ。これ以外に、この国が生き残る道はない)
迫るバルザックの脅威。ディートリヒにとっては、雌雄を決する時が来た。
戦わなければ、この国も、自分も、生き残る事は出来ない。滅亡の足音に抗うためには、自分が国家保安情報局の長官となり、この国の支配者となる他ないのだ。
(それを邪魔する者達には、消えて貰うよりないな・・・・・)
今、国内でディートリヒの邪魔をする存在は、穏健派と対立状態の強硬派である。
今まで彼は、強硬派との武力衝突避けるため、強硬派主要人物の暗殺などは行なわなかった。強硬派の方も、情報局の番犬ヴィヴィアンヌの存在を恐れ、そのような手段を講じる事はなかった。どちらも手を出さない均衡状態。故に、どちらかが武力を行使すれば、それは確実に内戦へと発展してしまう。そういう対立構図を、両勢力は作り上げてしまったのである。
強硬派の邪魔さえ入らなければ、ディートリヒの計画は達成される。だからこそ、ここは万全を期すために、今の内に邪魔者を排除するべきだと考えたのである。
彼の配下には、どんな暗殺すらも成功させてしまう、ヴィヴィアンヌの存在がある。彼女さえいれば、強硬派の主要人物を、一晩で皆殺しにする事も可能だろう。
(特に、暴豹にはすぐにでも消えて貰いたいものだ)
強硬派一の危険人物。彼はまだ動き出してはいない。
暴豹と呼ばれている、最大の危険人物を今の内に排除できれば、ディートリヒは安心して計画を進める事ができる。
だが、彼が暗殺という手段を選ぶのは、あまりにも遅かった・・・・・・。
「失礼しますよ、ファルケンバイン准将」
「!!」
ディートリヒの執務室の扉を開き、突然入室してきた人物達。ノックもせずに入って来たのは、彼がよく知っている人物と、その部下達であった。
「・・・・・グリュンタール大佐、私に何用かね?」
「准将閣下、それは御自分の胸に聞いてみるべきではないですか?」
突然執務室へと入室し、笑みを浮かべ、ディートリヒに狙いを定めるこの男の名は、ルドルフ・グリュンタール。国家保安情報局大佐であり、強硬派主要人物の一人で、「暴豹」という異名を持つ危険な人物だ。
「准将閣下。国家反逆罪の容疑で貴方を逮捕致します」
「何の冗談かね?私が祖国を裏切るなどあり得ない」
「白々しい。貴方が裏で行なった反逆行為は全て調べがついている」
とぼけて見せるディートリヒだが、ルドルフの態度を見て、彼は悟った。強硬派一の危険人物に、自分は後れを取ってしまったのだと・・・・・・。
「貴方は第四特殊作戦部隊に命令し、ヴァスティナ帝国参謀長を拉致した。更に、穏健派勢力拡大のために帝国参謀長と密約を交わした。違いますか?」
「面白い冗談だ。どこにそんな証拠があるというのかね?」
「実は昨日、貴方の秘書をやっている女性局員を尋問致しましてね。彼女が知っている事は全部教えて貰いました」
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つまり、ディートリヒの交渉相手であり、彼が国内の何処かに密かに監禁している、帝国参謀長を反逆罪の証拠として確保すれば、ルドルフの勝利となる。
「特別収容所から場所を移したようだが、既に監禁場所の見当はついている。奴の管理を番犬に一任したのは間違いだったな」
「・・・・・どういう事かね?」
「休暇の日すら自宅に戻らないあの女が、最近は毎日帰っていると聞いたぞ。あの女は自分の両親を殺して以来、滅多に家に帰らないと知らなかったのか?」
ディートリヒ最強の部下である、ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ。彼女については、ディートリヒよりもルドルフの方が詳しい。
ルドルフの言う通り、彼女は自分の両親を殺して以来、家にほとんど帰らなくなった。常に任務を遂行し、事務仕事などで情報局本部にいる時も、本部内で夜を明かす。任務も事務仕事もない時ですら、酒場などで夜を明かすほどだ。
そんな彼女が、最近は必ず自宅へと帰る。部下からの報告でそれを知ったルドルフは、すぐにその理由に気が付いた。家を避け続ける彼女が、毎日必ず家に戻るのは、そうせざる負えない理由を作ってしまったからだと、そう考えたルドルフは部下に命じて、既に行動させている。
「奴を手に入れさえすれば、閣下も穏健派も終わりだ。焦って帝国と手を結ぼうなどと考えたのが間違いだったな」
「くっ・・・・・!」
「今日が穏健派最後の日だ。ディートリヒ・ファルケンバイン准将閣下。そろそろ貴方には、この舞台から御退場頂こう」
ルドルフがそう言うと、彼の部下達は一斉に武器を構えた。その武器は弩であり、既に弦は引かれ、矢も備えられており、いつでも発射可能な状態である。
それを見たディートリヒは、ルドルフの狙いをすぐに理解し、酷く後悔した。強硬派の動きをもっと警戒するべきであったと・・・・・・、そして、暴豹という異名を持つルドルフの事を、無理やりにでも始末しておけばよかったと・・・・・・。
「私を逮捕するのではなく、この場で抹殺する気か!?」
「当然だ。老いたとはいえ、アーレンツの荒鷲と呼ばれた男を生かしておくなど危険すぎるからな」
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「ふん。強硬派ではなくジエーデルばかりに気を取られていたから、俺の動きも見破れなかっただけだろう?子飼いだった鴉がそんなに恐ろしいのか?」
「!!」
その言葉で、ディートリヒは手に持っていた葉巻を落とし、驚愕の表情を見せ、ルドルフは不敵な笑みを浮かべた。ディートリヒからすれば、この場で自分しか知らないはずの最重要機密を、彼が知っていたとわかったのである。何故それを知っているのか?どうやってその機密を知ったのか?数多くの疑問が、ディートリヒの頭の中で渦を巻いていた。
「俺がこの秘密を知っている限り、ジエーデルはこの国に手は出せない。無論、いつかは我々事この秘密を消しにかかるだろうがな」
「その秘密を知ったからこそ、このような大胆な行動に出たわけか・・・・・!」
「この秘密を利用すれば、少なくとも時間稼ぎくらいには使えるだろうさ。その間に例の新兵器を完成させて数を揃えれば、あんな独裁国家など恐ろしくもない」
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これらの切り札を持つ故に、ルドルフは将来待ち受けるジエーデル国との戦いに、勝利を確信しているのだ。
「さて、俺から話す事はもう何もないが、最後に言い残す事はあるか?」
「・・・・・・一つだけ聞かせて貰おう」
「最後の言葉ではなく質問ときたか。いいだろう、何を聞きたい?」
「グリュンタール大佐。君はこの国が大陸全土を支配する日が来ると、本当に信じているのかね?」
強硬派の最終目的は、アーレンツの長年の悲願成就である。しかしそれは、夢物語にも等しい話だ。それをルドルフが理解していないわけがない。
理解していながら、彼が何故、強硬派のためにこのような大胆な行動に出たのか、それを知っておきたいと思ったのである。
ディートリヒの質問に対し、ルドルフは笑って見せた。馬鹿にするように、部屋中に響き渡るほどの笑い声を上げて、部下達が困惑するのも構わず、自分が飽きるまで笑い続けた。
「信じているだと?馬鹿らしい、信じるわけがないだろう。大陸支配を成し遂げられる力など、この国には存在しないのだからな」
「では何故、君は強硬派に身を置いているのだね?」
「簡単な話だ。俺はこの国で、人間という名の玩具で遊んでいたいだけだ。そのための遊び場を持ち続けるためには、常に勝者でなくてはならない」
「・・・・・・・そう言う事か」
「なに?」
何かを納得したような態度のディートリヒに、ルドルフの鋭い視線が突き刺さる。だが彼はそれをものともせず、不敵な笑みを返して口を開いた。
どうせ自分はここで終わる。ならばせめて、最後は荒鷲の名に恥じぬよう終わろうと・・・・・。
「暴豹と呼ばれていても、根は小物か。その程度では、ジエーデルにいる鴉に啄まれるぞ?」
「・・・・・調子に乗るな荒鷲。さっさと死ね」
ルドルフの言葉を合図に、彼の部下達が弩の引き金を引き、一斉に矢を放つ。矢はディートリヒ目掛け放たれ、次の瞬間には全ての矢が彼の体に突き刺さった。命中した矢の内の一本は、彼の心臓を確実に射抜いており、ディートリヒは悲鳴を上げる事もなく絶命したのである。
「老いた荒鷲はこれで退場だな」
死体となったディートリヒを一瞥し、ルドルフは次の行動に移るため振り返る。
彼らは立ち止まるわけにはいかない。邪魔な存在は、一人残らず排除しなくてはならない。排除しなければならない存在は、ディートリヒ以外にもまだ大勢いるのだ。
「行くぞ、次は穏健派幹部を一人残らず逮捕する」
「了解致しました、大佐」
執務室を後にしようとするルドルフに、彼の部下達は武器を収め続いていく。
部屋を出る直前、歩みを止めたルドルフは今一度振り返り、死体となった荒鷲を見る。体に矢が突き刺さったにも関わらず、不敵な笑みを浮かべて死んでいる荒鷲に、彼は敬意を表して言葉をかけた。
「さらばだ、ファルケンバイン准将閣下」
数多くの勲章を授与され、「アーレンツの荒鷲」と呼ばれていた、ディートリヒ・ファルケンバイン。
彼は暴豹の手によって殺された。これは、国家保安情報局内の対立構図に、大きな影響を与える結果を生むだけでなく、祖国滅亡の未来を回避しようとしていた穏健派が、突如最後の日を迎えた事を意味するのであった。
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⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
魔物をお手入れしたら懐かれました -もふプニ大好き異世界スローライフ-
うっちー(羽智 遊紀)
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3巻で完結となっております!
息子から「お父さん。散髪する主人公を書いて」との提案(無茶ぶり)から始まった本作品が書籍化されて嬉しい限りです!
あらすじ:
宝生和也(ほうしょうかずや)はペットショップに居た犬を助けて死んでしまう。そして、創造神であるエイネに特殊能力を与えられ、異世界へと旅立った。
彼に与えられたのは生き物に合わせて性能を変える「万能グルーミング」だった。
お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜
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ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。
勇者としての役割、与えられた力。
クラスメイトに協力的なお姫様。
しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。
突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。
そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。
なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ!
──王城ごと。
王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された!
そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。
何故元の世界に帰ってきてしまったのか?
そして何故か使えない魔法。
どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。
それを他所に内心あわてている生徒が一人。
それこそが磯貝章だった。
「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」
目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。
幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。
もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。
そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。
当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。
日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。
「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」
──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。
序章まで一挙公開。
翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。
序章 異世界転移【9/2〜】
一章 異世界クラセリア【9/3〜】
二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】
三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】
四章 新生活は異世界で【9/10〜】
五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】
六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】
七章 探索! 並行世界【9/19〜】
95部で第一部完とさせて貰ってます。
※9/24日まで毎日投稿されます。
※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。
おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。
勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。
ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。
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眼前には巨大な狼と蛇が戦っており、子狼が悲痛な遠吠えをあげている。
暗殺者だが犬好きな颯太は、コルト・ガバメントを引き抜き蛇の眉間に向けて撃つ。しかし蛇は弾丸などかすり傷にもならない。
吹き飛ばされた颯太が宝箱を目にし、武器はないかと開ける。そこには大ぶりな回転式拳銃(リボルバー)があるが弾がない。
「氷魔法を撃って! 水色に合わせて、早く!」
巨大な狼の思念が頭に流れ、颯太は色づけされたチャンバーを合わせ撃つ。蛇を一撃で倒したが巨大な狼はそのまま絶命し、子狼となりゆきで主従契約してしまった。
異世界転移した暗殺者は魔銃士(ガンナー)として冒険者ギルドに登録し、相棒の子フェンリルと共に様々なダンジョン踏破を目指す。
【他サイト掲載】カクヨム・エブリスタ
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どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
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冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
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