37 / 87
いぬこいし編
我、女王也。
しおりを挟む「なんだか、言うこと言ったら楽になった気がする」
「まぁ、そう、だな。私も人間であることが知られて少しは楽になったしな」
「ははっ……そうね……、人間、ね……、うん……」
お互い『今まで通り』が望みなのだが、いざ今まで通りに接しようと思うとなかなか難しいものだ。
こればかりは時間を掛けるしかない。
それに今まで犬だと思って接してきた己の行動を振り返ると、かなり恥ずかしい。
冷静に冷静にと心を落ち着かせ、アオイは「あのね、その……聞いてほしいことがあるの」と、肩をすぼめ小さくなりながら、かねてからの希望を怜に話し始めた。
「どうした?」
「もしかしたら怒るかも……。言っておくけどこれは私の勝手な我が儘だからね。聞き流しても全然構わないから」
「?」
「あの、その、えと……」
もじもじするアオイは素直に可愛いと思う。
しかしその口から出た言葉はとんでもないものだった。
「わたしの犬に……私だけの犬に、なってほしい、の」
「…………………………………………は?」
沈黙の長さに思わず固く目を閉じたアオイ。
怖くて顔も見れない。
100年も犬の姿でやっと人間に戻ったと思えば、また犬になれとお願いされるのだ。
そりゃあ怒って当然だろう。
けれど、いつからか、私欲が我慢できなくなった。
(でも、怜じゃなくっちゃ嫌なの。あのもふもふにもう一度埋もれたい。他の犬じゃ駄目なの……)
未だ続く沈黙に、アオイは取り繕うように補足。
「っあの! えっと、何時もじゃなくていいの! 私と、私と一緒にいる時間だけでも、犬になってくれれば!」
「は!?」
「私、代わりに何でもするから……! 怜の望むこと何でもするから……!」
「な、は、はぁ!? お前っ、何でもって……はァ!!?」
アオイは固く瞑った目を、ほんの少しだけ、開いた。
すると、彼は顔を真っ赤にして、更にあんぐりと口を大きく開けている。
あぁきっと怒らせてしまったんだと思った。
もっとタイミングをみて話をすればよかったと。
やはり言わなければ、逆の立場ならどう思っただろう、嫌な気持ちにさせただろうか、そう反省していると「ちょぉ~~~~~っと待ったァ!!」と聞き覚えのある声。
「フローラぁ~~……?」
「またお前か……」
またもや立ち込める甘い香り。
この女々した香りは、怜にとって面倒な女の記憶しか残っていない。
だからこのフローラルの香りが苦手だったのだが、最近はこの妖精の印象しかないのでもう慣れてきた気さえする。
「もうっ! 呼んでないのに何よ!」
「んんーっ! だってだって、言い方がおかしいんだもの。聞いてらんないわ……!」
フローラは見た目に似つかわしくない地団駄を踏みながら、がっくんがっくんとアオイの胸元を掴んで揺さぶっている。
それはもう「あうっあうっ」と首がもげそうな程に。
フローラが撒き散らした花弁が唇に引っ付くたび、ぺっと吐き出すアオイ、これが一国の姫とは誰も思わないだろう。
「ちょっとフローラ! 何だって言うのよ今度は……!」
「もうアオイったら何だも何もないのよ! ちょっと! そこのアンタっ!」
「は?」
目を見開いてぐるんと顔を綺麗な男に向けるフローラ。
わなわなと手に力を込めるのでアオイの首がどんどん絞まっている。
かなり苦しそうだが大丈夫なのだろうか。
「勘違いして調子に乗ってるみたいだけどねェ……!?」
「ふろっ……! ぐるじっ……!」
「はぁ……?」
「アオイが言いたいのは、もう一度呪いにかかって犬になってほしいって意味なんだからね!?」
「じぬっ……! ふろっ……!」
「あー、そう言う……」
「決して、決っっして……! 奴隷的な、卑猥な意味はないんだからね!? そもそもアオイは純情娘なんだから! そんな事言うハズないんだからっ……!」
「ふぐぅ……!」
「あーーー、それはまぁ、分かったんだが、そろそろ……」
「そろそろ何よ!? 話を逸らすつもり!?」
「いや、アオイが、死ぬぞ……」
「え?」
──「げふん……」
「あ、アオイーーーー……!!」
*******
すーすーと寝息を立てているアオイ。
どうやら気を失っただけのようだ。
「取り敢えず寝かせておきましょう」
「そうね、起こすのも可哀想ですしね」
アオイを自室へと運び込んだメイド達は「ふぅ」と額の汗を拭った。
フローラは十分に反省し(謝罪せねばならない相手は気を失っているのだが)、自分の居場所へ戻っていった。
それでは私達もといそいそ部屋を出ようとするメイド達だが、邸の主は彼女らに聞きたいことがある。
「お前達……」
「は、はい……?」
「何で御座いましょう……?」
「別に何も聞いておりませんよ……??」
「私もまだ何も聞いていないがな!? と言うか扉に耳を引っ付けておいて聞いていないわけなかろう!?」
「えぇ……と……??」
「はて」
「ドアが耳に引っ付いてきたので御座いましょう……??」
アオイが倒れ、誰か呼ぼうと扉を開ければメイド達の姿。
あの姿はもうしっかりちゃっかり聞く態勢だったに違いない。
何処から聞いていたんだと問いただせば、「違う女の香りがしたので……」なんてまるで浮気現場でも探るかのような嗅覚。
もう犬でもないくせに。
違う女とは恐らくフローラの事を言っているのだろう。
(となるとかなり最初の方から聞き耳立てているじゃないか……!)
全く、と呆れたようにいつもの溜息。
「まぁ良い。どちらにしろ一人で抱えるには大きすぎる事実だ。さて、まずは邸の者を集めてくれ。その後本邸にてクリスに会う。また狼森家の口の固さの出番だな……」
「「「畏まりました!」」」
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる