39 / 87
いぬこいし編
花道は美しい人の為に。
しおりを挟む妖精の森、結界前───。
「本当に大丈夫なのだろうな?」
「大丈夫だって~、私が付いてるし」
「どきどきしますね……」
海の妖精に会うべく、怜とアオイとそれから護衛にポニーテールが目印のハナ。
三人は狼森家領地から妖精の森を抜けたその先の浜辺に向かっている。
結界の端を辿りながら遠回りすると目的の浜辺まで三日掛かるが、この森を抜けると三時間程で着くのだ。
蒼松国に面している妖精の森は細長く、妖精国からすれば端だ。
けれどいくらこの森を抜けた方が早いと言っても自らこの道を選ぶ者は居ないだろう。
近道をしようとこの森に入っていった人物は、誰一人として無事に帰ってこなかったのだから。
もし運良く森を出れたとしても10年後か、20年後か、もしくはもう二度と帰ってこないか。
蒼松国では〈神隠し〉と呼んでいたが、実際は時間の流れが違うだけだったようだ。
「ん……? と言うことは、私達はこの森に入ってしまうと外の世界と時間の流れが変わるのでは……」
「あー、若干ね。端の端だからそんなに影響はないよ。走って抜ければ大丈夫!」
「は、走って……」
そりゃあ走れば幾分かは早く着くだろうがと苦笑いする怜とハナ。
因みに何故端だと時間の影響が少ないのかと言うと、アオイ曰く、世界樹の真上には〈時の女神〉が棲んでいて、樹に近いほど時間の流れがおかしくなるらしい。
そもそも妖精の森を囲む結界は時間の流れが変わらないようにする為で、結界内部に位置するラモーナは世界樹からも近く、時間の影響はかなり受けているとの事。
納得するしか無いのだが、このままだと世界の理まで知ってしまいそうで少しだけ恐くなる。
世界はまだまだ広いらしい。
「然程影響を受けないのならアオイが居なくとも普通に森を通り抜けられるのでは? 真っ直ぐ行けば海なのだから」
「んー、どうだろう。時間の影響は受けないって言ってもね、一応妖精達の領域だし……。道を隠したり遠回りさせたり、悪戯はされるんじゃないかな?」
「そんなぁ、何もしてないのに! あんまりです……」
「妖精も自分達のテリトリーを穢れさせたくないでしょう? だからきっと心の汚れたものに悪戯するんだよ。勿論好かれることもあるけどね!」
自分達は大丈夫だろうかと不安そうな二人に、「だから大丈夫だって~、ホラもう行こうよ~、待ちきれないんだから~!」と急かすアオイ。
しかし怜は聞き逃さなかった。
ボソリと「ま、大丈夫って言っても心が相当に汚れてなければね~」と言ったことを。
(こちとら心が醜いから呪いをかけられた身だぞ!? 恐ろしいことを呟くんじゃない……!)
「ホラホラ~!」と煽ってくるアオイを見て、二人揃って息を整え、一歩、その森に踏み入れた。
辺りを見回すが、いたって普通の森だ。
そもそも結界と言っても、ただ木の杭が刺さっていたり、木の実や花が並んでいたり、何かしらの境界があるだけなので森自体は結界の外からでも十分に伺える。
怜達も見回りの度に何度か眺めたことはあるが、特になんの変哲もない普通の森だ。と、一歩入るまではそう思っていた。
「ん……?」
「なんか、キラキラしてますねぇ……」
「見える?」
空気中、木の表面、草や花、キラキラと粉なのか光なのか。
そして、白く、ふわふわで、くりくりの瞳が付いた、生き物らしき物体。
「妖精だよ! 下級妖精、生まれたての妖精達」
「これが……」
「何だか可愛い!」
初めて目にしたその下級妖精達は空気中にふよふよ漂いながら、怜達を観察しているようだ。
こちらも暫く観察していると、下級妖精とはまた違うもの達が居ることに気が付いた。
それは下級妖精から何十年か経つと成長する中級妖精で、下級妖精に耳や手足が生え、毛並みや柄の違いがあったり尻尾があったり、まるで動物だ。
中には人らしき形をしたのも居て、話しは出来るが会話が出来るとは限らないらしい。
「アオイだ~」
「アオイ~?」
「だれかしらないけどすき~」
「アオイはいいこだよ~」
「うん、いいこすき~」
「おはよ~、知らない妖精さん達もはじめまして宜しく~」
やはりラモーナの姫、妖精界隈では有名なのだろうか。
妖精達がどんどんとアオイの元へ集まり、すっかり埋もれて姿が見えなくなった。
アオイが乗っている馬の〈ヤマシタ〉も妖精が見えているのか、少々困っている様子。
因みにヤマシタはアオイが賊に連れ去られた際、一緒に帰ってきた足腰の強い馬だ。
名前は、お馬鹿なハヤテが決めたものがアオイに採用された。
「うわぁ~可愛い……!」と、ハナが声を上げるので見ると、アオイに集る妖精に猫っぽいのを見付けたのか興奮して拳を握りしめている。
どうやら猫好きらしく、確かに思い出してみれば柴犬だったときも迷い猫とよく戯れていた。
「このひとかわいいっていった~」
「かわいい?」
「ぼくたちかわいい?」
「かわいいっていってくれるこのひとすき~」
ハナの『好き』だという感情と言葉に気付いてか、猫っぽい妖精達がハナに集まりだした。
(ちょっと待て……そう二人とも好かれると不安になるのだが……)
妖精達に未だ見向きもされない怜だが、そんな不安も束の間。
「このひといけめん!」
「ほんとう! いけめん!」
「かっこいい~」
「は?」
「すき~」
「いけめんすき~」
姿カタチ問わず、怜に近寄っていくのは明らかに雌。
まさかここでも顔とは。
わんさかと怜の周りに集まるのはメスばかり。
顔面で結界内でも好かれるとは、流石に怜自身も驚いた。
いやそれよりも己の心が然程汚れていなかったことに安堵するべきか。
「あ~、よかったぁ~! 私の大事な人が気に入られなかったらどうしようかと思っちゃった!」
「なに?」
「えっ!?」
「だいじなひと~?」
「アオイのだいじなひとなの~?」
(全く、妖精達よ。恥ずかしいから二度も言わそうとするんじゃない)
すかした表情で無関心を装うも、「でも聞きたい!」と言わんばかりの感情はイケメンにまとわりつく妖精達にはお見通しのようだ。
「なんかうれしそうだね」
「ね、うれしそう」
「いけめんうれしそう」
そんな怜達の期待など知る由もなく、「うんそうだよ。二人とも私の大事な人なの! お家に住まわせてくれるし食事も出してくれるし、とっても親切なの!」と埋もれ声。
どうやら怜とハナやその他狼森家含め、大事レベルは皆同等らしい。
「そうなんだ~!」
「しんせついいこと~!」
(その邸の主は私なんだがな!?)と心の中で反抗するが、虚しいので止めた。
アオイが己の恋心に気付くのはまだまだ先が長そうだ。
「なんかいけめんがしょっくうけてるね」
「ね、なんでだろうね」
「でもいけめん」
「全く。アオイ、そろそろ行かないと時間が過ぎてしまうぞ」
「あぁそうだった! 一刻も早く犬に戻さないと! 私のもふもふ!!」
(うむ。人間に戻ったのであって、私は決して犬が元の姿じゃないからな?)
呆れる怜なんて露知らず、アオイは動物の様にブルブルとまとわりつく妖精達を払うと、「妖精さん達! かくかくしかじかで反対側の浜辺に出たいの! 案内してくれない?」とその払った妖精達に道案内を頼んだ。
「かくかくしかじか分かんないけどいいよ~」
「しかがかく~? 分かんないけど道作るね~」
なんて、アオイの指示どおりに動き出す妖精達。
(それでいいのか? 分からないのに道を作るのか? アオイもちゃんと説明してやればどうなんだ……!?)
まだ一歩森に足を踏み入れただけなのだが、自由過ぎるアオイと愉快な仲間達になんだかもう疲れてしまった。
一方、アオイの言葉に「ちょっと待ってて~!」と妖精達はそれぞれ散っていく。
何をするのかと二人構えていれば、ズズズ、ザザザ──と地面を揺らす音と共に木々は綺麗に整列しながら避けていき、転がっていた石達はトランプを捲るかのように石畳に変化していく。
そんな光景に「ありがとう!」と笑顔でお礼を言うアオイは、少しも驚いていない。
アオイにとっては日常茶飯事なのだろうが、二人にはただただ驚くしかない光景だ。
「本当に現実とは思えないな……夢でも見ているのか……?」
「夢じゃない夢じゃない! あとは真っ直ぐ進むだけね!」
「まって~!」
「まださいごの仕上げがあるの~!」
イケメンにまとわりついていた妖精達はそう言って三人を引き止めると、端に避けた木々の樹皮は次第につるつると変化し、ドームを作るかの如く枝が伸び、そして美しい桃色の花が枝を彩っていく。
「この木は……」
「ひゃくじつこ~!」
「フローラが言ってた~!」
「いけめんが大事にしてるやつ~!」
「いけめんには花が似合う~!」
「わぁ素敵ですね!」
「きれい! 怜は花の妖精に好かれてるんだね!」
「そう、なのか……?」
「花の妖精は綺麗なものが好きだからね」
それをどういう感情で捉えて良いのか分からない怜だが、好かれているのは悪くない。
この木は怜にとって大事な木だから、それが単純に嬉しくて、口元がつい綻んだ。
「美しい最後の仕上げだな。……ありがとう」
「うん!」
「よろこんでくれた~!」
そして三人は妖精の作った花道を、花弁を舞い上がらせながら真っ直ぐ、真っ直ぐ進んで行くのだった。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~
椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」
仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。
料亭『吉浪』に働いて六年。
挫折し、料理を作れなくなってしまった――
結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。
祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて――
初出:2024.5.10~
※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜
櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。
パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。
車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。
ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!!
相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム!
けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!!
パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!
狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される
茶柱まちこ
キャラ文芸
雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。
ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。
呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。
神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。
(旧題:『大神様のお気に入り』)
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
ひきこもり瑞祥妃は黒龍帝の寵愛を受ける
緋村燐
キャラ文芸
天に御座す黄龍帝が創りし中つ国には、白、黒、赤、青の四龍が治める国がある。
中でも特に広く豊かな大地を持つ龍湖国は、白黒対の龍が治める国だ。
龍帝と婚姻し地上に恵みをもたらす瑞祥の娘として生まれた李紅玉は、その力を抑えるためまじないを掛けた状態で入宮する。
だが事情を知らぬ白龍帝は呪われていると言い紅玉を下級妃とした。
それから二年が経ちまじないが消えたが、すっかり白龍帝の皇后になる気を無くしてしまった紅玉は他の方法で使命を果たそうと行動を起こす。
そう、この国には白龍帝の対となる黒龍帝もいるのだ。
黒龍帝の皇后となるため、位を上げるよう奮闘する中で紅玉は自身にまじないを掛けた道士の名を聞く。
道士と龍帝、瑞祥の娘の因果が絡み合う!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる