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3年生2学期

10月10日(火)曇り 後輩との日常・石渡沙綾の場合その9

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 祝日明けの缶詰の日。
 今日から土日に開催される文化祭に向けて、放課後の文芸部は毎日稼働することになる。
 3年生の僕と路ちゃんは一応自由参加にはなっているけど、最後の文化祭だから準備も全て参加するつもりだ。
 
 そんな今日は製本された冊子が届いたので、作業を始める前に中身を確認していく。
 この時点で誤字脱字が見つかっても変更できないので、あまり自分の文章を詳しく読みたくないけど、先に気付いておいた方が傷は浅いかもしれない。
 僕が確認した限りでは、特にミスは見つからなかった。

「産賀さん。ちょっと」

 しかし、石渡さんは冊子に何かを見つけたようで、僕に話しかけてくる。
 ……いや、報告するなら僕ではなく日葵さんや桐山くんじゃないのか?

「どうかしたの?」

「あの……あまり大きな声では言えないんですけど」

「う、うん」

「……路子さんのペンネームってどれですか……?」

 石渡さんは真剣な目付きだったので、冗談を言っているわけではなかった。

「いや、それを教えたらペンネームにしている意味ないから」

「ということは知ってるんですね。教えてください」

「なんでそうなるの。というか、聞くとしても本人に聞けば……」

「そ、そんな恐れ多いことできるわけないじゃないですか」

「だったら、知らないままでもいいんじゃない?」

「いえ……路子さんとわかった上で読みたいです」

 何とか諦めてくれるように誘導してみるけど、石渡さんには通用しない。

「そもそも部活内では共有してもいいんじゃないですか?」

「まぁ……それは先代から引き継いでる感じだから」

「いつまでも伝統に縛られていたら新しいものは生まれません」

「一理ある。それなら石渡さん達が中心になった時に、決まりを変えればいいんじゃないかな」

「その時にはもう路子さんいないじゃないですか!」

「バレたか……」

「というか、なんで産賀さんは知ってるんですか! ズルいです!」

 どうしてと言われても部長と副部長だったから……いや、その前に路ちゃんとペンネームを教え合ったんだっけ。
 冬雷先生と初めて知った時には意外な感じで驚いたのが懐かしい。
 作品を制作する時期にしか思い出さないけど、これもいい思い出の一つ……

「何をニタニタしてるんですか。気持ち悪い」

「うっ……ストレートな悪口だ」

「もういいです。こうなったら自分で当ててみせます」

 不本意ながら僕の気持ち悪さのおかげで、石渡さんを諦めさせられたようだ。
 でも、姫宮さんが僕の作品を当てたように、石渡さんも路ちゃんの作品に辿り着く可能性は十分ある。
 ……そこまで気になるならやっぱり本人に聞いた方がいい気がするけど、僕からは何も言わないでおこう。
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