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1年生2学期
10月16日(土)曇り 岸本路子の奮起
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この日の午前10時。岸本さんが指定した集合場所はカフェだった。だからといって、お茶会をするわけではないから早めに着いて待っている時から僕は緊張していた。
岸本さんと花園さんが来てから店に入ると、テーブルと座席は高い壁に仕切られており、入口にはカーテンが付いていた。どうやらこのカフェの席は簡易的な個室になるようだ。
「今日はわたしがおごるから遠慮せずに飲んでね。あっ、別に飲み物だけってわけじゃなくて、他のものも頼んでいいのだけれど……いえ、その余計なことを言うつもりはなくて……」
主催である岸本さんも緊張気味なようだけど、注文を取り付けてそれぞれ飲み物を口に付けるとようやくカフェらしい落ち着いた空気になった。
「……まずは二人とも昨日も今日もわたしのために時間を取ってくれてありがとう。二人が来てくれたおかげで心が軽くなったし、あの後も自分の中で色々と整理できたわ。それで…………」
「大丈夫です。華凛の時間はたっぷりあるので落ち着いて話してくれれば」
「ぼ、僕も大丈夫」
油断すると花園さんはすぐに僕のことを切り離すので、僕は慌てて言葉を続ける。それに頷いた岸本さんはゆっくり話だす。
「今回のことは……土曜日にかりんちゃんと一緒に見て回っていた時、ある人たちを見かけたのがきっかけだったの。最初は何でここにと思ったのだけれど、よく考えれば文化祭に外部の人が来る可能性は十分あった。知り合いがいれば誘われるかもしれないし、地元から遠くないから暇で来たのかもしれない。ただ、わたしはそんなことを想定していなくて……」
「ミチちゃんが少し様子が変わったように見えたのはその時だったんですね」
「うん。わたしが見た人たちは……中学の同級生なの。ちょうど当時の4人組がそのまま来ていて、それを見たわたしは……色々と思い出してしまった。だけど、わたしが顔を見ただけで、たぶんその4人はわたしのことなんて気付いていない。そう思うようにして何とか土曜日は終えたわ」
一日目の岸本さんが疲れ気味だったのは展示の案内で疲れただけじゃなかった。それに早く気付いていれば……と思ってしまうけど、それを今後悔しても仕方ない。
「それでもわたしは完全に割り切れなくて、引きずったまま日曜日が来てしまったの。その時点に先輩方に心配されるほど、いつも通りじゃなくて……そんな時、昼過ぎに展示室へその4人が入って来たのが目に入って……頭が真っ白になったわ。今度こそ確実に出会ってしまう。何とかしたいのにどうしたらいいかわからなくなって、わたしはその場を逃げ出すしかなかった。産賀くん、あの時は本当にごめんなさい。わたし、たぶんひどい言葉を……」
「ううん。一人にして欲しいって言われただけだから何も。むしろ……いや、何でもない」
岸本さんの空気に引きずられて僕まで謝罪の言葉を出しそうになったけど、今日だけは駄目だ。あくまで今日は岸本さんの話を聞く時間なのだから。
「ミチちゃんはその4人に…………嫌な思いをさせられたのですか?」
「……うん。中学の時のわたしは本を読むばかりで、しかも性格は大人しくて引っ込み思案。だから、友達がいなくて教室だと一人で過ごすことが多かったの。それがあの4人からすれば……目立つ存在だったんだと思う。ある日から何かとちょっかいをかけられるようになって……一時的はそれが毎日のように繰り返されて……」
「そ、そこまで聞くつもりは……」
「ううん。自分で言うって決めてたから…………わたし、友達はいつか勝手にできると思っていたの。だから、4人にちょっかいをかけられたその日々もいつか友達になるべく現れた人が助けてくれて、何とかしてくれるって。だけど、現実はそんな簡単じゃなくて、自分で行動しなくちゃいけないことがわかった。それで高校からはがんばってみようとしたのだけれど……結局、わたしの中には元々の性格とその時の経験から臆病な心が出来上がって、想像したように行動できなかった」
岸本さんはそこで一度言葉を止める。それに対して何か言ってあげたい気持ちはあったけど、花園さんも含めて簡単に言葉が出てこない。
しかし、それから次に口を開いたのは岸本さんの方かららだった。
「でも、そんなわたしにも……高校で楽しいと思えることがあるの。自分が好きな本に関わる文芸部と、そこにいる優しい先輩方。そして、今もこうして話を聞いてくれる……かりんちゃんと産賀くん。できると思ってなかった友達ができて、話せると思っていなかったことがたくさん話せて……なのに、わたしは今回のことで、みんなからまで逃げ出そうとした」
「ミチちゃん……」
「だけど、みんながもう一度わたしを受け入れてくれるなら……わたし、みんなからは逃げない。きっと他のことにはまた臆病になって逃げだすことはあると思うけれど、その時は、ちゃんと……二人を頼りにする。先輩方に助けて貰う。こんな他力本願なわたしだけれど、二人がいいのなら…………もう一度、わたしと友達になってください!」
少しだけカフェに響いてしまった声は他のお客さんからすれば何事だと思うことだろう。でも、僕や花園さんにとって、岸本さんのその言葉は一番嬉しい言葉だった。
「もう一度も何も……とは思いましたが、そう言ってくれるなら華凛はもちろん応えます」
「僕も……改めてっ何ども言ってる気がするけど……改めてよろしく、岸本さん」
「あり……がとう……ぐすっ」
「産賀良助さん。泣かせるのは良くないと思うのですが」
「えっ!? 今の僕のせいじゃな――」
「ミチちゃん、ハンカチを」
花園さんに振り回される僕を見て、岸本さんは少し笑う。
もしも僕と花園さんが岸本さんの家を訪れていなくてもいつも通りの岸本さんに戻れたかもしれない。僕と花園さんが知ったことで岸本さんの過去の経験が変わるわけではないのだから。
でも、それだと岸本さんは僕らを友達だと思いながらもどこか遠慮したままだったはずだ。話したことで岸本さんの気持ちが少しでも楽になったのなら今日この時は必要な時間だった。勘違いや自信過剰に思われるからもしれないけど、行動できて良かったと思う。
◇
「わたし、月曜日からはちゃんと学校へ行くわ」
「うん、良かった。水曜日からテストあるしね」
「……えっ?」
岸本さんはきょとんとした顔で僕を見るので、僕はその流れで花園さんの方を見てしまう。その時ばかりはまだ表情を読みづらい花園さんが同情した目線を岸本さんに向けているとわかった。
「もしかして……知らなかった?」
「中間テストは文化祭が終わってから2週間後で……わたしは1週間休んで……あああああ!?」
「だ、大丈夫。まだ今日の午後も合わせて3日半くらいはあるから」
「で、でも、わたし……この休んでる間は普通に本を読んでしまっていたし、今回も数学が……」
「それならまた僕が教えるから! 月火で間に合わせるように……」
「産賀良助さん。またというのはもしや以前も二人きりで勉強を教えるようなことをしていたのですか……?」
「ち、違うの、かりんちゃん! それはわたしから頼んだことで、その頃はまだかりんちゃんとも距離が……」
「おかわりを貰います。ヤケ飲みです」
それから花園さんに言い訳をしたり、岸本さんにテストに関する話をしたりと最初の空気とは全く違う騒がしい時間を過ごした。
こうして、岸本さんと文化祭の一件はひとまず終わりを迎えた。次に心配するべきは……自分も含めたテストの行方だ。
岸本さんと花園さんが来てから店に入ると、テーブルと座席は高い壁に仕切られており、入口にはカーテンが付いていた。どうやらこのカフェの席は簡易的な個室になるようだ。
「今日はわたしがおごるから遠慮せずに飲んでね。あっ、別に飲み物だけってわけじゃなくて、他のものも頼んでいいのだけれど……いえ、その余計なことを言うつもりはなくて……」
主催である岸本さんも緊張気味なようだけど、注文を取り付けてそれぞれ飲み物を口に付けるとようやくカフェらしい落ち着いた空気になった。
「……まずは二人とも昨日も今日もわたしのために時間を取ってくれてありがとう。二人が来てくれたおかげで心が軽くなったし、あの後も自分の中で色々と整理できたわ。それで…………」
「大丈夫です。華凛の時間はたっぷりあるので落ち着いて話してくれれば」
「ぼ、僕も大丈夫」
油断すると花園さんはすぐに僕のことを切り離すので、僕は慌てて言葉を続ける。それに頷いた岸本さんはゆっくり話だす。
「今回のことは……土曜日にかりんちゃんと一緒に見て回っていた時、ある人たちを見かけたのがきっかけだったの。最初は何でここにと思ったのだけれど、よく考えれば文化祭に外部の人が来る可能性は十分あった。知り合いがいれば誘われるかもしれないし、地元から遠くないから暇で来たのかもしれない。ただ、わたしはそんなことを想定していなくて……」
「ミチちゃんが少し様子が変わったように見えたのはその時だったんですね」
「うん。わたしが見た人たちは……中学の同級生なの。ちょうど当時の4人組がそのまま来ていて、それを見たわたしは……色々と思い出してしまった。だけど、わたしが顔を見ただけで、たぶんその4人はわたしのことなんて気付いていない。そう思うようにして何とか土曜日は終えたわ」
一日目の岸本さんが疲れ気味だったのは展示の案内で疲れただけじゃなかった。それに早く気付いていれば……と思ってしまうけど、それを今後悔しても仕方ない。
「それでもわたしは完全に割り切れなくて、引きずったまま日曜日が来てしまったの。その時点に先輩方に心配されるほど、いつも通りじゃなくて……そんな時、昼過ぎに展示室へその4人が入って来たのが目に入って……頭が真っ白になったわ。今度こそ確実に出会ってしまう。何とかしたいのにどうしたらいいかわからなくなって、わたしはその場を逃げ出すしかなかった。産賀くん、あの時は本当にごめんなさい。わたし、たぶんひどい言葉を……」
「ううん。一人にして欲しいって言われただけだから何も。むしろ……いや、何でもない」
岸本さんの空気に引きずられて僕まで謝罪の言葉を出しそうになったけど、今日だけは駄目だ。あくまで今日は岸本さんの話を聞く時間なのだから。
「ミチちゃんはその4人に…………嫌な思いをさせられたのですか?」
「……うん。中学の時のわたしは本を読むばかりで、しかも性格は大人しくて引っ込み思案。だから、友達がいなくて教室だと一人で過ごすことが多かったの。それがあの4人からすれば……目立つ存在だったんだと思う。ある日から何かとちょっかいをかけられるようになって……一時的はそれが毎日のように繰り返されて……」
「そ、そこまで聞くつもりは……」
「ううん。自分で言うって決めてたから…………わたし、友達はいつか勝手にできると思っていたの。だから、4人にちょっかいをかけられたその日々もいつか友達になるべく現れた人が助けてくれて、何とかしてくれるって。だけど、現実はそんな簡単じゃなくて、自分で行動しなくちゃいけないことがわかった。それで高校からはがんばってみようとしたのだけれど……結局、わたしの中には元々の性格とその時の経験から臆病な心が出来上がって、想像したように行動できなかった」
岸本さんはそこで一度言葉を止める。それに対して何か言ってあげたい気持ちはあったけど、花園さんも含めて簡単に言葉が出てこない。
しかし、それから次に口を開いたのは岸本さんの方かららだった。
「でも、そんなわたしにも……高校で楽しいと思えることがあるの。自分が好きな本に関わる文芸部と、そこにいる優しい先輩方。そして、今もこうして話を聞いてくれる……かりんちゃんと産賀くん。できると思ってなかった友達ができて、話せると思っていなかったことがたくさん話せて……なのに、わたしは今回のことで、みんなからまで逃げ出そうとした」
「ミチちゃん……」
「だけど、みんながもう一度わたしを受け入れてくれるなら……わたし、みんなからは逃げない。きっと他のことにはまた臆病になって逃げだすことはあると思うけれど、その時は、ちゃんと……二人を頼りにする。先輩方に助けて貰う。こんな他力本願なわたしだけれど、二人がいいのなら…………もう一度、わたしと友達になってください!」
少しだけカフェに響いてしまった声は他のお客さんからすれば何事だと思うことだろう。でも、僕や花園さんにとって、岸本さんのその言葉は一番嬉しい言葉だった。
「もう一度も何も……とは思いましたが、そう言ってくれるなら華凛はもちろん応えます」
「僕も……改めてっ何ども言ってる気がするけど……改めてよろしく、岸本さん」
「あり……がとう……ぐすっ」
「産賀良助さん。泣かせるのは良くないと思うのですが」
「えっ!? 今の僕のせいじゃな――」
「ミチちゃん、ハンカチを」
花園さんに振り回される僕を見て、岸本さんは少し笑う。
もしも僕と花園さんが岸本さんの家を訪れていなくてもいつも通りの岸本さんに戻れたかもしれない。僕と花園さんが知ったことで岸本さんの過去の経験が変わるわけではないのだから。
でも、それだと岸本さんは僕らを友達だと思いながらもどこか遠慮したままだったはずだ。話したことで岸本さんの気持ちが少しでも楽になったのなら今日この時は必要な時間だった。勘違いや自信過剰に思われるからもしれないけど、行動できて良かったと思う。
◇
「わたし、月曜日からはちゃんと学校へ行くわ」
「うん、良かった。水曜日からテストあるしね」
「……えっ?」
岸本さんはきょとんとした顔で僕を見るので、僕はその流れで花園さんの方を見てしまう。その時ばかりはまだ表情を読みづらい花園さんが同情した目線を岸本さんに向けているとわかった。
「もしかして……知らなかった?」
「中間テストは文化祭が終わってから2週間後で……わたしは1週間休んで……あああああ!?」
「だ、大丈夫。まだ今日の午後も合わせて3日半くらいはあるから」
「で、でも、わたし……この休んでる間は普通に本を読んでしまっていたし、今回も数学が……」
「それならまた僕が教えるから! 月火で間に合わせるように……」
「産賀良助さん。またというのはもしや以前も二人きりで勉強を教えるようなことをしていたのですか……?」
「ち、違うの、かりんちゃん! それはわたしから頼んだことで、その頃はまだかりんちゃんとも距離が……」
「おかわりを貰います。ヤケ飲みです」
それから花園さんに言い訳をしたり、岸本さんにテストに関する話をしたりと最初の空気とは全く違う騒がしい時間を過ごした。
こうして、岸本さんと文化祭の一件はひとまず終わりを迎えた。次に心配するべきは……自分も含めたテストの行方だ。
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