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1年生3学期
3月23日(水)曇り 大山亜里沙の再誕その13
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「う~ん どれにしようかな~」
その大山さんの声は悩んで困っているというよりはどれも美味しそうで困っちゃうという感じだった。
そう、ここはミスティドーナツ、略してミスドの店舗内だ。つまるところ僕は大山さんとのテスト勝負に負けてしまった。
『アタシは1116点!』
『……1115点』
13教科の合計点はまさか1点差だった。しかし、負けは負けなので宣言通りすぐにおごることを僕は約束すると、
『じゃあ、今日で良くない? アタシもうぶクンも部活休みだし』
と、大山さんが言ったので放課後その足で訪れることになった。大山さんの部活状況は把握していないので、本当にすぐおごることになるとは思ってなかったけど、春休みに入る前に済ませられるのは僕の意図に合っている。
「うぶクン、一回食べる分だからそんなに高くはならないと思うケド、何個か頼んでもいいんだよね?」
「大丈夫……10個とかじゃなければ」
「やだなー そんなに食べないよ~」
大山さんは上機嫌で笑うけど、僕にとっては割と真剣な問題だ。1個辺り200円もしないとはいえ、1000円に近付くと、頭では大丈夫だと思っていても心が苦しくなる。
「それじゃあ、これとこれ、あと紅茶もお願いします。うぶクンは?」
「僕はこれとこれ……飲み物は大丈夫です」
「かしこまりました。こちらでお召し上がりになりますか?」
「はい。いいよね?」
僕が驚く前にそう聞かれてしまったので頷くしかなかった。てっきり持ち帰って解散だと思っていたので、僕は慌てて飲み物の注文を付け足す。
そして、窓際の一席を確保すると、大山さんは注文した物を写真に撮り始めたので、僕も便乗して写真を撮る。
放課後の時間ということもあって、他の席にも学生服が見えるけど、男同士で来るジャンクフード店とは違って、何だか妙な緊張感があった。
「うぶクンは期間限定のやつじゃなくて良かったの?」
「ああ、うん。結構来るの久しぶりだったから定番のやつにしたよ」
「へー 明莉ちゃんとは来ないの?」
「言われてみれば甘いモノではあるけど、来たことないかも。もしかしたら友達とよく行くのかもしれない」
「あーね。アタシも友達とよく来てたわー 最近はなんかもうちょっとオシャレなとこ行こうってカンジになってるケド」
ここ以上にお洒落な場所と言われると僕は思い付かないけど、大山さんの周りだとそういう風になっているのだろう。緊張しているのは間違いかもしれない。
「それじゃ、いただきまーす。うん、桜っぽい味!」
「それって、つまり……さくらんぼの味?」
「ううん。この時期によく出る桜っぽい味。ちょっと食べる?」
「いやいや、大丈夫!」
「そう? でも、ここ最近はうぶクンにドーナツ貰ってばっかだね」
「あー……その件は非常に申し訳ないことをしました」
そう、事前におごる先の話をされていたのにもかかわらず、僕は結局ドーナツを被せてしまった。いや、正直なところ作り終わるまでげんこつドーナツとミスドは別物だと考えていたんだけど、よく考えればドーナツには変わりない。
「そんな謝らなくても。うぶクンだって勝てる可能性あったワケだし。あっ……結局うぶクンが買ったらおごって貰うか決まってたの?」
「それは……」
「待って! 当てから! うぶクンは……ミスドにするって言うつもりだった」
「うっ……なんでわかったの?」
「マジ? 当たると思ってなかった。でも、それって実質考えるやめてるやつじゃ……」
「い、いや、僕もこの通り久しぶりに来るからそれもいいかなーと思って」
「ふーん……じゃあ、うぶクンは結構ドーナツ好なんだ?」
「えっ? まぁ、美味しいし好きではあるけど」
「うわ。その反応は嫌いじゃないだけってカンジだ。未だにうぶクンが好きなものよくわかんないなー」
それについては大山さんから何度も指摘されているけど、本当にはっきりしないやつで申し訳ないところである。
「……ふふっ」
そんなことを考えていると、大山さんは不意に笑った。
「ど、どうしたの?」
「あのさ。アタシ、ようやく元に戻ってきたカンジしない? あっ、髪の話じゃないからね?」
大山さんの髪の長さを確かめようとしていた僕はすぐに目線を戻した。
「元に戻るって……何の話?」
「……本田と付き合って別れる間にそんなに変わってないようで色々距離感とか変わってて。3学期が始まってからそれを元に戻そうとして、結構時間がかかったなーって自分では思ってるの」
「……そうだったんだ」
「ああ、別に暗い話じゃないから! アタシが言いたいのは元に戻せて良かったってこと。もちろん、うぶクンとの距離感もね」
「……僕と大山さん、一緒にお茶するような距離感だったっけ?」
「確かに……って、これはおごって貰えるからそうしてるわけであって、別にうぶクンのためじゃないんだからね!」
「えっ。なにその急なキャラ変……?」
「それはもう、元に戻せた後は新しいアタシを見せていかなきゃ。2年生にもなるワケだし」
「その方向に行くつもりなの」
「いや、真に受けないでよ。冗談だから!」
大山さんがそう言うと、僕は思わず笑ってしまう。それが大山さんが指摘する以前の距離感だったかどうかはよく覚えてないけれど、少なくとも最近はこんな風に笑って話せるようになっている。
「なんだかんだ教室だとうぶクンとそんなにがっつり話せないから、おごって貰えて良かったなって」
「そう言って貰えるなら負けたかいがあるよ」
「いや、うぶクンが勝っても来てたから変わらないじゃん。でも、まさか1点差で勝つとは思ってなくて……」
その後も他愛ない話を僕と大山さんは続けていた。
僕としては春休み中に予定が食い込まないようにと思っていたけど、大山さんからするとこのテスト勝負の結果も大事な予定な1つだったのかもしれない。
2日後終業式の終えた後、次に大山さんと顔を合わせるのがいつになるかわからないから、僕もそういう話が聞けて良かったと思う。
その大山さんの声は悩んで困っているというよりはどれも美味しそうで困っちゃうという感じだった。
そう、ここはミスティドーナツ、略してミスドの店舗内だ。つまるところ僕は大山さんとのテスト勝負に負けてしまった。
『アタシは1116点!』
『……1115点』
13教科の合計点はまさか1点差だった。しかし、負けは負けなので宣言通りすぐにおごることを僕は約束すると、
『じゃあ、今日で良くない? アタシもうぶクンも部活休みだし』
と、大山さんが言ったので放課後その足で訪れることになった。大山さんの部活状況は把握していないので、本当にすぐおごることになるとは思ってなかったけど、春休みに入る前に済ませられるのは僕の意図に合っている。
「うぶクン、一回食べる分だからそんなに高くはならないと思うケド、何個か頼んでもいいんだよね?」
「大丈夫……10個とかじゃなければ」
「やだなー そんなに食べないよ~」
大山さんは上機嫌で笑うけど、僕にとっては割と真剣な問題だ。1個辺り200円もしないとはいえ、1000円に近付くと、頭では大丈夫だと思っていても心が苦しくなる。
「それじゃあ、これとこれ、あと紅茶もお願いします。うぶクンは?」
「僕はこれとこれ……飲み物は大丈夫です」
「かしこまりました。こちらでお召し上がりになりますか?」
「はい。いいよね?」
僕が驚く前にそう聞かれてしまったので頷くしかなかった。てっきり持ち帰って解散だと思っていたので、僕は慌てて飲み物の注文を付け足す。
そして、窓際の一席を確保すると、大山さんは注文した物を写真に撮り始めたので、僕も便乗して写真を撮る。
放課後の時間ということもあって、他の席にも学生服が見えるけど、男同士で来るジャンクフード店とは違って、何だか妙な緊張感があった。
「うぶクンは期間限定のやつじゃなくて良かったの?」
「ああ、うん。結構来るの久しぶりだったから定番のやつにしたよ」
「へー 明莉ちゃんとは来ないの?」
「言われてみれば甘いモノではあるけど、来たことないかも。もしかしたら友達とよく行くのかもしれない」
「あーね。アタシも友達とよく来てたわー 最近はなんかもうちょっとオシャレなとこ行こうってカンジになってるケド」
ここ以上にお洒落な場所と言われると僕は思い付かないけど、大山さんの周りだとそういう風になっているのだろう。緊張しているのは間違いかもしれない。
「それじゃ、いただきまーす。うん、桜っぽい味!」
「それって、つまり……さくらんぼの味?」
「ううん。この時期によく出る桜っぽい味。ちょっと食べる?」
「いやいや、大丈夫!」
「そう? でも、ここ最近はうぶクンにドーナツ貰ってばっかだね」
「あー……その件は非常に申し訳ないことをしました」
そう、事前におごる先の話をされていたのにもかかわらず、僕は結局ドーナツを被せてしまった。いや、正直なところ作り終わるまでげんこつドーナツとミスドは別物だと考えていたんだけど、よく考えればドーナツには変わりない。
「そんな謝らなくても。うぶクンだって勝てる可能性あったワケだし。あっ……結局うぶクンが買ったらおごって貰うか決まってたの?」
「それは……」
「待って! 当てから! うぶクンは……ミスドにするって言うつもりだった」
「うっ……なんでわかったの?」
「マジ? 当たると思ってなかった。でも、それって実質考えるやめてるやつじゃ……」
「い、いや、僕もこの通り久しぶりに来るからそれもいいかなーと思って」
「ふーん……じゃあ、うぶクンは結構ドーナツ好なんだ?」
「えっ? まぁ、美味しいし好きではあるけど」
「うわ。その反応は嫌いじゃないだけってカンジだ。未だにうぶクンが好きなものよくわかんないなー」
それについては大山さんから何度も指摘されているけど、本当にはっきりしないやつで申し訳ないところである。
「……ふふっ」
そんなことを考えていると、大山さんは不意に笑った。
「ど、どうしたの?」
「あのさ。アタシ、ようやく元に戻ってきたカンジしない? あっ、髪の話じゃないからね?」
大山さんの髪の長さを確かめようとしていた僕はすぐに目線を戻した。
「元に戻るって……何の話?」
「……本田と付き合って別れる間にそんなに変わってないようで色々距離感とか変わってて。3学期が始まってからそれを元に戻そうとして、結構時間がかかったなーって自分では思ってるの」
「……そうだったんだ」
「ああ、別に暗い話じゃないから! アタシが言いたいのは元に戻せて良かったってこと。もちろん、うぶクンとの距離感もね」
「……僕と大山さん、一緒にお茶するような距離感だったっけ?」
「確かに……って、これはおごって貰えるからそうしてるわけであって、別にうぶクンのためじゃないんだからね!」
「えっ。なにその急なキャラ変……?」
「それはもう、元に戻せた後は新しいアタシを見せていかなきゃ。2年生にもなるワケだし」
「その方向に行くつもりなの」
「いや、真に受けないでよ。冗談だから!」
大山さんがそう言うと、僕は思わず笑ってしまう。それが大山さんが指摘する以前の距離感だったかどうかはよく覚えてないけれど、少なくとも最近はこんな風に笑って話せるようになっている。
「なんだかんだ教室だとうぶクンとそんなにがっつり話せないから、おごって貰えて良かったなって」
「そう言って貰えるなら負けたかいがあるよ」
「いや、うぶクンが勝っても来てたから変わらないじゃん。でも、まさか1点差で勝つとは思ってなくて……」
その後も他愛ない話を僕と大山さんは続けていた。
僕としては春休み中に予定が食い込まないようにと思っていたけど、大山さんからするとこのテスト勝負の結果も大事な予定な1つだったのかもしれない。
2日後終業式の終えた後、次に大山さんと顔を合わせるのがいつになるかわからないから、僕もそういう話が聞けて良かったと思う。
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