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3年生2学期

9月26日(火)曇り 後輩との日常・野島結香の場合その6

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 台風は来ていないけど、大気は不安定そうな台風襲来の日。
 本日の文芸部は提出日が近いこともあって、連絡事項が終わった後は、みんな集中して作業に取り組んでいた。
 しかし、遡ること数時間前。僕はある人物から言伝を授かっていた。

「良さんさぁ、今日って文芸部の部活あるよね?」

「うん。そうだよ」

「だったら、結香にがんばれ~って伝えといて。もうすぐ締め切りなんでしょ? でも、家だと全然聞いてくれなくてさ~」

「……それ、僕が言わないと駄目? LINEとかは?」

「既読されない可能性あるし。それじゃあ、よろしくね!」

 既読すらされない時点で駄目な気がするけど、有無を言わさず頼まれてしまった。
 しかも今日のような集中しているタイミングで結香さんに話しかけるのはただでさえ気が引けるというのに。
 でも、頼まれてしまったからには言わないと今後の実香さんとの関係が気まずくなる可能性がある。

「……?」

(やべっ!?)

 機会を窺っていた視線に気付かれたのか、前の方に座っている結香さんが急に振り向いてくる。
 このままでは後輩を不審に見つめる先輩になってしまうけど……僕は名案を思い付いた。
 今日の作業が全て終わってから言えばいいと。

「結香さん、お疲れ様。ちょっと話があるんだけど……」

 そうして、部活動の時間の終わり際に結香さんに話しかけると、結香さんは何故かため息をつく。

「……姉の件ですか」

「えっ!? どうしてわかったの……?」

「産賀さんの方から私に話しける時は、半分くらい姉が関わってますから。それに気まずそうな視線を感じたので」

「す、すごいね……」

 ある意味では姉を信頼しているようにも思えるけど、言っている結香さんはひどくうっとおしそうな顔をしていた。

「それで用件はなんですか?」

「それが……単にがんばれ~と伝えてくれと」

「そ、それだけのために……はぁ。産賀さん、もう少し姉に対してキツく当たった方がいいですよ。完全にナメられてます」

「そ、そうなのかな。でも、締め切りを心配してたみたいだから、どうしても伝えたかったんじゃないかな」

「別に気にしても仕方ないのに……まぁ、一応を感謝しておく、と姉に伝えておいてください」

「……それ、僕が言わないと駄目? LINEとかで……」

「直接言いたくないから駄目です。よろしくお願いします」

 似たような流れで頼まれたので、もしやこれは結香さんからもナメられて……いや、信頼されているのだろう。そういうことにしておこう。
 ただ、一応は感謝する辺り、絶望的に悪い関係ではなさそうなのはちょっと安心した。
 次からは僕を介さずにやり取りして欲しいけど。
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