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1年生2学期

11月11日(木)曇り 大山亜里沙との距離間その12

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 この日の放課後。僕は月曜日の約束通り、大山さんの相談に乗ることになる。

「うぶクン、お待たせ。あっ、そういえば自転車だったこと忘れてた……ゴメンね、歩かせちゃって」

「ううん。別に大丈夫。それでどこへ行くとかあるの?」

「それは決めてない! 何となく歩きながらの方がいいと思って」

 大山さんがそう言うので僕は「そうなんだ」と返すけど、てっきり大山さんが部活へ行く前にちょっと話して終わるものだと思っていたから内心少し驚いていた。

「それでさー 瑞姫がその時なんて言ったと思う?」

 そして、実際に歩き始めるとまずは世間話から始まった。いきなり相談するのも良くないと思ったのだろうか。そもそも歩きながら話すということはある程度時間がかかる相談なんだろうか。
 よく考えれば相談してすぐに答えられる内容ならわざわざ今日を指定する必要がない。僕は世間話よりもそちらに気を取られていた。

「こうやってがっつり話すのってやっぱり久しぶりなカンジがする。テストの時にも言ったケド」

「そうだね……」

「……うぶクン早く本題に入ればって思ってるでしょ?」

「そ、そんなことないよ」

「ホントにー?」

 大山さんの疑いの目に僕は全力で頷いて否定する。ただ、さっきから考えるうちに少しだけ生じてきたものはあった。いったい何を相談されるんだろうという不安だ。

「まー、あんまり時間かけても悪いし、そろそろ本題に入ろうかな」

「この後の予定は特にないから時間は気にしないで大丈夫だよ」

「ありがと。それじゃあ、まず最初に……うぶクンはアタシに関する噂、知ってる?」

 大山さんにそう聞かれて僕は以前のことを思い出す。僕と大山さんが何かあったような噂が一部で流れていたことだ。でも、今日それを改めて聞く意味はないだろうからその話ではないだろう。そうなると知らないと答えるしかない。

「僕はそういうのに疎いから……」

 そう付け加えつつ何か聞いていなかったか思い出してみるけど……強いて言うなら大山さんと本田くんがいい感じだということだ。今日話されると思っていたのはそれに関連したことだと思っていたけど、当事者にそれを言うのは何か違う気がする。

「そっか……そうだよね。ねぇ、うぶクン。今からする話、そんなに面白くはないんだケド……聞いてくれる?」

「……うん。大丈夫」

「アタシさ……実はビッチって噂されたことあるんだ」

「ええっ!? そ、そんなことが……」

「あっ、これは中学の時の話ね。今の高校ではそんなこと言われてないから。もちろん、中学の時でも実際はそんなことはなかったよ?」

 大山さんは笑いながら弁明するけど、この時点で今日の相談される内容が想像していたものと全く違うものであることがわかってしまう。

「この噂ってさ、全く根も葉もない噂ってわけじゃなくて、アタシも悪いところがあるの。中学の頃、アタシは何回か男子と付き合うことになったんだケド……どれも長続きしなかったんだ。それが結構短い期間で起こったから一部で言われるようになっちゃって」

「……災難だったね」

「ホントそう……とまでは言えないかな」

「い、言えないって、別に長続きしないこと自体は悪いなんてことは……」

「それだけじゃないの。アタシが付き合った男子は……全員普段から仲のいい男子だった。それも全員男子の方からの告白でさ。あっ、自慢じゃないからね?」

 あくまで大山さんは普段と変わらない先ほどの世間話の延長のような感じで言ってくる。それに対して僕はどういう表情を返していいかわからない。

「それで悩んだ末に付き合って……全部失敗しちゃったワケ。しかも別れを切り出す時は全部アタシからで、それが回り回って噂に繋がったんだと思う」

「そう……だったんだ」

「……で、ここまでは前置き。アタシがうぶクンに相談っていうか、聞いてみたいことがあるの」

「……何?」

「うぶクンは……男女の友情って成立すると思う?」

 そう聞いた大山さんは……僕に何を期待しているんだろうか。ともすれば自分の恥ずかしい過去を言ってまで、僕にその相談することにどんな意味があるのか。そのことを含めて僕は少しばかり考えてから口を開く。

「僕は……成立すると思う。現に今の僕と大山さんは友達として話してるわけだし」

「やっぱり? アタシもそう思う」

「…………」

「アタシはさ、別に男女限らず賑やかに話せて、一緒に楽しめる人が好き。くだらないことでも報告し合って、夜更かししちゃうような友達がいい。でも、実際そう思っている人ばかりじゃない。それがアタシには……スゴく難しくてさ」

 ……本田くんに相談されてから僕はどちらかと言えば本田くんの立場に寄って彼の恋路を応援してきた。その中で大山さんの立場で考えられていないことは少しだけ思ったことがある。

「たぶんこれからもずっと悩むんだろうなー……何が正解かわかんないから」

 それから二人の関係から離れてしまったことで僕はそれを忘れてしまっていた。それどころかいい雰囲気だと聞いて勝手に上手く行っていると思い込んでいたのだ。

「はー すっきりした!」

「えっ!?」

「うん? アタシの相談はこれで終わり!」

「お、終わり!? 全然何も解決してな……」

「アタシが誰かに聞いて欲しかったことを聞いて貰って、アタシの疑問に共感して貰ったから十分だよ?」

「で、でも……」

「たまにはこういうオトナっぽい話もいいね。って、別にオトナっぽくはないか」

 もしも僕が今日まで二人と一緒に行動していたら……大山さんの立場に立てていただろうか。そのままの流れで本田くんのために押し進めてしまったかもしれない。

「それじゃあ、今日は解散で。聞いてくれてありがとね、うぶクン」

「ま、待って! 僕も……一つだけ聞きたいことがある」

「なになに?」

「なんで僕に相談を……?」

「……別に理由はないかな。強いて言うなら何となく話しやすかったから。それにうぶクンなら別に言いふらしたりしないだろうし。ほら、真面目だから」

 そう言いながら大山さんはいつも通りからかうような笑顔を見せる。結局、そのまま僕と大山さんは各々の帰路についてしまった。

 僕はこの話を本田くんに言うことはできない。大山さんが言いふらさないと思っているならそれに従うべきだ。
 
 大山さんは今また悩んでいる中で誰かに話をして整理したかった。その対象がたまたま僕で、今日話したことでそのことはとりあえず割り切れた。ポジティブに捉えるならそう言える。

 でも、本当にそうだと言い切れるかといえば……僕はわからなくなってしまった。
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