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2年生2学期

11月2日(水)曇り時々晴れ 隣接する岸本路子その8

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 昨日と打って変わって昼間はかなり温かった水曜日。
 前日の2日間はハロウィンに引きずられてしまったけど、その間に採点が終わったテストが返却されていた。
 そして、今日の塾に行くと、塾生達の話題はテストの点数が中心になっていた。
 その理由の一つには、この塾内で中間テストの成績がランキングされることになっているからだ。
 そんな中、僕が一度席を外していると、意外な光景が見えた。

「岸本さんはテストどうだった?」

 路ちゃんが塾生の女子に話しかけられていたのだ。
 本来ならそれほど驚くこともない光景だけど、塾内の路ちゃんは未だに僕以外との会話をなるべく避けていた。
 でも、今の路ちゃんならいい機会だと思って、僕はその場で足を止めて見守る。

「え、えっと……」
「あっ、私は重森。一応同じ高校なんだけど……クラス一緒になったことないからわからないか」
「は、はい。すみません……」

 僕も同じ高校であることは知らなかったけど、重森さんの雰囲気は親しみやすさが溢れていた。
 路ちゃんが得意な相手かどうかは別として、たぶん路ちゃんが嫌がるようなことはしないタイプだと思われる。

「謝らなくても大丈夫だよ? それでテストはどんな感じだった?」
「えっと……大きな声で言えるような点数ではないのだけれど……」
「ほうほう。じゃあ、こっそり教えてくれる? 私もこっそり教えるから」

 そう言いながら重森さんは路ちゃんに近寄って耳を傾けた。
 パーソナルスペースに入り込むのが上手い人だ。
 それが路ちゃんにどう映るかはわからなかったけど……路ちゃんは遠慮気味に近づく。
 僕は事前に教え合ったから知っているけど、路ちゃんの点数は確実に上がっていた。

「おー……やるね、岸本さん。じゃあ、次は私が……今のところ返却されてるのはこしょこしょ」
「あっ……そこは難しくて……うん、わかる」

 そのまま耳打ちしながらの会話は潤滑に進んでいき、気付けばお互いに笑顔になっていた。
 これは重森さんのコミュ力が高いところもあるけど……これまで僕が隣を独占していたから重森さんのように話しかけたかった人の邪魔になっていたのかもしれない。
 もちろん、路ちゃんが望んでいたことであるから間違ったことはしていないとは思うけど、可能性を潰していたところはもっと早く気付くべきだった。

「そうだ。ひそひそ話のついでなんだけど、岸本さんって産賀くんといつも一緒じゃない? それについても……ちょっと聞かせてくれる?」
「そ、それは同じ文芸部で、今は部長と副部長というのはあるのだけれど……」

 路ちゃんはその続きを言う前に重森さんを手招きした。
 そして、ひそひそと何か言うと……

「ほう……」

 重森さんは意味深な反応をする。
 それが気になってしまった僕は席に戻って行く。

「おお。3組の産賀くん。初めまして。お留守の間にお喋りさせて貰ったよ」

「初めまして……僕のことも知ってるんだ」

「うん。私、4組なんだけど、松永からよく話聞いてるから」

 それで納得がいった。この雰囲気は松永に似ているところがあったのだ……あいつはまた何を話しているんだ。

「……それで、どんな話してたの?」

「テストの話と……ちょっぴり内緒の話? ね、岸本さん」

 路ちゃんは激しく頷く。
 さすがに最後のそれは教えて貰えないか。
 まぁ……悪い反応ではなかったと思うから、気にしないでおこう。

 その後の休み時間も重森さんは路ちゃんに声をかけていたから、今後も仲良くしてくれそうだ。
 これをきっかけに塾内で路ちゃんがもっと過ごしやすい空間になればと思った。
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