上 下
350 / 942
1年生3学期

3月19日(土)晴れ時々曇り 清水夢愛の願望その11

しおりを挟む
 数週間ほど前の寒さが戻ってきた気がする土曜日。今日は水曜日に約束した通り、清水先輩へげんこつドーナツをあげる日だ。
 散歩のついでと言われたけど、さすがに今回は朝からは遠慮してくれたので、僕は午前中にげんこつドーナツを作り始めた。

 そして、昼食を取ってから13時半頃に学校近くのコンビニへ集合する。

「お疲れ、良助。それじゃあ、早速で悪いが頂こうか」

 本当に早速だと思いながらも今回の主目的はそれなので、僕は包みを渡す。

「ありがとう。おお、これがげんこつドーナツ……ところでなんでげんこつドーナツって名前なんだ?」

「たぶん、げんこつみたいな形をしているからだと思うんですけど、詳しく考えたことなかったです。ちゃんと成型したら揚げドーナツになる的な?」

「でも、ドーナツって普通のやつも揚げてないか?」

「た、確かに……」

 そう言われてみると、当然のようにげんこつドーナツと言っていたけど、実は通じていなかった可能性がある。みんな貰った後にネットで検索していたのかもしれない。
 でも、そんなことより気になってしまうのは、清水先輩が受け取った揚げ……げんこつドーナツを中々食べないことだ。
 もしかして清水先輩は、げんこつドーナツという響きに惹かれて食べてみたいと思ったけど、実際出てきたのはただの揚げドーナツだったから、拍子抜けしてしまったのだろうか。

「とりあえず歩こうか」

「は、はい」

 清水先輩がそのまま散歩を始めてしまうので、僕は暫くその不安が消えなかった。こんなことなら渡す前にげんこつドーナツがどういうものか説明しておけば良かった。そんな後悔をしながら清水先輩の話に相槌を打っていると……

「よし、ここにしようか。ちょうどベンチもあるし」

 たまたま通りがかった公園に清水先輩は立ち寄る。相変わらず歩く時は目的地もなく進んでいるから、この公園も始めて来る場所だった。
 最低限の遊具と2つのベンチが置かれていて、恐らく近くマンションにいる子どもたちが少し遊べるスペースになっている。僕と清水先輩が来た時も遊具の方には何人か子どもがいた。

 その中で清水先輩はベンチに腰をかけると、ようやく包みからげんこつドーナツを取り出す。

「ん? 良助、どうして立っているんだ?」

「い、いえ。気にしないで食べてください」

「そうか? あーむ……」

 これから清水先輩が何を言うか、不安と緊張を抱きながら僕は見守る。

「……あーむ」

 しかし、清水先輩は何も言わずに続けて2個目を食べ始めた。

「し、清水先輩……?」

「……んくっ。良助、本当に何で座らないんだ?」

「す、すみません。それより、げんこつドーナツは……?」

「美味しいよ。結構数入れてくれたみたいだし、良助も一緒に食べようじゃないか」

 清水先輩はさらりと言い流したので、僕はポカンとしながら隣に座る。

「はい。良助の分」

「あ、ありがとうございます。あの……本当に味は大丈夫でしたか?」

「え。良助は味見してなかったのか?」

「いえ、もちろんしました! でも、清水先輩が思った以上に反応が薄かったのでつい」

「ああ、そういうことか。前にも話したかもしれないが、私はあんまり食べ物にこだわりがないんだ」

「そういえば言ってましたね……じゃあ、やっぱり今回げんこつドーナツを食べたいと思ったのも……」

「そう。良助が作ったって聞いたから食べたくなったんだ」

「それは……ええっ!?」

 言われると思っていた感想と違うものが出て僕は驚く。

「だって、良助がこういうのを作れるって話なんて聞いてなかったから。まぁ、だから私としては今日良助が作って来てくれた時点で、満足していたということだ。あ、美味しいと思って食べてるのは本当だぞ?」

「よ、良かったぁ……」

「ははっ、なんだ良助は不安だったのか。自分で作ってくるって言うから自信満々だと思ってた」

「作ることになったのは野島さんが言ったからです」

「ふーん……ということは、本当にこの前の時は私に渡すつもりがなかったんだなー」

「それはその……」

「いや、よく考えたら私、良助にバレンタインデーに何もしてなかったわ」

 清水先輩は唐突に思い出してそう言う。

「なるほど。だから貰えなかったのか……来年はちゃんと覚えておくよ」

「いやいや、そんな。来年は忙しいでしょうし……」

「チョコあげるくらいなら一瞬で済むだろう。本来は逆だけど、今日貰ったお返しということで」

 清水先輩は笑いながら「覚えていたらだけど」と付け足す。随分と先のお返しになってしまうけど、頂ける分には遠慮するものではない。

「わかりました。楽しみに待ってます」

「ああ。あーむ……うん、ちゃんと美味しいよ。そこは間違いない」

「ありがとうございます」

「でも、良助と話しながら一緒に食べる方がやっぱり美味しいな」

「えっ!?」

「ほら、食べ終えたらまた歩くぞ!」

 以前にもこういうことがあった気がするけど、清水先輩は食べ物自体の味の良さよりもそれに付随する要素で美味しさを感じるようだ。
 だから、今回のげんこつドーナツも僕が作ったというだけで最初から合格点だった。
 それが久しぶりだったから僕は焦ったり、どぎまぎしたりしてしまったけど……最後の感想が貰えたのなら作って良かったと思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

通り道のお仕置き

おしり丸
青春
お尻真っ赤

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

処理中です...