上 下
317 / 942
1年生3学期

2月14日(月)晴れ時々曇り バレンタイン・ミス

しおりを挟む
 バレンタインな月曜日。今日行けば明日と明後日は高校入試で休みになるから、まるでバレンタインデーのために1日開けられたような日程になっている。
 それは決して冗談で言っているわけじゃなく、この日教室に入ると明らかにいつもよりも甘い香りが漂っていたからだ。恐らく他の教室も同じような状況で、時間が経てば廊下までその空気に包まれるんじゃないかと思ってしまうほど甘さが伝わってくる。
 昨日はチョコ作らなければバレンタインなんて意識しないと書いたけど、ここまでになると否が応でもバレンタインを意識させられていただろう。

 そんな中、僕を含めた男子連中はいたって普通の日であるように努めなければならない。本場のバレンタインがどうであるかは関係なく、この日本のこの時期におけるバレンタインは女子が何か起こすまでは口を出す権利はないのだ。

「あーあ。俺も今年のチョコはお預けだからなぁ」

「まぁ、さすがに明日試験を控えてる伊月さんにそれを求めるのは酷だろう」

「わかってるよ。でも、貰いたかったって気持ちは出してもいいじゃん?」

「……松永。ちなみにだけど、去年って伊月さんからチョコ貰ったの?」

「もちろん。あとはテニス部の女子にも貰ったよ」

 別に聞いてない情報まで松永は喋る。いや、わかっていた。松永は交友関係が広いから僕と違ってどこかしらからチョコを貰っていることは。

「あ。そういえば結局明莉ちゃんのチョコは完成したんだっけ?」

「うん。無事に今日持っていったよ。ついでに言うと僕が最初にチョコを貰った」

「それはまぁ、手伝って貰って渡さないわけにもいかないだろうし……」

「なんだよ。別にせがんだわけじゃないからな。ちゃんと明莉から渡してくれたんだから」

 自分から言い出しておいて何だけど、すごく言い訳っぽく聞こえる。バレンタインだからといってこの話題に乗っかったのは失敗だったかもしれない。

「へー 良かったじゃん、うぶクン」

「ありが……とう」

 いきなり会話に割り込んできた大山さんに僕は固まってしまう。

「い、今の話聞いてたの!?」

「うん。何かまずいことあった?」

「いや、ないけど……」

「それより、いっぱい作って余ったからうぶクンと松永も1つ食べなよ」

 そう言って大山さんが差し出したタッパーには丸形のトリュフチョコレートが入っていた。

「いいの、大山ちゃん!?」

 それに対して松永はすぐに食い付いた。

「いや、松永の場合はアタシがいいかどうかは知らないケド、義理チョコ食べる分にはバチは当たらないと思うよ? その代わり、お返しはやんわり期待しておくからね?」

「りょーかいした。じゃあ、遠慮なくいただきまーす」

「ほら、うぶクンも食べてたべて」

「い、いだたきます」

 松永が遠慮することなく手に取ってしまったので、僕も続けて食べることになる。

「あっ……甘くない感じだ」

「そうそう。今回はちょっとビターなカンジにしてみたんだケド……うぶクン的には甘い方が良かった?」

「ううん。これくらいの方がむしろすっきりしてて美味しいと思う」

「おー 好評で何より!」

 大山さんのリアクションを受けた僕は少し後悔した。流れで貰っただけなのに何を評価しているんだ僕は。

「いや、りょーちゃんを唸らせたら大したもんですぜ。なにせ明莉ちゃんのチョコを貰った後だから」

「だよねー というか、アタシも明莉ちゃんのチョコ食べたかったなー うぶクン、今度作って貰うように言ってくれる?」

「えっ!? た、たぶん、簡単に作って貰えないというか、作るまでが難しいというか……」

「じゃあ、うぶクンが作ったやつでもいいから。ね?」

 じゃあと言われてもそれだと全く別物になると思いつつ、僕は「検討しておく」と答えた。どちらにせよ食べてしまったからにはお返しを用意しないといけない。

 それからHRの前に明日の入試に向けた清掃活動が行われた。教室の窓を全開にして空気を入れ替えると、チョコの香りもだいぶ消えていったから明日の受験生に影響を与えることは無さそうだ。

 そして、僕はそのまま帰宅しようと教室を出た時だった。

「産賀くん、お疲れ様」

 ちょうど岸本さんが1組の教室がある方からこちらへやって来る。

「お疲れ様。どうしたの? 今日は部活がないけど……」

「え、えっと……」

 僕は何の悪気もなくそう聞くと、岸本さんはひどく困った様子になった。しかし、それを見た僕はすぐに失敗に気付く。
 だけど、それに対して僕からどうフォローを入れればいいかわからない。

「と、とりあえず移動しようか? ここだとあんまり……」

「……はっ!? ご、ごめんなさい。よく考えればわかることなのにここで呼び止めるなんて……」

 特に周りの目が僕と岸本さんへ向けられているわけではなかったけど、何となく気まずいのでその場から移動して学校から脱出する。
 そこから帰り道的に分かれる手前まで行くと、僕と岸本さんはようやく足を止めた。

「……産賀くん。その、何をやろうとしているのかわかっているとは思うのだけれど」

「う、うん」

「おかげさまでチョコが完成したから産賀くんにもと思って。味はわたしが食べて普通に美味しいと思ったし、かりんちゃんもそう言っていたから間違いないと思うのだけれど、もし口に合わなかったから……」

「そ、そんなことはないと思う。ありがたく受け取るよ」

 包みを取り出してから延々と説明を続けてしまいそうだったので、僕は途中で遮ってしまった。

「ほ、本当に美味しくなかったら全然残って貰えば……」

「ミチちゃん、長いです」

「きゃっ!?」

「わっ!?」

 どこからともなく出てきた花園さんに僕と岸本さんは同じタイミングで声をあげた。

「は、花園さん、いつから……」

「廊下でやり取りしていた時からです。そもそも華凛はミチちゃんがチョコを渡した後、一緒に帰る予定だったのに、なぜか二人で帰り始めたのでびっくりしました」

「ご、ごめん……わたし、色々考えてたら忘れちゃって」

「いえ、ミチちゃんは悪くありません。悪いのは急に言い出したリョウスケです」

「だ、だって、廊下で受け取るのはどうかと思って……」

「なぜですか? バレンタインにチョコを貰うことに何か不都合でも?」

 そう言われても教室でたまたま貰ったならともかく、わざわざこちらの教室まで来てチョコを渡される状況は僕にも岸本さんにも面倒な誤解を招く可能性がある。二人が同じ文芸部であることは傍から見たらわからないのだから。

「まぁ、このまま渡さず帰ることにならなかったのは良かったです。あ。言っておきますが、華凛はチョコを用意していません。欲しければ店舗に来て和スイーツを召し上がってください」

「わ、わかったよ」

「さて、華凛はこのままミチちゃんとお話ししますので、リョウスケはどうぞ帰ってください」

「ま、またね。産賀くん」

 突然の登場から完全に場の空気を持って行った花園さんに言われてしまったので、僕は大人しく帰ることにした。岸本さんと花園さんの帰り道は全く違うけど、この後に二人のバレンタインを楽しむのかもしれない。

 こうして、何もないと思っていたバレンタインデーは甘い香りと二つのチョコを貰えた日になった。

 なんというか……貰い慣れていないせいで両方の状況で挙動不審になってしまったけど、貰えたことは素直に嬉しく思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

フルコンタクト!!

みそしょうゆ
青春
極真空手。それは、素早い一撃で攻撃する寸止めとは違い、決められた時間内に直接打撃によって相手にダメージを与え、基本的に頭部による蹴り技が当たって「技あり」。それが2個で「一本勝ち」となる競技である。 そんな極真空手の『型』競技でかつて天才小学生と呼ばれた佐々木心真(ささきしんま)はこの春高校生となる。好きなことは勿論空手………ではなく!空手からはちょっと距離をおいて、小説アプリの投稿者になっていた。心真と幼い頃から空手を一緒にしている親友は中学後半で空手の才能が花開き、全国大会2連覇中。週一回来るか来ないかのペースで道場に通うenjoy勢の心真と言わばガチ勢の親友。2人の物語は、1人の空手ファンの女の子が現れる時、大きく揺れ動く…!

かのじょにせつなき青春なんてにあわない~世界から忘れられた歌姫を救いだせ~

すずと
青春
「あなただけが私を忘れてくれなければ良い。だから聞いて、私の歌を」  そう言って俺の最推しの歌姫は、俺だけに単独ライブを開いてくれた。なのに、俺は彼女を忘れてしまった。  大阪梅田の歩道橋を四ツ木世津《よつぎせつ》が歩いていると、ストリートライブをしている女性歌手がいた。  周りはストリートライブなんか興味すら持たずに通り過ぎていく。  そんなことは珍しくもないのだが、ストリートライブをしていたのは超人気歌手の出雲琴《いずもこと》こと、クラスメイトの日夏八雲《ひなつやくも》であった。  超人気歌手のストリートライブなのに誰も見向きもしないなんておかしい。  自分以外にも誰か反応するはずだ。  なんだか、世界が彼女を忘れているみたいで怖かった。  疑問に思った世津は、その疑問の調査をする名目で八雲とお近づきになるが──?  超人気歌手だった彼女とその最推しの俺との恋にまつまる物語が始まる。

ヒカリノツバサ~女子高生アイドルグラフィティ~

フジノシキ
青春
試合中の事故が原因でスキージャンプ選手を辞めた葛西美空、勉強も運動もなんでも70点なアニメ大好き柿木佑香、地味な容姿と性格を高校で変えたい成瀬玲、高校で出会った三人は、「アイドル同好会」なる部活に入ることになり……。 三人の少女がアイドルとして成長していく青春ストーリー。

過去は輝く。けど未来は未だに見えない。

ぽやしみ仙人
青春
声優アイドルグループ『世界は明日晴れるかな?』は、メンバーが休業や卒業を繰り返しいまや風前の灯となっていた。 メンバーである甘楽歌南は未来に不安を感じつつ、輝いていた過去を振り返っていく令和のアイドルコメディ。 第二章開始までしばらくお待ちください…

婚約破棄を訴える夫候補が国賊だと知っているのは私だけ~不義の妹も一緒におさらば~

岡暁舟
恋愛
「シャルロッテ、君とは婚約破棄だ!」 公爵令嬢のシャルロッテは夫候補の公爵:ゲーベンから婚約破棄を突きつけられた。その背後にはまさかの妹:エミリーもいて・・・でも大丈夫。シャルロッテは冷静だった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

C-LOVERS

佑佳
青春
前半は群像的ラブコメ調子のドタバタ劇。 後半に行くほど赤面不可避の恋愛ストーリーになっていきますので、その濃淡をご期待くださいますと嬉しいです。 (各話2700字平均) ♧あらすじ♧ キザでクールでスタイリッシュな道化師パフォーマー、YOSSY the CLOWN。 世界を笑顔で満たすという野望を果たすため、今日も世界の片隅でパフォーマンスを始める。 そんなYOSSY the CLOWNに憧れを抱くは、服部若菜という女性。 生まれてこのかた上手く笑えたことのない彼女は、たった一度だけ、YOSSY the CLOWNの芸でナチュラルに笑えたという。 「YOSSY the CLOWNに憧れてます、弟子にしてください!」 そうして頭を下げるも煙に巻かれ、なぜか古びた探偵事務所を紹介された服部若菜。 そこで出逢ったのは、胡散臭いタバコ臭いヒョロガリ探偵・柳田良二。 YOSSY the CLOWNに弟子入りする術を知っているとかなんだとか。 柳田探偵の傍で、服部若菜が得られるものは何か──? 一方YOSSY the CLOWNも、各所で運命的な出逢いをする。 彼らのキラリと光る才に惹かれ、そのうちに孤高を気取っていたYOSSY the CLOWNの心が柔和されていき──。 コンプレックスにまみれた六人の男女のヒューマンドラマ。 マイナスとマイナスを足してプラスに変えるは、YOSSY the CLOWNの魔法?! いやいや、YOSSY the CLOWNのみならずかも? 恋愛も家族愛もクスッと笑いも絆や涙までてんこ盛り。 佑佳最愛の代表的物語、Returned U NOW!

処理中です...