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1年生2学期

10月9日(土)晴れ 文化祭は楽しい

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 文化祭1日目。開場は9時からだけど、生徒たちはほぼいつも通りの時間帯に登校して、当日の確認や仕込みをしていく。
 校門には大きなアーチが設置され、それを潜ると運動部が営業する飲食店のテントが立ち並んでいる。校内は3階が封鎖されており、基本的に1年・2年の教室はクラスの出し物、残りの空き教室が文化部や同好会の展示室等に割り当てられていた。
 文芸部はいつもの部室に使う空き教室とは別の教室になっていて、右隣は将棋部、左隣は地学同好会……と少々渋めのラインナップが続いている。

「まー 基本は人が来るまでは雑談をしながら待つ感じでー 本当に暇そうだったらお隣さん見に行ってもいいよー」

「えっ? いいんですか?」

「どうしても展示見て欲しいなら呼び込みしてもいいけど、そういうわけでもないでしょー? それに……ほら、今入って来たのは地学同好会の子だしー」

「沙良っち、全然人来ないよ~」

「開場したばかりだとみんな飲食店ゾーンに引っかかるからしょうがないよー お茶飲むー?」

「飲む~ あと、今年の冊子も読む!」

 そのまま森本先輩は地質同好会の知り合いと歓談を始めてしまった。それを見た水原先輩はため息を付きながら僕と岸本さんに話しかける。

「沙良は緩み過ぎだが、この時間帯は全然こんな感じだ。一番人が来るのは昼過ぎから15時にかけてだから今のうちに近場を見て回るのは構わないぞ。出たかったらひと声かけてくれ」

「じゃあ、せっかくだしお隣さん見に行こうよ! ほら、ウーブ君と岸本ちゃん!」

 ソフィア先輩に言われるがまま隣の教室を訪れるとどちらの部も同じように緩い空気が流れていた。でも、展示に関してはしっかりしていて、将棋部では駒の動かし方のわかりやすく紹介したもの、地質同好会では高校周辺の地理について昔との違いの解説というようにどちらも資料として興味深いものだった。

 そんなお隣さんと少しばかりの交流をしてから30分後。ここのラインにもぽつぽつとお客さんが入り始める。客層はどちらかというとお年寄りが多く、今年の冊子や短歌の展示で足を止めて見学してくれた。

「よ、よろしければお茶をどうぞ……」

「ありがとう。あら? あなたは去年見なかった気がするから今年の1年生かい?」

「は、はい」

「そうかいそうかい。新入部員は何人くらい来たんだい?」

「わたしと産……もう一人男子が――」

 緊張しながらお茶を提供する岸本さんを先輩方は微笑みながら見つめる。森本先輩の宣言通り、来年のために僕と岸本さんは積極的に展示の案内を任されることになった。

「この本は貰っていいんですか?」

「はい。ぜひ持ち帰ってください」

「ちなみになんで”黄昏”なんですか?」

「…………すみません、ちょっと聞いてきます」

 こんな風に困る場面もあったけど、概ね順調に案内できたと思う。ちなみに「黄昏」は校歌に入っていた印象的な言葉を取って付けたらしい。



 時刻は11時過ぎ。客層は少しずつ子ども連れや若い人も混ざり始める。うちの4組がやることになったヨーヨー釣りの景品を持っている子どもを始め、出し物や展示で貰った物を持っている人も多くいたので、恐らくついでに色々見て回る時間帯なんだろう。

 そんな中、水原先輩が僕と岸本さんに話しかける。

「産賀、岸本。今から12時半くらいまでは自由に行動していいぞ。ちょうど昼ご飯の時間に重なるから店が混んだりして待つことになったりしたらまた連絡をしてくれ」

「わかりました。先輩方は何か食べたいものは……」

「そこは心配ないよー ソフィアたちはソフィアたちで適当に買って来るから。それより二人もせっかくの文化祭なんだから友達とも回って来るといいよ」

 ソフィア先輩にそう言われたので、大倉くんに連絡を入れてから僕は岸本さんと展示室を出る。

「岸本さんは花園さんと回る感じ?」

「うん。産賀くんは……松永くんと回るの?」

「いや、松永はかの……先客がいるから別の友達と回る」

「そっか……そうだよね」

「えっ?」

「ううん、なんでもない。それじゃあ、またあとで」

 岸本さんはそう言って花園さんと合流する場所へ向かって行った。一方の僕も1階まで降りて、ついさっき学校に到着したらしい大倉くんと合流する。

「あれ? 制服着て来たんだ」

「ちょ、ちょっと迷ったけど、一応はこの学校の生徒だから……文芸部は産賀くんが戻るタイミングに行っていいかな?」

「わかった。他に行きたいところはある?」

「と、特にないかな。産賀くんは?」

「実は文芸部の隣とかはもう見てて……いや、一つだけ先に行ってみていい?」

 僕がそう聞くと大倉くんは頷いたので、そこへ向かい始める。その部活はちょうど1階で展示……というか実演をしており、他の文化部とは違って教室ではなく、購買がある広間をスペースとして使っていた。

「せ、盛況しているなぁ。茶道部って何気に初めて見るかも……」

 大倉くんはそんな感想を呟く。広間の入り口付近には受付があり、その後ろには長椅子がいくつか設置されている。本来なら購買へと続く床には簡易的な囲いとたたみが置かれていて、今も部員とお客さんが座っている。

「あっ、いらっしゃい! 産賀くんに大倉くん」

 そう声をかけたのは受付前に看板を持って立っていた野島さんだ。他の部員も含めて浴衣を着ているからか、この空間だけ校内とは別の空気感だ。

「でも、ごめん~ 今、清水先輩と桜庭先輩はあっちに出てるの。さっき始まったばかりだからもう少し待って貰わないとだけど……」

「いや、いいよ。僕は少ししたら部室へ戻るし」

「本当にいいの? 15分……違うな。あそこの団体がいるから30分待てば……」

「さすがに長いかな。それよりお茶はあっちで待たないと頂けない感じ?」

「ううん。お茶会に参加しなくてもお茶とお茶菓子のセットはそこですぐ食べられるよ。そこの列に並んでね」

 野島さんに指差された方に並んでから3分程待ってお会計を済ませると、僕と大倉くんは長椅子に座って味わい始める。

「ごめん、大倉くん。最初にデザート食べる感じになっちゃった」

「ぜ、全然大丈夫。それより……あそこにいる二人のどちらかが清水先輩?」

「うん。右の方だね」

 お茶会の様子は長椅子の位置から少し見えており、ちょうど清水先輩と桜庭先輩の後ろ姿が見えた。清水先輩に関しては夏祭りでも見られなかった浴衣……の後ろ姿だ。

「いやー でも、意外だよ」

「うわっ!? なんでいるの!?」

 突然の野島さんの声に僕はお土足。いつの間にか僕たちのいる長椅子に座っていた。

「立ちっぱなしだったからちょっと休憩! それより、意外っていうのは清水先輩のことなんだけど……産賀くんはどういう意味かわかる?」

「さ、さぁ……さっぱりわからない」

「清水先輩、私が部活に入った4月くらいに初めてあった時はめっちゃ美人さんだぁと思ったんだけど……あんまり愛想は良くなかったの。あっ。これ、先輩への悪口とかじゃなくて、単なる感想ね?」

「わ、わかってる」

「でも、夏休み前からここ最近は愛想というか、全体的に雰囲気が変わった気がするの。桜庭先輩と何かあったのが解決したのもあるんだろうけど、私含めた部員にも話しかけてくれるようになったのはそれよりもちょっと前だった気がして……何が原因かわからないけど、いい影響があったんだなーって」

 そう言いながら野島さんは僕の顔を覗き込むように見てくるので、僕は大倉くんに目で助けを求める。もちろん、大倉くんにはどうしようもない。

「まぁ、そんな経緯があったから今の清水先輩がこうやって人前に出て、しかも明日のミスコンに参加するなんて意外でびっくりって話でした」

「そ、そうなんだ」

「いやいや、産賀くんは出るの知ってるでしょ。ほら、この前教室で声出して驚いてたやつ」

「バレてたの!?」

「おお、当たるとは思わなかった」

 今日一番のニヤついた顔で野島さんに見られる。

「あっ、そろそろ戻らないと。二人ともごゆっくり~」

 話したいことだけ話した野島さんは看板を持って再び入り口付近へ戻っていった。

「お、お疲れ様。産賀くん」

「ありがとう……食べ終わったらすぐ出よう」

 予定通りにはいかなかったけど、ひとまず茶道部を後にした僕と大倉くんは本格的なお昼ご飯を確保しに外へ向かった。



 適当に昼食を終えて、文芸部の展示を大倉くんが見終わって帰った後。文化祭1日目は後半戦に突入する。展示室は17時までは解放されているため、ここからは結構長丁場だった。

「ちょっと待って。りょーちゃんの詠んだ短歌当てるから……」

「もう、浩太くん。あんまり長居しちゃ駄目だから……ごめんなさい、産賀さん」

 午後一で来た伊月さんが松永の保護者をしていたり……

「へぇー うぶクンって部活だとこういう感じなんだ~」

「良ちゃん、これ読んだら今度感想を言わせて貰うよ」

 大山さんや本田くんを始めとしたクラスの人が様子を見に来てくれたり……

「良助、久しぶりー 元気してた?」

「松永から聞いててさ。りょーちゃんが文芸部はなんかイメージ合うわ」

 中学の同級生がわざわざ来てくれたり……と、これは僕の知り合いの話だけど、それ以外にも先輩方の身内の人や地域の方々が見学に来てくれて、忙しくはなくとも暇にならない程度にになっていた。
 文芸部だから楽し気な声が聞こえるわけじゃないけど、作品を見る空気感や興味あり気に見てくれる様子は何となく嬉しい。

 そんな見学者の中で一番緊張したのは、ある意味でこの展示室の雰囲気に合う浴衣の二人がやって来た時だ。

「あっ、ゆあゆあとこりりん、やっと来てくれた!」

「ごめんなさいね。茶道部のお客さんは意外と途切れなくて」

「繁盛するのはいいことだからOKだよ。普通に買ったお茶だけど飲んでいく?」

「ちょうど喉が渇いてたからありがたいわ」

 ソフィア先輩は桜庭先輩と楽しげに話していた。夏休みに三人を引き合わせて以降、直接的に話は聞いていなかったけど、想像以上に良好な関係を築けていたらしい。

「すまんな、良助。さっき来てくれたのに声かけれなくて」

「いえいえ。お茶とお菓子美味しかったですし、雰囲気も楽しめました」

「そうか、なら良かった。よし、それじゃあ、どれが良助が書いたやつか当てて……」

「それみんなやろうとするんですけど、そういうものなんですか……?」

「ん? もしかしてあんまりやっちゃいけないことなのか……?」

 そう言われてしまうと、単に僕が恥ずかしいだけとしか言えない。ただ、やるにしても他の人も見ているこの場じゃなくて後日の報告にして欲しい。

「ふむ。それはそれとして、なかなかみんな良いことを書いているな

「清水先輩は短歌の心得が?」

「いや、全然。でも、こういうのはフィーリングも大切だろう。私も今度やってみるか……」

 どうやら今の清水先輩は何でも挑戦したいようだ。僕の短歌を探しているわけではなく、展示された短歌を一句ずつじっくり見ている。

「ゆあゆあもお茶どうぞー あっ、ソフィアが詠んだやつわかる?」

「ほう、ソフィアっぽいのは……」

 清水先輩と桜庭先輩は他の先輩方と話しながら暫く見学を続けた。知り合いに自分の作品を見られることは少し恥ずかしさや緊張感があるものだけど、みんな良いように言ってくれるからやっぱり嬉しく感じる。他の部活の展示を見るのも楽しいけど、見て貰える側として楽しめるのは文芸部に入ったからこそできた体験だろう。



「1日目、お疲れ様でしたー 今年もいい感じに来て貰えたので部長としては満足でーす。ただ、明日もあるので今日は早めに休んで明日に備えてくださーい」

 17時が過ぎて、少しだけ掃除をした後、本日は解散となった。楽しい時間だったとはいえ、普段と違うことをすると、さすがにどっと疲れが出てくる。

「岸本さん、大丈夫?」

 岸本さんも後半からはかなり疲れていたようで、解散しても暫くボーっとしていた。

「……ご、ごめんなさい。気が抜けてて。ありがとう」

「いや、無理もないよ。僕も今めちゃくちゃ疲れてるし」

「産賀くん……今日は知り合いがたくさん来てた……よね?」

「うん。あっ、松永や同級生が騒がしくしてたから余計疲れさせちゃったかも……」

「そんなことは……ないのだけど……」

「岸本さん?」

「……ごめんなさい。今日はこれで」

 心配で声をかけたけど、疲れているなら余計なお世話だったかもしれない。

 文化祭一日目の総括としては、色々と濃い内容ではあったけど、初めての体験も多くて満足できるものだった。
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