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Ⅱ anotherside
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今宵、空は雲一つ無い満月の夜。
一組の若い男女が湖畔に佇み、水面に映る月とその明かりに照らされている。
社交場から途中で憚られる事なく抜け出し、今は二人だけの世界。
「今宵の満月は美しいですね」と、男が優しげな笑みを浮かべて女の頬に手を添え、愛を囁いた──。
女性はうっとりとした表情で見つめ合い、二人はさらに距離を縮め合う。
出逢ったのはほんの数時間前。女性がワインを片手にテラスで夜風に当たっていた時に声を掛けられ、一目惚れした挙句に意気投合してこの逢瀬に至る。
今夜の貴族間で催されるダンスパーティーに出席し、生涯の伴侶を見つける目的意識が強かった彼女には、目の前にいる彼はたったのひと時でも充分に魅力的だったのだ。
もはや虜となった心は、一途に愛を感じているばかり。
「このまま二人だけで、ずっと一緒にいたいわ」
「大丈夫だよ。僕達は、これからずっと一緒に居られるよ」
男が女を抱きしめる。
服の上からでも分かる程、男の身体が逞しくあることは理解出来た。
しかし、同時に僅かな“違和感”も一緒に感じてしまったのだ。
女性は折角の良いムードが台無しになってしまうと、違和感には気にも留めず腕に力を入れてより彼を強く抱きしめた。
──待って。何かがおかしいわ……。
さらに感じた胸騒ぎが気掛かりだった。
小さな燻りを解決させるためにも。と、彼の胸板に当てている耳に神経を傾ける。
─────────………………。
耳に感じるのは──微風の息吹だけ──…。
女性にまず恐怖が襲いかかった。
先程までの火照りは何処かへと瞬時に失せ、身体の芯に凍えが疾る──一刻も早く離れたかったが、男性が抱き留めている腕に阻まれ、どう抗っても状況は変わらない。
女性に焦燥の念が走り、身体中が微弱に震えている。
「……おや、どうしたんだい? 外は寒くて震えているのかい?」
そう言って見せた笑顔は変わっていないが、気配は明かに違っていた。
それはまるで──獲物を捕らえたぞ、と──…
女の本能が、脳が、激しく警鐘を鳴らす。
先程より抵抗を激しくするが、状況はまるで変わらない。それが女の恐怖をさらに煽り立てる。
「はっはっはっ…キミは可愛い。本当に………カワイイ女ダ」
男の瞳が深紅に染まる。そして急速に隆起した筋肉が瞬く間に男の礼服を弾け散らし、あっという間に、人ならざる怪物へと変貌を遂げた。
肌は青白く、眼元は紅い瞳だけが不気味に光り、口からは無数の鋭い牙が上下と触れ合ってカチカチと音を鳴らしている。
女が好意を寄せた青年の姿は、もう見る影も無い。
「!! キャアァァァァァァーーー!!!」
目の前で正体を現した怪物、そして突然自身の身体が浮き、地に足が着かなくなった感覚に女はとうとう悲鳴を上げた。
「ハッハッ、イイ声ダ。デハ……イタダキマァァス」
怪物の大きな口が開かれ、中で溜まっていた涎が飛沫して女の整った顔にへばり付く。
血が凍る感覚に陥りながら女は失神し、急速に意識を手離した。
そして───彼女の意識が戻ることは、もう二度と無かった。
一組の若い男女が湖畔に佇み、水面に映る月とその明かりに照らされている。
社交場から途中で憚られる事なく抜け出し、今は二人だけの世界。
「今宵の満月は美しいですね」と、男が優しげな笑みを浮かべて女の頬に手を添え、愛を囁いた──。
女性はうっとりとした表情で見つめ合い、二人はさらに距離を縮め合う。
出逢ったのはほんの数時間前。女性がワインを片手にテラスで夜風に当たっていた時に声を掛けられ、一目惚れした挙句に意気投合してこの逢瀬に至る。
今夜の貴族間で催されるダンスパーティーに出席し、生涯の伴侶を見つける目的意識が強かった彼女には、目の前にいる彼はたったのひと時でも充分に魅力的だったのだ。
もはや虜となった心は、一途に愛を感じているばかり。
「このまま二人だけで、ずっと一緒にいたいわ」
「大丈夫だよ。僕達は、これからずっと一緒に居られるよ」
男が女を抱きしめる。
服の上からでも分かる程、男の身体が逞しくあることは理解出来た。
しかし、同時に僅かな“違和感”も一緒に感じてしまったのだ。
女性は折角の良いムードが台無しになってしまうと、違和感には気にも留めず腕に力を入れてより彼を強く抱きしめた。
──待って。何かがおかしいわ……。
さらに感じた胸騒ぎが気掛かりだった。
小さな燻りを解決させるためにも。と、彼の胸板に当てている耳に神経を傾ける。
─────────………………。
耳に感じるのは──微風の息吹だけ──…。
女性にまず恐怖が襲いかかった。
先程までの火照りは何処かへと瞬時に失せ、身体の芯に凍えが疾る──一刻も早く離れたかったが、男性が抱き留めている腕に阻まれ、どう抗っても状況は変わらない。
女性に焦燥の念が走り、身体中が微弱に震えている。
「……おや、どうしたんだい? 外は寒くて震えているのかい?」
そう言って見せた笑顔は変わっていないが、気配は明かに違っていた。
それはまるで──獲物を捕らえたぞ、と──…
女の本能が、脳が、激しく警鐘を鳴らす。
先程より抵抗を激しくするが、状況はまるで変わらない。それが女の恐怖をさらに煽り立てる。
「はっはっはっ…キミは可愛い。本当に………カワイイ女ダ」
男の瞳が深紅に染まる。そして急速に隆起した筋肉が瞬く間に男の礼服を弾け散らし、あっという間に、人ならざる怪物へと変貌を遂げた。
肌は青白く、眼元は紅い瞳だけが不気味に光り、口からは無数の鋭い牙が上下と触れ合ってカチカチと音を鳴らしている。
女が好意を寄せた青年の姿は、もう見る影も無い。
「!! キャアァァァァァァーーー!!!」
目の前で正体を現した怪物、そして突然自身の身体が浮き、地に足が着かなくなった感覚に女はとうとう悲鳴を上げた。
「ハッハッ、イイ声ダ。デハ……イタダキマァァス」
怪物の大きな口が開かれ、中で溜まっていた涎が飛沫して女の整った顔にへばり付く。
血が凍る感覚に陥りながら女は失神し、急速に意識を手離した。
そして───彼女の意識が戻ることは、もう二度と無かった。
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