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1年生2学期

9月26日(日)晴れのち曇り 伊月茉奈との再会その2

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 僕にとっては普通の日曜日。この日は明莉の中学で運動会が行われる日だった。
 先週の時点ではその運動会を暇だったらちょっと覗きに行こうかなと思っていたけど、しっかりと見に行く予定ができてしまった。

「おはよう、りょーちゃん。いやー、何とかできそうな天気で良かった」
 
 そう、昨日の電話の続きで松永が彼女の伊月さんを見に行く予定だと聞かされて、そのついでに僕も誘われてしまったのだ。それもちゃんと開会式から参加すると言うのだから当初の僕の予定と違って朝から行くことになった。

「なんやかんや久しぶりに中学来たけど、グラウンドこんな大きさだっけ?」

 松永はそんな感想を呟く。小学校ほどわかりやすくはないけど、確かに中学のグラウンドは少しだけ狭く感じた。一応高校だと生徒数が少しだけ増えることもあるからグラウンドも大きくしているのだろうか。

「おっ、行進始まった。明莉ちゃんはー」

「いや、伊月さん探せよ」

「もちろん探すって。後は後輩の……」

 そう言いながら松永は知り合いを探して、見つける度に僕へ説明してくる。一方の僕は部活で幽霊部員だったこともあって現在の中学で知っている人はあまりいない。それもあったから明莉が目立ちそうな種目だけ見れたらと当初の予定では考えていたのだ。

 行進と開会式が終わると、恐らく伊月さんから貰ったプログラムを確認しながらそれぞれ出番がありそうな種目を見ていく。卒業から1年しか経っていなかったので目新しさはそんなになかったけど、観客として見ると自分が出る必要がないからかリラックスして見られた。

「あ! りょーちゃん、第3走者が茉奈ちゃんだ。ほら!」

 それに対して松永は結構声を出しながら競技を見ていた。松永らしい感じはするけど、こういう場面では運動部的なノリもあるような気がする。さすがに走っている途中の伊月さんは手を振る松永を見つけられないだろうけど、必死にエールを送っていた。

 そして、運動会のメインイベントと言っていい男女別のパフォーマンスが始まる。
 男子の組体操はやっている時だとなんでこんなことをやらなきゃいけないんだと思っていたけど、これも観客として見た今は人の体で表現する様々な形が迫力や団結力を感じさせるものだった。
 一方、女子はたぶん創作ダンスに分類されるパフォーマンスで、高校のものとはまた違った雰囲気があった。若さ……と言うのは高校生らしくないけど、中学生らしいフレッシュさがそう感じさせたのかもしれない。

 パフォーマンスが終わると昼休憩が挟まれて、生徒たちは校内へ入って行く。そういえば両親とお弁当を食べたのは小学校までだったなぁと今更振り返ると、僕のお腹の音が鳴った。

「松永、昼ご飯どうする? 一旦どこか食べに行くか、コンビニで調達するか――」

「ちょっと待って。りょーちゃん、付いて来て欲しい」

 話を遮った松永はそのままどこかへ向かい始めるので、僕も黙って付いて行く。来客がずかずかと入っていいかわからないけど、一応は卒業生だから先生に挨拶でもするのだろうか。そう思っていたけど、着いたのは体育館の裏側だった。入退場門が設置されていることから裏側には競技に使う備品があちこちに置かれている。

「浩太くんと産賀さん、こっちです」

 そこで待っていたのは伊月さんだった。どうやら僕は二人の逢瀬を不審に思われないようにするための案山子だったらしい。

「産賀さん、わざわざ浩太くんに付き合ってくれてありがとうございます」

「ううん。僕も妹の様子を見に来ようと思っただけだから」

「そうそう。むしろりょーちゃんは妹のこと見たくて仕方なかったくらいだし」

 調子のいいことを言うなと僕がツッコむと伊月さんに笑われてしまう。松永が僕のことをどれくらい話してるか知らないけど、妹のことまで知られてるんだろうか。

「ダンスもちょうどいい位置で見れてさー あっ、動画見る?」

「も、もう! わざわざ撮らなくたって……」

「そんなこと言って俺の時は色々撮ってたじゃん」

「あれは写真だったから……」

 ということは、伊月さんはこちらの体育祭を見に来ていたのか。松永からはひと言も聞かされていなかった。

「そうだ。私、産賀さんの写真も何枚か撮ってたんですよ」

「えっ!?」

「おー 見たい見たい」

「ちょうど浩太くんが走る前だったから……」

 そう言って伊月さんのスマホを見せられると、部活対抗リレーの僕の姿がややブレて写っていた。見切れている清水先輩を必死に追いかける自分を見ると、我ながら変な気分だ。

「茉奈ちゃん、お昼は大丈夫?」

「あー……そろそろ戻る。午後からはどうするの?」

「こっちもお昼食べてから考えるよ。また連絡する」

「わかった。産賀さん、本当にありがとうございました」

 丁寧にお辞儀をした伊月さんは校舎の方へ向かって行った。わざわざ昼食の時間を削ってまで松永に会いに来るとは健気な子だ。

「よし。それじゃあ昼飯を……」

「よし、じゃないよ。何も説明せず連れて来て。僕はこのために朝から呼ばれたのか」

「いやいや、一人で見に行くのもなんだなーと思ってたのはマジだから。ちょっと顔見に行くのは今日決めた」

「まったく……伊月さんだって忙しいだろうに」

「そうだろうけど、こういうものなんですよ、りょーちゃん」

 それが彼氏彼女ってものはという意味で言っているのはわかるけど、見せられる側の気持ちにもなって欲しい。昨日、僕を気遣ってくれた松永はどこに行ったんだ……まぁ、見せつけるつもりはなかったのだろうけど。

 それからコンビニで昼食を取った後、結局松永の付き添いで最後の種目まで見ることになった。楽しかったというより松永と振り返りながら見たから懐かしく感じる部分が多かった。来年、明莉が卒業すれば見に行くこともなくなるだろうから、案外貴重な時間だったのかもしれない。
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