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1年生2学期

10月4日(月)晴れ 桜庭小織の野望その3 

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 文化祭前の一週間の始まり。この日の朝、生徒会選挙の結果が校内放送と掲示板によって発表される。結果は全員新任とわかりきったものであったけど、桜庭先輩が無事に野望を達成したと思うと、僕としては安心できる結果だった。

――おはよう産賀くん。今日の昼休みの時間貰える?

 だけど、その校内放送を聞いた直後に安心できないメッセージが現副会長から送られてきた。桜庭先輩から呼び出されるのは久しぶりで、今はそれほど心配する必要はないけど、どうしても身構えてしまう。

 それから昼休み。中庭に向かった僕は桜庭先輩と合流する。

「わざわざ悪かったわね、産賀くん」

「いえいえ。副会長就任おめでとうございます」

「ありがとう。……どうしたのきょろきょろして?」

「あっ、いえ。現副会長と一緒にいるのを見られて良いものかと……」

「別に生徒会になっても権力者やアイドルになるわけじゃないから問題ないんじゃない? それとも産賀くんは何か不都合があったりするの?」

 桜庭先輩は少しからかうように言うけど、実際ちょっとだけ不都合がある。主に茶道部の野島さんについて。このことをついでに桜庭先輩へ言っておきたいけど、呼び出したのは桜庭先輩の方だから僕は先に要件を聞かなければならない。

「いえ、ありません。それより桜庭先輩の用事って何ですか?」

「あら、称賛の言葉を貰いたかっただけよ」

「えっ!?」

「嘘よ。副会長として権力を得た今、学園をどう支配しようか相談したくて……」

「さっき権力者じゃないって言ったじゃないですか。それで本当は何なんですか?」

「二回目は驚いてくれないのね。そう、私の用事は副会長になった本当の理由を知っておいて欲しいと思ってね。長くはならないから聞いて貰える?」

 どうして僕が知る必要があるのだろうかと思ったけど、必要がなければここに呼ばれていない。僕は頷いて聞く姿勢になる。

「一つは私が誰かを支えるのが結構好きだから。会長じゃなくて副会長にしたのは……スピーチを聞いてくれていたと思うけど、中心となるよりもサポートする方が性にあってるし、いきなり会長よりも副会長なら狙いやすいかもっていう打算的な考えがあったの。もう一つは新しいことを初めてみたかったから。何でもいいとまでは言わないけど、なるべく早く始められて自分の身になる何かがしたかった。それで目に留まったのが生徒会だったってわけ」

「なるほど」

「……と、ここまでの二つの理由は建前」

「ええっ!? 結構しっかりした理由なのに」

「もちろん、少しは思ってるわ。でも、本題は……夢愛に自由になって欲しいから」

 そう言った桜庭先輩の表情は決して嘘や冗談を言っている風ではなかった。でも、その理由は同然ながら疑問符を浮かべてしまう。

「桜庭先輩が副会長になると、どうして清水先輩が自由に……?」

「夢愛と喧嘩したおかげで色々腹を割って話せたのは確かで、最近は色々とマシになってきてるけど……それでもまだ夢愛は縛られてるの。性格とか考え方とか色々と」

「そうなんですか?」

「まぁ、産賀くんから見れば……ううん。普段の夢愛なら私から見ても自由を象徴するような言動をしているように思えるけど、その実は踏み込めない部分も多いの。私との関係性もそうだけど、どこかブレーキをかけてるからあの子」

 その点については長く付き合いのある桜庭先輩が言うのだから間違いないのだろう。僕がいつも向き合う清水先輩はそういう印象はあまりないけど、桜庭先輩の言っていることが何となく当てはまりそうな気もしている。それはたぶん、清水先輩のことを未だに不思議な人だと思っているからだ。

「だから、私は夢愛との件も解決したし、ここは一つ夢愛から少し遠のくようなことをしてみようと思って。それで副会長になることを決めて、夢愛にあることないことを吹き込んでみたの」

「なんか最後だけ良くないこと言ってません?」

「そんなに悪質なことは言ってないわ。私は副会長を糧にして将来は何らかの支配層になりたいとか」

「十分悪質ですよ」

「まぁ、これは半分冗談だけど、とりあえず私は夢愛と違って次の目標や夢を見ているわよーってアピールをしておいたの。そして、今の夢愛はそれが効き始めてる。たぶん、産賀くんも何か言われてでしょ?」

 その言い方からして清水先輩が言ったわけじゃないから僕や清水先輩の感じから何か読み取ったのだろう。本当に支配層になれそうな観察眼だ。

「それを踏まえて、何か言われた産賀くんにはこれからの夢愛の面倒というか、話を聞いてあげてと言っておきたかったの」

「それは構いませんけど……桜庭先輩はいいんですか?」

「それが狙いだからいいの。あっ。別にいつ何時も対応して欲しいわけじゃないわよ? 必要な時に必要なだけ聞いたり話したりしてくれればいいから」

「わかりました。僕としては普段からそうしてるつもりでしたし、現状維持でいきます」

「ありがとう。こんな用事でごめんなさいね」

 対清水先輩用の僕への信頼がどうしてそんなにあるのかという疑問はさておき、こんな話を聞いてしまったからには僕も尚更清水先輩の夢について協力できることはしていきたい。

「それにしても……」

「うん? どうかした?」

「……何でもないです。これで失礼します」

 建前があったとしても一人の友人のために副会長になってしまうなんてとんでもないことだ、と思わずに口に出してしまいそうだった。その行動はある意味究極のサポートであるので、桜庭先輩の性に合っているのは間違いない。

 それと同時に、結局は桜庭先輩が動くことで清水先輩が動けたのだからお互いに影響されているんだなぁと勝手に思うのだった。
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