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1年生1学期

6月1日(火)晴れ 岸本路子との交流その5

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 6月初日。今日もテストが返却されたけど、目立って悪い点数はない。このままいけば補習や追試は受けずに済みそうだ。

「今月のミーティングを始めまーす。えー……特になしでーす。引き続きネタを考えたり、練ったりしておいてくださいー」

 一方、文芸部のミーティングは今月もあっさりと終わってしまった。まぁ、ネタが全く仕上がっていない僕は何もないことをありがたがるべきなのかもしれない。

「産賀くん、ちょっと」

 そして、ミーティング終わりに今日も岸本さんが呼びかけられたので、いつも通り隣の席まで行く。僕よりは圧倒的にネタが仕上がっているであろう岸本さんからの今日の質問は何なのか……と思ったら、僕が座る前になぜか岸本さんは立ち上がった。

「その……できれば外で話したいのだけれど……」

「外って……廊下で話すってこと?」

 岸本さんは頷くので、僕たちは一旦部室から出ていく。出る直前に森本先輩やソフィア先輩からの視線を感じたけど、部室内で話せないような質問なら仕方な……いや、どんな質問なんだ。二人で出ていく方が部室内のひそひそ話より目立っている気がする。

 廊下の窓際の方に寄った岸本さんと向かい合うと、暫く沈黙が流れる。岸本さんとこんな空気になるのは前にもあったことを思い出すと、僕はようやくそこで今から出る話が質問ではないことに気付く。

 それから一度深呼吸した岸本さんは急に頭を下げて言う。

「産賀くん……この前はごめんなさい!」

 いきなりの謝罪に僕は当然ながらきょとんとしてしまう。

「えっと……この前って?」

「先週の金曜日のこと……」

 岸本さんが申し訳なさそうに言うが、先週は男子がどうして好きな子をからかうのかという質問で、僕や知り合いにそんな経験のある人はいなかった、ということで話は終わったはずだ。

「それなら謝るのは僕の方だよ。上手く答えられなかったし」

「そ、そうではなくて……その後の……」

「その後はソフィア先輩から質問攻めに合って……ごめん、岸本さんがいったい何を謝ってるのかわからない」

 僕の答えに岸本さんは少し驚いた表情になる。あれ? これは僕が鈍いのか? だけど、本当に先週の出来事で岸本さんから謝られるような覚えがない。たぶん僕の方も驚いた表情になったので、岸本さんは僕の疑問に答え始める。

「ソフィアさんの話に乗っかってわたしも聞こうとしてしまったから……あっ、ソフィアさんが悪いと言いたいわけではなくて……その、ソフィア先輩は雑談として聞いただけなのに、わたしは普通に興味本位で聞いてしまって……結果的に産賀くんを困らせて、それから藤原さんまで……」

「ちょ、ちょっと待って。別に僕は困ってたわけじゃ……ないと言ったら嘘になるけど、謝られるほどのことじゃないよ。ああいう盛り上がり方することはあるし」

「でも、乗っかって困らせたのは事実で……わたしが止めれば良かったのに」

「僕が逆の立場でもたぶん悪ノリしてたと思う。よくある流れだから気にしないで」

「よくある……」

 それでも岸本さんは納得していない様子だ。確かに元を辿れば岸本さんの質問から始まった話だけど、僕が気にしないと言うのは気を遣っているわけじゃない。誰かと話していれば悪ノリしたり、されたりすることは珍しいことではないはずだ。だとすれば、頭を下げられて謝られてしまう理由は……

「もしかして……僕の顔、怒ってるように見える? 険しい顔って言われたことはないんだけど……そうだとしたら、それこそ勘違いさせてごめ――」

「ち、違うの! 産賀くんが悪いだなんて思ってなくて……わたしが嘘付いてたのが良くないの」

「嘘? いったい何の……」

「それは……男子学生の知り合いがいないって言ったこと。本当はそうではなくて、わたしには……そもそも……友達がいないの、男女関係なく」

 ふり絞るように言った岸本さんの言葉は……すぐに嚙み砕けなかった。友達が少ないというのならよく聞く話だ。どちらかといえば僕もその部類になる。でも、友達がいないと言われると……どう返すのが正しいのかわからない。

「だから、誰かと話す時の内容や距離感がわからなくて……産賀くんの言う”よくある”ことも正直、何となくしかわかってなかったの」

「……そうだったんだ。ごめん、当然みたいに言ってて」

「ううん。産賀くんが言ってることが普通なのだから間違ってない。わたしが……普通じゃないだけだから」

「そんなことは……」

「思い返したら産賀くんにはずっと調子に乗っていた聞いていた気がするわ……本当にごめんなさい」

 それでも岸本さんが僕にしたことを悪いと思いながら他人に言わなくてもいい真実を言って、しかもそれが”普通”じゃないなんて言わせるのは……間違いだ。岸本さんがどういう事情や状況で友達いないと言っているか、今は考えちゃ駄目いけない。恐らく、今の僕が言うべき言葉は……

「岸本さん。繰り返しにはなるけど、僕は怒ってないし、気にしてもいない。強いて言うなら先週のことは自分の恋愛の話でちょっと恥ずかしかったんだ。女子に聞かれることなんてなかったし。だから、岸本さんが謝らなくても大丈夫。これで先週の話は終わりにしよう」

「わ、わかったわ。産賀くん、ありが――」

「待って! 聞いて欲しいのはここからで……僕が怒らないし、気にしていないのは、僕が岸本さんのことを友達だと思ってるからなんだ。文芸部の部員で、部員の中では唯一の同級生で、最初から一緒に見学した……友達」

「わたしが……産賀くんと……?」

「先週の会話も先輩と友達のちょっとだけ悪ふざけした会話。今までの会話も友達との何気ない会話。少なくとも僕はそう思ってた。それで、もし良かったら……岸本さんも今後は友達と思って話してくれると嬉しい」

 僕は友達作りにおいて、受け身となることが多い。だけど、今回の場合は僕から動かなければいけないと思った。だって、岸本さんが悪いと思ってくれたのは、まだ友達と思われていなくても、僕のことを考えてくれての行動だ。そんな風に考えてくれるなら、僕は岸本さんとしっかりと友達になりたい。

「わたしも……友達と思っていいなら……ううん。友達と思う……違う、なんて言えば……」

「それなら……改めてよろしく、岸本さん」

「……! こちらこそよろしく、産賀くん」



 話を終えた僕と岸本さんが部室に戻ると、扉の明けてすぐに森本先輩とソフィア先輩が待っていた。喋りたそうなソフィア先輩を止めて、森本先輩が喋りだす。

「ソフィアどおどおー あっ、盗み聞きとかはしてないんだけどー……内緒話のことは聞いていい感じー?」

 僕が岸本さんの方を見ると、岸本さんは一歩前に出て言う。

「はい。個人的な相談をしていて……それで森本さんとソフィアさんにも言いたいことがあります」

「んー? なになにー」

「お二方は先輩ですけれど、わたしと……友達になってくれますか……?」

 その後、岸本さんは僕と話したようなことを森本先輩とソフィア先輩にも話していった。それを隠さず話せるのは二人が良い人で、岸本さんが本当はもっと心を開いてみたかったのだと思う。

 自分と他人が友達かどうかを確認するのはとても難しい。ある人にとっては言わなくても当たり前のことで、また別の人にとっては何か言葉や形に残るものが必要になることでもある。今回の場合は僕や先輩方が前者で、岸本さんは後者だった。

 岸本さんのことはまだまだ知らないことも多いけど、僕たちはようやく友達になれたのだ。
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