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2年生2学期
11月6日(日)晴れ 隣接する岸本路子その9
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約束の日曜日。
この日の昼過ぎ、路ちゃんと駅で集合してから花月堂へ向かう。
休日のお昼だから人は結構多かったけど、イートインスペースは空いていたので来店からスムーズに座れた。
「いらっしゃいませ。メニューはそちらになりますので、ご注文が決まりましたら及びください」
そう言ったのは以前に来た時も何度か見たことがある女性の店員さんだった。
てっきり花園さんが出て来ると思っていたけど、店内を見渡しても姿が見えない。
昨日、あれだけ言ってきたのは自分がいないからちゃんとしろということだったのだろうか。
「路ちゃんは何にするの?」
「…………」
「路ちゃん……?」
「……はっ!? え、えっとね。どうしようかな……」
一方の路ちゃんは駅で合流した時から何だか緊張気味に見えた。
確かに2人で出かけるのは久しぶりなんだけど、最近は塾も含めて一緒にいる時間は長いので、僕は不思議に思ってしまう。
電車や店内は人が多いといっても、人混みと言えるほどの多さではない。
それから僕は珍しく期間限定の栗ようかん、路ちゃんはサツマイモの和風タルトを注文して暫く待つ。
ただ、その間も路ちゃんに話しかけると、少し遅れて反応されるばかりだった。
「お待たせしました。こちらサツマイモの和風タルトになります。ごゆっくりどうぞ」
スイーツが机に置かれてもそれは変わらないので、とうとう僕はその疑問を口に出してしまう。
「路ちゃん、何かあったの? もしかして……人酔いとかしちゃった?」
「う、ううん。違うの。わたしは……」
「わたしは?」
「……………」
「大丈夫だよ。周りに聞かれるような感じでもないし。幸い……かわからないけど今日は花園さんもいないんだから」
付け足した言葉は冗談のつもりだったけど、路ちゃんは笑うこともなければ、怒るわけでもなかった。
でも、何か決心はついたようで、僕の方を真っ直ぐ見つめる。
「良助くん……わたし、ずっと確かめたいことがあったの。本当はもっと早く聞けば良かったし、もしそうならここに呼び出すのも間違っているとは思うのだけれど……文化祭とかテストとか色々あって、なかなか言い出せなくて」
「そう……なんだ。何? 確かめたいことって」
「……わたし、偶然見たの。夏休みの最後の方にあったお祭りで……良助くんと清水さんが一緒にいたの」
路ちゃんの発言に僕は表情こそ変えなかったけど、背筋に寒気がして鼓動が急に早くなった。
……そうか。文芸部の集まりを蹴ったのに、夏祭りへ行ったのを知っていたんだ。
「ほ、本当に偶然で……目で追いかけるつもりもなかったのだけれど」
「うん、わかってる。実は事前に清水先輩を誘ってたから、文芸部の方には行けなくて……」
自分で言って何故か心が痛くなった。
路ちゃんに悪気はないのはわかるけど、古傷を突然触られたような感じだった。
そして、恐らくこの後に聞かれるのは……
「それは仕方ないことだと思うわ。わたしが聞きたいのは……そうじゃなくて……あの日一瞬だけ見た良助くんは、いつもの感じじゃなかった」
「…………」
「だから……こんなことを聞くのは盛大な勘違いの可能性もあるのだけれど……良助くんは……」
「フラれちゃったよ」
「えっ……!」
「いや、言い方が悪いかな。僕の告白が失敗したって感じだよ」
路ちゃんが聞く前に、僕はなるべく明るい口調で言った。
「なんていうか、僕もだいぶ勘違いしちゃってたみたいでさ。清水先輩が向けてくれる感情は恋愛じゃなくて友情だったのに。夏祭りへ誘うのに成功したからいけると思ってたし、その前からずっと浮足立ってた。恥ずかしい奴だよね」
「そ、そんなことは……」
「そもそも僕が好きになって貰えるような魅力なんてなかったんだ。だから……」
「違う!」
路ちゃんにしては大きめの声を出したので僕は口を止める。
周りの話し声にかき消されているけど、そこには明確な怒りと……悲しみがあった。
「違うよ……良助くんに魅力がなかったわけじゃない。2人の想いが……噛み合わなかっただけ。良助くんは何も悪くない」
「あ、ありがとう……でも……」
「わたしは良助くんの良いところ……たくさん知っているから」
そう言った路ちゃんは涙ぐみながらも尚も僕のことを真っ直ぐ見ていた。
その次には何か言ってしまいそうな表情をしていた。
……駄目だ。
今、路ちゃんの言葉を受け入れたら駄目だ。
そんなことをしてしまったら。
僕は……代わりと思ってしまう。
割り切れ始めたと思っていても、まだ完璧じゃないんだ。
未練がましいと言われても仕方がないけど、頭の片隅に残っているんだ。
だから、路ちゃんを……忘れるために受け入れるのは絶対に良くない。
「…………ごめんなさい。わたし、本当に聞かなくていい事を聞いてしまって」
そう僕は考えていたけど、路ちゃんの次の言葉は違っていた。
でも、路ちゃんはそれを苦しそうに絞り出していた。
「いや……聞けないままでいるのは辛いと思うから」
「……本当にごめんなさい。今日はもう……」
「……ううん。大丈夫」
その後、スイーツには一切手を付けていなかったので、2人ともお持ち帰りにして貰って店を出た。
当然ながら店員さんは不思議そうな顔をしていたけど、事情を説明できるわけもなく、愛想笑いを浮かべることしかできなかった。
帰り電車内でも話はできず、別れ際にも「また明日」と言える雰囲気ではなかった。
1ついい事があったとするなら……路ちゃんはここ数ヶ月抱えていたものをちゃんと確かめられたことだ。
ただ、それ以外は……全面的に僕が悪い。
古傷を隠すために別の傷を付けるのは間違いだった。
それは路ちゃんにとっても、痛々しく見えてしまったのだから。
この日の昼過ぎ、路ちゃんと駅で集合してから花月堂へ向かう。
休日のお昼だから人は結構多かったけど、イートインスペースは空いていたので来店からスムーズに座れた。
「いらっしゃいませ。メニューはそちらになりますので、ご注文が決まりましたら及びください」
そう言ったのは以前に来た時も何度か見たことがある女性の店員さんだった。
てっきり花園さんが出て来ると思っていたけど、店内を見渡しても姿が見えない。
昨日、あれだけ言ってきたのは自分がいないからちゃんとしろということだったのだろうか。
「路ちゃんは何にするの?」
「…………」
「路ちゃん……?」
「……はっ!? え、えっとね。どうしようかな……」
一方の路ちゃんは駅で合流した時から何だか緊張気味に見えた。
確かに2人で出かけるのは久しぶりなんだけど、最近は塾も含めて一緒にいる時間は長いので、僕は不思議に思ってしまう。
電車や店内は人が多いといっても、人混みと言えるほどの多さではない。
それから僕は珍しく期間限定の栗ようかん、路ちゃんはサツマイモの和風タルトを注文して暫く待つ。
ただ、その間も路ちゃんに話しかけると、少し遅れて反応されるばかりだった。
「お待たせしました。こちらサツマイモの和風タルトになります。ごゆっくりどうぞ」
スイーツが机に置かれてもそれは変わらないので、とうとう僕はその疑問を口に出してしまう。
「路ちゃん、何かあったの? もしかして……人酔いとかしちゃった?」
「う、ううん。違うの。わたしは……」
「わたしは?」
「……………」
「大丈夫だよ。周りに聞かれるような感じでもないし。幸い……かわからないけど今日は花園さんもいないんだから」
付け足した言葉は冗談のつもりだったけど、路ちゃんは笑うこともなければ、怒るわけでもなかった。
でも、何か決心はついたようで、僕の方を真っ直ぐ見つめる。
「良助くん……わたし、ずっと確かめたいことがあったの。本当はもっと早く聞けば良かったし、もしそうならここに呼び出すのも間違っているとは思うのだけれど……文化祭とかテストとか色々あって、なかなか言い出せなくて」
「そう……なんだ。何? 確かめたいことって」
「……わたし、偶然見たの。夏休みの最後の方にあったお祭りで……良助くんと清水さんが一緒にいたの」
路ちゃんの発言に僕は表情こそ変えなかったけど、背筋に寒気がして鼓動が急に早くなった。
……そうか。文芸部の集まりを蹴ったのに、夏祭りへ行ったのを知っていたんだ。
「ほ、本当に偶然で……目で追いかけるつもりもなかったのだけれど」
「うん、わかってる。実は事前に清水先輩を誘ってたから、文芸部の方には行けなくて……」
自分で言って何故か心が痛くなった。
路ちゃんに悪気はないのはわかるけど、古傷を突然触られたような感じだった。
そして、恐らくこの後に聞かれるのは……
「それは仕方ないことだと思うわ。わたしが聞きたいのは……そうじゃなくて……あの日一瞬だけ見た良助くんは、いつもの感じじゃなかった」
「…………」
「だから……こんなことを聞くのは盛大な勘違いの可能性もあるのだけれど……良助くんは……」
「フラれちゃったよ」
「えっ……!」
「いや、言い方が悪いかな。僕の告白が失敗したって感じだよ」
路ちゃんが聞く前に、僕はなるべく明るい口調で言った。
「なんていうか、僕もだいぶ勘違いしちゃってたみたいでさ。清水先輩が向けてくれる感情は恋愛じゃなくて友情だったのに。夏祭りへ誘うのに成功したからいけると思ってたし、その前からずっと浮足立ってた。恥ずかしい奴だよね」
「そ、そんなことは……」
「そもそも僕が好きになって貰えるような魅力なんてなかったんだ。だから……」
「違う!」
路ちゃんにしては大きめの声を出したので僕は口を止める。
周りの話し声にかき消されているけど、そこには明確な怒りと……悲しみがあった。
「違うよ……良助くんに魅力がなかったわけじゃない。2人の想いが……噛み合わなかっただけ。良助くんは何も悪くない」
「あ、ありがとう……でも……」
「わたしは良助くんの良いところ……たくさん知っているから」
そう言った路ちゃんは涙ぐみながらも尚も僕のことを真っ直ぐ見ていた。
その次には何か言ってしまいそうな表情をしていた。
……駄目だ。
今、路ちゃんの言葉を受け入れたら駄目だ。
そんなことをしてしまったら。
僕は……代わりと思ってしまう。
割り切れ始めたと思っていても、まだ完璧じゃないんだ。
未練がましいと言われても仕方がないけど、頭の片隅に残っているんだ。
だから、路ちゃんを……忘れるために受け入れるのは絶対に良くない。
「…………ごめんなさい。わたし、本当に聞かなくていい事を聞いてしまって」
そう僕は考えていたけど、路ちゃんの次の言葉は違っていた。
でも、路ちゃんはそれを苦しそうに絞り出していた。
「いや……聞けないままでいるのは辛いと思うから」
「……本当にごめんなさい。今日はもう……」
「……ううん。大丈夫」
その後、スイーツには一切手を付けていなかったので、2人ともお持ち帰りにして貰って店を出た。
当然ながら店員さんは不思議そうな顔をしていたけど、事情を説明できるわけもなく、愛想笑いを浮かべることしかできなかった。
帰り電車内でも話はできず、別れ際にも「また明日」と言える雰囲気ではなかった。
1ついい事があったとするなら……路ちゃんはここ数ヶ月抱えていたものをちゃんと確かめられたことだ。
ただ、それ以外は……全面的に僕が悪い。
古傷を隠すために別の傷を付けるのは間違いだった。
それは路ちゃんにとっても、痛々しく見えてしまったのだから。
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