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1年生3学期
3月19日(土)晴れ時々曇り 清水夢愛の願望その11
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数週間ほど前の寒さが戻ってきた気がする土曜日。今日は水曜日に約束した通り、清水先輩へげんこつドーナツをあげる日だ。
散歩のついでと言われたけど、さすがに今回は朝からは遠慮してくれたので、僕は午前中にげんこつドーナツを作り始めた。
そして、昼食を取ってから13時半頃に学校近くのコンビニへ集合する。
「お疲れ、良助。それじゃあ、早速で悪いが頂こうか」
本当に早速だと思いながらも今回の主目的はそれなので、僕は包みを渡す。
「ありがとう。おお、これがげんこつドーナツ……ところでなんでげんこつドーナツって名前なんだ?」
「たぶん、げんこつみたいな形をしているからだと思うんですけど、詳しく考えたことなかったです。ちゃんと成型したら揚げドーナツになる的な?」
「でも、ドーナツって普通のやつも揚げてないか?」
「た、確かに……」
そう言われてみると、当然のようにげんこつドーナツと言っていたけど、実は通じていなかった可能性がある。みんな貰った後にネットで検索していたのかもしれない。
でも、そんなことより気になってしまうのは、清水先輩が受け取った揚げ……げんこつドーナツを中々食べないことだ。
もしかして清水先輩は、げんこつドーナツという響きに惹かれて食べてみたいと思ったけど、実際出てきたのはただの揚げドーナツだったから、拍子抜けしてしまったのだろうか。
「とりあえず歩こうか」
「は、はい」
清水先輩がそのまま散歩を始めてしまうので、僕は暫くその不安が消えなかった。こんなことなら渡す前にげんこつドーナツがどういうものか説明しておけば良かった。そんな後悔をしながら清水先輩の話に相槌を打っていると……
「よし、ここにしようか。ちょうどベンチもあるし」
たまたま通りがかった公園に清水先輩は立ち寄る。相変わらず歩く時は目的地もなく進んでいるから、この公園も始めて来る場所だった。
最低限の遊具と2つのベンチが置かれていて、恐らく近くマンションにいる子どもたちが少し遊べるスペースになっている。僕と清水先輩が来た時も遊具の方には何人か子どもがいた。
その中で清水先輩はベンチに腰をかけると、ようやく包みからげんこつドーナツを取り出す。
「ん? 良助、どうして立っているんだ?」
「い、いえ。気にしないで食べてください」
「そうか? あーむ……」
これから清水先輩が何を言うか、不安と緊張を抱きながら僕は見守る。
「……あーむ」
しかし、清水先輩は何も言わずに続けて2個目を食べ始めた。
「し、清水先輩……?」
「……んくっ。良助、本当に何で座らないんだ?」
「す、すみません。それより、げんこつドーナツは……?」
「美味しいよ。結構数入れてくれたみたいだし、良助も一緒に食べようじゃないか」
清水先輩はさらりと言い流したので、僕はポカンとしながら隣に座る。
「はい。良助の分」
「あ、ありがとうございます。あの……本当に味は大丈夫でしたか?」
「え。良助は味見してなかったのか?」
「いえ、もちろんしました! でも、清水先輩が思った以上に反応が薄かったのでつい」
「ああ、そういうことか。前にも話したかもしれないが、私はあんまり食べ物にこだわりがないんだ」
「そういえば言ってましたね……じゃあ、やっぱり今回げんこつドーナツを食べたいと思ったのも……」
「そう。良助が作ったって聞いたから食べたくなったんだ」
「それは……ええっ!?」
言われると思っていた感想と違うものが出て僕は驚く。
「だって、良助がこういうのを作れるって話なんて聞いてなかったから。まぁ、だから私としては今日良助が作って来てくれた時点で、満足していたということだ。あ、美味しいと思って食べてるのは本当だぞ?」
「よ、良かったぁ……」
「ははっ、なんだ良助は不安だったのか。自分で作ってくるって言うから自信満々だと思ってた」
「作ることになったのは野島さんが言ったからです」
「ふーん……ということは、本当にこの前の時は私に渡すつもりがなかったんだなー」
「それはその……」
「いや、よく考えたら私、良助にバレンタインデーに何もしてなかったわ」
清水先輩は唐突に思い出してそう言う。
「なるほど。だから貰えなかったのか……来年はちゃんと覚えておくよ」
「いやいや、そんな。来年は忙しいでしょうし……」
「チョコあげるくらいなら一瞬で済むだろう。本来は逆だけど、今日貰ったお返しということで」
清水先輩は笑いながら「覚えていたらだけど」と付け足す。随分と先のお返しになってしまうけど、頂ける分には遠慮するものではない。
「わかりました。楽しみに待ってます」
「ああ。あーむ……うん、ちゃんと美味しいよ。そこは間違いない」
「ありがとうございます」
「でも、良助と話しながら一緒に食べる方がやっぱり美味しいな」
「えっ!?」
「ほら、食べ終えたらまた歩くぞ!」
以前にもこういうことがあった気がするけど、清水先輩は食べ物自体の味の良さよりもそれに付随する要素で美味しさを感じるようだ。
だから、今回のげんこつドーナツも僕が作ったというだけで最初から合格点だった。
それが久しぶりだったから僕は焦ったり、どぎまぎしたりしてしまったけど……最後の感想が貰えたのなら作って良かったと思う。
散歩のついでと言われたけど、さすがに今回は朝からは遠慮してくれたので、僕は午前中にげんこつドーナツを作り始めた。
そして、昼食を取ってから13時半頃に学校近くのコンビニへ集合する。
「お疲れ、良助。それじゃあ、早速で悪いが頂こうか」
本当に早速だと思いながらも今回の主目的はそれなので、僕は包みを渡す。
「ありがとう。おお、これがげんこつドーナツ……ところでなんでげんこつドーナツって名前なんだ?」
「たぶん、げんこつみたいな形をしているからだと思うんですけど、詳しく考えたことなかったです。ちゃんと成型したら揚げドーナツになる的な?」
「でも、ドーナツって普通のやつも揚げてないか?」
「た、確かに……」
そう言われてみると、当然のようにげんこつドーナツと言っていたけど、実は通じていなかった可能性がある。みんな貰った後にネットで検索していたのかもしれない。
でも、そんなことより気になってしまうのは、清水先輩が受け取った揚げ……げんこつドーナツを中々食べないことだ。
もしかして清水先輩は、げんこつドーナツという響きに惹かれて食べてみたいと思ったけど、実際出てきたのはただの揚げドーナツだったから、拍子抜けしてしまったのだろうか。
「とりあえず歩こうか」
「は、はい」
清水先輩がそのまま散歩を始めてしまうので、僕は暫くその不安が消えなかった。こんなことなら渡す前にげんこつドーナツがどういうものか説明しておけば良かった。そんな後悔をしながら清水先輩の話に相槌を打っていると……
「よし、ここにしようか。ちょうどベンチもあるし」
たまたま通りがかった公園に清水先輩は立ち寄る。相変わらず歩く時は目的地もなく進んでいるから、この公園も始めて来る場所だった。
最低限の遊具と2つのベンチが置かれていて、恐らく近くマンションにいる子どもたちが少し遊べるスペースになっている。僕と清水先輩が来た時も遊具の方には何人か子どもがいた。
その中で清水先輩はベンチに腰をかけると、ようやく包みからげんこつドーナツを取り出す。
「ん? 良助、どうして立っているんだ?」
「い、いえ。気にしないで食べてください」
「そうか? あーむ……」
これから清水先輩が何を言うか、不安と緊張を抱きながら僕は見守る。
「……あーむ」
しかし、清水先輩は何も言わずに続けて2個目を食べ始めた。
「し、清水先輩……?」
「……んくっ。良助、本当に何で座らないんだ?」
「す、すみません。それより、げんこつドーナツは……?」
「美味しいよ。結構数入れてくれたみたいだし、良助も一緒に食べようじゃないか」
清水先輩はさらりと言い流したので、僕はポカンとしながら隣に座る。
「はい。良助の分」
「あ、ありがとうございます。あの……本当に味は大丈夫でしたか?」
「え。良助は味見してなかったのか?」
「いえ、もちろんしました! でも、清水先輩が思った以上に反応が薄かったのでつい」
「ああ、そういうことか。前にも話したかもしれないが、私はあんまり食べ物にこだわりがないんだ」
「そういえば言ってましたね……じゃあ、やっぱり今回げんこつドーナツを食べたいと思ったのも……」
「そう。良助が作ったって聞いたから食べたくなったんだ」
「それは……ええっ!?」
言われると思っていた感想と違うものが出て僕は驚く。
「だって、良助がこういうのを作れるって話なんて聞いてなかったから。まぁ、だから私としては今日良助が作って来てくれた時点で、満足していたということだ。あ、美味しいと思って食べてるのは本当だぞ?」
「よ、良かったぁ……」
「ははっ、なんだ良助は不安だったのか。自分で作ってくるって言うから自信満々だと思ってた」
「作ることになったのは野島さんが言ったからです」
「ふーん……ということは、本当にこの前の時は私に渡すつもりがなかったんだなー」
「それはその……」
「いや、よく考えたら私、良助にバレンタインデーに何もしてなかったわ」
清水先輩は唐突に思い出してそう言う。
「なるほど。だから貰えなかったのか……来年はちゃんと覚えておくよ」
「いやいや、そんな。来年は忙しいでしょうし……」
「チョコあげるくらいなら一瞬で済むだろう。本来は逆だけど、今日貰ったお返しということで」
清水先輩は笑いながら「覚えていたらだけど」と付け足す。随分と先のお返しになってしまうけど、頂ける分には遠慮するものではない。
「わかりました。楽しみに待ってます」
「ああ。あーむ……うん、ちゃんと美味しいよ。そこは間違いない」
「ありがとうございます」
「でも、良助と話しながら一緒に食べる方がやっぱり美味しいな」
「えっ!?」
「ほら、食べ終えたらまた歩くぞ!」
以前にもこういうことがあった気がするけど、清水先輩は食べ物自体の味の良さよりもそれに付随する要素で美味しさを感じるようだ。
だから、今回のげんこつドーナツも僕が作ったというだけで最初から合格点だった。
それが久しぶりだったから僕は焦ったり、どぎまぎしたりしてしまったけど……最後の感想が貰えたのなら作って良かったと思う。
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