上 下
20 / 87
いぬまみれ編

人間とは面倒な生き物だ

しおりを挟む

「アオイ様!? 聞いておられますか!?」
「きっ、聞いておりますともっ……!」


 ナウザーはなかなかの鬼教師である。
 三日に一度行われる御勉強、本日の内容は、この国の主な貴族について。
 王族の事から、王子の王位継承争いがどーたら、貴族の王子派閥争いが何たら、それに伴う貴族同士の領地財政打撃がうんたら、社交界では派閥を知っておかないとかんたら。
 どれもアオイには理解し難いことばかりだ。

 何故なにゆえ国を治めるのに家族で争う必要があるのか。
 そして何故皆の土地で皆が暮らしているのに貴族が争い合うのか。
 社交界とは皆と楽しく社交する場ではないのか。
(もう私には理解し難い……、全くもって理解し難い……)


「くぅっ……、ここまで理解に苦しむとはっ……」
「まぁそうでしょうね。平和ボケされておりますから」
「言い返す言葉が見付からない……」
「と、まぁ予想はしておりました。ですので実践の方が宜しいかと」


 すん、とナウザーは鼻先を斜め上に向けて、綺麗なお座り。
 喉の辺りをガリガリ掻いてやったらナウザーも気持ち良くて反射的に後ろ足でカイカイしてしまうのだろうか、なんて想像する。
(いや、そんな事考えていたらまた怒られちゃう……)と、悟られる前にカムバック。


「実践って?」
「えぇ。何とまぁ丁度良く狼森家本邸で久し振りに夜会を開くこととなりました。実に15年振りのことです」
「そうなんだ。何でまた?」
「アリスお嬢様もだいぶお元気になられましたし、経験として今回思い切った次第です。アリスお嬢様がお元気になられたのも、勿論アオイ様のお陰でもありますからね」
「えっ、そ、そう??」


 ナウザーは優しい微笑みを向けると、アオイも満更でもないようで照れ笑いする。
 そりゃあ、なんたってあのアリスが、覇気がなく陰湿な気が漂っていたあのアリスが、アオイに出会ったその日から変わりだしたのだから。
 ただ元気になったと言えど、病気が治ったわけではない。
 それでも毎日栗鼠と楽しく遊んでいる姿を見ると、親であるクリスとしては心から嬉しいものだ。

(これはクリスさんを見てれば分かるんだけど、)
 人ほどの大きさになった犬が御邸に居て、本邸の周りにも野良犬が彷徨いているから気が遠くなることもあるらしい。
 だが、可愛いアリスが元気になる事が一番だと我慢している。


「15年振りともなると、今の本邸で働く使用人達も殆ど経験が無いでしょうな。その前でさえ5年一度あるかないかでしたからねぇ。一応関わりのある貴族にしか招待状は送っていないのですが、是非にと言って自ら参加を希望される方もいらっしゃるぐらいです。謎に包まれた狼森家に皆様興味津々ですね。ほっほっほ」
「えぇ……? そんなに……?」
「狼森家自体が軍みたいなものですからな。使用人は皆武術が得意だったり参謀が得意だったりと、他貴族と比べればかなり異質でしょう」
「そ、そうなんだ。結構恐ろしい邸なのね……!」
「まぁ今は戦争も無いですし、狼森家も国の防衛省へ成り下がりましたな。おっと、これは皮肉ではないですぞ? それに王位継承権では中立の立場を保っておりますからね。これを機に引き入れたいと思っている輩も居るのでしょう」
「へぇ……」


 そんな狼森家の夜会へ貴女も参加なさるのですから大変ですねと、まるで他人事のようにナウザーは言ってのける。
 人間の思惑が渦巻く中へ得体の知れぬアオイが混ざってどうしろと言うのだ。
 唯でさえ素性を話せぬというのに。
 アオイが不安気な表情を浮かべていると、「一応、アオイ様のストーリーは考えてありますゆえ」とナウザー。


「ストーリー?」
「はい。アオイ様はオーランド王国、田舎町の男爵家の生まれ」
「あぁ、オーランドはラモーナのお隣で元は一つの国だものね! それなら違和感無く話せるかも。……でもオーランド王国って、今若い人は皆学園に通っているんじゃなかったかしら……?」
「そうですね。アオイ様も病気で学園には通えず、犬に癒され、そして病気を完治させた後、色々な国を旅した。アリスお嬢様と境遇が似ていることもあり、山犬がいると噂される狼森家で滞在している」
「私の経験を少し変えた感じね! ただ大病を患ったこと無いから……嘘がばれないか心配だわ……」
「何を仰っいますか。アオイ様は犬に狂う病気のようなものです」
「へ?」


『犬に狂う病気』
 はて、そんな名の病気があったかなと、三秒程斜め上を見ながら考える。
 ナウザーはそんな彼女の姿に鼻で笑い、話を終わらせたいが為に「兎にも角にも!」と切り出した。
 御勉強をさっさと終わらせて昼寝がしたい。


「来られる方は狼森家自体に興味がおありでしょうから、アオイ様は社交の方に専念して下さい。それとアオイ様は他国の人間ですので、参加なさる方々のお名前を全て覚える必要は御座いません」
「はい!」
「しかし、誰が口が軽くて誰が悪い考えを持っているかは覚えておきましょう。己の為でもありますからね。挨拶程度で済めば良いですが、相手の方から積極的に来る可能性もありますのでお気を付け下さい」
「は……はい」
「では、今日はこれ位にしておきましょう」
「わーい!」
「次回はミッチリお勉強しますからね!」
「うわー……い……」


 素直に謝ったり、間違いを正したり、そもそも人とは皆同じでないのだから、気の合う仲間と過ごせばいい。
 何故なにゆえ自分が得するために表面だけで会話し、味方のフリをするのか。
 果たしてそこに意味はあるのか。
 その晩のディナーにて、怜に見解を伺ってみたが「それが本来の人間ではないか」と流された。


「例え王だって結局は人間。政治的方針や正室やら側室やらで家族でも家族とは言えない状況もあるんだよ」
「……よく、解らない。家族は家族だし、皆で、補い合って、手を取り合って、協力すれば良いじゃない。それじゃあ駄目なの?」
「そう、なれば一番だがな……。しかしラモーナとは違うんだ。金儲けと制圧の為に戦争をしたい王子と、国民の為に平和を望んで降伏をも厭わない王子だと、分かり合えるワケがない」
「…………戦争なんて、やっても意味無いのに……」
「戦争自体に意味は無いだろうが、注目すべきはそこじゃない」
「どういうこと……?」
「戦争で武器の売買、生産、それに伴い働き手も今より必要になる。医療品メーカーだって忙しくなるぞ? 人が動けば金が動く。そうすれば銀行だって儲かるな。但し金を得るのは上に立つ僅か一握りの人間だ。目先の利益か、未来の安寧か。大概の経営者が選ぶのは目先の利益だろう。そんな経営者に大義名分を掲げられ、私達は動かされている。な? 誰しもが美しく協力し合う、そんなのはこの世界・・・・では無理に等しい」
「……はぁ、醜いね。人って」


 どうせ此処で話したって解決しない内容だと思い、「そうだ夜会を開くって聞いたんだけれど」と話題を変えた。
 するとスープを上品に召し上がっていた怜は、表情を変えぬままピクリと耳だけ向ける。


「言っておくが、」


 スープを飲み干して口の端に付いたものを、ぺろりぺろりと舐め取りながらスンと顔を上げて、そう切り出した怜。
 初めて一緒に食事をしたあの日から直角隣の席に座っているが、何度見ても美しいマズル。
 口の端のたるん、としたところも超がつくほど可愛いのだ。


「私は夜会に行かんぞ」


(あー、首周りのもふもふも可愛いなぁ……、見て! あの脚の関節の向き! ヒトとは逆なところが良いのよね! あぁ、かぶりつきたい程可愛い……)


「って、え!? 今、何て……!!?」
「私は夜会には行かんと言ったのだ」
「な、なんで……!?」
「当たり前だろう。こんな大きな犬が夜会なんぞ行ってどうする」
「そんなの! 皆で撫でもふるに決まってるじゃん……!」


 これまたアオイの突拍子もない言葉にガクっと犬一同揃って肩を落とし、溜息。


「何よ、皆してっ!」
「あぁ、もう、アオイは何と言うか……病気だな」
「えぇ!?」
「あのなぁ、ハッキリ言うが私は人食い山犬として恐れられている。誰も近付かない。馬鹿で勇敢な勇者気取り以外はな」
「でも、怜は人なんか食べないじゃない」
「当たり前だ。それに私がもし行ったとして、アオイは他のやつと社交しないだろ?」
「……確かにッ!」
「ま、そう言うことだ。本邸にはアリス嬢が居るのだから」


 そんなぁと肩を落とすアオイに、「コニーも付いて行くのだから不満は無いだろ」と他人事でデザートを食べ始めた怜だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ネコ日記(ΦωΦ)

黒山羊
キャラ文芸
ぼくとペットの日記を書くニャン♪ カテゴリは恋愛とかかニャン? 読んでくれると嬉しいし、 気ままに書くから、お気に入りしてくれると嬉しいニャン(ΦωΦ) ペット「いやいや、     恋愛とか全然ないし。     それに、まったく     異世界転生してないよー」

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します

華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~ 「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

雪女と狐【短編集】

木風 麦
キャラ文芸
 一人ぼっちの雪女と、一匹ぼっちの妖狐。  彼らは雪深い山の中に二人で暮らしていた。  二人は愛に飢えている。  お互いにお互いがいればいいと思っていたはずなのに。  初めての意見の衝突、ジレンマ。  この感情は、一人の孤独感からくる共依存なのか、それとも·····。  非人類な二人が織り成すちょっと不思議で切ないストーリー。

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

万分の一の確率でパートナーが見つかるって、そんな事あるのか?

Gai
ファンタジー
鉄柱が頭にぶつかって死んでしまった少年は神様からもう異世界へ転生させて貰う。 貴族の四男として生まれ変わった少年、ライルは属性魔法の適性が全くなかった。 貴族として生まれた子にとっては珍しいケースであり、ラガスは周りから憐みの目で見られる事が多かった。 ただ、ライルには属性魔法なんて比べものにならない魔法を持っていた。 「はぁーー・・・・・・属性魔法を持っている、それってそんなに凄い事なのか?」 基本気だるげなライルは基本目立ちたくはないが、売られた値段は良い値で買う男。 さてさて、プライドをへし折られる犠牲者はどれだけ出るのか・・・・・・ タイトルに書いてあるパートナーは序盤にはあまり出てきません。

異世界で捨て子を育てたら王女だった話

せいめ
ファンタジー
 数年前に没落してしまった元貴族令嬢のエリーゼは、市井で逞しく生きていた。  元貴族令嬢なのに、どうして市井で逞しく生きれるのか…?それは、私には前世の記憶があるからだ。  毒親に殴られたショックで、日本人の庶民の記憶を思い出した私は、毒親を捨てて一人で生きていくことに決めたのだ。  そんな私は15歳の時、仕事終わりに赤ちゃんを見つける。 「えぇー!この赤ちゃんかわいい。天使だわ!」  こんな場所に置いておけないから、とりあえず町の孤児院に連れて行くが… 「拾ったって言っておきながら、本当はアンタが産んで育てられないからって連れてきたんだろう?  若いから育てられないなんて言うな!責任を持ちな!」  孤児院の職員からは引き取りを拒否される私…  はあ?ムカつくー!  だったら私が育ててやるわ!  しかし私は知らなかった。この赤ちゃんが、この後の私の人生に波乱を呼ぶことに…。  誤字脱字、いつも申し訳ありません。  ご都合主義です。    第15回ファンタジー小説大賞で成り上がり令嬢賞を頂きました。  ありがとうございました。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

処理中です...