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1年生3学期
2月8日(火)曇り 岸本路子の成長その8
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2年生の修学旅行2日目の火曜日。その修学旅行が最も影響する部活日だけど、先週の約束通り僕と岸本さんは放課後に廊下で落ち合ってから部室へ向かった。
ただでさえいつもより静かな校内で2年生がいない部室は更に静けさを感じる。でも、創作する時間としては意外にも良い環境で、僕と岸本さんも入る前に少し会話を交わした後はそれぞれの作業に集中していた。
それにしても、この前岸本さんと二人きりになった時はやけに緊張してしまったけど、今日二人きりだと全く緊張しないのはやっぱり校内かつ部室という環境のおかげなのだろうか。
「うー……」
そんな中、僕は作業を一区切りして伸びをする。一方の岸本さんはそんな僕の声にも反応せず、黙々と作業を続けていた。
「岸本さん、ちょっと休憩しない?」
それを邪魔したら少し悪いと思いつつも始めてから結構な時間が経っているので、僕はそう声をかけてみた。
すると、岸本さんはゆっくりと僕の方に体を向ける。
「……産賀くん」
「いいところだったらごめん。でも、いつもならいいタイミングで先輩方が話かけてくれるから……」
「バレンタインチョコ、どうしよう!?」
「ええっ!?」
そう言った岸本さんは先週と同じように泣きそうな顔になっていた。
「さ、作業してたんじゃないの……?」
「もちろん、途中までは考えていたのだけれど、この土日でも結局どうしたらいいかわからなくて。だから、今日産賀くんに聞いてみようと思っていたけれど、いざ作業が始まったらなかなかそのタイミングが無くて……」
「そうだったんだ。それで何を迷ってるの?」
「……全部?」
岸本さんにしては思考を放棄した答えだった。いや、手作りチョコを調べる過程で色々大変なことが判明したから気持ちはわかる。
「それじゃあ、まだチョコの材料って買ってなかったりする?」
「そ、そう! そこも引っかかってて、産賀くん……じゃなくて産賀くんの妹さんはどうしてるの?」
「市販の板チョコと生クリームを買って、公式サイトのレシピを参考にしながら作ってたよ。実は土曜日に僕も買い物に付いて行って、帰った後お試しで1回作ったんだ」
「そういえばわたし、練習することすら考えてなかった……」
「いやいや。市販のチョコがベースだしそんな失敗することはないと思う。時間はかかるかもしれないけど」
「じゃあ、わたしがまずやるべきなのは……」
「とりあえずどういうチョコを作るかじゃないかな? サイトを見てみようよ」
そのまま岸本さん一人にすると先ほどのように沈黙状態になってしまうかもしれないので、僕は自分のスマホでサイトを表示しながら岸本さんに見せる。
それを数分ほど真剣に吟味した岸本さんが選んだのは……
「この簡単にできるひとくちガトーショコラにしてみるわ。うちには確か泡立て器があるし、オーブンも使えるはずだから」
「じゃあ、必要なのは板チョコと卵……グラニュー糖にホットケーキミックスか」
「帰りにコンビニかスーパーに寄れば何とか揃えられそう。でも、練習するのを考えると多めに買っておいた方がいいかな……?」
「それは岸本さんが渡す数によるんじゃない? だれ……」
そこまで言いかけて今日の僕は止まることができた。それを聞くのはどう考えても空気が読めていない。
「渡す数……このレシピだと何人分になるんだろう」
岸本さんには聞こえていなかったようで、僕は胸をなでおろす。
「ごめんなさい、産賀くん。わたしから部室を開けようって言ったのにあんまり作業進められなくて」
「全然いいよ。むしろ、二人きりだったからこういう相談ができたわけだし。まぁ、先輩方がいても怒られることはないだろうけど」
「産賀くんも……たんだ」
「うん? 何かあった?」
「……ふふっ。何でもない」
岸本さんが笑ったのはどういうことかわからないけど、今後それほどないであろう二人だけの部活日は平和に終わっていった。あとは岸本さんが無事に材料を買って、問題なく完成させられることを願うばかりである。
ただでさえいつもより静かな校内で2年生がいない部室は更に静けさを感じる。でも、創作する時間としては意外にも良い環境で、僕と岸本さんも入る前に少し会話を交わした後はそれぞれの作業に集中していた。
それにしても、この前岸本さんと二人きりになった時はやけに緊張してしまったけど、今日二人きりだと全く緊張しないのはやっぱり校内かつ部室という環境のおかげなのだろうか。
「うー……」
そんな中、僕は作業を一区切りして伸びをする。一方の岸本さんはそんな僕の声にも反応せず、黙々と作業を続けていた。
「岸本さん、ちょっと休憩しない?」
それを邪魔したら少し悪いと思いつつも始めてから結構な時間が経っているので、僕はそう声をかけてみた。
すると、岸本さんはゆっくりと僕の方に体を向ける。
「……産賀くん」
「いいところだったらごめん。でも、いつもならいいタイミングで先輩方が話かけてくれるから……」
「バレンタインチョコ、どうしよう!?」
「ええっ!?」
そう言った岸本さんは先週と同じように泣きそうな顔になっていた。
「さ、作業してたんじゃないの……?」
「もちろん、途中までは考えていたのだけれど、この土日でも結局どうしたらいいかわからなくて。だから、今日産賀くんに聞いてみようと思っていたけれど、いざ作業が始まったらなかなかそのタイミングが無くて……」
「そうだったんだ。それで何を迷ってるの?」
「……全部?」
岸本さんにしては思考を放棄した答えだった。いや、手作りチョコを調べる過程で色々大変なことが判明したから気持ちはわかる。
「それじゃあ、まだチョコの材料って買ってなかったりする?」
「そ、そう! そこも引っかかってて、産賀くん……じゃなくて産賀くんの妹さんはどうしてるの?」
「市販の板チョコと生クリームを買って、公式サイトのレシピを参考にしながら作ってたよ。実は土曜日に僕も買い物に付いて行って、帰った後お試しで1回作ったんだ」
「そういえばわたし、練習することすら考えてなかった……」
「いやいや。市販のチョコがベースだしそんな失敗することはないと思う。時間はかかるかもしれないけど」
「じゃあ、わたしがまずやるべきなのは……」
「とりあえずどういうチョコを作るかじゃないかな? サイトを見てみようよ」
そのまま岸本さん一人にすると先ほどのように沈黙状態になってしまうかもしれないので、僕は自分のスマホでサイトを表示しながら岸本さんに見せる。
それを数分ほど真剣に吟味した岸本さんが選んだのは……
「この簡単にできるひとくちガトーショコラにしてみるわ。うちには確か泡立て器があるし、オーブンも使えるはずだから」
「じゃあ、必要なのは板チョコと卵……グラニュー糖にホットケーキミックスか」
「帰りにコンビニかスーパーに寄れば何とか揃えられそう。でも、練習するのを考えると多めに買っておいた方がいいかな……?」
「それは岸本さんが渡す数によるんじゃない? だれ……」
そこまで言いかけて今日の僕は止まることができた。それを聞くのはどう考えても空気が読めていない。
「渡す数……このレシピだと何人分になるんだろう」
岸本さんには聞こえていなかったようで、僕は胸をなでおろす。
「ごめんなさい、産賀くん。わたしから部室を開けようって言ったのにあんまり作業進められなくて」
「全然いいよ。むしろ、二人きりだったからこういう相談ができたわけだし。まぁ、先輩方がいても怒られることはないだろうけど」
「産賀くんも……たんだ」
「うん? 何かあった?」
「……ふふっ。何でもない」
岸本さんが笑ったのはどういうことかわからないけど、今後それほどないであろう二人だけの部活日は平和に終わっていった。あとは岸本さんが無事に材料を買って、問題なく完成させられることを願うばかりである。
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