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1年生夏休み

八月六日金曜日 支えになる言葉

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 わたしが高校生になるまで友達らしい友達ができなかったのは3つの理由があると思う。

 1つ目はわたしが大人しくて引っ込み思案な性格だったから。だけど、これは仕方がない。わたしが生まれ持ったものなのだから、根本的に変えるのは難しい。

 2つ目はわたしが一人でも平気な人だったから。わたしは幼い頃から本を読むのが好きで、暇さえあれば本に噛り付いていた。そうなると、友達がいなくてもそれほど退屈することはなかったのだ。

 そして、3つ目……これが問題だった。上の2つも原因になっていることは間違いないのだけれど、この3つ目こそが致命的だった。それは……友達は勝手にできるものだと思っていたことだ。

 物語において、友達がいない主人公は別段珍しくはない。そして、その主人公の中には話が進むに連れて後に親友となる人物と出会ったり、昔から自分を慕ってくれていた人物と再会したりすることがある。

 もちろん、それ以外にも親友や仲間となるきっかけは多種多様にあるのだけれど、わたしはその中で突然の出会いや再会を信じてしまった。いくつも読んだはずの物語の中で、わたしのところにも都合よくそういう人物が現れることを待っていた。

 しかし、それは大きな間違いだった。わたしはそういった主人公のヒロイックな部分やドラマチックな展開を夢見るばかりで、その過程にある主人公の行動や努力する過程を見落としていた。いや、物語を読んでいる時は確かにその過程があって、主人公は友達を作っているとわかっていたはずだ。けれど、わたしは現実に置き換える際、その部分を切り取ってしまった。

 わたしがそれに気付いたのは中学2年生の時だった。自分には友達がいないのではなく、友達を作るための努力を怠っていることに。それまで明確に感じたことのなかった孤立感がようやく芽生えたのだ。
 でも、その時点から新しく友達を作ろうとするのは無理があった。それはわたしが勇気を出せなかったこともあるのだけれど、既に固められたいくつかのグループにわたしが新しく入れる場所などなかったのだ。

 だから、わたしは高校生になってから、切り取ってしまった部分を元に戻そうと思った。環境が新しくなれば、わたしも入れる場所もあるはずだと思って。自分を変えるタイミングはいつでも遅いことなんてない。そう信じて、わたしは入学式を迎えた。

 ところが、現実はそう簡単じゃなかった。考えてもみれば当たり前だ。それまでのわたしができなかったことをたかが年齢がひとつ上がったくらいで、急にできるようになるわけがない。教室でのわたしは勇気が出せないままのわたしだった。



 花園さんとのお出かけ当日。わたしは待ち合わせ時間の10分前に着くよう動き始める。こういう時、遅刻しないのはもちろんのことだけれど、早く行き過ぎても相手に気を遣わせてしまうと考えたからこの時間がちょうどいいと思った……思っていた。

「は、花園さん……!?」

「こんにちは、岸本さん」

 しかし、わたしの考えに反して、花園さんは既に待ち合わせ場所に佇んでいた。いきなり失敗だ。わたしが待つならまだしも、相手を待たせることになるのは絶対に良くない。

「ご、ごめんなさい! 待たせてしまって……」

「いえ。華凛かりんも先ほど着いたところ……というお決まりの言葉を言ってみたり」

「それはつまり……本当の話?」

「ええ。少なくとも華凛は5分も待っていません」

「良かったぁ……」

「ウフフ……相も変わらず食べてしまいたいほど、可愛らしい反応です」

「食べ……!? あっ、えっと……」

「例えばなしです。良い意味での」

 澄ました顔で言う花園さんも相変わらずのようで安心だ。わたしが花園さんと友達になりたいと思ったのは、体育の授業で組むことになったことだけじゃなく、彼女のキャラクター性がどこか物語から飛び出してきたような人物だと思ったからだ。読み取るのは難しいけれど、そんな彼女と話すのは楽しさがある。

「では、参りましょうか」

「うん。花園さんは……どこか行きたいところはある?」

「特には。当初の予定通りウインドウショッピングを楽しむとしましょう」

 今回のお出かけは花園さんから誘ってくれた。それ自体は凄く喜ばしいことなのだけれど、内容としてはあてもなく歩くというものだ。これが何か目的があれば、わたしもそれに沿った話ができるのだけれど……

「…………」

「…………」

 このままだと待ち合わせよりも大きな失敗をしてしまうかもしれない。



 それでもわたしは諦めなかった。いや、正確には諦めるには早過ぎると言った方がいい。高校生活は始まったばかりなのだから、まだチャンスはある。

 そう思ってわたしは文芸部のミーティングを見学しに行った。中学の時は何かしら入部しなければならないから家庭部に籍を置いていたのだけれど、そこでもわたしは友達を作ることができなかった。恐らくあまり興味がないことが透けて見えてしまったのだろう。だからこそ、高校では興味がある文芸部に入ろうと思っていた。そこならわたしの好きなことができて、それを共有する友達ができるかもしれないと期待して。

 しかし、わたしの予想に反して、最初のミーティングにはわたしが一番乗りで、それ以降は新入生がなかなかやって来ない。教室でも駄目だったのなら同級生と話せるチャンスはここしかないかもしれないのに、このままだと新入部員がわたしだけになってしまうかもしれない。
 
 わたしは一気に不安になった。自分がとても場違いなんじゃないか、実は新入部員なんて望んでなかったんじゃないか。慣れない環境に一人でいることが余計なことを考えさせた。

(やっぱりわたしは一人のままがいいのかな……)

 そのまま見学を抜け出してしまおうかと思い始めた……そんな時だった。

『……隣、失礼します』

 彼がわたしの前に突然現れた。彼としては普通に部活の見学に来ただけなのだろうけど、こんな状態だったわたしからすれば突然と言ってしまうものだった。

 そんな彼の第一印象は……少なくとも不良ではないと思った。わたしは固まって何も言葉をかえせなかったのだけれど、わざわざ声をかけるような真面目な人。でも、その日は緊張したまま終わって、わたしはミーティングが終わるとすぐに部室から出て行ってしまった。

 そして、その一週間後。わたしはまた文芸部の見学に来ていた。先週の内容を聞けば、わたしのペースでやっていけそうな雰囲気であることはわかっていたけれど、もう一度だけ見学して、わたしが本当に入るべきかどうかを決めようと考えたからだ。

 だけど、二回連続で見学するのは変に思われてしまうのではないかと思ってしまい、わたしは部室へなかなか入れなかった。

『もしかして、今日も見学しようと思ってる……?』

 すると、またしても彼はわたしの前に突然現れた。しかも今度は完全にわたしへ向けて話しかけていた。

 それからその日は結局ミーティングが行われていなかったのだけれど、部長に入部するかどうかを聞かれたのでわたしは入部すると言った。でも、そう言えたのはわたしの前に入部すると言った彼のおかげだ。

 それ以降も彼は……何かとわたしを気にしてくれて、不器用なわたしに真摯に接してくれた。その結果、彼はわたしにとって初めての友達になった。正確に言うと、わたしが文芸部になった時点で彼はそう思っていてくれたようなのだけど、わたしはそれに気付かなかった。

 だから、彼から見たわたしは何の変哲もない部活で知り合った同級生の一人なのかもしれない。けれど、わたしにとっての彼は……わたしが少し前まで望んでいた、突然現れる都合のいい友達だった。だって、わたしはまだ物語の主人公が親友や仲間ができる時のようなそれに相応しい行動はできていない。



 花園さんとの会話が弾まない中、わたしはどうしたらいいか考える。ここまでの休みで特別なことは何もしていないから盛り上がりそうな話は何も思い付かない。かといって、最近わたしが読んでいる本の話をしても、一方的な押し付けになってしまう。

 こういう困った時は……彼の言葉を思い出そう。7月最後の部活で聞いておいたその言葉。それは――

『気を張らないで、自然に過ごせばいいよ。それで楽しんだり、笑ったりできるのが友達と出かけることだと思うから』

(あっ……)

 わたしはそれを思い返して、花園さんの方を見る。花園さんは澄ました表情のままだけれど、その表情は……花園さんが楽しいと思っている時のものだ。夏休みに入る前にそれが何となくわかるようになったはずなのに、わたしはすっかり見落としていた。

(何も喋らなくても相手が心地良いならそれでいいんだ)

 わたしは待ち合わせ前から随分緊張していた。その緊張を引きずったまま来てしまったから気合が空回りしていたのだ。

「岸本さん。それほど情熱的な目線を向けられると……華凛も少々熱くなってしまいます」

「あっ!? ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」

「いえ。何事も熱くなるのは良き事です。でも、身体以上に空気が暑いのは良くありませんから何か涼めるところに立ち寄っても良いでしょうか?」

「それなら! わたし、ちょっと行きたい喫茶店があって……」

 その後は花園さんといつも通り……ううん、いつも以上に喋ったり、盛り上がったりしながらお出かけの一日を楽しんだ。

 彼はわたしが一人で行動できるようになったのだと思ってくれているのかもしれない。だけど、まだわたしは彼の言葉に助けられている。もちろん、彼が今日の状況を予想して的確な言葉をくれたというのは考え過ぎだと思うし、わたしが本来の意図とは違うことを勝手に汲み取っているところもあるのだろう。

 でも……そうだとしても、わたしは初めての友達の言葉を頼りにしている。
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