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1年生夏休み

7月31日(土)晴れ ひと夏の結末

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 夏休み11日目。今日は夏のイベントの一つ、夏祭りが開催される日である。夏祭り自体はこれから8月末までいくつもあるようだけど、今日の夏祭りは市単位で行われる大きなもので、市外からも人が訪れることから混雑は必至だ。

 ただ、残念ながら夏祭りが始まる夕方前時点では行く予定が全くなかった。明莉は友達と行くようだし、いつもの4人も松永は……彼女ができたから無理だろうし、本田くんと大倉くんも僕と夏祭りへ行く感じではない気がする。そして、何より……僕は人混みが得意じゃない。プールへ行った時も混んでいるとは思ったけど、今日の夏祭りの人数はその比ではないものだ。

 だから、僕が夏祭りらしさを体感するのは家からじゃ微妙に見えない花火の音だけになる……予定だった。夏祭りが本格的に賑わう18時になる少し前に一つのメッセージが来るまでは。

「……桜庭先輩!?」

 期末テストが終わる前に桜庭先輩と図書館で会って、その時に交換したLINE。そこに初めのメッセージが送られてきたのだ。その内容は「これから暇なら夏祭りへ行かない?」という内容だった。

 ……いや、なんでだ!? どうして僕が桜庭先輩と夏祭りへ行くんだ!? 言ってしまえばLINEを交換したのが謎なくらい接点がない人なのに、いきなり夏祭りへ誘われる理由がわからなかった。何か裏があるとすれば今すぐ断る理由を考えて――

「……あっ!」

 そう焦ってるいるうちに、僕は思い出した。一つは桜庭先輩の性格。普通に絡んでみると意外にも茶目っ気がある人だった。もう一つは次に桜庭先輩が僕へLINEを送る時、それがどういう意味であるかということだ。それがわかった時、僕は「お疲れ様です。僕は暇なので時間と集合場所を教えて頂ければ向かいます」と返した。



 それから30分後。混み合う人の中で自転車を走らせるわけにはいかなったので、僕は徒歩で移動していた。河原には屋台が並んでいて、その周辺には浴衣姿の人や既に顔を真っ赤にして酔っ払う人がいて、如何にもお祭りらしい景色になっている。

 集合場所はそんな河原にかかる大きな橋の前だった。橋のシンボル的なオブジェがあるけど、夏祭りじゃなければそれほど人が集まる場所じゃない。それでも今日は屋台で買った食べ物を頬張る人がそこそこいた。

「やあ。お疲れ様、産賀くん」

 その中で桜庭先輩を見つけると、先に声をかけられる。

「お疲れ様です。すごい人ですね」

「大きな祭りだからだろうね。集合場所、もっとわかりやすい場所の方が良かったかな?」

「いえ。他は他で混んでるでしょうし、ここで良かったと思います」

「気遣いありがとう。さて……」

 そして、桜庭先輩が会話を一旦切って、目線を後ろに移す。そこには――

「……久しぶりだな、良助」

 清水先輩がいた。つまりそれは詳しく聞かなくても、清水先輩と桜庭先輩の喧嘩……とその延長線上の話し合いに決着が付いたということだ。

「長い時間かかってすまなかった。元々良助を巻き込んだのは私だが、そのせいで余計な心配を……」

「なに、夢愛? 緊張してるの?」

「し、してない! なんで緊張しなきゃいけないんだ!?」

 清水先輩をからかう桜庭先輩の光景は今まであったのかはわからないけど、少なくとも人前でそうできるのは二人の仲が傍から見ても良くなったと言えるものだ。

「産賀くん。私からはお礼を言わせて貰うわ。私も巻き込んだ一人だけど、結果的には良い方向で終わったから。産賀くんが首を突っ込んでくれたおかげよ」

「いえ、僕は何も……」

「本当ならそのお礼に浴衣姿でも見せてあげたかったけど……」

「なんだ、良助は浴衣に飢えていたのか」

「たぶんそうよ。男子は女子の浴衣、好きだもの」

「私たちは着ていないが、他は見放題だぞ」

 なぜか僕がいじられ始めてるけど……よく考えたら二人とも根は結構自由な人だった。ただ、この件を報告するだけならわざわざ夏祭りへ呼ぶ必要はない。

「別に飢えてません。それで、今日は何を……?」

「決まっている。浴衣の代わりに屋台でおごってやろう」

「えっ、いいんですか」

「せめてものお礼だ。どんどん食べ盛っていいぞ」

「限界はありますけど、ご馳走になります」

「そうそう。夢愛がしっかり払ってくれるから」

「いや、小織も割り勘すると言ってただろう」

 清水先輩の言葉に桜庭先輩は「そうだったかしら?」と首を傾げる。何だか僕がいると邪魔な気がしてしまうけど、そうすることで、二人が僕へ気遣うことがなくなるなら受け取るべきだ。

「おっと。良助、屋台に繰り出す前に」

「はい? なんですか?」

「私ともLINEを交換してくれ」

「……えっ?」

「なんだ、小織はいいけど私は駄目なのか?」

「い、いえ、そうではなく……清水先輩が?」

「私もLINEくらいやってるぞ?」

「そっちでもなく……」

 僕は……偶然に出会うからこそ清水先輩が絡んでくれるものと思っていた。だから、もしも清水先輩と桜庭先輩が仲直りした時、その結末を知ったとしても清水先輩との繋がりはそこで終わってしまうかもしれない。今日までそんなことを考えた。

 すると、なかなか返事を返さない僕に、清水先輩は一歩近づいて手を差し出す。

「良助。キミさえ良ければ……今後も私の暇つぶしに付き合ってくれ」

 いつからかわからないけど、変わった行動をしていた僕に清水先輩が興味を持ったように、僕も毎回わからないことをする清水先輩に興味を持つようになっていた。それが桜庭先輩との件で途切れそうになった時……僕は寂しいと思った。

「はい……僕で良ければ」

 その感情がどれくらいの大きさで、どういう形かはわからないけど、少なくとも今の僕は清水先輩に言われたことを嬉しいと思った。偶然という理由付けをせず、清水先輩と関われることが。

「二人とも。青春するのはいいけど、屋台も並ばないといけないわよ」

「わかってるよ、小織。さぁ、行こうか、良助」

 こうして、ひと月ほど続いた小さな騒動は円満な結末を迎えた。その過程に僕は大きく関わっているようで、肝心な部分では何もできていないけど、二人に感謝されるようなきっかけになれたのなら余計なお節介をして良かったと思う。
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