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1年生1学期

5月11日(火)曇り ソフィアと藤原その2

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 今日は久しぶりに文芸部のミーティングがあった。一応、月に一回は開く予定らしいので、このミーティングが5月最後のミーティングになる可能性がある。

「テスト前の期間ですが一週間前の5月17日月曜日から部活としては停止しまーす。まー、うちは元々停止してるようなものなので、お気にならさらずって感じでーす。でも、テスト勉強するっていうなら部室使ってもOKでーす。部長はずっといまーす」

 いつも通り森本先輩のゆったりした喋りのミーティングが終わって解散すると、僕は居残りながらある人を見ていた。そう、今日は藤原先輩が来ている。歓迎会の時はソフィア先輩を介してしか話せなかったけど、貴重な男子の先輩として交流を深めておきたいとずっと思っていたのだ。

「森本先輩、ちょっといいですか?」

「なにー?」

 ただ、そのためにはもう少し情報が必要だ。そこで僕は同じ2年生かつ部長である森本先輩に話を聞くことにした。

「藤原先輩って、どういう話が好きかわかります?」

「藤原……あー、シュートくんねー でも、シュートくんに詳しいのはソフィアの方だからなー」

 そう言いいなが森本先輩が近くにいたソフィア先輩に話を振ると、ソフィア先輩は肩をびくっと振るわせて驚く。

「そ、ソフィアは全然! そんなに詳しいとか知ってるとかじゃないから……」

「そうかなー んー……あー、どういう話じゃないけど、シュートくん自身は結構面白いよ」

 その評価は目新しい情報だ。しかし、今のところコミュニケーションが取れてないから面白いうんぬんの判断が僕にはできない。

「具体的に何が面白いんですか?」

「シュートくんの書く作品とか、発言も時々面白いよー」

「は、発言……」

「……なるほどー ウーブくんはがんばろうとしてくれてるわけだねー」

「いえ、がんばるというほどでは……」

「まー 本人に聞いてみるのが早いと思うよー せっかくだから近くに行ってみー」

 森本先輩がそう勧めるので、僕はそれに従うことにした。ただ、本人に聞ければ苦労していないというのが本音だ。

「藤原先輩、隣いいですか?」

 本を読んでいた藤原先輩は少しだけこちらを見て頷く。着席した僕は次に……何をすればいいんだ。今のところ藤原先輩の情報はシャイで、喋ると面白いというものだけど、その二つから会話を生み出すのは非常に難しい。

 そんなことを考えていた時だった。隣の藤原先輩がバタンと本を閉じると、僕のを見てきた。突然の出来事に僕は少し緊張する。まさか怒らせてしまったのか?

「…………」

「……えっ?」

 いや、怒ってはいない。藤原先輩は小さく手招きをしていた。よくわからないまま近づくと藤原先輩は耳元に近づく。

「……気を遣わせた……みたいだね」

 その声に確かに聞こえるものだったけど、藤原先輩のほっそりとした見た目から想像できないような非常に低い声だった。この距離でもよく聞かないと聞き逃してしまいそうだ。

「……オレは……こういう声、だから……あまり、喋るのが……得意じゃないんだ。そのせいで……その、無視してる……つもりではなかったんだけど……」

「な、なるほど……」

「……後輩が、できたなら……ちゃんと挨拶しなきゃ……いけなかったんだが……如何せん、ファミレスだと……オレの声は……届かなくて……」

 そう言われて思い返すと、確かに歓迎会はみんな騒がしかったからこれほど藤原先輩の声はかき消されていただろう。

「……でも、おかげでこうやって……話せた……元々、話し上手ではないから……」

「いえ、僕もちゃんと挨拶しておきたいと思ってたので、良かったです」

「……改めて、よろしく……産賀くん」

「はい、よろしくお願いします、藤原先輩」

「……先輩か。そうだ……よな、先輩……」

 森本先輩が近くに行けといったのはこういうことだったのか。たぶん、言われなければ僕は藤原先輩の雰囲気だけで、判断してなかなか話に行けなかったに違いない。

「上手く話せたみたいだね!」

 嬉しそうにそう言ったのはいつの間にか近くにいたソフィア先輩だ。

「ソフィア先輩は歓迎会の時、藤原先輩の声をちゃんと聞いてたんですね」

「うん! ソフィアもちゃんと話せば良かったけど……そこは本当ならシュウから話すべきなんだからね!」

「…………」

「あー! 今のはばつが悪いから黙ってるだけでしょー!」

 こうして、僕は藤原先輩とコミュニケーションが取れた。終わってみると僕が雰囲気で勝手に判断していただけで、藤原先輩も優しい先輩の一人だったのだ。

 ただ、それはそれとして……

「文化祭のこともシュウがウーブ君に教えてあげるんだよ?」

「…………」

「そこで自信ないとか言っちゃダメだって~」

 やっぱりこの二人の会話は僕がしていたそれとはちょっと違う気がした。
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