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4.噂と頭痛と言えない不安
4.1
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式見が来訪した翌日。
寝る直前まで式見の思いや過去のことが頭の中で駆け巡っていたけど、それ以上に疲れていたので、気が付いたらぐっすりと眠っていた。
いつも通り六時二十五分のアラームで目覚めて、僕は洗面台に向かっていく。
「おはよ、ソーイチ」
すると、二階から降りてすぐに制服姿の式見と出くわした。寝ぼけていたので一瞬、式見が家にいる状況に驚いてしまったが、それ以上に驚いたのは――
「おはよう……起きるの早いな……」
「女の子には色々準備が必要だから。今回はアゲハに色々借りちゃったから、今度泊る時は朝の道具も色々と持って来なきゃね」
「また泊るつもりなのか……」
「一回泊まったら、二回も三百六十五回も一緒でしょ?」
「一年間……」
「ソーイチ、起きてすぐは結構ふわふわしてるんだ。あっ、爪の垢チェック」
式見はそう言って僕の指を見せるように手招きする。いつもならワンクッション抵抗を入れるところだけど、指摘された通り今の僕はふわふわ時間だったので、そのまま指を差し出した。
「ふむ。ソーイチにしては爪が長いけど、いつも通り綺麗な状態だから健康状態はディ・モールトベネといったところかしら」
「いいことを言われてるはずなのになぜかゾっとする表現だ……」
「ついでに舐めて味も見ておこうかしら」
「やめてくれ……」
「でも、眠気覚ましにはなるんじゃない?」
そう言われると、そうかも……って、いかんいかん。いくら寝ぼけていてもそれは良くないだろう。式見の考え方や過去には大方納得したが、指を噛んだ件と爪の垢を狙ってる件は未だによくわからない。
「あー!? お兄ちゃんと式見さん、朝から手を繋いでそんな……」
「げっ、朱葉……」
「朝に顔合わせした妹に対するリアクションじゃないわよ、ソーイチ」
朱葉の登場と式見の冷静な指摘に僕はようやく目が冴えてくる。式見から会ってしまったから流されていたが、ここは柊家で、僕以外の家族もいるんだ。軽率な行動を取ってしまうと――
「お母さんー! お兄ちゃんと式見さんが――」
「違う、母さん! マジで何でもないから!」
「何でもないわけないじゃん! 昨日の夜もリビングで長いこと話してたし、式見さんはわたしには教えられない二人だけの秘密って言うし」
「し、式見……!」
「え? 間違ったこと言ってなくない?」
「それはそうだが……ああ、違うぞ、朱葉! そういう意味じゃなくて――」
「わかってる。話してただけじゃないってことだよね?」
「わかってないが!?」
僕と朱葉の不毛なやり取りを式見は楽しそうに眺めていた。こればっかりは式見は悪くない……いや、元を正せば式見が爪の垢チェックとか言ったせいだった。おのれ、式見ナレフ。
そんなひと騒ぎをしてから、朝食を取り終えた僕達は登校の準備を始めた。いつも通りの時間なら自転車通学の朱葉は七時二十分、僕は七時半に家を出ている。
その前に母さんは出勤するけど、今日は出る直前に食卓に顔を見せに来た。
「これ、式見ちゃんの分のお弁当ね。注文通りご飯は少なめにしておいたから。今日食べたら、お弁当箱だけそーちゃんに渡してね」
「本当にありがとうございます、ソーイチママ」
「もう、何度もお礼言わなくてもいいのよ。それじゃ、お先にいってきます~」
どうやら僕が起きる前には式見の分の弁当も作り始めていたらしい。すっかり式見のことを第二の娘のように接しているところを見ると、相当気に入っているようだ。これは今度式見が来ても泊まっていけばと言うに違いない。
「わたしもそろそろ出ますね。式見さん、また遊びに来てください。今度はお兄ちゃんのあんな写真やこんな写真を見せますので」
「どんな写真だよ」
「それはもう生まれたままの姿というか……」
「それを言うなら生まれた時の姿……って、なんで朱葉がその写真を……?」
「まぁ、詳しいことはまた話すので!」
「ありがと、アゲハ。楽しみにしてる」
最後までハイテンションだった朱葉も見送り、少しばかりリビングで朝のニュースを眺めた後、僕と式見も家を出て登校を始める。
「本当に良かったのか? 十五分あれば着くからもうちょっとゆっくりできたのに」
「大丈夫。ソーイチもいつも通りの時間に出たが調子狂わないでしょ?」
そう気遣われても、家から式見と一緒に登校している時点でかなり違和感があった。
そもそも誰かと最後に登校したのは小学校以来だし……よく考えると、この地区から同じ高校へ通う生徒は少なくないから、登校中の僕と式見が一緒にいるのを見られる可能性がある。
全員が同じクラスではないが、仮に知り合いに会ってしまったら、クラスの噂を助長させてしまうかもしれない。
「うん? どうしたのソーイチ? 私の美顔に何か付いてる?」
「……自分のこと美顔って言う奴、初めて見た」
「だって、私は可愛いか美人かで言ったら美人寄りだから、可愛顔よりも美顔の方が合ってるでしょ?」
「カワガンって表現なんてあるのか」
「うん。私が今生み出したから」
「今かよ!? そして、なぜ誇らしげなんだ!?」
「ふふっ。ようやく声のボリュームが出てきたわね」
式見が嬉しそうに言うので、僕は少しだけ照れてしまう。
誰かに見られるのは僕の考え過ぎか。普段、登校している時も誰かと会うことは滅多にないし、ピンポイントに知り合いに会う可能性なんて――
「――柊くん」
そんな僕の甘い考えはすぐに外れてしまった。いつも通りのペースなら僕は今(いま)峰(みね)よりも少しだけ早く教室に着いている。
しかし、今日は式見と話しながら歩いていたから、もしくは式見の歩くペースに合わせていたから、登校中の今峰と鉢合ってしまった。
家はそれほど近いわけではないが、同じ学区内の知り合いで今峰のことが頭に過った時点で、僕はもっと警戒すべきだった。
「い、今峰。おはよ――」
「どうして式見さんがいるの?」
今峰は有無を言わさず質問してくる。いや、空気感からすると尋問の方が近いか。その回答を考える前に、僕は式見が余計なことを言わないように目配せする。
すると、式見は可愛らしくウインクしながら喋り出した。
「実は私、こっちの方のマンションで一人暮らししてるの。知らなかった?」
「……本当に?」
「どうして疑う必要があるのかしら? それにイマミネさんが気にするようなことじゃないでしょ? ソーイチとは、単に小学校からの知り合いなだけなんだから」
「それは……」
「お、おい、式見……」
式見はなぜか挑発的な態度で今峰に言う。
「……ごめんなさい。お邪魔したわ」
それに対して、今峰は軽く頭を下げてから小走りで去って行く。
「い、今峰! 待っ――行ってしまった……」
「気にすることないのに」
「そう言われても……式見の言い方にも問題があったぞ」
「そうかもしれないけど、先に威圧的な態度を取ってきたのはあっちじゃない」
そこを指摘されてしまうと……反論できなかった。今峰の目の前で失態を晒すのはこれで三度目だが、今回に関して言えば、式見の誤魔化しに納得して貰えそうな部分はあった。でも、今峰は何なら今まで一番怒っているような――
「ソーイチ、もしかして……イマミネさんのこと好きだったりする?」
僕の思考は式見の唐突な発言に遮られる。
「なっ!?」
「別に照れなくてもいいのに。ソーイチと知り合う前から、イマミネさんと話してたところはよく見てたもの。ふんわりボブの真面目で可愛い委員長。惚れない要素がないくらい完璧な子にいつも気にかけられていたなら無理もないわ」
そう言いながら式見は如何にも楽しそうな笑みを見せる。普段の僕なら似たような式見のからかいを上手くかわしたり、ツッコんだりできたと思う。
「…………」
でも、僕は腹が立ってしまって、歩くペースを速めた。
「そ、ソーイチ?」
式見がそんなこと言うだなんて……これじゃあ、僕と式見の関係を疑っている他のクラスメイトと同じだ。頭の中で考えるだけなら好きにすればいい。それを冗談でも本人に言うのはいくらなんでも――
「ま、待って! ごめんってば。ソーイチの恋心をからかいたかったわけじゃ……」
「違う。僕は今峰をそんな風に思ったことはない」
「うっ……ごめん」
そう言いながら式見が急に足を止めたので、振り返ると、式見はいつになくしおらしい空気になっていた。
それを見た僕は少しだけ冷静になる。
「……今峰が僕を気にかけてくれるのは、僕が真面目な生徒だったからだ。でも、最近の僕は……今峰の期待に応えられるような奴じゃない。これ以上、今峰を失望させるのは嫌なんだよ」
「ソーイチ……」
真面目な今峰からすれば、式見に対する僕の言動は――原因が式見にあるとしても――不真面目だった。しかも僕はその状況を誤魔化してしまったから、不誠実にも思われただろう。
僕は今峰のことを友達と呼ぶ勇気はないけど、小学校からの知り合いとして、よく話しかける存在として、尊敬と感謝の気持ちはあった。
そんな今峰が僕のせいで不快な思いをしているのに、からかわれるようなことを言われるのは我慢ならなかったのだ。
「……本当にごめん。でも、イマミネさんがソーイチを悪く思うようになったのは、全部私のせい。だから、ソーイチが期待に応えられなくなってるわけじゃない。ソーイチはずっと真面目で模範的な生徒だよ」
だからといって、式見にあたるのは良くなかった。この件に式見は無関係ではないが、僕の事情を式見は知る由もないのだから。
「いや……僕こそすまん。こんなことで怒るなんて」
「ううん。ソーイチが嫌なこと、ちゃんと教えて欲しい。私は……そういう気遣い、まだ下手だから」
式見は敢えて自分を下げるような言い方をする。恐らく……僕を友達と思ってくれるが故の気遣いなのだろう。
それに比べて、僕は少し子どもじみた怒り方だったかもしれない。
せっかく友達と認め合えた翌朝に、こんな微妙な空気になってしまうなんて――やっぱり友達は難しい。
そう思いながら暫く何を喋っていいかわからずに歩いていると、式見はまた急に立ち止まる。
「ど、どうしたんだ、式見?」
「そろそろ別行動した方がいいと思うから、ソーイチが先に行って。この辺りからクラスメイトに会う可能性も高くなるだろうし、一応、教室に入る時は別々の方がいいでしょ?」
「あ、ああ……そういうことか」
「大丈夫。今日はソーイチママからお弁当貰った身だから、サボるようなことはしないわ」
「理屈はわからないけど、いい心がけだ。それじゃあ……また後で」
僕がそう言うと、式見は「うん」と頷きながらその場をうろうろし始めた。
ありがたい提案ではあるけど……僕が反省している間に、また式見を気遣わせてしまったのが申し訳ない。
それに、噂があるとはいえ、友達と一緒に行動できない状況は何とも言えない気持ちになる。
寝る直前まで式見の思いや過去のことが頭の中で駆け巡っていたけど、それ以上に疲れていたので、気が付いたらぐっすりと眠っていた。
いつも通り六時二十五分のアラームで目覚めて、僕は洗面台に向かっていく。
「おはよ、ソーイチ」
すると、二階から降りてすぐに制服姿の式見と出くわした。寝ぼけていたので一瞬、式見が家にいる状況に驚いてしまったが、それ以上に驚いたのは――
「おはよう……起きるの早いな……」
「女の子には色々準備が必要だから。今回はアゲハに色々借りちゃったから、今度泊る時は朝の道具も色々と持って来なきゃね」
「また泊るつもりなのか……」
「一回泊まったら、二回も三百六十五回も一緒でしょ?」
「一年間……」
「ソーイチ、起きてすぐは結構ふわふわしてるんだ。あっ、爪の垢チェック」
式見はそう言って僕の指を見せるように手招きする。いつもならワンクッション抵抗を入れるところだけど、指摘された通り今の僕はふわふわ時間だったので、そのまま指を差し出した。
「ふむ。ソーイチにしては爪が長いけど、いつも通り綺麗な状態だから健康状態はディ・モールトベネといったところかしら」
「いいことを言われてるはずなのになぜかゾっとする表現だ……」
「ついでに舐めて味も見ておこうかしら」
「やめてくれ……」
「でも、眠気覚ましにはなるんじゃない?」
そう言われると、そうかも……って、いかんいかん。いくら寝ぼけていてもそれは良くないだろう。式見の考え方や過去には大方納得したが、指を噛んだ件と爪の垢を狙ってる件は未だによくわからない。
「あー!? お兄ちゃんと式見さん、朝から手を繋いでそんな……」
「げっ、朱葉……」
「朝に顔合わせした妹に対するリアクションじゃないわよ、ソーイチ」
朱葉の登場と式見の冷静な指摘に僕はようやく目が冴えてくる。式見から会ってしまったから流されていたが、ここは柊家で、僕以外の家族もいるんだ。軽率な行動を取ってしまうと――
「お母さんー! お兄ちゃんと式見さんが――」
「違う、母さん! マジで何でもないから!」
「何でもないわけないじゃん! 昨日の夜もリビングで長いこと話してたし、式見さんはわたしには教えられない二人だけの秘密って言うし」
「し、式見……!」
「え? 間違ったこと言ってなくない?」
「それはそうだが……ああ、違うぞ、朱葉! そういう意味じゃなくて――」
「わかってる。話してただけじゃないってことだよね?」
「わかってないが!?」
僕と朱葉の不毛なやり取りを式見は楽しそうに眺めていた。こればっかりは式見は悪くない……いや、元を正せば式見が爪の垢チェックとか言ったせいだった。おのれ、式見ナレフ。
そんなひと騒ぎをしてから、朝食を取り終えた僕達は登校の準備を始めた。いつも通りの時間なら自転車通学の朱葉は七時二十分、僕は七時半に家を出ている。
その前に母さんは出勤するけど、今日は出る直前に食卓に顔を見せに来た。
「これ、式見ちゃんの分のお弁当ね。注文通りご飯は少なめにしておいたから。今日食べたら、お弁当箱だけそーちゃんに渡してね」
「本当にありがとうございます、ソーイチママ」
「もう、何度もお礼言わなくてもいいのよ。それじゃ、お先にいってきます~」
どうやら僕が起きる前には式見の分の弁当も作り始めていたらしい。すっかり式見のことを第二の娘のように接しているところを見ると、相当気に入っているようだ。これは今度式見が来ても泊まっていけばと言うに違いない。
「わたしもそろそろ出ますね。式見さん、また遊びに来てください。今度はお兄ちゃんのあんな写真やこんな写真を見せますので」
「どんな写真だよ」
「それはもう生まれたままの姿というか……」
「それを言うなら生まれた時の姿……って、なんで朱葉がその写真を……?」
「まぁ、詳しいことはまた話すので!」
「ありがと、アゲハ。楽しみにしてる」
最後までハイテンションだった朱葉も見送り、少しばかりリビングで朝のニュースを眺めた後、僕と式見も家を出て登校を始める。
「本当に良かったのか? 十五分あれば着くからもうちょっとゆっくりできたのに」
「大丈夫。ソーイチもいつも通りの時間に出たが調子狂わないでしょ?」
そう気遣われても、家から式見と一緒に登校している時点でかなり違和感があった。
そもそも誰かと最後に登校したのは小学校以来だし……よく考えると、この地区から同じ高校へ通う生徒は少なくないから、登校中の僕と式見が一緒にいるのを見られる可能性がある。
全員が同じクラスではないが、仮に知り合いに会ってしまったら、クラスの噂を助長させてしまうかもしれない。
「うん? どうしたのソーイチ? 私の美顔に何か付いてる?」
「……自分のこと美顔って言う奴、初めて見た」
「だって、私は可愛いか美人かで言ったら美人寄りだから、可愛顔よりも美顔の方が合ってるでしょ?」
「カワガンって表現なんてあるのか」
「うん。私が今生み出したから」
「今かよ!? そして、なぜ誇らしげなんだ!?」
「ふふっ。ようやく声のボリュームが出てきたわね」
式見が嬉しそうに言うので、僕は少しだけ照れてしまう。
誰かに見られるのは僕の考え過ぎか。普段、登校している時も誰かと会うことは滅多にないし、ピンポイントに知り合いに会う可能性なんて――
「――柊くん」
そんな僕の甘い考えはすぐに外れてしまった。いつも通りのペースなら僕は今(いま)峰(みね)よりも少しだけ早く教室に着いている。
しかし、今日は式見と話しながら歩いていたから、もしくは式見の歩くペースに合わせていたから、登校中の今峰と鉢合ってしまった。
家はそれほど近いわけではないが、同じ学区内の知り合いで今峰のことが頭に過った時点で、僕はもっと警戒すべきだった。
「い、今峰。おはよ――」
「どうして式見さんがいるの?」
今峰は有無を言わさず質問してくる。いや、空気感からすると尋問の方が近いか。その回答を考える前に、僕は式見が余計なことを言わないように目配せする。
すると、式見は可愛らしくウインクしながら喋り出した。
「実は私、こっちの方のマンションで一人暮らししてるの。知らなかった?」
「……本当に?」
「どうして疑う必要があるのかしら? それにイマミネさんが気にするようなことじゃないでしょ? ソーイチとは、単に小学校からの知り合いなだけなんだから」
「それは……」
「お、おい、式見……」
式見はなぜか挑発的な態度で今峰に言う。
「……ごめんなさい。お邪魔したわ」
それに対して、今峰は軽く頭を下げてから小走りで去って行く。
「い、今峰! 待っ――行ってしまった……」
「気にすることないのに」
「そう言われても……式見の言い方にも問題があったぞ」
「そうかもしれないけど、先に威圧的な態度を取ってきたのはあっちじゃない」
そこを指摘されてしまうと……反論できなかった。今峰の目の前で失態を晒すのはこれで三度目だが、今回に関して言えば、式見の誤魔化しに納得して貰えそうな部分はあった。でも、今峰は何なら今まで一番怒っているような――
「ソーイチ、もしかして……イマミネさんのこと好きだったりする?」
僕の思考は式見の唐突な発言に遮られる。
「なっ!?」
「別に照れなくてもいいのに。ソーイチと知り合う前から、イマミネさんと話してたところはよく見てたもの。ふんわりボブの真面目で可愛い委員長。惚れない要素がないくらい完璧な子にいつも気にかけられていたなら無理もないわ」
そう言いながら式見は如何にも楽しそうな笑みを見せる。普段の僕なら似たような式見のからかいを上手くかわしたり、ツッコんだりできたと思う。
「…………」
でも、僕は腹が立ってしまって、歩くペースを速めた。
「そ、ソーイチ?」
式見がそんなこと言うだなんて……これじゃあ、僕と式見の関係を疑っている他のクラスメイトと同じだ。頭の中で考えるだけなら好きにすればいい。それを冗談でも本人に言うのはいくらなんでも――
「ま、待って! ごめんってば。ソーイチの恋心をからかいたかったわけじゃ……」
「違う。僕は今峰をそんな風に思ったことはない」
「うっ……ごめん」
そう言いながら式見が急に足を止めたので、振り返ると、式見はいつになくしおらしい空気になっていた。
それを見た僕は少しだけ冷静になる。
「……今峰が僕を気にかけてくれるのは、僕が真面目な生徒だったからだ。でも、最近の僕は……今峰の期待に応えられるような奴じゃない。これ以上、今峰を失望させるのは嫌なんだよ」
「ソーイチ……」
真面目な今峰からすれば、式見に対する僕の言動は――原因が式見にあるとしても――不真面目だった。しかも僕はその状況を誤魔化してしまったから、不誠実にも思われただろう。
僕は今峰のことを友達と呼ぶ勇気はないけど、小学校からの知り合いとして、よく話しかける存在として、尊敬と感謝の気持ちはあった。
そんな今峰が僕のせいで不快な思いをしているのに、からかわれるようなことを言われるのは我慢ならなかったのだ。
「……本当にごめん。でも、イマミネさんがソーイチを悪く思うようになったのは、全部私のせい。だから、ソーイチが期待に応えられなくなってるわけじゃない。ソーイチはずっと真面目で模範的な生徒だよ」
だからといって、式見にあたるのは良くなかった。この件に式見は無関係ではないが、僕の事情を式見は知る由もないのだから。
「いや……僕こそすまん。こんなことで怒るなんて」
「ううん。ソーイチが嫌なこと、ちゃんと教えて欲しい。私は……そういう気遣い、まだ下手だから」
式見は敢えて自分を下げるような言い方をする。恐らく……僕を友達と思ってくれるが故の気遣いなのだろう。
それに比べて、僕は少し子どもじみた怒り方だったかもしれない。
せっかく友達と認め合えた翌朝に、こんな微妙な空気になってしまうなんて――やっぱり友達は難しい。
そう思いながら暫く何を喋っていいかわからずに歩いていると、式見はまた急に立ち止まる。
「ど、どうしたんだ、式見?」
「そろそろ別行動した方がいいと思うから、ソーイチが先に行って。この辺りからクラスメイトに会う可能性も高くなるだろうし、一応、教室に入る時は別々の方がいいでしょ?」
「あ、ああ……そういうことか」
「大丈夫。今日はソーイチママからお弁当貰った身だから、サボるようなことはしないわ」
「理屈はわからないけど、いい心がけだ。それじゃあ……また後で」
僕がそう言うと、式見は「うん」と頷きながらその場をうろうろし始めた。
ありがたい提案ではあるけど……僕が反省している間に、また式見を気遣わせてしまったのが申し訳ない。
それに、噂があるとはいえ、友達と一緒に行動できない状況は何とも言えない気持ちになる。
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