8 / 87
いぬまみれ編
夏と冬の御庭
しおりを挟む器用に口に咥え、「お待たせ致しました!」と元気良く日傘を持ってきたアン。
「申し訳ありません、私では身長が届かないので……」
「何を言ってるの! これくらい自分で持つわよ! さっ、アンも影に入って!」
「アオイ様はお優しい方ですね! 有難う御座います!」
扉を開ければ、ムシムシと肌に張り付く嫌な暑さ。
ダブルコートの犬にはこの暑さは辛いだろう。
アンもこれでもかと舌を限界まで出している。
何とも不可思議な感覚だと試しに腕だけ邸の中へ突っ込んでみれば、やはり冷たい空気がピリリと肌を刺す。
何故なのかと問うアオイに、「実は……」と、アンは神妙な面持ちで話し始めた。
思わずゴクリと生唾を飲む。
「実は、この邸には呪いがかけられているのです」
「の、呪い?」
「はい……」
またまたご冗談をとそう思ったが、どうやら本当らしい。
伏せる瞳が、どこか諦めを感じさせた。
「どんな、呪いなの……?」
「私達はこの邸を囲む結界から外に出られないのです」
「けっかい……?」
「アオイ様はここに来られるときに、膜のようなものは御座いませんでしたか?」
「ああ、確かに。あったわ」
「それが結界です。外からは自由に出入り出来るのですが、私達はあの結界から、外には出れないのです」
「それはまた、どうしてなの?」
「心が醜かったのです」
「え?」
「それ以上は申し上げられません。ですが結界の揺れを感じた私達は様子を見に行きましたところ、アオイ様と出会ったのです」
アオイは折り曲げた人差し指を唇に当てる。
先程の本邸には住んでないというのは結界のせいなのだろうか。
「そしてこの庭。とても暑いでしょう? 夏のように」
「えぇ」
「まさに夏なのです。この庭は」
「 ? 」
「邸から反対の裏庭は、凍えるような寒さ」
「どういう……?」
確かに身に染みて感じてはいるのだが、アオイはサッパリその意味が理解できない。
何故なら、妖精も然程居らず、魔法を生活の一部として使う国では無いと見て分かるからだ。
「これも呪いなのです。厳しい季節しかない、夏と冬しかないのです。この邸には」
「そんな事が……?」
「はい……」
この邸は見たことも聞いたことないことばかり。
呪いはさて置き、結界などはよく聞く話だ。
だが、人間が結界を張るには勿論魔法が使えなければならない。
魔法とは、精霊や妖精のエネルギー、目には見えない自然に溢れるものを操作して使う。
ある程度の加護が無ければ使えない。
それなのに何故?
呪いをかけられた、と言うことは、何処かの誰かがかけたということだ。
こんな妖精も然程居ない国でこれ程の結界を張れる人物が存在しているのだろうか。
そうならば何の為に呪いをかけたのか。
人を呪わば穴二つで、己の代償も払っただろうに。
そもそも上級の妖精を使役するぐらいでなければ難しいだろう。
もしくは妖精自身が呪いをかけたかだが、力のある妖精自体見当たらない。
「裏庭は雪も積もっておりますし椿も咲いております。こちらの庭は向日葵が咲いていましたでしょう?」
「えぇ、確かにそうね……」
へっへと身体に籠もった熱を口から放出しているアン。
地面はより暑いだろうに。
邸の案内とはいえ、こんな真夏の庭に連れてこさせて申し訳無い。
早く終わらせて水でも飲んでもらわなければ。
だがこの暑さにも既に慣れてしまっているアンは、別の事を考えていた。
「あぁ、それに加え大変なのがもう一つ……、」
「もうひとつ……?」
「換毛期です」
「かんもうき」
「えぇ」
「かんもうき……」
「あっちへ行ったりこっちへ行ったりするので毎日です」
「毎日……」
「もう毎日換毛期なのです」
「そりゃあ……、大変ね……」
「旦那様なんてお身体が大きくていらっしゃいますから、もう大変で大変で」
自身には体験出来ない事だし言えた立場ではないが、換毛期より大変なことがある気がする。
(いや大変なんだけどね換毛期も……! 毛のある動物には重要な事よね……!)
「それもこれもあのっ! フローラとか言う妖精のせいなのです!」
「ふ、フローラっ……!?」
「……御存知なのですか?」
「い!いや! トンデモないッ! 初めて聞きました! えぇ全く!」
「そう、ですか」
誤魔化すアオイに疑いの心を持つが、お客様をそんな目で見てはいけないと思いそれ以上突っ込むのを止めた。
お察しの通りアオイとそのフローラと言う名の妖精は、昔からの知り合いだった。
気付いたときにはもう側に居て色々な花を教えてもらった、美しいものが大好きな妖精である。
(まさかこの結界を張ったのフローラ……? あの妖精は美しい人を見ると直ぐ悪戯するから…………うん? 怜達は人じゃないか……あれ?)
「あぁあの妖精の甘ったるい匂いったらもう! 思い出しただけで!! 鼻について離れねぇんですよクソったれが!」
(まぁ何にせよあれだけ美しい犬なんだもの。フローラだって嫉妬しちゃうわよね)
黒いオーラを醸し出しながらぶつぶつと強烈な言葉を呟くアンには気付かず、うんうんと都合の良いように解釈するアオイだった。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
アヤカシ堂の聖なる魔女
永久保セツナ
キャラ文芸
【最終話まで毎日20時更新】
主人公・番場虎吉(ばんば とらきち)はある晩、謎の怪物に襲われて半吸血鬼になってしまう。
人間に戻る方法を探すため、虎吉は『アヤカシ堂』と呼ばれる不思議なお店で働くことに。
『聖なる魔女』と呼ばれるアヤカシ堂の店主・天馬百合(てんま ゆり)、百合に付き従う幼女・烏丸鈴(からすま すず)とともに、虎吉は人間と神とアヤカシが織りなす不思議な事件に巻き込まれていく――。
半妖となった少年と『聖なる魔女』と呼ばれた女の出逢いから始まる現代怪異譚、ここに開幕。
百合「ところで『アヤカシ堂の聖なる魔女』って題名なのに私が主人公じゃないのおかしくない?」
隣人サイコパス〜オトギリ荘の住人たち〜あなたの隣の家の人本当に普通の人ですか?
日向はび
キャラ文芸
「アパートまるごとサイコパスの巣窟でした」
表屋空が越してきた一見オンボロアパート【オトギリ荘】。そこには一風変わった人たちが住んでいた。
会うたびにリンゴを勧めてくる少女。行き倒れていた黒い服の大男。情報の世界に生きる少年。薬品の匂いのする男。霊が見えるという女性。拙い言葉で他者を貶める少女。イカれた女。そしてミステリアスな管理人。
唯一まともを自称する表屋空だが、彼も「たとえ友人からでも人からもらったものが食べられない」というズレを抱えている。しかしそれだけではないようで……?
これは、あるアパートに住む人々の異常な日常の物語
ガールズバンド“ミッチェリアル”
西野歌夏
キャラ文芸
ガールズバンド“ミッチェリアル”の初のワールドツアーがこれから始まろうとしている。このバンドには秘密があった。ワールドツアー準備合宿で、事件は始まった。アイドルが世界を救う戦いが始まったのだ。
バンドメンバーの16歳のミカナは、ロシア皇帝の隠し財産の相続人となったことから嫌がらせを受ける。ミカナの母国ドイツ本国から試客”くノ一”が送り込まれる。しかし、事態は思わぬ展開へ・・・・・・
「全世界の動物諸君に告ぐ。爆買いツアーの開催だ!」
武器商人、スパイ、オタクと動物たちが繰り広げるもう一つの戦線。
優しいアヤカシを視る●●●の方法
猫宮乾
キャラ文芸
あやかしに寛容的な土地、新南津市。あやかし学がある高校に通う藍円寺斗望は、生まれつきあやかしが視える。一方、親友の御遼芹架は視えない。そんな二人と、幼馴染で一学年上の瀧澤冥沙の三名がおりなす、あやかし×カフェ×青春のほのぼのした日常のお話です。※1/1より1から3日間隔で一話くらいずつ更新予定です。
迦国あやかし後宮譚
シアノ
キャラ文芸
旧題 「茉莉花の蕾は後宮で花開く 〜妃に選ばれた理由なんて私が一番知りたい〜 」
第13回恋愛大賞編集部賞受賞作
タイトルを変更し、「迦国あやかし後宮譚」として現在3巻まで刊行しました。
コミカライズもアルファノルンコミックスより全3巻発売中です!
妾腹の生まれのため義母から疎まれ、厳しい生活を強いられている莉珠。なんとかこの状況から抜け出したいと考えた彼女は、後宮の宮女になろうと決意をし、家を出る。だが宮女試験の場で、謎の美丈夫から「見つけた」と詰め寄られたかと思ったら、そのまま宮女を飛び越して、皇帝の妃に選ばれてしまった! わけもわからぬままに煌びやかな後宮で暮らすことになった莉珠。しかも後宮には妖たちが驚くほどたくさんいて……!?
女装と復讐は街の華
木乃伊(元 ISAM-t)
キャラ文芸
・ただ今《女装と復讐は街の華》の続編作品《G.F. -ゴールドフィッシュ-》を執筆中です。
- 作者:木乃伊 -
この作品は、2011年11月から2013年2月まで執筆し、とある別の執筆サイトにて公開&完結していた《女装と復讐》の令和版リメイク作品《女装と復讐は街の華》です。
- あらすじ -
お洒落な女の子たちに笑われ、馬鹿にされる以外は普通の男子大学生だった《岩塚信吾》。
そして彼が出会った《篠崎杏菜》や《岡本詩織》や他の仲間とともに自身を笑った女の子たちに、
その抜群な女装ルックスを武器に復讐を誓い、心身ともに成長を遂げていくストーリー。
※本作品中に誤字脱字などありましたら、作者(木乃伊)にそっと教えて頂けると、作者が心から救われ喜びます。
ストーリーは始まりから完結まで、ほぼ前作の筋書きをそのまま再現していますが、今作中では一部、出来事の語りを詳細化し書き加えたり、見直し修正や推敲したり、現代の発展技術に沿った場面再構成などを加えたりしています。
※※近年(現実)の日本や世界の経済状況や流行病、自然災害、事件事故などについては、ストーリーとの関連性を絶って表現を省いています。
舞台 (美波県)藤浦市新井区早瀬ヶ池=通称瀬ヶ池。高層ビルが乱立する巨大繁華街で、ファッションや流行の発信地と言われている街。お洒落で可愛い女の子たちが集まることで有名(その中でも女の子たちに人気なのは"ハイカラ通り") 。
※藤浦市は関東圏周辺またはその付近にある(?)48番目の、現実には存在しない空想上の県(美波県)のなかの大都市。
【第一部完結】 龐統だが死んだら、魔法使いになっていた。どうすればいいんだ?
黒幸
キャラ文芸
中国・三国時代に三英傑の一人・劉備玄徳に仕えた軍師がいた。
惜しまれつつもこの世を去ったその者の名は龐統、字は士元。
主君の身代わりを務め、壮絶な死を遂げたはず……だったのに生きていた!?
露出狂変態巨乳女と旅をする羽目になった龐統の明日はどっちだ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる